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決着の決塔  作者: 旗海双
第2章
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第八話「夕焼けに白百合が咲き、宵闇に桃音が鳴る」

「ふふ……ふふふふ……バレッタ!」

「くすくす……? なんです?」

「わたくしの、今の、心情を、謳ってくださいまし!」

「…………我が君」

「否も! 提案も! いりませんわ!」

「くすくす、了解です……どこから話すべきでしょうか……。まず、我が主は同情心を持ちません……ここまではいいでしょうか」

「……? 私も同意見ですけど、それが?」


 鏡夜のパーティメンバーである豪奢なお嬢様は、シビアで、冷酷で、耽美なエージェントだ。不必要な同情心など、持ち得るとは到底思えない。人を助けはするだろうが、義憤や憐憫などは持たない……そんな感情など、精緻な仕事にとって邪魔でしかないからだ。許せない! 可哀想! 強い感情は冷静さを失わせてしまう。だから、華澄は冷酷だ。


「くすくす……そして……実はですね。我が主は素性が知れぬ者を、素性が知れぬままにするほど、抜けてはいないのですよ。我が主は、貴方に見せているはずです」

「……」


 鏡夜は今日、華澄がミリア・メビウスと鏡夜の対談を、裏側から監視していた事実を思い出す。そして、実際に華澄がエレベーターに乗ってこなければ、鏡夜は華澄の存在に気づけなかった。真の魔人、灰原鏡夜が、だ。

 当然のごとく、鏡夜は気づいていた。戦慄し、驚愕していた。白百合華澄は極めて高度な諜報スキルを持っている事実に。灰原鏡夜にまったく気取られずに情報収集ができ、殺せる距離まで近づける、その事実に。


「なので結構、灰原様についてわかっているのですよ。なにせ、この私も、過去を観測できますからね……。くすくす……気分を害しましたか」


 率先して言うべきではないのは、異世界人であることだけだ。他は、ただ言う機会がなかったから言わなかったに過ぎない。さらに全身に呪詛が纏わりついているのは、昨日知ったのだから当然でもある。エレベーターを降りた段階では背筋が凍りきっていたし、今でも警戒こそ、しているが。

 協力という名で利用しあっているのだから、相手のことを調べる当然の態度としか思えない。

 そして知ってほしくないことがあるのなら。


「別に?」

 

 鏡夜は肩を竦めた。


「ただ。私について調査する姿勢を現してくださったのなら……絢爛の森での私を、過去観測含め調査しないでくれませんか? それとも、もうしたとか?」

「絢爛の森には入っておりませんわ」


 今まで黙っていた華澄がポツリと告げた。


「なら、それだけお願いします」

「わかりましたの」


 バレッタが改めて口を開く。


「くすくす、話しを続けますね……。我が主は、灰原様が全身を呪われていて……真の魔人と呼ばれていると知り……とてつもなく我が主は」

「華澄さんは?」

「貴方を……尊敬しているのですよ」

「尊敬……尊敬……?」


 あまりにも灰原鏡夜には似合わない言葉だ。舐められないために意地と虚勢とを張ってはいる。だが、鏡夜の舐められない方策は、そんな、尊敬とか、偉業に類するような、ものではない。底知れないように、慇懃無礼にしているに過ぎない。尊敬を抱くというロジックが、鏡夜には理解できない。

バレッタは言う。


「そう、ただ……声をかけたかったのです。呪われていても灰原鏡夜は尊いと。優雅に跳ねる魔人は美しいと。ただそうなると我が主の諜報能力を表に出す必要があります。……エレベーターで、我が主が貴方に合流した時点で、表に出したのと同じです」

「何か不都合でも?」

「それが不合理なので、我が主は少し……バグが発生しているのです」

「……別にそんな不合理じゃないと思いますけど。要は……ある程度の信用では。こうして話してくれたのも、嬉しいです」


 正直、バレッタに説明されるまでは信用、なんて解釈はしていなかった。怯えしかしてなかった。対話って大事。

 華澄が確認するように呟く。


「信用……そう、ですの。信用……それだけに。貴方が折れるのが我慢ならない。折れかけるのすら認められないのですわ」

「折れそう……ですか」


鏡夜は首を傾げた。華澄は曖昧に苦笑した。バレッタがその横から端的に告げる。


「我が主には、そう見えました。だから、発破をかけにきた面もあります」

「うがぁ! はっきり! はっきり言いますのね!」

「言えと命じられたので」


 淡々と応えるバレッタに華澄は拗ねたような表情をする。


「……こほん」


 気を取り直して華澄は言った。


「大筋は合っておりますわ。……ええ、そうですの」


 華澄は打って変わって冷たく語る。


「――――〈魔術師〉。アルガグラムの中で特級にイカレている浪漫狂いに送られる称号ですわ。アルガグラムの人形使いとは、すなわち魔術師ですの。もっとも最高で最上でそして何より最低最悪な魔女に準じます」


 冷酷に、冷徹に、冷静に、酷薄に、異常なまでの有り様で。淡々と華澄は名乗る。


「現存する魔術師の数は、たった三名ですわ。一名、〈人形使い〉〈不吉で不穏な妖精〉、エーデルワイス。そしてもう一名、――〈銃使い〉〈無敵で無法なプロフェッショナルレディ〉白百合華澄――ええ、実は、この、わたくしなんですの」


 鏡夜はびっくりしたような顔で見る。


「バレッタさん……」

「アルガグラムはネットワークに近いのですが、例外として、名誉称号として魔女が存在し、下に魔術師があります。アルガグラムの魔術師であるということは――、少なくとも、まともであるのならば、相対するのは愚かであると、評されるでしょうね。あまり表現としては正確ではないのですが……わかりやすい言葉に例えると、三人しかいない、幹部の一人です」

「す―――ごいじゃないですか」

「ええ、すごいんですの。名乗りすらありえないほどに! 自分の在り方の全てを名乗るプロが、エージェントが、スパイがいるのは明らかな矛盾ですもの!」

「ああ、なるほど。矜持の問題ですか。なんとなくですがわかるかもしれません」


 外部から偶然耳にした金言を信じ切る鏡夜だが、今までの経験上および、論理的思考において、間違はないし、譲るつもりもない。華澄の矜持はおそらく、鏡夜の臆病さとは似ても似つかないものだろうが……しかし、同じものでもあるのだろう。


「とにかく、わたくし……銃の技術者にプラスしてエージェントの……スパイの能力がありますの。………諜報員、白百合華澄の話をしたのは、アルガグラムとわたくしの家族以外では、貴方が初めてですわ。言葉にすれば、ええ、確かにわたくし、信用しているのですわ。貴方を」

「それは……」


 考えろ。正解はなんだ。


「光栄です」

「ええ、ですから、もしわたくしに諜報活動及び工作活動をしてほしいのなら――貴方の鏡の力で……人知れず、連絡お願いしますの」

「私の〈異能〉も知ってるんですか。鏡の世界を自由に移動できるよりも優れた諜報なんですか?」

「もちろん、プロですのよ」


 心強過ぎて怖い。


「わかりました。機会があれば、頼らせてもらいます」

「ええ……では」


 華澄はスカートの両端をつまむとちょこんとお辞儀した。鏡夜も大袈裟なほど一礼して、一人と、一人&一体は別れる。



 鏡夜は夕食を終えた後、どうしても寝る気になれず、桃音の家の天井に昇って空を眺めていた。絢爛の森は塔京都貝那区のど真ん中にこそあるが、しかし巨大な森でもある。

 夜空は美しく思える……。

 桃音の家以外の光源が月と星以外にはない。絢爛の森の立地条件が功を奏しているのだろう。


 空の色は、何色なのだろうか。赤か、青か、灰か、黒か、白か。益体もない思考の影に迷いがちらつく。


(明らかに――知り過ぎている)


 理由は様々だ。バレッタ・パストリシアに質問して知り、疑問を問い、出くわした相手に問いただし、用事のついでにうっかり知って――信用された相手から、知らされる。

 ただ塔を攻略するだけなら、鏡夜は明らかに知り過ぎている。


(意図するだけ無駄か。どんな情報が有益かもわからないんだから、ある程度は知るしかない。どこにあるかもわからない、一本だけあるアイスの当たり棒を、袋に入ったアイス百個から意図して一発で当てるなんで不可能だ――。何が重要かも何が役立つかもわからない。だから―――)


 問題は別の所にある。


(話がどんどんと変わっていく。本質はどこだ。真実はどこだ。決着とは、いったいなんなのだろう)


 自分のことしか考えておらず、自分のためだけに動いていて、外面を舐められない程度に意地を張ってるだけで――、感情の動きなど、起こりえないはずなのに。

 前提として――鏡夜はもしかして、服に生かされているのではないだろうか。言葉が通じないのを、呪詛の力で乗り越えている。もしかしたら、服の力で、鏡夜は、本来生存できない異世界で生きられているのかもしれない。

 それもまた詰んでいるが、もっと切実な危機がある。

 桃音や華澄に、油断ならないと思いつつも親しみを感じている。バレッタやかぐやに、利用するだけではなく感謝を抱いてしまっている。

 柊王に、ごく当たり前のように、権威に関係なく、敬意を抱いてしまっている。薄浅葱や久竜晴水やミリア・メビウスやジャルドを、変人だ変人だと思ってるくせに、ふと、隣人のように気を利かせてしまっている。

 自分で自分の感情の動きに納得できない。不合理だと感じる。目的意識と自分の弱さが……矛盾している。

 服で生きているのに服を嫌い、利用しているのに親愛を抱く。一文で矛盾してしまっている。


 鏡夜はギシィ、と木が軋む音で振り向いた。背後には不語桃音がいた。


「桃音さん……?」


 桃音は鏡夜の隣に座って夜空を見上げる。鏡夜は不思議そうに桃音の顔色をうかがうが、いつものようにぼんやりとした、憮然とした無表情で空を仰いでいる。


「…………」

 

 さて、何を話すべきなのだろうか。何を言っても返ってこないと分かりきっている。そして、掛ける言葉の何が彼女を傷つけ、あるいは届くのか、性格もわからない。


 わかるのは【格好良いもの】に弱い、弱点だけ。そして、灰原鏡夜は……追い出されていない以上、今も変わらず格好良いのだろう。


「………私の名前なんですけどね」


 自然に口から出た話は、自分の名前の話だった。


「実は偽名じゃないんですよ」

「……」


 鉄板ネタだったのだが、もちろん不語桃音は笑わない。

 灰原鏡夜は、自分の名前を誇っている。灰原の苗字を自慢に思っている。鏡夜という名前で馬鹿にされたことは何度もある。だが、鏡夜はいつだってこう返した。


「生まれた日、分娩室の窓の外、夜空を瞳に映した赤子が私です。黒い夜の瞳に星と月を映すこの子はきっと、キラキラとした世界を目に映すのだと、そういう意味があるんですよ」


 灰原鏡夜は決して自分の名前を嫌ってはいない。むしろ、間違いなく誇りである。親兄弟などは関係なく、ただ意味だけが美しく本物であると思うからだ。


「まぁ、私の今の瞳は―――真っ赤なんですけどね」


 鏡夜は苦笑して桃音に笑う。細められた虹彩は、妖しく血のようだった。


 鏡夜は突然、桃音に襟首を掴まれて、押し倒された。

 鏡夜は驚いて、自分に馬乗りになる桃音の目を見返す。


 彼女の黒い瞳に、鏡夜の紅い瞳が映る。鏡夜の紅い瞳には、桃音と星空が映っていた。


「………そうですねぇ、私と貴女はこんなノリでしたねぇ」


 沈黙と行動。桃音とはそういう女性であり、鏡夜もまた、好き勝手に解釈して語る。

 鏡夜は、桃音の行動を、………激励だと、解釈した。だから、鏡夜は。


「ありがとうございます」


 起き上がって桃音のオデコに自分のオデコを引っ付けた。


「おお、私は貴女に指一本触れられませんが、額ぐらいなら大丈夫なようです! よかったよかった!」


 鏡夜は眼前の黒い瞳を見つめて慇懃無礼に言い放つ。気取り過ぎた格好つけが、不語桃音の好みであり――灰原鏡夜の、意地と虚勢だ。

 本音は胸の内に仕舞っておく。


 鏡夜は額を桃音から離すと、両手のひらを桃音へ向ける。桃音は無表情に、鏡夜の上からどいた。

 鏡夜はすくっと立ち上がり、砂埃を払う。どうせ自動的にクリーンになる灰色の服には必要のない動作だが……服を脱ぐのが目的なのだ。

 慣れるべきだろう。服を脱いだら生きれないかもしれない? なら生きるための方法も一緒に探せばいい。

 利用すべきものに親しみを感じている? 上等だとも、それが目に美しい夜を映す灰原鏡夜だ。

 やれることは全部やればいい。世界への責任? 関知? なるほどなるほど―――行動だ。舐められないように行動すればいい。

 こいつは無責任だと思われると舐められる。しかし、弱い人間に、大いなる責任など最初から背負えない。

 なら、結局のところだ。


「私は、駆け抜けるしかできないのですから」


 そう口に出すと、とても気持ちが楽になった。

 さぁ、明日はダンジョン攻略だ。誰にも追いつけない速度で走り抜けよう。



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