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決着の決塔  作者: 旗海双
第4章
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第三話「ディテクティブ・ブレイバー」

 しかしどうやら有口聖は鏡夜の頼みを全うする気があるらしい。彼女は口を開いた。


「ちょっと装置が誤作動したんだよ。気にすんな」

「ふーん」

「……本当か?」

「本当本当」

 どうやら断〈ら〉ないは、頼みや命令を断らない、という制約であるらしい。嘘は吐いてもいいようだ。

 有口は話を逸らすように話題をふる。

「ところで勇者殿! どうも次の階層はアンタの好みだそうじゃないか!」

「んー? 耳が早いねぇ。そうだよ。謎解きフロアだった」

 薄浅葱はぼんやりと反応する。

「かなり楽しいけど、楽しいだけだね。有益じゃない。頭の体操になるだけさ。僕はもっと自慢できるような謎解きをしたいんだけどねぇ」

 どうも奥歯に物が挟まったような物言いだった。薄浅葱の口調がそういうものであると言えばそこまでだが。

「どういうモンスターが出るんだ?」

「いや、生体機械は出な、あー、なんだろ、階層守護の生体機械はいたかな? それは出るね。ネズミが十二匹、出題者なんだ」

「へぇ! そいつはうら若き乙女にはきっちぃなァ! 殺鼠剤でも使うか?」

「別にいらないよ。むしろ僕は興味深いと思うね。やっとこさ歴史の流れを感じる生体機械が出て来た」

「歴史?」

 薄浅葱は不思議そうに首を傾げた。

「君は契国人なんだろ? アレだよ。子子子子子子子子子子子子ねこのここねこ ししのここじし小野篁が考え出したらしいから、時代的にも合う試練だねぇ」

(あー、なんだろ、聞いたことあるわ)

 天井の鏡は薄浅葱のセリフに耳を傾けている。思い出すに、自分は何でも読めるのだと言う小野篁に、時の天皇が子を十二個並べた文章を提示して、これを読んでみろと要求された。それに小野篁は見事に答えたという伝説だったか。確かアレ、鏡夜がもといた世界の日本だと捏造された伝説だとかなんとか言われていたのだが……思考が逸れている。鏡夜は即座に頭を切り替えて勇者たちをうかがう。

 有口は得意げに説明する薄浅葱に、ふーんと無関心でありながらも感心したフリをする。

 薄浅葱は興が乗ったのか、さらに第四階層について説明する。

「構造的には【迷路】だったよ。あっちいったりこっちいったりだ。それにだねぇ。まったくもって馬鹿らしい。〈Q‐z〉の妨害があったんだよ。アレのせいで謎解きも打ち止めだ。聖女も苦笑いで引いてたね!」

「おっと、誰か死んだか?」

「縁起でもないな、ミスアリグチ。それに、あの『カットイン』はそういう種別ではなかったよ。まったく嫌らしかった。アレを殺せる者など、よっぽどの冷血だけだな!」

 薄浅葱はスカーレットの義憤へしょうがなさそうに応えた。

「でも〈Q‐z〉を置いといても【塔】ってテキトーだよねぇ。大獅子も怪鳥も老龍も、打ち倒したのは鏡夜くんたちだっていうのにさ。こんなテキトーなやり方を許す穴だらけなシステムを作った人と同じ称号とか恥ずかしくて名乗りを躊躇うね」

 つまり〈勇者〉と、薄浅葱は皮肉を言う。

「なんだ? ずいぶんと馬のほ……あーと、灰原鏡夜氏に同情的じゃねぇか?」

 スカーレットも不思議そうに薄浅葱へ視線をやる。

「そうだな、ミスターハイバラは犯罪者だぞ。いつかやると思ってた」

 薄浅葱はシニカルに言った。

「べーだ。僕は法の番人じゃなくて探偵だからね。それに頭が良い! 付和雷同なんてしないよ!」

 薄浅葱の頭の上に乗っていた黒より黒い漆黒のスライム、烏羽が低音ボイスで笑う。

「くくっ、だそうだ」

 黒いスライムが薄浅葱の頭の上で揺れている。目ん玉がどこにあるか不明な不定形生物なので、感知されると面倒なのだ。

「ところでー……我らがシスター。どーしてそこの窓の下、水たまりができてるのかな?」


(うへぇ)


 心の中で彼は唸った。ここからの展開を予測できた鏡夜はうんざりとした気分になる。鏡夜は気持ちを落ち着けて話へ耳を傾ける。

 有口はしれっと言い返した。

「見てわかるだろう? この教会にあるセキュリティ装置が誤作動して、窓が割れてる。んで、どの窓から雨水が入ってる――だろ?」

「それはおかしいよ。轟音がしてまだ数分だ。ここまで雨水が溜まるなんておかしいし、ほら」

 薄浅葱は水たまりに近づいてそれを見下ろす。

「見ての通り、泥が混じってるよね、空から入り込んだ雨水にこんなぐっちょり泥が入り込むのはおかしいよねえ」

 有口は溜め息を吐いた。薄浅葱はにっこりと愉快げに言う。

「僕に隠し事ができると思う?」

「はっ、隠し事してるように見えるけどな!」

「僕が、じゃなくて、僕へ、だよ。――ああ、今ちらっと天井を見たね」

 薄浅葱の隣に立つスカーレットは不思議そうな顔をしながら薄浅葱と有口を見比べている。有口は呆れた表情をしていた。

「何で断らない私に要求しねぇんだよ。核心を突くだけで――お前は」

「僕は自分が賢いのだと実感したいだけの女だよ。愚直な愚か者のように、ただ頼むことはしないのさ。真実は自分で見つけるものだと思わないかい?」

 くっ、くっ、くっ、とシニカルに薄浅葱は頭の上のスライムへ向けて言った。

「叔父様――お願いがあるんだ。扉を閉じていてくれ。窓も閉じていてくれ」

「んむ、ま、よかろう」

 烏羽は床に降り立つと、ぞわぁっと体積を増やして教会内部に広がった。床が染まる。壁も染まる。入口も窓もその漆黒の身体で閉じられる。密封された。

 かぐやは壁際に立っていたはずだが、スライムに飲み込まれた様子はない。説教台の上か、参列者の椅子の上に登ったようだ。

「有口聖さん――賢い頼み事をしよう。どうぞ、裏に引っ込んで待っていてくれ。なぁに、すぐ済むさ」

「……けっ。行くぜリンちゃん」

「え、でも」

「ノーコメントだ。私は沈黙する」

「……はい」

 今までずっと黙っていたリンはちらりと天井にいる鏡夜を見ると、有口の後ろについていく。有口が檀上裏の扉前まで来る烏羽がぞわっと、そこを包むをやめた。そしてただの扉から有口とリンが消える。

 ――――条件が整った。薄浅葱が言う。

「さ、て。はーいばら鏡夜くん。自首するなら今だよ」

 鏡夜は天井から積極台の上へ降り立つ。同じように説教台に登っていたかぐやも姿を現した。それを見たスカーレットは大変驚いた。そして剣を取り出して薄浅葱を守るように構える。

 鏡夜は虚勢を張った。

「付和雷同なんてしないんじゃありませんでしたっけ?」

「しないよ。ただ依頼があってね! 探偵に、怪人を捕まえてほしいって! ううん、いいねぇ、ご先祖様みたいだよ! これも賢さの実感の足しになる。塔の攻略の何十倍も何百倍もそれらしい!」

 楽しげに愉快げに告げる薄浅葱は関係なければ、好きにしろと思えた。が、しかし当事者だ。こうして相対すると本当に嫌になる。

「犯人は君じゃない。しかし、君は怪人だ」

 そんな言葉遊びで、この勇者は魔人が塔京壊滅の原因ではないと知っていながら立ち塞がるのだ。

「貴女は本当に勇者じゃありませんね」

「いつもなら同意するんだけど、今日は違う答えをしようか。――そうでもないさ。実感すると良い。僕という探偵勇者(ディテクティブブレイバー)をね」




【EXTRA STAGE】 Detective Braver『Usuagagi』&TomboyScarlet『Soa』



 戦 闘 開 始


「かぐやさん、死なない程度に焼いてください」

「あいあいさー!」

 こういう時かぐやは便利だ。遠距離への協力かつ安定した攻撃手段を持つこの人形を拾ったのはまさしく鏡夜の幸運である。そういえば、かぐやを拾ったその切っ掛けは目の前の勇者ご一行だったか。

 眩しい光と共に光が発射される。しかし、それは黒より黒い漆黒のスライム、烏羽によって防がれた。突然床からスライムが持ち上がりビームを防いだのだ。焼け焦げ、消し飛ぶはずの光線はスライムの肉体に吸い込まれるように阻まれてしまう。光を操る生体人形かぐやは超強力な戦闘能力の持ち主なのだが、ことごとく相手が悪かった。これで鏡夜が殺傷を是とする性格ならばもっと猛威を振るっていたが、詮無きIFの考えである。

 かぐやがビームの照射をやめる。スライムの壁は薄浅葱たちと鏡夜たちを隔てていた。

 鏡夜は説教台から降りると、両手の握りこぶしを握って、床に広がる烏羽の身体を殴りまくった。もちろん、スライムの柔らかな身体は物理的な衝撃を無効化する。しかし、ご存知の通り鏡夜の手袋は、それが生きていれば必殺になるほど強力な状態異常付与能力がある。叩くごとに増えていく状態異常。

 それが二十を超えたあたりで、スライムはびちゃっと液体状になって床に広がった。

「はい、無力化しましたよ?」

「んぐ、んぐ、んぐ」

「……?」

 勇者は懐から虹の刻印があるスキットルを取り出して、一気飲みをしていた。そして全てを飲み切って、ぷはーと、息を吐いた。

「切り札っていうのは秘めておくものなんだよ」

「――!? まずッ――!?」

 超人的な感覚が警鐘を鳴らす。鏡夜は眼前に出せる限り全力の《鏡現》の盾をはった。


 そして薄浅葱は口から業火を吐いた。

 アリアの祝福属性攻撃、炎のエレメントとは段違いだ。本物のドラゴンの炎。

 薄浅葱は炎を吐いた後、ガチンと口を閉じてコミカルに語る。

「使うタイミングを読むのが賢さの証さ。ちょっとでも躊躇えば僕が狩られてた。つまり最善! きっとね! ――さぁやろうか! 知恵比べ!」

 鏡夜は《鏡現》の盾を回り込んで迫ってきたスカーレットの剣を蹴りで弾いた。《鏡現》を一枚消して、再び手の中にその容量を使って武器を作り出す。もちろん剣だ。

 炎が強すぎる。盾は動かせない。この限定された空間で戦った方がいい。薄浅葱に移動されたら辛い。そこまで考えて鏡夜はかぐやへ指示を出した。

「薄浅葱さんをお願いします! 私はスカーレットさんを!」

 鏡夜はスカーレットと剣を切り結ぶ。かぐやはタタタタンとステップを踏むと、率先して業火スレスレを走り出した。

「ふふーん、光の勇者に転職させてあげるわッ!」

「僕は光よりも智慧の方が好きだよ、がおー」

 小さな少女のとぼけた吠えに合わせて業火が飛び出す滑稽さを横目に鏡夜はスカーレットを追い詰めていく。

 強い、強いが――正直だ。剣の軌道上に剣を添えるだけで止められる。不動なまま振るわれる剣戟をいなしていく。

「遠い……」

「近いですよ」

 鏡夜はスカーレットの腕を掴もうとした。すると、時間経過で状態異常から復活した烏羽が死角から鏡夜を攻撃する。

 もちろんさんざんぱら状態異常を使い倒していた鏡夜は時間経過で回復することもあると、理解していた。烏羽の不意打ちを避けて、鏡夜はスカーレットと烏羽へ両手で触れた。

 状態異常発症。しかも両者とも大当たりの“石化”。これで戦闘不能。動きを封じた。

「迂闊―――」

「――なのは君かもね」

 鏡夜は顎下を蹴りあげられて中空に浮いた。脳が揺れて視界が揺れる。世界が平衡感覚を失う。

 それでも無闇に強靭な五体は意識を保ち続ける。鏡夜はフラフラになりながらも両足で地面に降り立つ。

 傾いている視界に映る薄浅葱は。

「空を飛ぶ―――!?」

 薄浅葱はけらけらと言う。

「僕の系譜の仙人は、まぁ適切な分類をするなら天でねぇ。空を飛べるのさ」

 視界の外からビームが薄浅葱に降り注ぐ。しかし小さな探偵勇者がそれをひらりと飛んでかわした。

「ごめんなさい、我が君! その勇者――光線が効かないわ! 身体が液状になる! 駄目な私に罰をあとでお願いします!」

「い、や、しましぇんですけど……?」

 ぐらぐらする感覚が元に戻っていく。ダメージが回復し、鏡夜は頭を振って平常を取り戻した。

 彼はポツリと言った。

「―――血ですか」

「おっと、覚えていたかな?」

「もちろんですよ」



 “「驚くことかい? うん、そうだよ、灰原くん。彼も色彩一族だ。父様の弟、間違いなく叔父様だ。色彩一族はそこらへんゆるくてねぇ。例えば僕なんかだと、スライム、龍、仙人、シルキー、中国人、契国人、英国人が混じってるね。表に出てるのは英国人間とルーツの中国人間の二つだけだけどさ」”


 かつて薄浅葱から聞いた彼女の血に混じった種族。龍、仙人、そして液状――スライム。三つの特徴を発揮さられれば嫌でもわかる。



「その通り、さっきの筒に入っていたのは色彩一族の切り札――血脈の記憶を呼び覚ます秘薬、というわけさ。レインボー」


 そう言って薄浅葱は両手をスライムにして、両側に伸ばした。そのまま教会の壁に沿うように広がり、そこに龍の顎が浮かんで――四方八方から炎で吹き付けられた。

 鏡夜は舌打ちをすると。かぐやに駆け寄り、六方向を外側に向けた《封鎖鏡》で防御する。

「おっといいのかなぁ? 持久戦に切り替えたのなら、僕はこのまま退却して応援を読んでくるけど?」

 薄浅葱が一歩下がったのを見計らって鏡夜は、《封鎖鏡》を解除する――薄浅葱とは反対側の一枚を。そしてその容量を使って、鏡のナイフを生成する。ただし、出来る限り不格好に。鈍いナイフ。あえて刺さらないように分厚く生成した太いナイフを壁に向かって投げる。鏡夜の偽りのチート。呪詛の超人的感覚から導かれた跳弾ならぬ跳刃が壁に当たり、天井に当たり、薄浅葱を襲った。

「あっぶな!」

「見え見えの誘いですよ、探偵勇者さん」

「は、ははは。そうだね、僕の背後を狙おうと開いたのならばこんがりウェルダンだったさ。本当に君は戦闘知能だけは高いねぇ」

(こんなもの、能力のごり押しだよ)

 鏡夜は即座に完全な《封鎖鏡》で防御を固める。真っ暗闇の内部にて、かぐやが指先に光を灯す。

「どうするの? 我が君? 私が突貫する?」

「いやぁ、破れかぶれが通用する方ではありませんよ。さすが勇者」

 軽口を叩きながらかぐやと小声で情報のやり取りをする。話せる時間は短い。本当に薄浅葱が退却してしまう。ここで戦闘不能にしておきたい。

「そうですね、かぐやさん、ビームと炎をぶつければどうなります?」

「んー? そうですね、収束させれば出力は当然私の方が高いです。四方八方から来ても、まぁ潰せます。ただ身体がスライムになってるから無効化されますよ」

「問題ありません。私が突貫するので、炎を全部潰してください」

「え、危険じゃない?」

「今更です」

 そう言って鏡夜は《封鎖鏡》を解除した。すると四方八方からスライムで形作られた龍の顎から炎が噴射される。その隙間を縫うように鏡夜は跳ねた。かぐやのビームの照射で炎が吹き飛んでいく。その道筋へ飛び込んで、跳ねて跳ねて。天井も壁も床も壇へも、スライムが張り付いていない極小の隙間を踏んで跳ねて、踏み場となる《鏡現》を作り出して、薄浅葱へ跳んだ。空中かつ目前で、鏡夜と薄浅葱の視線が交差する。接触する。そして薄浅葱の後ろへ着地した。

「私の勝ちです」

「僕の負けだよ、ラブリーマイディアー! シルキーは家事適性が最高でねぇ。実は僕、ステレオタイプな良い奥さんになれるんだよ。あはは、だからけっこ―――」←弱点:【落ち着きがない】【集中しすぎる】【やる気がない】【状態異常:魅了】

 まくしたてるようにそこまで言って、薄浅葱から状態異常が消える。薄浅葱はしばらく口をパクパクさせると、ぶすっとした表情を浮かべた。

「……いじわるだな、君」

「聞かなかったことにしてあげましょーね!」

「僕は花も恥じらう女だからね」

 薄浅葱が地面に着地する。身体もスライムからただの人間に戻る。龍の炎も口から消えた。

 探偵勇者は両手を挙げて降参の意を示した。




【EXTRA STAGE】 Detective Braver『Usuagagi』&TomboyScarlet『Soa』



 Clear!



「うん、駄目だ。詰んじゃった。よし、僕は君に脅された。そういうことにしよう」

 逡巡もなく薄浅葱は提案した。

「私は脅しなんて、一度もしたことがありませんが」

「それは嘘――ってわけでもないのか。無自覚な畏怖ってのも罪深いものだね。まぁともかくとしてだね。君を見逃す理由が欲しいのさ」

 鏡夜は薄浅葱へ、言葉を続けるように無言で手を差し出す。

「ここでソアと叔父様と、そして僕の身命を賭してもう一度立ち上がるのも嫌だと言ってるんだ。それじゃあ――うん、そういう約束の元勝負をしたことにしよう。現実で戦い、勝てば逮捕、負ければ逃がす。鏡夜くんが鏡の世界を移動できるのは卑怯臭いってのはあるからね。同じ土台にあげるのに、交渉材料にしたと言えば賢さの補填にもなるだろう。負けたら世話ないんだけどね」

「言い訳臭いですねえ」

「もともと乗り気じゃなかったからね」

「貴女が乗り気だったことなんてありましたっけ?」

「あったようななかったような……まぁ、いくら日月の契国の王、柊釘真から直々に依頼されたとはいえ、これ以上の義理はないのさ」

 またか。また釘真の名が出るのか。

「釘真さんはいったいなぜこんなことをしたのでしょうねぇ」

「予想はあるけど、口にするつもりはないよ。確証のないことは沈黙がいいって最近教訓を得たばかりだしね。ただ、ぼくはこうするのは最善だと思ったからそうしただけさ」

「これが最善ですか?」

 床に横たわるスカーレット・ソアと床に液体のように広がる烏羽と、両手を挙げて降参し続ける薄浅葱を見て言う。

 薄浅葱は両手を挙げたまま肩を竦めるという器用な真似をした。

「負けは屈辱だ。でも要は見方次第だよ。僕の目端は――まぁ実は君が思うよりも利く。例えば今ソアが意識を取り戻したことぐらいは観察してすぐわかるさ」

 石化からようやっと回復したスカーレットは顔だけを上げてぼんやりと呟く。

「薄……浅、葱」

「ああ―――悪いね、ソア。僕は法の番人でも正義の味方でもなく、自分が賢いのだと実感したいだけの女なんだ。諧謔じゃなくてね……。いつも口に出してたんだけど――もっと早く言うべきだったよ」

 薄浅葱ちらりと鏡夜へ視線を向けて告げた。

「さあ、行くがいい、勇者と魔王を、君は踏み越えた。役割理論はもう終わり、現実への挑戦をはじめよう! 僕もするからさ!」

 薄浅葱はスカーレットを見ている。友情の為にスカーレットと話し合いをするのだろう。それを引き合いに出しているのだ。自分も不安感を抱いているくせに、自分を屈辱的とまで評して負かした相手を心配する。

「本当に貴女は、骨の髄まで、探偵勇者ですね」

 鏡夜は床にべたーと広がった、未だに石化している漆黒のスライムの表面をなぞる。そのスライムの体表は、あまりにも漆塗りのテーブルのごとくで、鏡夜の姿を映していた。

「それでは、また今度――」

 鏡夜は手招いたかぐやと共に、烏羽の身体を鏡と捉えて、そこから鏡の世界へ帰還した。


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