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決着の決塔  作者: 旗海双
第4章
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第一話「不機嫌魔王」

「―――撃ってください」

 鏡夜は半笑いで華澄に言った。華澄は冷たい無表情で鏡夜を見下ろしている。鏡夜は、はは、と演技めいて――実際演技なのだが――日常にいるような気軽さで今度は桃音に言った。

「踏みつぶしてください」

 桃音の足は鏡夜の胸を踏みつけている。その力は不動だ。だが、がっちりと押し付けられた靴裏は彼を押さえつけている。

(―――よし、まだ詰んでない)

 鏡夜は自分の想像を絶する出来事に逆に冷静になっていた。彼女たちは手段を選んでいる。不語桃音も白百合華澄も、鏡夜を無傷で捕えようとしている。ならまだできることがある。隙があるはずだ。

 鏡夜はかぐやへ言った。

「かぐやさん、申し訳ないのですが――逃走経路を用意していただけますか?」

 桃音にビームを発射しようとしていたかぐやは驚いた顔で鏡夜を見返した。

 鏡夜は自信に溢れた相貌でかぐやの目を見返す。こういう時こそ意地と虚勢を張るべきなのだ。みっともなく命乞いをするのはアウトである。鏡夜は不語桃音と白百合華澄を知っている。命乞いをして通ずる相手では決してない。

 なにより、かぐやが戦うのは悪手だ。まず鏡夜を確保されてる時点で八方塞がりだ。現状はかぐやにとって人質作戦と同意義だ。主を捕らえられたら駆け引きも何もない。生体とはいえ、人形は人形だ。そんな我が君なんてどうでもいいね! なに!? 隙を見せたな奪取! とか、機微を必要とする駆け引きなど彼女には不可能である。我が君、我がご主人、我が存在意義とかどうでもいいんだからね! とか論理からして破綻している。


 かぐやは焦った表情をしながらもこくりと頷くと鏡夜たちから距離を取った。そして鏡夜は、どうだ、と言わんばかりに舌を出す。

 ……目は二人とも揺れているが隙は出来ず、だ。まったくもって素晴らしい。敵でなく味方であればもっと良かった。

 鏡夜はそのままニヤケながら自分の胸を踏んでいる桃音の足を掴んだ。

「………」→弱点:【喋れない】【恰好良いもの】【状態異常:睡眠】

(よし、賭けの一つには勝った。毒とかだったら意味ねぇしな)

 桃音は数秒、意識を失う。だが、そもそも三人、正確には二人と一体で鏡夜を殺せる位置取りになったのは、鏡夜の状態異常付与能力への警戒故だろう。同時に状態異常にできるのは二人だけだし、さらに生物だけだ。桃音を一瞬無力化したとはいえ、もっとも致命的な心臓に狙撃銃を突き付けているバレッタに鏡夜からできる起死回生の策は、ともかくとして。

 ――チート能力のごり押しはできる。

 鏡夜は思いっきり額に突きつけられている銃口に頭突きをした。鉄の塊への頭突きだが額は無傷である。なぜなら額にぴったりくっつくように《鏡現》を作り出したからだ。

 バレッタが心臓へ狙撃銃を撃つ。

「バレッ――」

 華澄が焦った声を出す。鏡夜は言った。

「大丈夫ですよ」

 鏡夜は一瞬で立ち上がり、両手で額と胸を指出す。その両方に《鏡現》の板が張り付けられていた。

 桃音が睡眠から回復し、強く地面を踏みしめて鏡夜へ視線を向ける。華澄は一息と同時に懐から何かを取り出そうとする、バレッタは微笑を崩すことなく狙撃銃を無防備な鏡夜の首元へ向ける。

 そして、少し離れた位置にいたかぐやは全身を発光させた。スタングレネードじみた発光に鏡夜は目を焼かれるが、その激痛も視界も一瞬で回復する。


 眼前に華澄がいた。

(うっぷす……!)

 即座にナイフを取り出して首に差し出す桃音。鏡夜はそのナイフを――逆に自分の首に押し込んだ。

 華澄の顔は凍り付いたような無表情のままだ。機械のように正確な呼吸と視線。すげぇな。人の首をはんば掻っ切ってここまで素面を保てるものなのか。



 鏡夜は右手を華澄の顔に向けて突き出した。もちろん華澄はナイフから手を放し距離を取る。やはり。やはりこの手の状態異常を恐れているか。

 だが距離を取ったな。

 鏡夜だけなら敗北していたが――もう一体いるのだ。

 鏡夜はくるりと反転すると猛ダッシュする。首からナイフを抜く。絶望的な激痛と首から噴き出る血液すら無視して走る。


 かぐやと並んで走る鏡夜。脱出できたのはほとんど一発芸の領域である。二回目は無理だ。どうにか逃げ切る必要がある。遮二無二、ただ逃走する。第三階層から第二階層へ降りる階段へ滑り込むように入り込んだ。

 かぐやが後方に向けてごん太ビームを放つ。効果はあるのだろうか。確認するのは悪手だ。銃弾の音も桃音の足音も聞こえた時点で不利と心得るべきである。

 二体三は無理だ。勝負すら不成立だ。負けて終わりだ。やってられるか。絶対逃げる。第三階層から脱出し、第二階層【密林】をひたすら走る。以前、久竜晴水と遭遇した沼地へ、遮二無二に走り――そしてどうにか辿り着いた。

「よ、ごふっ、し!」

 喉元から湧き出た血を吐き出しつつも、鏡夜はかぐやの手を取ってその、沼へ飛び込んだ。



 沼の表面は鏡のように姿を映す。そしてそれが鏡ならば、鏡夜は鏡の世界にへ入ることができるのだ。


 鏡夜はぜぇぜぇと荒い息を吐く。どうにか首の傷も自動回復で治り、深呼吸を繰り返す。

 傷はどうにか鏡の世界へ入る前に完治したようだ。

 鏡夜はパチンと指を鳴らすと、鏡の世界は変化する。闇の中に広い畳の部屋ができる。鏡夜はそこに今度こそごろりと寝転んだ。

「あー………」

 かぐやは横になっている鏡夜の傍に座った。

「お疲れ様、我が君、これで一安心ね」

「そうでしょうか」

「え?」

 鏡夜はぼけーとした顔で作り出した木板の天井を見上げながら言った。

「誰にも言ってませんでしたが、この塔にある鏡の出入り口は、この沼地だけです。おそらく、決着の塔と外は、空間的に断絶しているんでしょうね。私達はここからしか外に出られません。つまり、ダンジョンの外に出るためには、一度沼から出て、決着の塔を下に降りて、出入口を生身で通る必要があるわけです」

「それ、かなりやばくない?」

「やばいですね。残念ながら」

 鏡夜は暗澹たる面持ちで溜め息を吐いた。

「ただまぁ、……少し休んでから考えます。おやすみなさい」

「……おやすみなさい、我が君、お疲れ様」

 鏡夜はなにもかもが面倒くさくなったので、畳の上で一旦仮眠をとることにした。



 〈1000年1月7日 午後〉


 鏡夜がふと目覚めた時、かぐやの造形美に満ちた顔が眼前にあった。

「……?」

 疑問に思いつつも後頭部に柔らかさを感じる。どうも、膝枕をされていたようだ。

「これは、失礼。枕や布団を用意しておけばよかったですね」

「え……じゃなくて、否! 私はすっごくこれでいいと思うわ!」

「ならいいのですが」

 鏡夜は身体を持ち上げる。空腹を感じる。鏡夜はもう一度大きなため息を吐きながら指を鳴らして、鏡の外の世界を覗き込む。

 見える範囲では密林のみが視界に広がる。鏡夜はそこに手を突っ込んだ。外から見れば、沼から手袋をつけた手がにょきっと生え出しているのだろう。安全確認はこれでいいかな。

「ちょっと待っててください」

「えっ、ちょ、我が君――」

 鏡夜はかぐやを鏡の世界に置いて沼地から出ると――離れたところに魔王と黒修道服の女がいた。

「あ、失礼しまし――」

「逃がすか」

 沼が凍り付いた。淀んで濁った氷だ。空気をふんだんに含んだ沼のまま凍ったせいだろう。

 鏡夜は沼と鏡と捉え、その表面に立っていたせいか。凍った沼に両足で自然に立っていた。鏡の世界への出入り口が封鎖された。

 鏡夜は絶望的な面持ちで周囲を見渡す。いるのは魔王ジャルドと黒修道女――アリアだったか、がいるだけだ。

 鏡夜は魔王に言った。

「わ、私相手には勝てないんじゃありませんでしたっけ?」

「ああ、俺一人じゃな。今は二人だ。そしてお前は一人だ」

「お二人でも足りませんよ! もっと仲間を集めてきましょう!」

「馬鹿か、魔王がなんで弱者の論理で動かなきゃいけねぇんだ」

「四天王とか……」

「あのアホどもはもう知らん。ちっ、嫌なことを思い出した。オレを不愉快にしたな、殺す」

(こわっ。たっけてかぐやさん!)

 鏡夜は凍り付いた沼を足でガンガンと叩くかどうしようもなかった。

(畜生! どういうことだ!? なんで魔王がいて、しかも臨戦態勢なんだ!?)

「どうでしょう? 私を見逃すというのは!」

「お前を捕まえた際に得られる褒賞を考えりゃ考慮にも値しねぇな」

「褒賞、ですか? なんですかそれ」

「なんだ、知らねぇのか。“塔京をごっちゃごちゃにひっくり返した犯人は、灰原鏡夜である。そうでなくとも重要参考人である。その当人は捕獲から逃れて逃走中である。捕まえた者に挑戦に利する褒賞を与える!”っつー布告があったんだよ」

「ふはは、なんですそれ? ろくでもないですね」

「俺もそー思うぜ。だが、ほら、世界中に指名手配されたお前を逃すのも? あんまよくねぇかなぁって、ぎゃははは」

「世界中とか、やめてくださいよ、ははは」

(笑いごとじゃねぇ)

「それに、お前、今弱ってるだろ? ボーナスゲームじゃねぇか」

 鏡夜は一瞬にして真顔になった。魔王の不遜さに反して、アリアは所在なさげに成り行きを見守っている。

「―――舐められてますね」

 なるほど、確かに舐められると危機的な状況に陥る。あの冒険者たちの金言はやはり正しかった。舐められてるから、今魔王と堕ちた聖女もどきと相対しているのか。それに誰がやったか不明だが世界中への指名手配も舐められている。

 ああ、そもそもだ。仲間に思いっきり捕縛されかけられたのも、仲間に舐められたからだろう。

 まったくもって、ただ意地と虚勢を張るだけで足りなかったということか。


 鏡夜は腹を括った。今回だけは、やりすぎなくらい意地と虚勢で突っ切る。はっきりと胸を張って言った。

「十分です」

「あ?」

「十分で片を吐けます」

「てめぇ、舐めんなよ」

「先に舐めたのは貴方ですよ、魔王陛下殿」




【EXTRA STAGE】Unpleasant demon king『jald』&Depraved saint『Alia』


  戦 闘 開 始



(魔王の能力は触れた相手に呪詛を与えること……しかしすでに限界値まで呪われているこの身体に効くことはねぇ)

 なので魔王は膂力以外、警戒は不必要だ。その膂力が人外の王に相応しく暴威であるのだが。

 もっとも注意するべきは真っ黒で赤い稲妻の走るシスター服を着た少女、アリアだ。

 聖女………真実そうであるかは知ったことではないが……を名乗るというからには、祝福があるのだろう。

 祝福持ちと戦うのは初めてだ。しかも恐らくそのハイエンドである聖女をかたる者。

 魔王も本来は頂点なのだろうが、常識外れに呪われている人間、つまりは灰原鏡夜がいるので一歩劣ることになる。

 鏡夜はスタスタと魔王とアリアに歩きで近づきながら、頭をフル回転させる。


 先ほどの凍らせる力が彼女の能力なのだろうか。なるほど、鏡夜へのメタとして素晴らしい。一気に沼を凍らされて逃げ場を封じられた。

 だが、それだけならばチートのごり押しで――。


 鏡夜は突然、魔王の後ろから吹き付けてきた炎を避けた。

「あっつ!? やっぱり! 凍らすだけじゃありませんでしたね! 服とか氷属性っぽささが不足してますし!」

「これは堕ちた聖女をイメージして俺が着せた」

「わぁ、魔王っぽい!」

 そんな軽口を叩きながら、鏡夜は魔王の拳を避ける。膂力は強い、だが速さや技量は桃音以下。けれど魔王の攻撃を援助するように吹き付ける、炎と氷結と水流と土石とのシナジーのおかげでなかなかに難易度が高い。鏡夜はそれに目を回しながら対応する。

(あっつッ!?)

(さっむっ!!)

(つめたッ!?)

(いった!?)

 エレメント。属性使いか。王道だ。純粋に手札が多く強力。さらに――。

「じびッ! か、雷とはまた豪勢ななななな」

 雷まで操られると対応の幅が広すぎる。いや、もしもアリアだけなら《鏡現》を二m四方に、巨大な盾を作り出して平押しができるが、魔王がいると回り込まれて横殴りされてしまう。

 前衛後衛がしっかり別れているとこうも強敵なのか。鏡夜は最小単位のパーティの強さを痛感する。

 どうにかこうにか致命傷を避けて《鏡現》で防ぎつつ、魔王ジャルドとアリアの猛攻をいなしていく。

 そして鏡夜は、容赦なくその紅瞳で魔王とアリアの弱点を見通した。

「オラオラどうしたァ?」←:弱点:【現実を後回しにする】【非生物】【限界まで呪われた生物】

「……」←:弱点:【喋らない】【うっかり】

(微妙なラインナップだな)

 まさかこの微妙なラインナップから弱点へ漬け込む方法を考える時が来るとは。【現実を後回しにする】はただの性格だろいい加減にしろ。【非生物】は生き物に呪詛を与えるなら当然だ。【限界まで呪われた生き物】って、つまり自分だろ。

 ……ということは普通に戦うだけで勝てるな。問題はやはりアリアだ。【喋らない】……は【喋れない】とは違うが、現実で起きていることは同じだ。祝福の傾向である。【うっかり】もまぁただの性格なのだが、これは利用できそうな弱点だ。ここを立脚点にして作戦を立てよう。

 さて、状態異常を起こす手袋のことは把握されている。触って状態異常を起こし、適当に魔王かアリアを気絶させれば勝てるがそれがまた難しい。

 鏡夜は凍り付いた沼を片手で押さえながら考える。

(この際だ。――相手の力を利用する)

【うっかり】であれば通じるはずだ。鏡夜は両手に《鏡現》のナイフを三本ずつ作り出し、それを全てアリアへ投げる。アリアはそれをおっかなびっくりしながら避けた。

 鏡夜の《鏡現》の性質は理解しているらしい。だが、それでいい。もともと当てようなどしていない。

 そして――炎が吹きつけてきた時、鏡夜は極限まで姿勢を低くして、それを避けた。ごろごろと転がるようにアリアの炎を避ける。

 もしもこれがかつて魔王と演舞をした時のような広場だったら、老龍のように真正面から戦うしかなかっただろう。

 しかし、ここは沼の上だ。凍った沼の上だ。だからやりようはある。


 魔王がアリアばかりに注力している鏡夜の顎を砕こうと拳を振るう。それを、下から飛び出したビームが魔王ごと蒸発させた。


「ひゅー」


 やったことは単純だ。氷を炎で溶かして、水溜まりを作る。それに足を突っ込んで、鏡の世界との扉を作り、そこからかぐやに攻撃させる。

 無言のチームプレイだ。

 鏡夜は水たまりに手を突っ込んで、かぐやを引きあげる。

 かぐやが地面に着地したと同時、アリアが振るった氷結の力を《鏡現》で防ぐ。先ほども考えた通り、巨大な盾を用意すれば属性をただ叩きつけるだけの祝福は防げる。

 そして、その巨大な《鏡現》の盾を、後ろから鏡夜は思いっきり蹴りつけた。砕け散った《鏡現》の破片は、全てアリアの方に飛び散る。

 そして、破片が数秒後、全てなくなったその視線の先に、アリアはいなかった。《鏡現》は壊れても数秒だけその姿を残す。

 つまり思いっきり割って飛ばせば破片は、その先にいる者を切り裂いてしまうのだ。

 咄嗟に閃きで行った攻撃だった。そのまま安直に《爆砕鏡》とでも名付けるか。



【EXTRA STAGE】Unpleasant demon king『jald』&Depraved saint『Alia』


 Clear!


 鏡夜は敵の影がいなくなったことを確認して溜め息を吐いた。

「ふー。まったくもって恐ろしい!」

「でも我が君ほどじゃないわね!」

「私は恐ろしくなんてありませんよっと。しかしまずいですね。致命傷だと、確か塔の外に放り出されるんでしたっけ? そうなると、私がここから出たことが丸バレです」

 連鎖的に鏡間移動では決着の塔外へ脱出不可能なことが推理できてしまう。

「時間も私の敵に回りましたか。急ぎますよ、かぐやさん。早く塔の外へ出ませんと」

「えたり!」

 そして鏡夜とかぐやは猛ダッシュで第二階層から第一階層へと降りて行った。


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