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決着の決塔  作者: 旗海双
第4章
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第五話「覇王偶像」

 鏡夜は意識を取り戻す。瓦礫の中に埋まっていた。

「いったい、何が――、あのティターニアが何かしたんでしょうか?」

 言ってから、違う、と思い直す。

「違いますね。だったら最初からやればいい」

 どうにか首だけ動かして周囲を観察する。誰かが瓦礫に潰されて圧死していたら気が滅入るのだが―――ふむ。死者は不在だ。自分も含めて、釘真にも八咫烏にもかぐやも無傷だ。

 気を失っているだけだ。いや違うな。これは――。

 鏡夜は傍に気絶して自分と同じように瓦礫に埋まっている柊釘真を観察する。服の汚れを見る限り、おそらく瓦礫は都合よく避けたりなどせず、直撃している。にも拘わらず、彼の肉体は無傷だ。鏡夜へ手を伸ばしながら気絶している、さらに少し遠くにいる、同じように気絶しているかぐやの簡素な十二単もズタズタだった。八咫烏もなぜか無傷となっている。《爆砕鏡》でズタズタになったはずなのに、だ。対してスーツはボロボロだ。しかも鏡夜が行った攻撃以上に。

 となると――一度地下へ殺到した瓦礫に潰されてたから回復された? それが一番妥当な推理だ。けれど、鏡夜は回復不能のはずだが……。

(ああ、そうか)

 未覚醒で気絶し続ける程度に回復された他の者たちと違い、鏡夜の回復力は自前だ。だから覚醒するのが早かった。

 おそらくこの推論が正解だろう。


 少し、まずい展開だ。


 鏡夜は身体を捻って上へ上へと登って行く。身体の表面に《鏡現》の鎧を作り出して防護するか、どうしても関節部分や胴体部分は動きが阻害されるので無防備になる。そしてその無防備な部分に瓦礫が引っ掛かり、身体が裂ける。裂けたうちに治っていく。針山地獄を登っているような気分だった。流石に単身で誰か、特にかぐやを助けられるようなアクションは不可能だし、そもそもじっとしているのは悪手だ。例えそうすれば身体がダメージを受けないとしても。

 それでもどうにか、地上部分までたどり着き、血まみれになりがらも立ち上がる。

 そしてしばらく立ちすくんで、自動回復するに任せる。……どうにか傷が全て治ってから、かつてステージホールがあった場所へと歩いていく。ドームが完全に粉砕されたせいか、決着の塔の真下から見上げることができるようになっていた。


 先日、蝶の嵐によって破砕されたドームを修繕するために作業員が追加されたからか、あの日倒れていた人員よりも数が多い。ちなみにその大半をあらかじめ気絶させた下手人は鏡夜である。



 ダメージ自動回復が思ったよりも性能が高くなければ気絶したままだったろう。そして、ドーム破砕罪も追加されていた。

 弱り目に祟り目にならなくてよかったと言うべきか。


 かつてあったステージホールはもはや残骸の山と化していた。シャンデリアも赤い座敷も、かつてのオーケストラピケットという穴にこんもりと積もっている。



 塔の入り口付近には赤と白の二枚カーテンが引き割かれたものが落ちている。

 というか――これ―――機械だ。

 どういう仕組みかは不明だが、1cmほどの厚さにぎっちりと機械が詰め込まれている。それにその周辺には血が散っていた。触ってみるが、かなり新鮮な血液だ。べったりと手袋についた。呪われた手袋はすぐに血を消失させてしまう。


 どうもここで塔の中に無理やり侵入しようとしてこのカーテンに襲われた誰かがいるらしい。


 ―――突入するか。

 やはりというか、かなりまずい。〈Q‐z〉が本気になって塔の攻略に出たら、この身体と呪詛、そして一体の生体人形以外のあらゆる手札をはぎ取られた鏡夜では太刀打ちするのが難しい。しかも現在進行形でかぐやは置いてきてしまっている。猶予はない。

 というか、〈Q‐z〉? 本当に? 彼が予感している誰かはむしろ――。



 誰か、ひどく、悍ましい何かが――いる、塔の中へ。



 第一階層、第二階層、第三階層を超えて、階段を上がり、第四階層【迷路】へ。


 第四階層に始めて入った鏡夜はこの破滅的な光景に眩暈がした。可愛らしい多種多様なただの猫のようなロボットが一体残らず破壊されていた。

 そして迷路も、完全に常軌を逸していた。通路やギミックは嵐が過ぎ去ったように破壊されていた。

 あちこちに刻まれた槍傷を観察しつつ鏡夜は歩を進めていく。その傷を目印にして迷いそうな構造を迷わずにたどって行く。……歩いて、歩いて。そしてその視線の先には。

 1と1は11である と書かれた看板と一匹のネズミがいる扉があった。そして、その前に一人、いや二人の女性が立っている。


 青い修道服の女の背後に立つ、真っ黒なコートを着た巨大な女がその扉とネズミに向かって槍を振るっていた。ネズミは攻撃を避けているが、あまりにも巨大な女の槍が速い。致命傷は負わないまでも、ネズミの身体にどんどんと傷がついていく。

 鏡夜はその青い修道服の女――聖女の名前を読んだ。

「―――ミリアさん?」

「―――あら、灰原さん」

 ミリア・メビウスはお淑やかに振り返った。しかし、ミリアの後ろにいる巨大な黒い女はネズミに槍を振るい続けている。

「しばらくお待ちいただけますか? そろそろ壊れると思いますので」

「……いやぁ、それはちょっと、待てませんねぇ」

 鏡夜はミリアの横に立つ。そして《鏡現》で二本の棒を用意した。鏡夜がその二本の棒を振るのを見て、ミリアは首を傾げる。それに合わせて、黒い巨大な女が槍を振るうのをやめた。

 鏡夜はこの黒い女はなんだ? と感じながらもとぼけたように言う。

「ミリアちゃんふっふー……なんて冗談ですよ。これはケミカルライトではありません」

 そして鏡夜はネズミに言った。

「ここに1本と1本の棒がありますよね。これを並べれば、ほら、同じ形でしょう?」

 鏡夜は二本の棒を並べて11を形作る。傷だらけのネズミはチュー、と鳴くとボフンと消えた。

 そして扉が開く。階段がある。どうやら一二の難問は乗り越えられてこの階層はクリアされたようだ。ここを通れば次の階層なのだろう。

 笑顔を浮かべて一歩進もうとしたミリアの前に鏡夜は回り込む。そして彼はは両手に持った棒を持ったまま、両腕を広げて、通せんぼする。

「ここは通しません」

「灰原さん」

「ここから先は私のものです」

「灰原さん」

「世界は貴女に差し上げません―――私は貴女の敵です」

「灰原ァ!!!」




【EXTRA STAGE】super★idle『Mlia』



 戦 闘 開 始


 巨大な女が槍を振るう。その槍を鏡夜は両手に持った《鏡現》の棒二つで挟み込む形で防いだ。

「この階層のボスは―――どうも。私のようで」


 啖呵は切ったものの、聖女、ミリア・メビウスの戦法や性質は不明だ。彼女が連れている巨大な黒い槍使いの女も初見だ。聖女がダンジョン攻略に連れて行く仲間たちの誰かなのだろうか。

 世界征服を是とする聖女に従う望郷教会の誰か? 違和感だ。


 槍が振るわれる。鏡夜はそれを《鏡現》の棒で防ぐ。その衝撃はかつて桃音の蹴りを受けた時と同一だ。もはや人類を超えた、トンレベルに匹敵するかのような豪快な槍である。

 振るわれる、振るわれる。鏡夜はそれを、今度は《鏡現》ではなく、移動によって避ける。身体を捻り、踊るように、滑稽なマリオネットのような動きで槍を避けていく。

 その動きの癖とついでに顔を確認しようとして――鏡夜は真顔になり、鋭い目つきを浮かべた。

「ミリアさん?」

 黒い、巨大な女の顔は、ミリア・メビウスだった。しかし、その顔は、ミリアの癒しを感じさせるほほえみではなかった。豪放磊落な、獣のような笑み。


 黒いミリアは後方にジャンプすると、聖女ミリア・メビウスの後ろに立つ。ミリアはまるで先ほどの激怒とは打って変わり、慈愛に満ちた佇まいだった。


 獣と慈愛、二人のミリア。


「二面性が激しいんですね」


 おそらく二人ともが真実ミリア・メビウスなのだろう。そういう祝福の持ち主なのだ。

 鏡夜はその紅瞳でミリア・メビウスの弱点を見抜く。


「どちらも私ですよ」←弱点:【プライドが高い】【アイドル気取り】

「ええ、でしょうね。どちらも素敵ですよ」

 我ながら歯が浮くような台詞だと彼は心の中で舌を出す。ただミリアは必ず反応するセリフだ。アイドル気取りなのだから。というか現状つけこめる弱点はこちらしかない。【プライドが高い】は……いや怖いわぁ。侮辱とかしたくない。怖い。弱点ではあるのだろうがタイミングは読むべきか。

 とにかく弱点通り、ミリアは嬉しそうに返答した。

「ありがとうございます、灰原さん、それでもどいてくださらないんですか?」

「ええ」

「残念です。魔王と……ああ、変な女を倒してくださった上に、勇者も怪物どもも、あの柊王さえ釘付けにしてくださったので、私の味方かと思ってました」

 なるほど、鏡夜がドームで大暴れしたのが原因か。好機と判断したミリア・メビウスが、なんらかの切り札を使い、決着の塔攻略支援ドームを完全に破壊。全てを出し抜いて塔の攻略をする……と。忍耐と暴力が融合している。

 薄ら寒い。老龍とはまた違った緊張感が満ちている。猛虎と顔を付き合わせてる気分だ。彼は内心で叫びながらも軽妙に相手する。

「ええ、貴女のファンですよ。貴女を後目に、真の聖女だと主張するような一団は、どうしても放っておけなくて……」

「ふふ……」

「はは……」

「アナタが、私の怒りの、原因の、一部分を削ったぐらいで、手加減するとでも思ったんですか」

 槍が鏡夜の脳天を叩き割ろうと大上段から振り下ろされた。

「舐めるなァァァァァ!!!!!」

「ぐっ……!?」

 ミリアの大喝破で鼓膜が痛むほどの衝撃を受けて、鏡夜は一瞬固まる。その隙を逃さず、槍を持つ手を回転させた黒いミリア。

 そしてその槍が鏡夜の腹に突き刺さった。

「ぎっ……!?」

「なんだ!! 何様だ!!!! あなたは、あなたたちは何様のつもりだ!!!!!」

 あまりにも強烈な突きで、槍が貫通して背中から出る。

「私の邪魔をしていいと思っているのか!! 私の覇道を阻んでいいと誰が許可した!!」

 鏡夜は絶望的な痛みを気合でねじ伏せて思いっきり後ろへ跳んだ。激痛の中、槍が腹から抜ける。

 ミリアはその暴威とも呼ぶべき口上を続ける。

「私が女王だ! 私が、王だ!! 私が私が私が私が、私が――君臨する!!!」

 そしてその、怒りにも似た喝破に正比例するように、黒いミリアの槍さばきや動きが段違いによくなっていく。

「私が勅命する!! 伏して従え!!!!」

 鏡夜は近づこうとするが……。

「無駄だァッ!!!!!!!!!」

 弾かれる。ナイフを投げるが弾かれる。鋏も弾かれ、斧も弾かれ、刀も弾かれる。《鏡現》は常識外れの切れ味を誇るのだが、技量が完全に凌駕されている。まともに刃が打ち合わない。横から叩かれてしまう。リーチの長さを活かされて《鏡現》の防御を正面から裏側を叩き、砕くという絶技すら見せられた。

 鎧や防御にあまり《鏡現》は割り振れない。六枚のストックをほぼ攻撃に振る必要がある。さもないと出し抜かれて次の階層へ進まれる。

「私は死なない! 私は負けない!! それを私が許可しない!! だから私はここいる!! 超越する魔王? 堕ちた聖女? 鏡の魔人!? だから、なんだッ!!それが、なんだッ!! ああッ!? 自分が被害者で、負け犬で!! 復讐者だから絶対に復讐できると思ったのかァッ!! 勝って目にもの見せると確信していたのかァッ!!!!」

 鏡夜のみならず、おそらく魔王にもアリアにも向けて言っている。そして鏡夜にもその主張は当てはまる。鏡夜は呪詛という運命への復讐者でもある――そしてそれは無価値だとミリア・メビウスは激怒する。

「なんだそれは!! そんなもので私を殺すつもりだったのかッ!! 私に立ち塞がるつもりだったのかッ!? そんな甘えた妄想で私の天下を、コケにしていいわけねぇだろぉがああああああ!!!」

 完全に精神が肉体を凌駕していた。そして、鏡夜のあずかり知らぬところであれど、精神を攻防一体の術理とする、祝福の能力、理想の投影は究極へと至っていた。ただ、その豪傑を超えた神がかり的な敵手を見て鏡夜は思う。

(勝てる気しねえ)

 あれはもはや、”当然”とか”常識では”とかそんな現実的な道理を超えている。

 心で負けたらそのまま現実の道理すら突き抜けて負かされそうだった。


 まだちょっと余裕があるのは、これが塔の中の出来事だからだ。外で遭遇していたら、この殺してやるという殺意の気迫と死への恐怖で動きが鈍り、たぶん三十秒前には死んでいたか逃げていた。


 だがこの塔は優しいダンジョンだ。致命傷を負ったとしても、最低限回復されて塔から放り出されるだけ。

 だからまだ頑張れる。鏡夜は踏ん張って、聖女、ミリア・メビウスと戦い続けた。



「私の敵でしょう? 貴方は」

「ええ、そして貴女のファンでもあります」

「複雑な関係気取りですこと」

「理想な関係かと」

 そう言って鏡夜はついに黒いミリアの槍を《鏡現》の刀で断ち切った。ひゅんひゅんと槍は宙を舞い。そしてふっ、と消える。

 鏡夜はもはや取り繕うのも限界なほど疲れていた。腕が上がらない。腹の傷はようやっと治ったが、それは見た目だけだ。対してミリアは――――。

「残念――でも、私は負けないッ! 決してッ!」

 そう言って、黒いミリアは途中で断ち切られた槍を、ミリア本体の心臓に突き刺した。

 ……ダンジョンの仕組みに乗っ取り、ミリア・メビウスの姿が消える。

 鏡夜はポカンとした表情でそれを見送った。




【EXTRA STAGE】super★idle『Mlia』

 

Clear!



 彼はもはや腕を持ち上げることすらできなかった。ダメージの自動回復も体力の回復には無力だ。つまり……ミリア・メビウスが少し様子を見るか、負けを認めるだけで。動くことすらままならない鏡夜の状態を理解し、鏡夜は負けていた。

 まさに奇縁の勝利だった。そもそも鏡夜は勝ちを譲られたようなものだった。

 だが、ミリア・メビウスを食い止めることにだけは成功したことを確認し、鏡夜はそのまま床にぶっ倒れた。



「もー、動けねぇ……」




 しばらくして。鏡夜は疲労にあえぐ身体をどうにか動かして起き上がった。傷は全て自動回復で治っているが、どうにも身体が重い。

 引きずるように第四階層から下へと降りていく。第二階層から出てくるモンスターへの処理すら億劫だった。


 鏡夜は塔から外に出た。時刻は夕方。未だに雨が降っている。ざぁざぁ振りの雨だった。そして塔の入り口の傍には最低限の治療を施されたミリア・メビウスが横たわっていた。心臓を突き刺しての致命傷を治したからだろう。表面上はまるで無傷のようだった。

 他に起き上がっている者は――誰も。いや。一人だけいた。

 瓦礫の山を背景にして一人の少女が立っていた。豪奢で華麗なお嬢様。白百合華澄がそこにはいた。


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