第七話「Impossible obstacles than the elder dragon」
【THIRD STAGE】 question『CutOut』&Elder『Dragon』
戦 闘 開 始
地面を跳ね、波のように迫ってくる老いた龍。馬鹿げた速さと質量を持つ怪物から、鏡夜は目を逸らさなかった。
華澄とバレッタが龍に銃撃する。美しくのたうち弾丸を避ける老龍を、鏡夜は直視し続けた。
かぐやのビームすらも、光を先読みしているように潜り抜け、眼前まで迫ってきた老龍。透徹した黄色い龍の瞳を、鏡夜は真っ直ぐ見返した。
ついに鏡夜を全力で噛み砕こうとする龍の顎。鏡夜はその顎を右足で蹴りつけて止めた。《鏡現》は作り出さない。老龍は〈Q‐z〉とは違い、鏡夜たちの戦法や武器を知らない。勝ち目があるとすればそこだ。
老龍は鏡夜をにらみ、牙を噛みしめる。鏡夜は右足をしなるように降りまわして老龍を弾き飛ばした。
老龍は深入り……しない。すぐに引いていく。竹林全体を利用して常に機動し続ける。円の形と思えば直線にも跳ねて縦横無尽だ。
……彼は食べることも眠ることもない、生き物の形をした機械だ。彼に油断も慢心もありはしない。
「……」
鏡夜は冷たい無表情で、身体をいつでも動かせるように揺れながら老龍を見据え続ける。
だが、乾いて罅割れた肉体だ。時の刻みが表皮に現れている。これは生体機械に過ぎない。そうだ。魂などありはしない。知性などありはしない。
超えられない壁などではない、と自分に言い聞かせる。
鏡夜は仲間たちの居場所や行動すら認識から消していく。華澄が機関銃を取り出し、バレッタがバズーカを取り出し、かぐやと桃音が老龍を鏡夜へ近づけさせないように大暴れしている音も気配も、世界から失くしていく。
集中する。言葉にすれば、たった一言で表せる行動に、全身全霊を傾ける。
完全にゾーンに入り切る前に鏡夜は、静かに言った。
「信じます」
鏡夜は、誰よりも前へ駆け出した。
老龍が鏡夜へ再び噛みつこうとする。鏡夜はそれをステップで避けようとした。しかし老獪な龍は直前で頭を捻ると鏡夜を巻き付こうと囲い始める。
「それは想像しました」
鏡夜は地面スレスレを這うがごとき低空飛行で飛び出し、老龍と地面と隙間を潜り抜けた。
地面に手をついて着地。回転し、老龍に向き合う鏡夜。
老龍がもだえる。きっと仲間が攻撃しているのだろう。避けて無駄な動きをしているのだろう。全員の補助がなければ、鏡夜は即座に殺されている。下を潜り抜けた時、押しつぶされたら死んでいた。だが、その最悪の想像は現実になっていない。
そうだ。鏡夜は一人ではない。今の鏡夜には真白の世界と老龍しか見えていないけれど、それでも一人ではない。
仲間がいて――なによりも、尊敬すべき敵手がいるのだ。
鏡夜はここだと判断して、両手に作り出した《鏡現》の大鋏で老龍を迎え撃つ。その刃が老龍の鱗に――突き刺さらない。弾かれた。
しかし鏡夜は慌てない。パニックになる精神的余剰すらなくして老龍と戦っているからだ。老龍は、意識がないが馬鹿ではない。例え不意打ちだろうと絶対に鋏が危険だと判断できるし。ギリギリの刹那。体躯をねじり、側面から鋏へ体当たりする、その神域の絶技を行える。
驚嘆するのは――できるのは観客のみだ。
そして驚嘆せぬ踊りのパートナーたる鏡夜は、弾かれた方向へ思いっきり身体を投げ出す。転がりながら新たに作り出した《鏡現》のナイフを空中に作り出し、その持ち手の底を蹴って投げナイフならぬ蹴りナイフを突き立てようとする。
そして――見事に、その胴体に、一本のナイフが突き刺さる。
鏡夜の想像ですら成し遂げられなかった快挙だった。きっと桃音が蹴りを入れて避けて隙ができたのだろう。あるいは華澄が隙間を縫うようなピンホールショットを撃ち、それに惑わされたのかもしれない。
だが同じことだ。鏡夜は信じた。これは絆の力ではない、仲間と力を合わせているわけでもない。
ただ、認めただけだ。彼女たちは自分よりも強いと。老龍もまた、自分よりも強いと。
認めた上で、自分が勝つ。
どんな神よりも神々しく、どんな嵐よりも荒々しい――あの蝶の嵐なんかよりも――そんなものを相手にしたとしても。
鏡夜は立ち止まるでもなく、下がるでもなく、前へ前へ前へと踏み込んでいく。
集中力が極点まで達した時、鏡夜の口は自然と動いていた。
「貴方の歴史と託された〈祈り〉に敬意を持って―――私は貴方を打ち倒そう」
背負えない。背負っていくと、貴方の想いを受け継いでいくと、言葉にするだけで――確信する。できない。
例えこれから先、千年前の勇者と魔王が何を考えていたかとか、あるいは望郷教会や冒険者組合や秘密結社アルガグラムを切っ掛けにして、千年の歴史の真実とか、老龍に託された〈祈り〉の詳細を知ることができたとして。
きっとそれは、たった今千年と相対している、この刹那を超えることはないだろう。
「私は貴方を背負えない。駆け抜けるだけです」
だけだ、だけだ、だけだ。それだけで――目の前の龍を、倒せるのか。万が一届いてしまったとして、そのまま〈祈り〉を踏みつけることができるのか。
誰かのためと言い訳しない。より大きな大義を持っていると嘯きもしない。鏡夜は例え勝っても負けても、自分のためだけにしか戦っていないのだから。
話し合う? 理解し合う? まさかまさかまさかまさかまさか――それは、知性体にだけ許された贅沢だ。打ち倒せ、打倒しろ、戦え――それがどれだけ遠く無理な難行だったとしても――。
龍の尾が鏡夜の防御の隙間を縫って、右腕を切断する。圧倒的呪詛たる服のおかげで外見上は汚れも血も浮き出ていないが、完全に服の中で、肩から断ち切られた。
超えさせない、ではない。超えろ、超えろと千年、ただそれだけのために動き続ける絡繰り老龍。容赦がない。悲痛なほどに妥協しない。
ああ―――重い重い重い重い重い痛い痛い痛い痛い。
しかし――覚悟は、揺るがない。
鏡夜は龍の胴体の上に乗った。龍が大暴れするが、跳ねて掴んで跳ねて、その身体を巧みに登って行く。そして両手でうまく老龍を掴むごとに、状態異常が弱点として発症していく。毒で麻痺で睡眠で恐怖で魅了で、生体が発症しえる思いつく限りの状態異常が積み重なっていく。
重い荷に限界を迎えて、いつかは老龍のことを薄れさせて、忘れるだろう。灰原鏡夜は、根本的に軽薄な男だ。精神的プレッシャーを長い間持ち続ける強さなどない。灰原鏡夜は本質的に惰弱な男だ。
鏡夜はついに老龍の首まで到達する。左手に作り出したのは《鏡現》の大鋏。老龍の瞳は未だ透徹して、まるで黄金のようだったけれど、鏡夜の紅瞳はまともに動くことすら難しい状態異常の数々を老龍に見て取る。
だから―――駆け抜けるしかないのだ。背負えない。認めよう。認めるが故に、老龍の歴史が時間の闇に消える前に――早く、速く、何よりも早く、〈決着〉へとたどり着こう。
「忘れないとは言いません。私は貴方を背負えない。ですが――貴方を決して無駄にはしない。幻想にはしない。それが、私が貴方へ果たす責務です」
そんな背負い込むだけよりも、もっともっと難しい選択肢を選びとって、想像するだけ不可能の障害たりえた老龍の首を鏡夜は、バチンッと断ち切った。
鏡夜は落ちていく老龍の首と共に地面へ落ちながら、これは皮肉ではないのですが、と呟いてから言った。
「首は断ち切れても想いは断ち切れないと良いですよね……?」
【THIRD STAGE】 Question『CutOut』&Elder『Dragon』
Clear!
鏡夜は背中から地面に落ちた。
「かはっ……」
そしてあらゆる周辺情報と自分の状態が、鏡夜の世界に戻ってくる。
「これはッ……なかなかキツイですね……ッ」
右肩からの激痛が一番だが、致命傷ではないと見過ごしたダメージが全身のいたるところに刻みつけられていた。
仰向けのまま左手で右肩を掴む。眉をひそめながら感触を確かめるが、急速につながってきていた。自動回復は変わらず働いている。
今までで一番のダメージだ。まともに起き上がるのも難しい。
日が沈む寸前の、逢魔が時。薄明の空に一匹の蝶が飛んでいる。
『”奇跡”を起こしたな。いや……お前の存在こそが”奇跡”だったのかもしれない。奇跡的に、都合が悪い』
蝶から声がした。久竜晴水――キー・エクスクルの声だった。桃音、かぐや、華澄、バレッタが鏡夜の傍に近寄って、傍に立つ。蝶はそれを気にすることもなく、ひらひらと鏡夜の上を飛びながら雲をつかむような話をする。
『あの龍こそが真の理不尽だろう。そしてそれを打ち倒したお前こそが冒険者の鑑だ』
鏡夜は急速に回復していく身体を横たえたまま、エクスクルの宣告を聞き続ける。
『だがお前は―――最強ではない。あらゆる難敵を呪詛の頂で薙ぎ払う最強の主人公ではない。最強のヒーローではない』
鏡夜は脱力して倒れたまま溜め息交じりに言った。
「それでも貴方たちに負けませんでしたし、これからも負けませんが?」
『だがお前は、パーティの中で一番弱いだろう?』
(何を当たり前のことを)
精神攻撃のつもりだろうか。それならばまったくもって遅すぎる。それならば第一階層あたりにやらなければ効果がない。
エクスクルの声を届ける声はひらひらと鏡夜の膝の上に乗った。
『白百合華澄はお前より強い。不語桃音はお前よりも強靭だ。バレッタ・パストリシアは、お前よりも高性能だ。かぐやはお前よりも万能だ。それがお前の【弱点】だよ」
「意味が、わかりませんが」
「そしてお前は――愛されている。それがお前の【盲点】だ」
そして蝶ははじけ飛んだ。華澄が拳銃で撃ち抜いたのだ。華澄はゆっくりと拳銃を垂らしながら言う。
「今まで黙っていて申し訳ありませんが――リコリス・エーデルワイスが、今朝自首しましたの」
「………………はい?」
華澄は感情の読み取れない表情を浮かべている。
「わたくしと貴方との取引を覚えていらっしゃいますの? “アルガグラムの人形使い捕獲に協力してくだされば―――、貴方たちが〈決着〉を手に入れられる手伝いをしますわ”そして貴方はこう言いましたの。“私は決して貴女を侵さない。己であることの尊さを、人間的な生活のすばらしさを体現する貴女を。私は決して、侵害しない。〈決着〉で叶える願いは、果てしなく貴女に無害にしましょう”……と」
鏡夜は息を呑んだ。
「人形使いが拿捕できたのですから、もう手伝いはいらないですわよね。ああ、それと。貴方が叶えようとしている願い――全身の呪詛を取り除き鏡の魔人、灰原鏡夜をやめる、でしたわよね」
(――“愛されている”。白百合華澄は、灰原鏡夜を信頼するほど好意を抱いている)
鏡夜はまったく想像もできていなかった危機を前にして絶望した。
「――その〈決着〉で叶える願い。わたくしに、最悪なほど、有害ですわ」
鏡夜は桃音に胸を踏まれて、その額に拳銃の銃口を、心臓にバレッタの狙撃銃を突き付けられた。
そしてこの瞬間の鏡夜には知る由もないことだけれど、まったく同時刻。塔京に大混乱を引き起こした下手人として、鏡の魔人、灰原鏡夜が柊釘真の手によって全世界に指名手配犯として発表されていた。
白百合華澄は、判断を間違えない。だから――間違えたのは、灰原鏡夜だ。
不語桃音は、何も語らない。だから――語るべきだったのは、灰原鏡夜だ。
世界は説明を求めていた。だから――最初から、沈黙と非コミュニケーションで何かが解決するわけがなかったのだ。
もう一匹の蝶が竹の上に止まっている。そしてそこから嘲るような、挑戦するような
〈Q‐z〉の首領の声がした。
「生きることは難しく大変だ。不可能の連続だ。障害の雨だ。絶望はそこらに散らばっていて老若男女関係なく、突然危険に襲われる。超えられない壁を超えた――それで、次がもっと高い壁ではないとは、神も仏も保証しない。俺が保証しよう。今度の“遅延”は、効くぞ」
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