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決着の決塔  作者: 旗海双
第2章
36/59

第九話「第2フロア クエスト『デッドエンド』」

〈1000年1月5日 午前〉


 鏡夜はしばらく唸ってから起床した。寝起きが悪い男である。どれだけ決意を改めようが、それは変わらない。ぼんやりしながらも耳を澄ます。音楽は聞こえない。二日連続で演奏していた桃音だが今日は違うらしい。

 とりあえず、窓を開けて外を眺めてみる。……いない。自室を出てリビングを観察してみても、ものが散らかっていない。

 まさか……何もしてないのか!? ……問題ないけど? 何驚いてんの自分?

 とかを考えつつキッチンから聞こえる料理の音を聞き流しながら朝シャワーを浴びて、席に着く。

 かぐやと桃音によって料理が並ぶ。……並ぶ……。並ぶ。


「……」


 並ぶ。色とりどり、美しいほど鮮やかな朝食が大量に並べられていた。まるでフレンチノコース料理のように大きな皿に小さく盛り付けられている……が、多い。

 桃音は満足そうな――と鏡夜が勝手に思っただけで実際は無表情で――鏡夜と朝食の写真を撮っている。

 ……どうやら今日は朝食と写真の日だったらしい。


「いいんですけどね? 以前薄浅葱さんだか華澄さんだかに聞いた難事の前に大量に食べるのはやめた方が良いというアドバイスをぶっちぎってますが……うん。食べ物は一つ残らず大切なものですし、おいしくいただきましょう」


 鏡夜は頷いた。そういう風に納得しよう。


「ところで桃音さん? 背中に何を背負っていらっしゃるので?」

「………」


 桃音は背中に大きな細長い板のようなものを風呂敷に包んで背中に背負っていた。桃音は淡々と席について手を合わせてから朝食をとる。

 鏡夜は助け求めるようにかぐやに目を向けたが、かぐやはさぁ、と両手を上に向けるジェスチャーをするだけだった。





 決着の塔攻略支援ドームのエントランスで華澄とバレッタと合流する。そしてダンジョンアタックに入ろうとしたのだが。鏡夜は染矢がものすごく不機嫌そうな顔をして受付に座っていることに気づいた。


「どうしました? 染矢さん」

「灰原さん……」


 染矢は一枚の紙を鏡夜に手渡した。真顔の久竜晴水の顔写真の下に、探索依頼と大きな文字が書いてある。依頼主は国際決着塔委員会と書かれている。


「やられました。支援ドームの前身である国際決着委員会は解散しているのですが、委員による支援システム監査改善の権限は残っていて……委員会の臨時復活から監査要求。不公正だと判断。競争者は互いに失踪しても探索し、そして発見者へ報酬を渡す。故に安心して攻略に望める上に、条件として極めて公平になるだろうと……ねじ込まれました」


 染矢は死んだ魚のような目でぶつぶつと呟く。


「何を言っているかよくわからないんですけど」

「私もわかりません。無理を通して通りを引っ込ませたので明らかに論理が通っていません。……とりあえず、久竜さんを探し当てれば、いいものが貰えるそうなので……はぁ」


 染矢は憂鬱な溜め息を吐いて下を向いた。どうも、さらなる会話は望めそうはない。もともと鏡夜は久竜を、できればという前置きはつくが探していた。 報酬が貰えるなら是非もない。不公正は悪いことだが、鏡夜にとっては悪くない。

 第二階層を攻略したらもう少し本腰を入れて探すのもいい、と思いながら鏡夜は、パーティメンバーを連れて慣れたように塔に突入した。

 第一階層を通り抜けて。

 第二階層への扉前で立ち止まる。


「恒例のブリーフィングですか」

「ですわ」


 華澄は頷いて、全員を見る。


「バレッタとかぐやさんは、地上から遠距離攻撃でカバーしてください」

華澄は両手を拳銃に形にして言う。

「わたくしは、灰原さんと【朱雀】……【フォーナインバード】に搭乗して、空中戦を行いますの」


 華澄は桃音へ言う。


「不語さんは……遊撃?」


 桃音は無感情に華澄を睥睨する。華澄は惚けたような顔で言う。


「冗談ですわ、わたくしの長物を貸しますので、援護お願いしますわ。背中のソレはご随意に」


 華澄はあっけらかんと言って背後から狙撃銃を出して桃音に渡した。


「え? 華澄さん、桃音さんが何を背負ってるかわかるんですか?」

「何を言わんや、この方が貴方のためにすることですし、当然ですわ。それよりですの」


 露骨に話を逸らすように華澄は、ブリーフィングへ戻った。鏡夜も素直に従う。別に、邪魔にならなきゃそれでいい。


「弾も光も風圧や拡散で無効化されてしまうのですけれど。で、―――飽和攻撃すればよいだけですわ、そうでしょう?」

「一理ありますね」


 毒ガスを噴射するなら、銅の巨人、クエスト『デッドエンド』には毒ガスの貯蔵庫があり、貯蔵庫があるならば限界があるはずだ。例えリアルタイムで生産していたとしても、全身から全力で噴き出し続ければいつかはカツカツに底をつく――。


「現状クエスト『デッドエンド』がブラックボックスである以上、飽和ラインがわからないので、割合希望的観測ですが……わたくしたちが加われば、片付きますわ」

「りょーかいしました」


 鏡夜たちはブリーフィングを終えると、ついに第二階層【密林】へ突入した。



 最悪、【密林】に入った瞬間、入口殺しが来るケースすら想定して構えていたのだが、おはようございます死ねは起きなかった。そういえば第一階層に入った時には即座にストーンゴーレムが降ってきたものだが、第二階層では起きなかった。薄浅葱は第一階層に試練のニュアンスがあると語った。なら第二階層は?

 〈Q-z〉のロボットのせいでダンジョンの内容が変化しすぎていて意図が読み切れない。薄浅葱(うすあさぎ)なら“らしい”説明をつけるだろうが、今はいないのだった。


 バレッタがくすくすと笑いながら両手を天に掲げて振り下ろすと、前方に武装ヘリが現れた。

 契国軍正式採用武装ヘリ【フォーナインバード】、通称【朱雀】。が、素人の鏡夜は、ゴツイ、デカイ、ツヨイと全身で訴える火器とレーダーと機体にただただ圧倒されているだけだった。


「密林なので迷彩柄がキュートにマッチしておりますわ」

 

 武装ヘリを愛おしげに撫でる華澄。


(景色に溶け込んでるだけじゃないですか?)


 ……とはツッコまないでおいた。作戦前に人の気分を害する気はない。華澄が油断などするわけがないし、戒める必要はない。

 しかし本当に華澄は幸せそうだ。わかってはいたがミリタリーマニアである。

 操縦席に華澄が座り、後部座席に鏡夜が乗る。

 華澄は操縦席にある、一つのメーターを指さした。


「気圧高度計ですわ。本来は高度と気圧の反比例から高度を測る計器なのですが……こちらがありえない下がり方をすれば……」

「毒ガスが来たと」


 つまり強い風圧がかかれば、気圧から高度を測定する機器が感知して、低く飛んでいると誤認すると――本来の使い方と全く違うな。クエスト『デッドエンド』相手にしか使えない変則的使用方法である。


「ですの」

 

 華澄は頷いて、前を向く。


「では発進! ですの」


 華澄が操作して離陸準備をする【朱雀】。


(うるせぇ! エンジンの音がうるせぇ!!)


 なまじっか強化された五感のせいか、ヘリの回転の音もどんどんと大きく強くなっていくのが痛切に身体に響く。


「ヘルメットとか……」

「着けれますの? 装備不可な貴方が」

「……なんでもありませぇん」


 そういえばそうだった。灰原鏡夜は服が脱げない、アイテム使用不可にもう一つ、デメリットがあるのだった。

 ヘルメットは流石にアウトだろう。


 朱雀は空に飛びだす。密林の空を駆けるヘリの中で鏡夜はうんざりして言った。


「ああ。もう、見えますねぇ」


 【密林】のボス、怪鳥とクエスト『デッドエンド』だ。鳥と巨人。

 朱雀は真っ直ぐに、銅の敵たちを打ち倒すためそちらへ向かう。

 鏡夜は悲しげに、誰にともなく問うた。


「空の覇者は、はたしていったい誰なんでしょうね?」



―――【SECOND STAGE】 Quest『DeadEnd』&Phantom『Bird』



戦 闘 開 始





 クエスト『デッドエンド』は腰を深く落とし身構える。重戦士が行うような堂に入った所作。毒ガス放射の準備だろう。重心を落として、自身の風圧で倒れる危険を予防しているのだ。


「大丈夫なんですか?!」


 鏡夜の問いに、華澄は獰猛かつ上品な笑みを浮かべた。


「―――教えてあげますわ灰原さん。戦闘ヘリに勝てるのは、対空砲火だけですわ!!!」

「……ホントにッ、貴女って浪漫にぶっ飛んでますねぇ!」


 超巨大ロボットは対空砲火じゃないからいける(迫真)は本当に狂人の発想である。

 が、残念ながら白百合華澄とは華々しい浪漫と泥臭い実務に二重に狂った魔術師だった。

 今更である。

 朱雀は急旋回した。


「早い速い迅い!!! Gが、Gかかかりますッ!!」


 全身にかかる重圧がきっつい。鏡夜は右側に身体を押し付けられる。全身の血が(かたよ)る。武装ヘリ特有の現象かと思ったかが、何かがおかしい。

 違う。鏡夜は魔人だ。にもかかわらず、明らかに――。


「気圧計、予兆! 堕ちますわッ!」


 朱雀のプロペラが止まる。自由落下する朱雀。天井に伸び上がるような地獄のような負荷。


「いっ、ぎぃ――!?」


 今まで感じた経験のない――そして感じるべきではない体液が身体の片方へ偏り、さらに頭の方向へより傾く地獄のような感覚に、鏡夜は悲鳴を上げた。

鏡夜が意識を少し混濁させながら空を見れば、毒ガスの暴風が堕ちる朱雀の上を通ったのがわかる。

 避けられてる、避けることはできているが。


 明らかに、人間の肉体の限界をぶっちぎった急旋回にして急停止だった。

 桃音が素早く機器をいじり、再びプロペラを回転させて、朱雀は体勢を立て直して浮かび上がる。

 ……そして、強靭な鏡夜と比べて、無改造の華澄のダメージはさらに深刻だった。


「華澄さん貴女、目が――」


 華澄の片目が真っ赤だった。人間の身体の限界を超えた血液の偏りにより、毛細血管が破れたのだろう。手も震えている。


「目だけじゃありませんわ。内臓のダメージと脳も少し―――そして」


 白百合華澄はプロフェッショナルである。故に自分の状態も完璧に把握し、そして状況も認識していた。

 その上で、彼女は行けると判断する―――。



 白百合華澄は、判断を間違えない。



 華澄は口の中で何かをかみ砕いた。魔法のように治っていく。奇跡のように瞳が白く回復し、震えていた身体も揺れていた瞳も通常のものに戻る。


 何が、と驚愕している鏡夜に華澄は告げる。


「アルガグラムの傑作。ソーマ剤ですわ」


 文献に名が残る神の飲み物に、錠剤の文字をくっつけた薬品である。アルガグラムが総力をかけて再現した癒しの薬だ。

 ギリギリ。本当にギリギリだが化学及び薬学の範疇に引っ掛けて押し込み、実現した”化学の奇跡”。ちなみに一錠一億円である。

 神域の飲料を再現したとはいえ、やはりオリジナルには届かない。それは寿命を延ばさない。それは病を治さない。それは霊感をもたらさない。


 しかし、速攻であらゆる外傷を治療する。


 ソーマ剤の回復の力は常識外れに華澄を癒した。ほぼ一秒で、重傷だった華澄は全快する。


「過激すぎでは!?」


 鏡夜は叫んだ。

 華澄はそんな鏡夜に笑う。


「貴方が――いいえ、わたくしたちが、足を止めているのが、なんだかとても我慢ならないんですの」



 これしかない、と判断したのもそうだが。より大きなモチベーションとして、白百合華澄の中では、その想いがあった。


「だいたい、ムカつきませんこと?」


 口に出して、一瞬にして熱が入る。頭は冷え切っていて、行動は繊細に完璧に。されど想いを高らかに。


「クエスト『カーテンコール』は傑作でしたからまだよろしい。クエスチョン『パレード』は特殊機でしたからまだよろしい。クエスト『デッドエンド』は強大だから、まだよろしい。まだよろしいまだよろしい――。そんな言い訳で、通常兵器がかませ扱い? ああ、ムカつきますの! 違いますわ! 作戦が駄目なんですの! 分析が駄目なんですの! 最適化がまるで足りていないだけなんですの! その証拠にわたくしたちは短期間で攻略している――! 攻略しなければならない! 人形使いに負けるわけにはいかない!」


 レバーを叩きつけるように引き、鋭い眼光で正面の銅の巨人を貫く。向こう側に誰かを迎え撃つように。


「エーデルワイスはそこに辿り着いている! 機械と技術によってたどり着く地平を至上の浪漫とする我々へ背信し、神代を取り入れてそこにいる! そして、わたくしは――神代なしに、武器と工作でそこに辿り着こうとしている! 足りないことを認めましょう。やはり、灰原さんたちがアタックポイントに必須であることを認めましょう。呪詛と祝福が、必要なことを認めましょう。ですが、ですが!!! いつか必ず! 明日にでも! 今日にでも! わたくしたちは、神代の遺物など必要なしに、そこに辿り着く!」


 華澄はもう一度口の中のソーマ剤をかみ砕いた。無傷の人間の少女が喝破する。


「ならば、浪漫狂いのアルガグラムが、想いに妥協するわけがありませんわ! ああ、後八錠もありますの――。急旋回! 急上昇! 急降下! まだいけますわ!!」



 言葉通り、気圧計の変化に合わせて、人体の限界を超えた機動で朱雀はクエスト『デッドエンド』へ向かう。

 華澄は歯を見せて笑う。綺麗に歯に沿うように錠剤が配置されていた。口の中なんていう、不安定な空間でちゃんと一個ずつ使えるのか、大丈夫なのかと思ったが、華澄がミスする状況を想像できない。それが答えなのだろう。


 ただ、にしても、ノリノリが過ぎていた。優雅で流麗だった華澄らしくないように感じる。華澄ならば当然だと納得したような気分になった。



 けっきょくのところ、女傑である。



 朱鉄の雀と銅の巨人が応酬する。アクション映画感がヤバい――ぜひとも当事者ではなく映画館で観たかった。


(誰か代わりにやってくれるスタントマン用意してくれェ!)

「ロックオン! シュート!」


 華澄のコールと操作に合わせて、朱雀の両脇に抱えられた砲から弾が連射される。至近距離だ。決まった。勝った。

 勝ってくれ。そんな鏡夜の願いも虚しく裏切られる。


 武装ヘリの銃弾の雨は――クエスト『デッドエンド』から猛り狂う圧倒的風圧によって空中で勢いを失い、地面に落ちて爆発する。爆散する密林。


 風圧のバリア。こいつ無敵か? クエスト『カーテンコール』にも感じなかった圧倒的さだ。


「自然は大切になさいましッ!!」

「同意見ですけ、どォオオ!?」


 急旋回、からの急上昇。側面から地面にかけて、全身がバイオレンスなGを感じる。


 決着の塔第二階層【密林】は自然ではない。一から十まで生命操作技術によって制作されたダンジョンである。だが訂正を入れる暇もない。




 色なき豪風を纏う銅の巨人の頭の上で、怪鳥と【朱雀】が相対する。応酬し、相対し、誘導し、そして離脱して、ようやく朱雀は怪鳥に辿り着いた。

 いつ下方から毒ガスが噴き上がるかもわからない位置取りだが、華澄は自信満々に言い放った。


「空はアナタのものではない――この時代の鳥はアナタだけじゃありませんのよ?」


 機関砲を容赦なく、撃ち尽くす勢いで浴びせる朱雀。怪鳥は全身をずたずたに引き裂かれて空中で爆発四散した。


 おつかいクエスト全省略の上、ボスをごり押しで打倒である。


「さぁ、灰原さん、空挺兵ですわ! 悔しいですけれど、ここは貴方にお任せするしかありませんの」


(任せるしかない? WHY? 空挺? WHAT?)


 プロペラの回転する音が耳に響く……。


「こっから降りるんですか!?」


 取り繕う時間もない。鏡夜は驚愕で叫ぶ。

 死ぬだろどう考えても。頭おかしい。無理。無理オブ無理。怖い。腹の底から震える。



 華澄は告げる。


「上空にいるわたくしたちに吹き上げない――間違いありませんの。打ち止めですわ。チャンスは今しかありませんの! 一撃で! 今!」


 鏡夜は直感する。うっすらわかっていた。もしかしたら、もしかして、と思っていた。しかしありえないとも感じていた。

 プロ意識と耽美趣味が両立するアルガグラムの魔術師は――白百合華澄は、灰原鏡夜を信用しているのではない。もっと重く、もっと大きく、もっと深く――。

 仕事人のお嬢様は、こんな妖しい魔人を、信頼してしまっているのだ。


 鏡夜は心の中で意味をなさない雄叫びをあげると、ヘリの中で立ち上がった。自動的に開く窓。強く強く強く吹き込む風。頭がおかしくなるほど高い空と遠い地面。


(呪うなら恐怖も呪縛しておけよ中途半端だなぁクソォ!!)


 彼の心は誰にも呪われていない――。自縄自縛の、彼自身以外には。


 鏡夜はヘリコプターから外へ飛び出した。



 鏡夜は大上段に構えて、手の中に、《鏡現》の刃を作り出す――。二メートル四方の鏡を噛みあうように整形し、六枚繋げる。


 鏡夜は、全長十二メートル、連結鏡の刃を――振り下ろす。


 クエスト『デッドエンド』の頭に乗っかった刃は銅の巨人を股下まで切り裂いた。あっという間だ。景色と光を反射する瞬きが銅の巨人を真っ二つに切り裂いた。


「空気よりも重くて、鋭いものに耐え切れますかァァァァァッ!?」



 ―――【SECOND STAGE】 Quest『DeadEnd』&Phantom『Bird』



Clear!



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