プロローグ「終わりの挿入(カットイン)」
神がいなくなった後の話さ。
一体の生体人形がいた。そいつは全てを失った。主も、仲間も、居場所も、何もかも。
されど妙な話だが、壊れずにおめおめと生き延びてしまっていた。
そしてその人形に会いに行った一人の魔法使いがいた。
「なんとも馬鹿らしい姿だね」、魔法使いはそう言った。
人形は沈黙する。否定から会話に入る不心得者に気分を害したってわけじゃないぜ。
そういう礼儀とか気にするのは人類と人外だけって相場は決まってる。
ただ、人形には答えるだけの気力がなかったのさ。
魔法使いはもちろんそれをわかっていた。だからこう続けた。
「なぁなぁ君さ、世界征服に興味ある? 世界をポケットに入れれば失ったものより得られるよ」人形は何も答えない。
「それなら……そうだ。君の地位向上というのはどうかな?」人形は何も答えない。
「興味がないのかな?」人形は何も答えない。
「オーケーオーケー、わかったよ。君は優しいんだね。それとも諦めが悪いのか。なら、やり直す?」
人形はぴくりと動いたわけだ。琴線に触れるものがあったんだろうね。
魔法使いはしめたという感情を隠しもせずに言ったわけだ。
「ならもう一度始めよう。失敗は成功の母であり、故に君は失敗という成功を導く精霊になれるのだ」魔法使いはそう言って、生体人形に魔法を掛けた。
それからだ。機械で出来た人形が生まれ始めたのは。
全ての機械人形の始まりは一人の魔法使いと一体の人形から生まれたんだ。
嘘じゃないぜ?
〔勇者と魔王のジョーク集 【機械人形の始まり】より抜粋〕
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魔王ジャルドはうっとおしい括りの持ち主である。とかく”お約束”を好み、その通りに行動する。そしてお約束のように人外が支配する世界を目指していると嘯き塔へ挑戦している。しかし、全身が入れ墨まみれの大柄過ぎる体格に反し、その責任感は王に相応しく決着の塔を未来への無責任な負債と看破している。誰もが納得できる決着のために人外の妄執を一心に引き受けている節がある――が、本当に勝ちにも来てもいる。
なぜなら、彼は魔族の王だからだ。
だから、魔王ジャルドは灰原鏡夜に敵対する。本物だと信じる、堕ちた聖女を引き連れて。
勇者薄浅葱は自分が賢いのだと実感したいだけの女である。
彼女は世界の在り方にも正しい社会の姿にもまったく興味がない。
しかし、彼女が己の能力によって成し遂げた功績が、呪いとなり彼女を”勇者”として縛り上げる。
そしていろんな政治的意図やら密約から駆け引きやら民衆へのプロパガンダとして”人類と人外の平和”というまったく血の通ってない願いを塔で叶えるために奮闘する羽目になる。なので彼女はまったく情熱を欠いている。
それでも、彼女は探偵であり、勇者である。
だから、勇者薄浅葱は灰原鏡夜に敵対する。お題目とやらを本気で叶えようとしている親友と、傍観者を気取っているスライムを引き連れて。
有口聖は異常なまでに感情に率直なシスターである。好きな相手はどこまでも好きだし、嫌いな相手はどこまでも嫌いだ。頼み事を断らないという祝福は、その実、彼女の公平さではなく不公正さを示している。個人の情と関係だけて生きている彼女は、最初からそこで完結している。
それでも、彼女は大真面目にシスターをすることが、己を全うすることだと信じている。
だから、シスター有口聖は灰原鏡夜に敵対する。鏡夜へ負い目を感じているただの見習いシスターを引き連れて。
契約の王柊釘真は自身の目的のために〈Q‐z〉に協力している。おそらくもっとも決着なき次の世界を見据えている日月の契国の王だ。
彼の目的は決着を使った後の世界で、決着をつけることである。そして、彼はそんな自身を嫌悪する。そんな自身の思想を、誰よりも唾棄すべきものと認識している。しかし、彼はその上で、自身の考えを貫くつもりだ。誰に対しても、何にも対しても。
だから契約の王柊釘真は灰原鏡夜に敵対する。契国の導きたる彼女を引き連れて。
聖女ミリア・メビウスは聖女になってもなお、聖女に憧れていた。その輝き、その魅力、多くの人のアイドルたる聖女になろうと決意をしている。そのために、彼女は苛烈に、激烈に、凶悪に、凶暴に、望郷教会をのし上がり、聖女の座を射止めた。その過程で、自身よりも祝福を持ち得る、とある少女を蹴落とした。その蹴落とした少女が近頃、自分の人生に再び現れて辟易していた。しかしもはやどうでもよかった。なぜなら彼女の野望は自身も気づかぬうちに変貌していたからだ。彼女の目的は世界に君臨することだ。
だから聖女ミリア・メビウスは灰原鏡夜に敵対する。凶暴で凶悪な、もう一人の自分を引き連れて。
魔術師白百合華澄は”判断”を間違えない。スパイとしての高いスキル。シビアすぎる状況分析。過剰なまでの自負と、冗談のような運命の祝福。災害にも例えられる鉄火を持ち。一年前まで見通せる万能従者を侍らせる。
いいとこどりを浪漫と謳う無敵で無疵なプロフェッショナルレディ。魔王ではない、勇者ではない、英雄ではない、聖女ではない。
白百合華澄は、間違えない。圧倒的な”強者”と呼ぶに相応しい『人間』だ。
それこそ―――――”弱点がない”ほどに。
だから魔術師白百合華澄は灰原鏡夜に敵対する。そうであった過去を愛でる機械人形を引き連れず。
不語桃音はいつも五月蠅い。言葉は絶無。意思さえ不明。真の沈黙者。
しかし、それでも彼女は五月蠅い。動きが喧しい、やることなすことぶっ飛んでいて、その挙動は誰もが注目する。
不語桃音は―――――――を目的としている。
〈格好良いもの〉に弱いからカッコいい好みの鏡夜に惚れたとか語られることを好むから自分のことをたくさん語ってくれる鏡夜が好きだとか、理由を”音”にすることはできるけれど、こと不語桃音に限っては不正確だ。
結局彼女の本質は語らざる者であり、語られる者、アンタッチャブルだ。呪いによって伝達不可能と確約された彼女は、解釈を完全に拒絶する。
だから不語桃音は灰原鏡夜に敵対する。たった一人の、代弁する者すら置き去りに、自分だけを引き連れて。
さぁ、清算をはじめよう。




