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決着の決塔  作者: 旗海双
第1章
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第十四話「VS大獅子」

 軽装甲車でボスのところへ再び向かう鏡夜一行。かなり近づいてもライオン……大獅子は襲ってこない。

 鏡夜は軽装甲車から降りて、スタスタとボスの元へと行く。


 鏡夜は大獅子の前に立った。猛獣の中の猛獣が鏡夜を獲物と見定めている。

(死、ぬ……!)

 怖さが尋常ではなかった。盾があるかないかでここまで違うのか、と冷や汗を垂らしつつ、意地を張って微笑む。囮なのだから、できる限り無防備を装う必要がある。


 鏡夜は颯爽と、大獅子の前に立った。獣の息遣い。大獅子が伏せる。

「……」

 その大獅子が無言の鏡夜に飛び掛かった瞬間、鏡夜の背後からカツンッ――と音がした。

(近い――!)

 鏡夜は全力で伏せた。頭の上でスォッ……と風を切る音がする。今、自分の心臓があった場所を、背後から貫かれた。その体勢のまま、全力で前方へと鏡夜は跳ねる。飛び掛かった大獅子の下を通り抜けて危機を脱する。


 なぜ“予兆”に音がしたか。トリックは簡単だ。柔らかい荒野の地面に穴が空くのならば、地面を補強すればいい。

 鏡夜はそのために、地面一面へ《鏡現》を敷き詰めたのだ。

 鏡の面に向かった攻撃は全て弾かれる。決して割れない鏡は、硬い硬い地面になる。


 音から気配、攻撃、全てがあらわになる。第一階層、無理難題の正体。

 鏡夜は自分自身で感じ、確信する。


 見えないが、いる。


 カツッ、と音がした。何かが跳んだ。

「どっちに跳んだんですかァッ!」

 鏡夜は地面に使っていた一枚を消して盾として構える。空気を切る音が遠ざかる。一旦引いたようだ。

「――かぐやさん!」

 鏡夜の傍から強烈な光。光を屈折させて姿を完全に隠していたかぐやは、鏡夜の呼びかけに全身を発光させた。

 光に関することはだいたいできる。それが月読社製女官型生体人形かぐやである。鏡夜一人だけで先行するとか、そんな異能に胡坐をかいたごり押し、臆病な鏡夜ができるわけがない。かぐやを拾ったのは、鏡夜の幸運だった。

 光を操る生体人形かぐやにとって、光学迷彩による隠密は簡単なのだ。


 ……それは、彼にとっても同じだった。かぐやの光は、彼を浮かび上がらせる。振り返った大獅子の向こう側に、人型の影。


 Question〝parade〟の刻印が、空間に歪んで見えた。

「―――〈Q-z〉のロボット!」

 鏡夜はそう叫び、襲い掛かってきた大獅子の顔面を蹴り飛ばした。大獅子は砂ぼこりをあげながら吹っ飛ぶ。


 ……大獅子は明らかにカーテンコールより、数段弱い。道中の雑魚モンスターの強化版でしかない。

 しかし、透明無音の殺人機械、クエスチョン『パレード』との連携となると話が変わる。大きくて俊敏なモンスターへ沿うように無音の必殺が意識の外から飛んでくるのだ。あまりにも殺意が高すぎる。これが華澄の違和感の正体だ。

 鏡夜は起き上がって襲い掛かってきた大獅子を横ステップで避け――カツンッ、と鏡の床から音がした後、顔面まで迫ってきた透明な突起を伏せることで避けた。

 が、――脱げない帽子に突起物が突っかかり、首を後方へ持っていかれながら吹っ飛ぶ。

(死ぬ死ぬ死ぬ――死なないけど、痛いぃいいい!!)

 地面に背中から落ちたら大獅子に喰われた上で穴だらけにされることが用意に想像できる。

 鏡夜は手に持っていた盾、地面に敷いたままだった鏡を全部消すと、地面に落ちた自分を《鏡現》の六面体で閉鎖した。

 これでもう外部から攻撃はできない。なにせ鏡夜を囲った鏡は全て――外側を向いているのだから。


「いぎぎぎぎぎぎ」

 六面鏡の中で、鏡夜はむち打ちにのたうち回る。

 しばらくして、自然治癒能力のおかげか痛みが治まる。恐る恐る首を動かして、完治を確認する鏡夜。

 痛みが完全になくなったことがわかり、ほっと一息吐いた。


 外からは大獅子の攻撃か、継続的にガンガンと音がする。

 鏡の中は絶対に安全と理解している。それでも内心、本能的な恐怖に支配されながら鏡夜は内側から鏡を割らないように注意しながら立ち上がった。

 意地と虚勢で気持ちを組み立てる。落ち着いた鏡夜は華澄へ連絡をとることにした。

 華澄から借り受けた小型通信機。短波通信で、控え戦力である華澄へ繋がる。華澄は少しだけ慌てた様子で、まくしたてた。

「意味が分かりませんの。どうやって侵入したんですの。そもそも、どうして誰も内容を知らない第一階層のボスに外道なまでのシナジーを組んだロボットが作れますの。『カーテンコール』は誰も乗っていなかった。これは、観測機械が導き出した〈真実〉ですわ。何かが不明――」

 気持ちはわかる、と鏡夜は沈黙しつつ頷く。正直、想定すらしていなかった。いるとして巨大ロボット、クエスト『???』だと思ったのだ。

 だが、それでも。

「まぁ、でも、タネは割れましたよね。あれはクエスチョン『パレード』です」

「―――」

 鏡夜の虚勢に、通信機の向こうで華澄が息をのんだ。そして、落ち着いたような、楽しそうなようなリズムで、華澄は言った。

「ええ、ええ、そうですわね」



 視点が変わり、クエスチョン『パレード』。

 四角い鏡の箱とそれを襲う大獅子の様子をうかがっていた『パレード』は周囲を警戒する。

 先ほど強烈な閃光を発した、人型を探すためにセンサーを働かせるが何も感知できない。


 レーダーに不感知。機械ではない。生き物、と『パレード』は結論を出す。音もしない――移動していない。先ほどの発光を解析し、地点を割り出そうと計算する。

 すると、再び推定人型生物が発光した。

『パレード』は即座に接近し、発光物を刺そうとして、過度の光に光学迷彩が対応しきれていないことに思い至る。

 先ほどの灰色の男も、己の機体に注目していた。単純な帰結。この光りに照らされている間は、隠れ切れていない。

『パレード』は身体を横に滑らした。彼が先ほどまでいた場所に、大上段から振り下ろされた桃音の蹴りが突き刺さる。

『パレード』は排除対象を変更し、攻撃直後の桃音の首を貫こうとした。しかし、桃音に腕を捕まれ、彼女の貫手で逆に顔面を攻撃される。

『パレード』は破壊されないように、桃音の攻撃に合わせて背後に吹っ飛び、着地。もう一度姿をくらまそうとして。首にガっとナイフを刺しこまれ、横に引かれる。首と胴体を繋ぐ回路が一気に斬られた。


 もちろんたった一部分の回路を切られたからと言って壊れてしまうほど〈Q‐z〉のロボットは甘くはない。制御盤も受信機も砕かれていない。逆に、千切れた回路からカウンターの高圧電流が流れる。しかしナイフの持ち主である華澄は感電死することはなかった。

「残念でしたね。機械に差し込むんですもの」

 グチッ、とナイフをさらに奥深く突き入れる。

「絶縁体のナイフくらい、嗜みですのよ」

 そしてついにジジジーッと迷彩回路が破綻する。光学迷彩が揺らめくように不調となり、クエスチョン『パレード』の姿が朧げにだが、露になる。華澄の傍に静かに立っていたバレッタは透明から揺れる影へと零落した『パレード』へ問うた。

「くすくす、なぜ、なぜ、なぜ――いるのですか? あなたは私が観た、過去どの場面にもいなかった。どこから、ここに来たのですか?」

 バレッタは腰から伸びるコードを『パレード』に接続しようとした。

 ハッキングされる、と『パレード』は判断した。それはまずい。対応、対応、対応。クエスチョン『パレ―ド』は頭脳をフル回転させ――演算終了。

 身体全体を回転させることによって回路をより深く犠牲する形で、『パレード』は刺さったナイフから逃れた。

 そのまま身軽に跳ねて遠くへ離れる。

 まだいける。まだ勝てる。まだ時間は稼げる。


 クエスチョン『パレード』。

 面の大きさがそれぞれ少し違う五つの八面体で出来ている人型戦闘機械。

 地面についている部分の頂点が極限の鋭さを持っており、地面に刺すことによって音を完全に消すことに成功している。

 光学迷彩で姿を消し去り、無音で忍び寄り、手の部分の尖った部分で人を刺し殺す恐るべき使者――だった。


 必殺の暗殺型機械だった『パレード』は、大獅子のところまで退避した。


 気づけば鏡の箱がなくなっていた。『パレード』は華澄たちの方を見る。


 彼女たちに鏡夜が合流していた。

 大獅子とパレード、相対するように鏡夜一行。一瞬の静寂、一瞬の停止。鏡夜は『パレード』へ人差し指を突きつけて言った。

「一つ質問なのですが――私の心臓は奪えますか?」

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