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決着の決塔  作者: 旗海双
第2章
28/59

第一話「恐怖の大魔人」

 桃音が楽しそう――鏡夜の勝手なイメージ――にラップトップPCを持ってきて、鏡夜へ向けた画面には、以上のようなことが書かれていた。

 そして、ニュース記事を読んだ鏡夜の反応は。


(ド、正論だぁ)

 まず思ったのが納得である。根拠が少し乏しいのは書いてある通り、急いで書き上げたからだろう。

 強いメッセージ性こそあるが、非常に客観的かつ論理的である。と、評価を下して良いだろう、と鏡夜は分析する。


 これはとても良い社説である――。


「何様のつもりなのかしら! 我が君よりも尊者……偉い人なんて一人もいないでしょうに!」

「権威云々は時代遅れな考え方ですよ、かぐやさん」

 鏡夜は自信に権威などないと確信している。

「すごく大事だと思うんだけど、そんなのも変わってるの? 市民様とかになってるとか?」

「語弊がある気もしますが」


 鏡夜の言葉にかぐやは天を仰いだ。大袈裟な。そんな悪い話ではないだろう。

 千年前、神がいたらしく、信仰と生命操作技術が両立していた時に製造されたかぐやは、現代の倫理観と少しずれている。鏡夜は千年前からも、現代からも、この世界の価値感からも絶対的にズレているのだが。


 ……偉さなどは置いておいて、しかしツッコミどころがないでもない。

 前提として、代表制度自体が欺瞞だ。

 人類という団体はどこにいるのか。人外という団体はどこにいるのか。勇者は、伝承ルールから代表となり、英雄はダンジョンの攻略数が一番多いから選ばれた。聖女が望郷教会のトップであるから代表となったのなら――きっと魔王も同じだろう。民主的に代表が選ばれてなどいない。。少なくとも、やっとこさ、この世界のことを理解しはじめた鏡夜には欺瞞がわかる。

 が、指摘してはならないのだろう。天照使は戦争を吹き飛ばす。一切合切を殺しつくす。ただでさえ代表が競っているのだ――人類人外論を掘り下げて、対立をヒートアップさせるのは避けたいのだろう。


「そうじゃなくてもヒートアップはしてるんですがー」


 鏡夜はニュースサイトのコメント欄を読む。凄まじい数と長文短文ジョーク塗れだ。専門用語とスラングが飛び交っていて――しかも異世界特有の――目に余る。言語理解能力があると言っても無責任に言葉がとっちらかっては意味を捉えるのも一苦労だ。



 ざっと眺めた限りだと――好悪以前に、まず困惑が多かった。灰原鏡夜が何者なのか、、正体不明のH・Kへどう対応していいかわからない、多くの意見はそう語る。故にこそ、社説への共感が強く、説明を願う要望が切実に溢れている。

 しかし、説明義務か――。


 灰原鏡夜は自分が記者会見を開いているシーンを想像する。パシャパシャとカメラのフラッシュがたかれ、両隣にはなぜか正装した白百合華澄と不語桃音、後ろには秘書らしき格好をしたかぐや。鏡夜は表情を悲痛に歪ませながら、こう言うわけだ。

『私はァ! 服を脱ぐため! 一生懸命に努力し、最善を尽くしております! 人類も人外もあなた方も本当にまったくどーでもよいですが、どうかご支援のほどよろしくおねがいしますね?』

 沈黙。そして記者会見会場は怒号に包まれ、缶とかトマトなどを投げつけられる。びしゃぐちゃに汚れる自分と仲間を想像して――。


(よし、無理だな)


 もう一度、思う。ド正論だ。――まさしく、最悪の異物と言ってよいのだろう、己は。



「―――そもそもの話」

 鏡夜はラップトップPCの画面を閉じて、隣で鏡夜の反応を覗き込む不語桃音と、反対側の隣でほわほわと笑っているかぐやへ言った。。

「異世界人が世界の命運を左右するなど、まさしく理不尽に他ならないんですよ。理不尽な災害です、不条理な災難です。……空からいきなり降ってくるー、世界を滅ぼす恐怖の大魔王と、一体何が変わらないと言うのでしょう? 世界の常識や倫理など何も知らない、力だけがある存在が自分勝手な思考と思想で行動するなんて、想像するだけ恐ろしい」

 一般人の視点、弱者の考え。鏡夜は、大多数の論理を理解できる。力のごり押しなど、鏡夜は嫌いな部類でしかない。

 一息置いて、鏡夜は二人に笑いかける。

「そして、それを全て理解した上で。私は私の目的も行動も変えるつもりはないわけです。だから、私の答えは、沈黙です。……くくっ、桃音さんと同じですねぇ?」

 桃音は、無表情のまま、ゆっくりと、じっくりと、遅く瞬きをする。

 世間に対しては沈黙を貫こう。世の中のコイツ正気か? っていう沈黙を貫く人物たちの気持ちを理解した鏡夜である。理解したくなかった。鏡夜は弱さを肯定的に捉える人物だが、沈黙を肯定的に捉えると人として駄目になった気がする。

「まれびと……異世界人とか初めて聞いたんですけど、我が君」

「内緒ですよー?」

「どれくらい内緒か聞いてもいい?」

「私の許しがないと言っちゃいけないくらいですかね」

「……ところで異世界って、具体的にどこ? 何かこう、巨大な、隠れた、封鎖された異界の郷出身とか?」

「こう、ちゃんと聞かれると答えづらいですね、その質問。私もわからないんですが……たぶん宇宙とか次元が違うのでは」

「我が君、ファンタジーなのね」

「私がファンタジーでもリアルでもやることは変わりませんがね」


 そうだ。目的や行動を変えるつもりがない。まるでない。一切ない。今何より感じている、身体を縛り付けている、呪われている苦痛は苦痛でしかない。どれだけ言葉で飾ろうが言い換えようが、ほかならぬ灰原鏡夜が幸せになれない――不幸なままだ。

 そして人類や人外のために代表となる存在はいても、灰原鏡夜のために立ち上がる存在は、灰原鏡夜しかいない。

 そんな極めて卑近で俗で自分勝手なロジックが――灰原鏡夜である。


「さて、もう寝ましょうか。明日は第二階層です。早く、呪いを解かないと――」


 鏡夜は立ち上がると、自室へ引っ込む。足を止めている暇はない。

 桃音は、ラップトップPCを持ち上げると、両手で抱きしめるようにする。そして座ったまま鏡夜が閉めた彼の部屋のドアを凝視していた



「不語桃音? 手を放してくださらないかしら? 女官型ロボットですもの我が君の部屋に控えないと――がうりきッ!」




 〈1000年1月3日 午前〉

 鏡夜は鈴が鳴るような音で目が覚めた。ぼーっと天井を眺めている鏡夜の耳へ聞こえるのは鈴――、ではない。小さな騒がしい音。

「シンバル……ちげぇ、これ、アレだ……タンバリンだ」

 独特な小さい打楽器の音とやかましいくらいの震えるほどの高音の小さい金属の丸い物体がぶつかる音は、鏡夜も知っているものだ。

 鏡夜は朝っぱらからドカシャラ響く、楽器の音に頭を押さえながら、起き上がる。自室のドアを開けると、リビングでは、桃音がタンバリンを持って踊っていた。

 踊っていて、演奏していた。とんでもない技量と速度でタンバリンを全身の周りに振り回し、叩き、鳴らし、ハイテンポな曲を奏でている。

 桃音の視線の先を辿れば、物々しいカメラが桃音の姿を記録していた。

(モノづくりが趣味なんじゃねぇのか、よく考えるとぎりぎりモノづくりか? PVの撮影か? ……クオリティはずば抜けたものになってるが)

 桃音の超人的な身体能力によって、挙動がダイナミック極まりなかった。

 鏡夜は呆れたような表情で桃音の踊りを見守る。邪魔する気はない。

 数分後、チャリンと、タンバリンを振り回して、曲のオチをつけた桃音はタンバリンを机に置くと、歩いてカメラに近づいてスイッチを切った。

 桃音はカメラを物置に仕舞うと、振り向いて、鏡夜を視界に捉える。

 凄まじい挙動をし続けていたにも拘わらず、汗一つかいておらず、呼吸も乱れていなかった。

【喋れない/疲れない】呪い……会話機能をオミットし、無限の体力を持つ桃音ゆえに当然なのだが。

「おはようございます、桃音さん。精が出ますね」

 鏡夜は腕を組んで壁に寄り掛かりながら言う。桃音は無反応で振り向くと、キッチン――ではなく、バスルームへと向かった。

(なんで?)

 汗を流してないのは知ってるのだが。

 鏡夜は腑に落ちない気分になって、首を傾げた。

「おはようございます、我が君」

「あ、おはようございます、かぐやさん」

 キッチンから桃音のエプロンを身に着けたかぐやが顔を出して挨拶をした。

「私が起こそうと思ったんだけど、不語桃音が起床予定時間にいきなり演舞? し始めたから、部屋に行けなくてごめんなさい」

「別になんとも思ってませんが」

(なにやってんだ桃音さんとは思ってる)

「それはいけないわ! 私の起こし方は、本当にもう快適なのよ! 絶対一回味わったら病みつきなほど甘美よ!」

「逆に怖いんですけどぉ」

「なんでぇ……じゃあ、今、朝餉作ってるから、とってもおいしいわよ! 朝餉で説得力の足しにするわ」

「はぁ、楽しみにしてます」

 どうも朝シャワーと朝食の順番が前後するようだ。鏡夜に括りはないが。



 ああだこうだと朝の準備を終えて(かぐやが作ったのは味付けの濃い精進料理のようなものだった)、桃音の家を出る。

 絢爛の森を出て、絢爛の森と外の境界付近。

 昨夜、ネットニュースで灰原鏡夜についての記事があった以上、記者あるいは野次馬がいると思ったのだが……。


 地面に埋まっていた。


 首だけ出した人間の頭とアンドロイドの頭とドラゴンの頭と大きな兎の頭が並んでいた。鏡夜はドラゴンと目が合う。


「灰原、きょォぅッ……」

 ドラゴンが何事かを喋ろうとした瞬間、ドラゴンの口の部分に石が当たり、頭がごきゅんと横を向く。ドラゴンは泡を吹いて気絶した。

 鏡夜は桃音を見る。

 桃音は手の中で石を弄んでいた。


 鏡夜が周辺の状況を見回すと、カメラやマイクや遮光板と言ったマスメディアに必須そうな道具も埋まっている。


「……何があったので?」

「こほん、不語桃音がタンバリンで演舞しながら、掃討しました」

 かぐやが静かに言う。鏡夜は驚く。

「タンバリンで演、踊りながら?!」


 踊り狂って高機動する桃音を想像しようとして思考が故障しかける。リアリティを持って、そんな出来事があったんだ、と思えない。先ほどの超人的身体能力で、ダンスしながら動き回って、穴を掘って埋める……? 意味不明だ。

「あー………桃音さん、あちらの方たちは、どうなるのでしょうか?」

 鏡夜の問いに、桃音は不思議そうに首を捻るだけだった。


 絢爛の森の管理人、侵入者の撃退及び確保率百%、継続中。





 灰原鏡夜と不語桃音が決着の塔攻略支援ドームに行って最初に会ったのは、バレッタ・パストリシアではなかった。白百合華澄でもなかったし、薄浅葱でも久竜晴水でも、ましては未だ知らぬ魔王でも聖女でもなかった――。


 軍服を着た妙齢の女性が受付に立っている染矢令美に要求している。

「なぜだ! なぜクエストを発行できない!」

「でーすーかーらー、主導としては我が国が文武を尽くしておりますが、まず! 前提として! 規定として! 原則として!! 支援は公平でなければならないんですよ、少佐!」

「我が国の英雄が失踪したんだぞ!」

(え? マジで?)

 鏡夜は少佐と呼ばれた女性の話を聞いて驚いた。つい先日知り合ったばかりの競争相手の喪失に、鏡夜は喜びなどまったく感じず、ただ困惑した。

 染矢は鏡夜と桃音が少佐と呼ばれた女性の後ろに立っていることに気づかずにさらに言葉を続ける。

「我が国云々など一切関知しません! 国家間のパワーバランスなど関係ありません! ただ当たり前の評価基準から選ばれただけです!」

「ならば、選ばれた者を救出せねばならないだろう! 軍隊を使ってでも!」

「ありえない!!!」

 テンションが高い(と言っても有口聖ほどではない)染矢令美が、激しく感情的に否定する。

「彼らは競争をしているんです。代表の競争で世界の命運が決まるんです。〈決着〉に、政治的な横やり――ましてや国家武力介入などしてはならないのですよ! 入口へ突入させたことすら、決して褒められたものではない超法規的措置だというのに!」

「倫理として問題だろう!! 見捨てて誇れるのか! 未来に!」

「詭弁です! 貴女の個人的情による政治的干渉を、“未来”に言い換えたところで、何も通じない。少佐、決着の塔攻略支援ドームは聞き入れません」

「お前では埒があかん! 私をダンジョンへ入れろ!」

「いいえ、絶対に、駄目です。弟さんが心配なのはわかりますが、彼は代表者として中に入り、挑戦しているのです。――干渉です」

「クソ! 命をなんだと思ってるんだ!」

「貴女こそ、決着の塔をなんだと思ってるんですか!?」


 そして少佐と呼ばれた女性は振り向いて、鏡夜に気づいた。遅れて染矢も鏡夜に気づき、あっちゃぁ、と片手で頭を押さえた。


「おい、お前」

(あ、この話しかけ方、いつかの犬耳男さん思い出すな)

「なんです?」

「灰原鏡夜だな」

「ええ、灰色の原っぱと書いて鏡の夜で、ハイバラキョウヤですよ、お姉さん」

「契国空軍少佐、久竜恒子だ。……英雄、久竜晴水がダンジョン内で失踪した。探し出して欲しい」

「はぁ」

 鏡夜は久竜恒子の後ろでブンブンと首を振って、さらに両腕も降ってアピールしている、染矢オペレーターの様子をうかがう。どう解釈してもボディランゲージで断れと必死に伝えていた。

 染矢令美か、あるいは久竜姉弟か。鏡夜は、少し考えていった。

「子供じゃないんですし、自分でなんとかするのでは?」

 鏡夜は不語桃音の拳の速度から時速2キロメートルほど下がった拳を顔面に喰らいそうになったので、片手で拳を掴んで防いだ。

(あー………)

 真正面から攻撃してきたので、まったく当たり前のように防御を――しかも、手袋で、触れてしまった。

「言葉選びを間違えましたかね?」

「こっ……くっ……」

(【状態異常:恐怖】か)

 久竜恒子は血の気が引いた顔で、一歩下がると猛ダッシュで鏡夜の横を通り過ぎて、ドームの外へと飛び出し、走り去っていった。



「ふー」

 染矢令美は心底疲れたように溜め息を吐いた。

「ありがとうございます。……何をしたかは問わないでおきましょう。突き詰めると問題になってしまうので」

「ありがとうございます?」

 互いにお礼を告げる奇妙なやりとりをした後、鏡夜は質問した。

「久竜さんが失踪したとか?」

「正確に言うと行方不明です。ダンジョンの第二階層から戻ってこないんです」

「……うーん?」

 鏡夜は腕を組んで首を捻る。

「死にかけると、外にテレポーテーションするのに、ですか?」

「はい、推測となりますが、生きたまま何らかの理由によって身動きが取れないのだと思われます。死亡判定となれば自動で戻る以上、捜索などの手立ては取るべきではないかと」

「私はそんな風にはなりたくないですかねぇ……うーん、どんな風に行方不明になったか教えてもらえませんか?」

「私はできませんが、……どうぞ」

 染矢令美は机から一枚の封筒を取り出した。鏡夜は受け取って裏返す。

「なんともレトロな……今どき封蝋なんて見かけませんよ」

「聖女、ミリア・メビウスさんから、貴方へ渡してくださいと頼まれました。久竜晴水の失踪時、ミリアさんは彼と一緒に第二階層に挑戦していたので、直接訪ねた方がよろしいかと」

「なるほど?」

 鏡夜は《鏡現》でペーターナイフを作ると封筒を切って開封した。中から便箋を取り出した鏡夜と、ついでに横にいる桃音とかぐやが便箋を読む。

『拝啓、鏡の魔人様。

 新年の御祝詞を申し上げます。つきましては灰原鏡夜様との会談を申し入れたくお手紙を出させていただきました。一月三日、決着の塔攻略支援ドーム最上階のホールにおりますので、ご都合がよろしい時にいらっしゃってください。できれば……いいえ、絶対に、絶対に、一人で。持ち物及び握手券は不要です。

 聖女・ミリア・メビウスより』

(もう手紙でわかるわ絶対変人だよこれ)

 鏡夜は便箋を封筒に戻す。

「あと、白百合さんから伝言が」

 染矢の言葉に鏡夜は首を傾げた。

「メールじゃなくて、伝言ですか、彼女が?」

「しばらく来れないので、何かご用事があるのでしたらそちらを優先してください、だそうです」

「らしくないですね……華澄さんの人となりを充分に知ってるわけではないんですが。はい。伝言はわかりました」

 用事と言われても、と鏡夜は封筒を片手でペラペラと振り回す。

「では桃音さん、かぐやさん、しばらくこちらでお待ちいただけます?」

「はぁ、我が君」

「なんです?」

「人形は人でも人外でもないんだよ? 私がついていっても大丈夫。機械人形がいても同じ内容を言うわ」

「そうなんですか?」

 鏡夜は不思議そうに桃音へ視線を向けた。桃音は鏡夜をじーっと見返すと、かぐやの手首を掴んで引っ張った。

 彼女たちはスタスタと歩き、ラウンジのソファに、一人と一体で座る。

「不語桃音? はなしてくださらないかしら? 昨夜も思ったけど力強すぎない? 剛力ィな種族の血でも混じってるの?」

 鏡夜は肩を竦めた。

「私一人は私一人のようです。桃音さん、教えてくださりありがとうございます」

「……」

 もちろん返答も反応もない。彼女はコミュニケーション不可能者だ――。行動だけが彼女の意思である。

「では、行ってまいります。かぐやさんもしっかり待機してくださいね」

「……りょーかいです。むー」

「いってらっしゃいませ」

「……」

 不機嫌なかぐやと事務的な染矢と無言の桃音と別れて、鏡夜は聖女の元へ向かう。


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