第三話「第二階層【密林】」
チンッ、と音が鳴ってエレベーターは一階に辿り着いた。扉が開く。鏡夜と華澄は並んで歩きだした。
「正直まったく気づけませんでしたねぇ」
「ふふ、そう簡単に気取られてしまってはエージェントの名折れですのよ」
缶コーヒーを飲み終わった鏡夜は、近くのゴミ箱へ缶コーヒーを入れた後、華澄へ声をかける。
……本当にすごい。灰原鏡夜の五感はとてつもなく強化されているのだ。その上でなお、幽鬼の時の桃音でさえ超えて気配一つ感じなかった。彼女でさえ小屋の中で動いた時は感じ取れたのに――。
鏡夜の背筋は本当の意味で凍った。
気づかなかった? なぜ気づかなかった? 彼女はエレベーターに乗り込んできたんだぞ!! 白百合華澄は鏡夜のすぐ傍にいたはずなのだ! すぐ傍にいなければエレベーターの扉に手を突っ込んで止められない! だが、華澄はいた!
鏡夜を不意打ちで殺せる距離まで、まったく存在を気取られずに傍にいた!!!
「あ、お帰り我が君―、あれ? 一人じゃなかったの?」
「くすくす、お帰りなさい、我が主……」
戦慄しているうちに、鏡夜と華澄はラウンジにいた桃音、かぐや、そしてバレッタと合流した。バレッタは後から来たのだろう。
「我が君?」
「ああ、いえ……」
鏡夜は首に手を置いて、瞼を閉じて首を傾げた。そしてパチリと目を開いて言った。
「お待たせしました?」
「結構待ったね、ねぇ?」
「………」
「くすくす……」
桃音は無反応であり、バレッタは微笑むだけだった。かぐやは肩を竦める。
「で、〈英雄〉さんの失踪の理由は聞けた?」
「聞けませんでしたねぇ。あ、いろいろ貰いましたけど。かぐやさん持っていてくれません?」
かぐやは鏡夜に手渡されたミリア・メビウスのサイン色紙とポスターを受け取った。
「何これ。……こんなゴミを渡して教えないなんて邪悪な聖女ね……どこの宗教体系の聖女なのかしら」
「望郷教会ですわね」
華澄はすげなく言った。
「別に必死に――灰原さんの身を差し出してまで、得る情報ではありませんわ。だってバレッタがいるのですから」
「……あー」
そうだった。バレッタは過去一年まで観測できる。つまりくまなく観測すればわかるのだ。
しかも第二階層で失踪したのは、すでに染矢令美から聞き取っている。
「入口から痕跡を追えば、ということです?」
「灰原さん、久竜さんを探すんですの? 何かこう、依頼をされたとか」
「依頼はされましたが、断りましたよ」
「……? 断ったのに気にするんですの? 塔の攻略に関係ないですわよね?」
「……たしかに」
たしかに鏡夜が、本当に自分のためだけに動くのであれば、久竜晴水の捜索など必要のないものだ。聖女に聞くまでもなかった。話の流れ、出来事の流れで動いていたが、確かに、必要がない。どうせ晴水は自らの力で戻ってくるだろうし、ダンジョンの性質上、死なないのだからいつか戻ってくるだろうと、鏡夜は久竜晴水の失踪など忘れてもいい……。
「………」
鏡夜はしばらく考えて。
「貸しになりますし?」
「……そうですの。よろしいですわ」
「我が君が言うならそうなのかしら?」
「くすくす……」
「……」
含みのある返答&疑問&微笑&無言。……以前よりかは幾分か返答に意味が出てきた。
〈1000年1月3日 午後〉
聖女と対話の前に寄り道をしたせいか、時刻は昼になっていた。鏡夜一行は食堂〈刈宮〉で昼食を終えると、さっそくダンジョンへと潜った。
生物ではないかぐやが物を食べているのは生体人形の仕様なのかという話をしながら今までの道を通り抜けて………第二階層へ着いた。
第二階層【密林】は一言で言えば、アマゾンの熱帯雨林を想像すればだいたい正解なダンジョンだった。
眩しいくらいの光が、葉と蔦によって遮られ薄暗くなる。多種多様な植生はまさしく熱帯雨林のものであった。
動物や鳥の鳴き声がせず、視界に虫がいないのがものすごく気持ち悪い。自然モチーフなのに不自然さがちらつく。
バレッタは左右へ首をゆらし、あたりを視界に収めて観測する。
「くすくす……パーティーメンバーが全滅した久竜晴水様は、外部の冒険者を雇う前に、他の協力者、すなわちミリア・メビウス様一行と随行して、ダンジョン内を探ることを選択しました。対価は単純に久竜晴水様が率先し武力として協力することだそうです。メビウス様曰く、貴方にはその程度の価値しかない、とか……。そして、あちらへ……」
バレッタはそう言って先導するように歩き始めた。鏡夜の願い通り辿ってくれるらしい。しかし、バレッタの過去観測は相変わらず凄まじい。ダンジョンの中だけではなく、外でも、言動に気を付けないと過去観測で鏡夜の隠しておきたい様々なことがすっぱ抜かれてしまう。ただ、今いる場所の過去しか観測できないのが救いといえば救いか。
歩きながら、蔓がうざい、と鏡夜は足の力でぶちっ、と蔓を引きちぎる。地面すら落ち葉と雑草と蔓とで埋まっている。植物の力溢れすぎである。
高い木々で日差しが遮れている場合、背の低い植物は日光を受けらず生えづらいはずなのだが、あくまで場を薄暗くするぐらいしか生い茂ってない上の葉のせいで、十分雑草が育つ余地があったらしい。
バレッタは嫋やかにニコニコと微笑みながら、鬱蒼とした空間を歩いていく。あまりにも周りの環境とあっていなかった。
そんなこと言ったら全身灰色スーツの男とお嬢様学校の制服のようなブレザー少女と落ち着いた文学少女じみたロングスカートの少女とカジュアルにアレンジされた十二単を着た少女という、どこの場所に行けば合うんですかみたいな集団ではあるのだが。
「遮蔽物が多すぎて車が出せませんわね」
華澄は呆れたように手の甲で木を叩いた。重い音が響いているので、木の中はみっちりの満ちているのだろう……。なぎ倒すのも伐採するのも一苦労だ。
モンスターの出現率は第一階層【荒野】よりも低かった。地中から飛び出て高速で特攻、胴体に風穴を開けようとするスラッシャー・ワーム。苔の身体を持ち、鳴き声でダメージを与えようとしてくるモス・マンドレイクといった神話に影も形もないけどそれなりに有名なモンスターが襲い掛かってくるが、即座に塵に還っていく。
やはり過剰戦闘能力ご一行である。
しばらくしてバレッタは、扉の前で立ち止まった。
「次の階層の扉? もうクリアですか?」
「くすくす……よく見てください……。こちらに鍵穴があるでしょう……?」
鏡夜はバレッタの言葉に従って扉を観察する。
石造りの扉には、小さな空洞があった。空洞の上には鍵の絵柄が描かれている。鏡夜はふむ? と次の階層への扉をさらに注視する。
扉には鍵の絵以外にも三つの絵柄が描かれていた。
一つ目はなんらかの集団の絵。棒人間と棒蜥蜴が寄り集まって集落を形成していた。そこから矢印が伸びて弓矢を向けられた巨大な鳥が描かれている……。そして巨大な鳥からまた矢印が伸びて地面に墜落した矢が刺さった鳥が描かれ……最後の絵、鍵の絵へ矢印を伸ばしていた。
つまり。
集落→弓矢を向けられた鳥→矢が刺さって落ちた鳥→鍵。
「………」
華澄はうんざりした顔で絵柄を見ていた。
桃音は不思議そうに首を傾げている。
バレッタは言った。
「くすくす……つまり……第二階層のクリア方法が、図解されているのでしょうね……」
「おつかいクエスト?」
鏡夜は思いついたままに言った。かぐやはほわほわと言う。
「〈Q‐z〉のカラクリはまだ確認していないわね、我が君」
「そっちの忌々しい方ではなく。こっちも面倒だ、なんて意味では忌々しいのですが……」
「バレッタ、メビウスさんたちはどちらに向かいましたの? それとも殺し合ったので?」
「くすくす、残念ながらジェノサイドは行われておりませんが、どうもユニーク・モンスターと表現すべきものが現れたようで聖女パーティの仲間が全身を砕かれて二名ほど即死してますね。これは……くすくす……データベース、ヒット。寺つつき。契国土着の怨霊型モンスター。ああ、でも久竜様が率先して戦って、切り捨てましたね。ふむ、リポップはしないでしょう。おそらく千年前、異界に塗り替えられず残った生体機械でしょうし……」
「聖堂教会はエリクサーを大量に保有してますから、死亡テレポーテーションからの復帰数……残機数が段違いですのに、なにを守りにいっているんですの?」
言外に見捨てろと言い放つ華澄が鏡夜は怖かった。だが表に恐怖を出すわけにもいかない。鏡夜は言葉だけを捉えて会話する。
「エリクサーって、それずるくないです?」
「くすくす……性能差をズルと呼ぶのはあまりお勧めしません……対戦相手ならなおさらです……ああ。こちらへ進み始めました……」
バレッタは再び歩き出した。どうやら事件があったのは扉の前ではないらしい。
「あー、バレッタさん?」
「くすくす……メビウス様たちが通った時、風が吹きました。強い風が木々の合間を通り抜けた時……木々が枯れたのです」
確かに木々がすっかり枯れていた。腐食していた。枯れている部分と生い茂っている部分の境界は曖昧でぶれている。
「枯葉剤……?」
そう口にしてから鏡夜は急いで手で口を覆った。
「うーん、違いますね?」
かぐやはそう言って、大きく深呼吸した。
「人体に有害な物質は検知できません」
「そうやって検査するんですねえ」
「人形ですし……」
「くすくす……粉が散布されたわけではありません。風……です。風だけが通り抜けて急速に植物を腐らせたのです……極めて毒性の高い毒ガスが……叩きつけられたのでしょう」
「難易度高すぎません?」
「くすくす……メビウス様のパーティが毒ガスによって崩れ……なお吹きすさぶ突風、浮き上がる身体、天へ吹き飛ぶ久竜晴水と、そういうわけです」
「空を飛んで行方不明とは。オズの魔法使いのようですわね」
「人が失踪したんですけどね」
バレッタは空を指さす。あちらに飛んでいった、ということだろう。毒ガスで身体がぐずぐずになることなくぶっ飛んだ。奇妙な話だ。奇妙といえば。
「ミリアさんはどうなったんで?」
「くすくす……逃げて……集落にいた人型生物と蜥蜴人型生物を盾にすることで、完全に逃げおおせました。ほら」
バレッタは地面を指さした。ボロボロに崩れ切ってはいるが、たしかによくよく観察すれば四肢と頭がある。崩れ炭化したような何かがある……。
集落。人型と蜥蜴人型。間違いなく、次の階層への扉に書いてあった絵柄の対象だ。鍵になるだろう人たちが、滅び切っていた。
「おつかいクエストなのに初手から詰んでるんですけどおかしくないですか? ミリアさん……」
「くすくす、おそらく、。詰みではないかと。メビウス様たちが現場を通る一時間前、集落はありませんでした……メビウス様たちが近づいた時に、突如集落が出現したのです……地面から」
「地面から!?」
「恐らく、実際に人間とか蜥蜴人とかではありませんわ。ただのギミックなのでしょうね。だからある程度進むとか、条件を満たせば出現すると思われますの」
「量産型の使い捨て生体機械は脆いわねぇ」
かぐやは地面に落ちている残骸を指で突っつきつつ、光を浴びせている。
「ふむふむ……毒は残留してないわね。無害化が早いんでしょうね」
どうやら光学的分析を行っていたようだ。
「くすくす、どうしますか? 風が吹いてきた方向を調べますか? メビウス様が逃げた方向を辿りますか……」
「進んだ方向を辿りましょう。毒ガスを浴びせられた時、防ぐ方法がないんで……ないですよね?」
「散布方法によりますわ」
華澄は端的に告げた。
(嘘を吐かねぇのは誠実だが不安な気分になる返事だな)
しばらく進むと集落に辿り着いた。馬鹿な。さっきぐずぐずになった跡地が……とはならない。華澄が説明した通り、自動ポップするギミックなのだろう。
証拠に、人型生物も蜥蜴人型生物も眼や鼻がなかった。口だけしかなく。どれもこれもが一定の挙動を繰り返している。互いに向き合って談笑のような動きをして、別れて、また同じ対象と同じ動きをして。不自然な、つまり正確過ぎる身体の動きでトンカチを延々と叩き続けていたりする。
機械以上に、非生物感が凄まじいと鏡夜はバレッタと比較する。〈刈宮〉で稼働しているコレリエッタ氏の方がまだ命を感じる。
すると、鏡夜の前に蜥蜴人型のソレが来る。蜥蜴人は地面に林檎の絵を描いて、口をぱくぱくと動かし、地面を引っ掻いている……。
「たらいまわしのおつかいクエストですか。林檎を探し出せば、貴方たちから弓矢が貰えて、その弓矢で鳥? を落とす。……林檎を取ってくるにも、また作業感溢れるおつかいがありそうですこと」
鏡夜は口に出した内容によって、さらに意気消沈する。……面倒くさい。毒ガスも殺到してくる危険地域で広くて煩わしく危険な熱帯雨林型ダンジョンを行ったり来たり……苦労が予測出来て憂鬱を超えて陰鬱になる。
「くすくす、メビウス様はここを確認してから、下へ降りる階段へと逃げたようです……」
バレッタが報告する。
すると桃音が突如、枯れ木に足を駆けると、一直線に登って行った。
「ん? どうしました桃音さ―――」
鳥だ。空に鳥いる。木々が枯れているようで広く見晴らしがよくなった空に、点があり――点が移動している。
「間違いない、ボスです!」
鏡夜もまた桃音に続いて、桃音と同じ木を駆け足で登った。即座に頂点に着く。毒ガスを浴びきっていないおかげでまだギリギリ木の体裁を保てているような、少し不安のある木だった。が、二人の人間が乗っても折れることはなかった。
桃音と並んで鏡夜は巨大な鳥を観察する。
毒々しい色をした鳥である。汚濁した濃い緑の嘴を持ち、縮尺が数百倍にもなったオオハシが、空を滑空していた。不安を呼び起こす身体の比率と色だ。濃綠と濃ピンクとくすんだ黒と茶色が混ざったような――――怪鳥である。
第二階層、【密林】のボスは、怪鳥だった。
華澄も地面から確認したのか声を上げる。
「確認しましたわ。なんだ、捻りもなくいますのね! バレッタ、スポッターを!」
「くすくす、ラジャーです」
華澄はどこからともかく狙撃銃を取り出すと、立ったまま狙撃銃を構えた。バレッタは補助するように狙撃銃に二本の棒を取り付けて地面に設置し、土台とする。
狙撃銃が固定される……。
鏡夜は華澄と怪鳥の両方を視界に収める。距離がかなり遠いように見えるのだが……。
「くすくす……距離六千……五千ハ百……五千五百……風は北東に向かって……五千二百……風速に変化……対流……」
「撃てるんですかね、こんな離れてて。しかも空にいるのに」
「……?」
桃音は不思議そうに自身が乗っている木に手を当てた。
鏡夜も桃音に倣って足場にしている木へ注意を向ける。
……揺れていた。微細だか、ガサッ、ガサッ、と一定の周期で揺れている。
揺れが大きくなっている。
「……私、こーゆーの映画で見たことあるんですよね」
「……」
「ドン、ドンと揺れが大きなっていって、何が起こっている!? ……と周囲を見渡してみれば……」
鏡夜は顔を上げて、空ではなく、地平線へ――視線を固定した。バレッタが言う。
「危険。気圧の上昇、大質量接近」
華澄はスコープから目を離して、鏡夜たちの方へ関心を向ける。
鏡夜が、呟く。
「巨大な化け物が地面を揺らして、迫っていたっていう―――」
「……!」
鏡夜と桃音は驚愕に一瞬、身を固めてしまった。かなり距離が空いているにも拘らず、鏡夜と桃音は、森のどの木よりも数十倍大きな巨大機械兵器を見上げた。
Quest“Deadend”の刻印が、銅の腕に刻まれている。カーテンコールよりもなお大きく、ズシンズシンと地響きを鳴らしながら歩く銅の巨人。
鈍く光沢を放つ生き物ではない無機物。生体部品はあれどまさしく機械兵器――。すなわちクエスト『デッドエンド』。
〈Q‐z〉の新たな刺客だった。
「クエスト『デッドエンド』!! 巨大機械です! 来てます!!」
クエスト『デッドエンド』が両腕を曲げて構える――。鏡夜の視覚はクエスト『デッドエンド』の全身に空いた小さな、大量の穴を捉える。群衆恐怖症なら卒倒するほどに並んだ穴と穴。風の音が遠く、クエスト『デッドエンド』から聞こえる。
鏡夜の頭の中に、数々の言葉と光景がよぎる。毒ガス、風。死神の吐息。
「逃げましょう!!」
鏡夜と桃音は木から飛び降りた。直後、暴風が先ほどまで鏡夜と桃音がいたあたり、木の頂上を吹きすさぶ。揺れる木々は一瞬にして変色し、ボロボロと一瞬にして永遠の時が流れたかのように劣化した。
「無色ッ! 透明のッ! 毒ガスッ! ですか!」
(無味無臭の毒ガスをまき散らす巨大兵器?! 性格が悪すぎるだろ!!)
視界の先では華澄が狙撃銃を締まって地面に伏せようと膝を曲げている。バレッタはクエスト『デッドエンド』を観察している。かぐやは鏡夜の方へ駆け出している。
かなりのピンチだ。シンプルな危機だ。判断ミスをしてはならない。
「失礼ッ」
「……んっ!」
鏡夜は華澄をお姫様抱っこすると即座に走り出した。桃音は鏡夜に並走し、後からかぐやとバレッタの人形組がついてくる。
「すいません、緊急事態でしたので――」
「大丈夫ですわ」
鏡夜は華澄を見下ろした。そして、すぐにまずっ、と、両手を《鏡現》で覆った。手袋で華澄を触ってしまった。服越しでも状態異常は発症してしまう、と鏡夜は走りながら華澄を紅い瞳で観る。
「………」←弱点:【なし?】
(ハテナっってなんだよ!!!!!)
まったく平常で冷静で――そして薄っすらと頬を赤く染めている華澄の弱点は、変化はしたが増えなかった。状態異常が効かなかったとするのなら、本当に人間なのか疑うところなのだが、鏡夜の超人的な五感は、彼女が人間であると伝えている。
変化はした。状態異常は、確かに、効いては、いるのだろうか?
だが、気にしている暇はない。
全身に走る恐慌。背後から近づく、唸るような風の音。
「皆さん! 私の傍へ!」
猛ダッシュしながら、全員が集まったのを確認すると、鏡夜は後方に限界まで広く、大きく、四枚のストックを使って《鏡現》の防壁を作った。
ゴウッ、と毒の空気が殺到する。ボロボロと何かが崩れる音がする。振り向く暇もない。
かぐやは後ろ走りをしながら、防壁の横へ小さく出て、クエスト『デッドエンド』に向かって、片手を伸ばし、光線ビームを放った……が、『デッドエンド』に当たる前に、光が空気中で拡散してしまう。
「空気の分子構造が大気と違うわ、拡散しちゃう」
そう言ってからかぐやは――暴風を喰らった。
「かぐやさん!?」
「大丈夫よ我が君、ほら」
かぐやは片手を鏡夜へ見せる。炭化してぐずぐずに崩れていった。ぷらぷらカジュアルな十二単の袖、布だけが揺れていた。
「どこがです!?」
「片腕欠損はデフォルトの自動修復で治るわ。セーフ」
「アウトですけどね! もう逸れないでください!」
「はーい」
かぐやはバレッタと同じように、綺麗に鏡夜と桃音の後ろについて走るようになった。
鏡夜たちはとにかく死ぬ気と死ぬ気と死ぬ気で、第二階層から脱兎のごとく脱出した。




