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決着の決塔  作者: 旗海双
第1章
23/59

第十二話「人型重度身体改造者:魔人」

 〈1000年1月2日 午後〉

 〈決着の塔攻略支援ドーム 教会〉

 ドーム内に教会がまるごと併設されているらしく、鏡夜たちは特に時間をかけることもなく来訪することができた。

 ステンドグラスから差し込む西日が優しく祭壇を照らしている。

 その祭壇の向こう側から、シスター服を着た小さな少女が桃音の前に跳び出してきた。

 桃音を見据えて開口一番言い放つ。

「貴女の妹、有口聖ただいま参上ォ!!」

 そして桃音の隣に立つ鏡夜へ視線を向ける。

「そして貴方が、姐様についた馬の骨だな――ぐふぇぇっ!」

 いきなりシスターを名乗った少女、有口聖は桃音に殴り飛ばされた。

「桃音さん!?」

 ちょっとばかし狂ったテンションの少女へする仕打ちにしては過激すぎる。鏡夜は心配するように桃音と有口を見比べた。

 当のぶっ飛んだ有口はぷるぷるしながらも祭壇を支えにして立ち上がり、叫ぶ。

「いくら姐様でもこれだけは認められねぇなぁ! そいつは駄目だッ!」

 鏡夜はえぇ……と内心ドン引きした。桃音が突然の凶行。さらに教会のシスターが認められないと啖呵を切る。スクープだったら完売御礼間違いなしである。

 次に言い返したのはお洒落十二単のかぐやだ。偏執的技術によって作られた、最高レベルの芸術的な顔を不愉快そうに歪ませチンピラじみた口調かつ上品な佇まいで絡む。

「とてつもなく底が知れなくて、腹の中が見えなくて、危険な佇まいが素敵な我が君の何が駄目なのよあぁん?」

(どんな風に見えてんの……!?)

 むしろ鏡夜の自己評価としては底が浅すぎると思っている。

 まぁ、わざわざ否定して自嘲してみせて己の評価を傷つけるのは舐められたら駄目という金言に反する。鏡夜は表情を取り繕ってやれやれと笑った。そして切り返すように有口へ聞く。

「じゃあ私が桃音さんと一緒に住むの認めてくれます?」

「いいぜ! ぐああああああジーザズクライスト!!!」

「いきなりなんですか!?」

 もしかして会話が通じないタイプの人外か何かか。見た目は一から十まで人間に見えるのに。有口はハイテンションを超えたスーパーハイテンションだった。

 有口聖がぶちかます狂気の勢いを説明してくれるのはご存知案内型ロボット、バレッタ・パストリシアだった。

「くすくす……〈望郷教会〉貝那区担当修道女 有口聖様ですね。不語桃音様が学生の頃、後輩だったようです。職員データの自己申告によると……〔超絶優秀なシスターである私の祝福条件は〈断らない〉。誰か呼んだかイエス・シスター。ひどいこと命令したら焼死するぜ!〕だ、そうです」

(いいのかそれ……! いいのかッ! それッ!)

 ジョークがききすぎていた。

「ていうか断れないんですか?」

 鏡夜が有口へ目をやる。当の有口は鏡夜に指を突きつけて言った。

「いいや、違うぜ魔人野郎。断〈れ〉ないんじゃない、断〈ら〉ないんだ。断ったら私の加護を与える力が消えてなくなるだけだ。呪詛と祝福の違いな! 覚えて帰れよ素人!!」

「祝福も祝福で難儀ですねー」

 断〈ら〉ないか、と鏡夜は脳内で繰り返す。呪詛が制限で縛り付けるものならば、祝福は制約をまっとうすることで力を得られるもの、という理解でいいだろう。

 というか魔人か。冒険者たちの一部が鏡夜を魔人と呼んでいた。何かそう呼ばれる由縁があるのだろうか。

 それも気になるが、まず何よりも聞くべき問いのために、鏡夜は口を開いた。

「ところで、私の解呪、できますか?」

 有口は、ふん、と鼻を鳴らして不愉快そうな顔をした。

「無理だね、神の呪いだ。残念ながら未だ我々は神代の領域に届いていない。聖女様だって無理だろうさ。神か神代の遺物じゃないと解くどころか、干渉もできない。――そして貴方は姐様よりも重症だ」

「そこをなんとか、こう、聖なる力で」

「無理だっつーの。つーかできたとしても呪詛を祝福のコンフリクトで機能不全に陥らせて解呪とか今どき誰もやらねぇわ。あぶなっかしくて」

 かぐやは興味を引かれたのか、有口の話に加わる。

「そうなの? 私のデータベースだとそっちの方が主流だったけど」

「そりゃ神代は戦争の時代だからな、敵にかけた呪いを敵自身が解くかよ」

「カルチャーショックねぇ。あるいは平和的移り変わり?」

 かぐやは有口の話に、ぽわぽわと感心したように頷いた。そして、熱心に聞く姿勢をとっている鏡夜へ有口は専門家らしく端的に告げた。

「聖職者と呪術師なら、祝福と呪詛の度合いは見ればわかる。そして、特級に呪われている人型を私たちはこう呼ぶ、〈魔人〉ってな」

「……なるほど」

 納得した。鏡夜を魔人?! と驚いた人たちは祝福と呪詛の技術に長ける技能の持ち主だったのだ。

 だが、そこまでか? と疑問も持つ。不語桃音は強靭で、最強で、アンタッチャブルとすら評される。強さが呪いによるものならば、彼女も魔人と呼ばれるべきなのでは。

「桃音さんは違うのですか?」

「ああ、ちげぇよ。姐様が抱えてる呪いは一個だけで――その呪いたった一個を最大限活用して強くなったんだ。であるなら姐様は魔人じゃなくて超人だ。一緒にすんなよチート野郎――ぐべぇっ!?」

 再び桃音に殴り飛ばされて吹っ飛ぶ有口。

「桃音さん、ひ弱な方に暴力はやめましょう」

 桃音は鏡夜にちらりと視線を向けて、拳を振りぬいた体勢から直立不動に戻る。。

(しかし、そうか、複数個呪われてんのか。確かに服を脱げない以外にも、【アイテム使用不可】とか【装備不可】とかゲームチックな制限がある)

 それも、弱点看破の紅眼から読み取ったものに過ぎない。鏡夜の身体の正確なところは、未だよくわからないというのが答えだった。


 鏡夜がアンニュイな気分に浸っている間。床に転がっている有口はポケットからポーションを取り出すと、一気飲みをした。そして、ズバッと立ち上がる。

「舐めんな! 姐様に出会った時から私は私だ!! 意味はわからんがたぶんいけなかったんだろう!」

 本当にテンション高いなこいつ、と鏡夜は呆れる。

「学習しましょう、早急に。過去から学びましょう。望郷教会なのに過去から学ばないのはいかがなものかと」

 華澄も追撃する。

「過去から学ぶことができるのなら、失敗だった神話への回帰なんて目指さないですわ」

 有口は、はん、と歯牙にもかけなかった。

「神話の幸福と隆盛は嘘じゃない。神話は脚色された歴史だ。そして過去にあったことならば戻れるはずなのさ」

「脚色がある時点で創作では」

「ですわね、どこまで信じれたものやら」

 華澄は鏡夜に同調した。ちなみに鏡夜自身は。

(そうか、神話がだいたい事実になるのか……えぐすぎて笑うぜ。笑えねぇ)

 と、異世界人なりの絶望を感じていた。日本神話しかりギリシャ神話しかりインドだか中国だか、とかく神話は倫理観も物事の因果もスケールがとんでもなかったり、ズレていたりするのは、鏡夜でも知っている。神話の遺物が冒険すれば見つかるほどあるというのだから、なかなかに突飛だ。

 有口はゆらゆら揺れつつビシッと華澄を指さした。

「それでいいのさ。アルガグラム」

「それがいけないのですわ。ノスタルジー・ノスタルジア」

 鏡夜はアルガグラムと望郷教会の関係も気になった。

 しかし服を脱ぐ、つまり呪詛のことやかぐやについて聞く以上に重要なことではなかった。どうやら彼女では鏡夜の呪いは解けないらしい。というわけで情報収集に切り替える。

「まぁまぁ、そうですね、なら祝福と呪詛の違いを聞いてもいいですか?」

「そうだなぁ、祝福はプラスアルファで、呪詛はトレードオフなんて言われるな」

「なるほどなるほど、確かに私もいろいろ奪われてます」

 付加と交換がイコール祝福と呪詛であると。つまり鏡夜は服を脱ぐという機能を異能と交換したというわけだ。代償が重いにも程がある。不等価交換だ。

 そして有口の聖職者の能力は、断るというアクションをすると外れる付加物だと。


 イメージとしてやっと祝福と呪詛について理解した。続いて有口に見せるのはかぐやである。鏡夜はこの大和撫子生体人形について有口に一通り経緯を伝えた。

 ほえー、と有口は感心したような感じでかぐやをじーっと見る。もごもごと口の中で喋ることを整理してから、有口は流れるように説明した。

「物語のヒロインを題材に生体人形を創ることが流行していた神代末期の作品だな。隆盛し続けて断絶したから。つまり、もっとも性能が高い生体人形の一体。しかも月の」

「そもそも生体人形ってなんですか?」

 根本的なところからだ。恐らくバレッタでも答えることのできる事柄だが、本職から聞いて損はないだろう。

「蛋白と琥珀と磁鉄の化合物。まぁ、機械人形とそう変わらないぜ。製造目的がある稼働する生体で出来ているカラクリさね。使われてる技術が未知ってだけでな」

 心底羨ましいと言った様子でかぐやを見つめる有口に鏡夜は聞いた。

「そこまでのものなのですか?」

「そりゃもう。至宝も至宝だぜ。有名なのは配達型生体人形あかずきん。あかずきんちゃんは寄り道と狼の恐ろしさを知ってもう二度と迂回をしないのです。ということで意味がわからないくらいの速度と回避によって必ずお使いを完遂する真っ赤な頭巾の配達員として今日もこの星を駆け巡ってる。彼女は誰の所有物でもない、ただの配達者だ。多数向けでそれなんだ。個人奉仕型のかぐや姫とはコンセプトが違う。それ故に――ああ、羨ましい。私も欲しいなぁ!」

 喋っているうちにテンションが上がったのが有口はまくしたてるようにそう締めくくった。

「かぐやさん個体に関しては?」

「本人に聞くかー、今説明した通り、物語が仕様に転用されるから、竹取物語を読んでみればいいんじゃない? そいつも面倒だったら格安で研究するぜ?」

 手を怪しくワキワキさせて研究させろとアピールする有口。なんだこいつ。鏡夜はかぐやを見る。ニコニコしている。嫌がる様子はない。ないが。今までの出来事を考えると、あまりいいことではないだろう。単純に、かぐやは矜持が高い。そういう仕様なのかもしれないが。

「うーん、今回はご縁がなかったということでー」

「そうかいそうかい」

(かぐや姫かー、触りとかあらすじは知ってるが詳しくは読んだことねぇな。異世界の媒体で読み込むしかないわけね)

 次に有口は華澄への方へぐいっと視線を向けた。

「――というわけで、いっちょ祝福していこうぜ、白百合の」

「はて。なんでわたくしに来ますの」

「祝福と呪詛は両立できない。同神話体系でもな。効果が似てるものもあるが、根本的な基底が違う。天使と悪魔のようにコンフリクト案件だ。んでもって姐様も魔人も不可能。機械人形はそもそも生き物じゃねぇ。生体人形は祝福も呪詛もできるって聞いてるがー、研究を断るってことは改造もしたくねぇんだろ? つまり貴女だけってわけだ」

「しませんけど」

「アルガグラムの阿漕な機械化よりも安いよ。機械化の施術は後戻りがきかない上に定期的なメンテ代もかかるからね」

 黙って成り行きを見守りながらもカジュアルに身体を改造する価値観に目がくらみそうな鏡夜。

 言い返すようにバレッタが反応する。

「くすくす、制約が少なく、性能も高い、ランニングコストは合理的に考えれば安いくらいです」

「アルガグラムの製品が自社製品を悪く言うわけないだろ! であるなら話半分が賢いぜ!」

(それをアルガグラム構成員に言うのはどうなんだ)

 華澄も鏡夜と同じことを思ったのか呆れた顔で言った。

「わたくしはいりませんわ。機械化も祝福も呪詛もする予定はありませんの」

 有口は忠告するように真面目な表情と声色で華澄に言い返す。

「あのさ、あんさん冒険者してんだろ、正気か? 無改造で冒険行くのなんてドラゴンでもしねぇぞ」

「それがわたくしに突っかかってきた理由ですわね」

 有口はフラフラ揺れながら、華澄へ真顔で言う。

「外部特別顧問殿は冒険者に転職なさったわけだしな」

「気持ちだけは受け取っておきますわ」

「闘志が折れない限り有効な炎の加護とか冒険者に超人気だぜ。かの〈英雄〉様だって使ってらぁ! 細胞に発火機構が追加されて、モンスター様も隣の奥様もボーボーよ! ……へぶぁ!?」

 桃音に三度殴り飛ばされたシスター。

「桃音さん」

 鏡夜の呼びかけに、桃音は無表情で襟を正すと、教会の入り口まで下がった。

 有口はまたもやポーションをがぶ飲みして再び立ち上がる。

「ありがとう――なんていうと思ったか馬の骨が!!」

 三度目になればもう慣れる。鏡夜はスルーして聞きたいことを問い返す。どうせ有口聖は断らない。

「はいはい、闘志が制限になるってなんですか?」

「わからん! ただ闘志をエネルギーにしている以上、闘志とか想いとかあるいは私の頼みごとを断らないスタンスとかに、生体としての形があると予測が立つ! 未だ我々があるとすら理解できない精神というパワー! 解析すれば夢エネルギーだぜ! 姐様とか二十四時間三百六十五日 フルスロットル全力行動できるんだぜ! すごすぎる!」

「全力ッ……!?」

 なぜか華澄が驚愕する。

「なるほど、そうですの。……そりゃ強いですわ」

「……?」

 鏡夜は不思議そうな顔をする。そして有口は段差の上に昇ると、鏡夜たちを見下ろして感情的かつ実務的な口調で言葉を並べ立てた。

「ま、気が向いたらいつでも来なよ、祝福と治癒なら当教会へってなぁ! あ、姐様はいつでもきていいからな! 姐様が一人で来てくれれば独り占め―できるけど!! そうそう、魔人野郎」

「ん? なんです?」

「もし、呪いのことを詳しく知りたいってなら、魔王に会った方がいいぜ。望郷教会はどうしても祝福に寄ってるからな! 魔王様とは魔族の中で最強であり、そして最高の呪術師なんだからさ。餅は餅屋だぜ。加護は加護師に呪詛は呪術師に頼んだ方がよっぽどいい。少なくとも私よりかは明らかにしてくれるだろうよ! あ、あとだなぁ! 姐様についても聞いてこい! 呪いを解けるかどうか私が聞きた―――ごふぅ!?」

 後ろから丸い石が跳んできて有口にクリーンヒットする。明らかにダンジョン〈荒野〉に転がっていた石だった。どうやら桃音は拾ってきていたらしい。

(逆にありがたいなこいつ……言ってることが間違ってる、で桃音さんが言いたいことがわかる……)

 攻撃を見るに、どうも桃音は呪いを解きたいわけではないらしい。最高に助かる情報だ。あと罪悪感も刺激されない。彼女は自身の呪いよりも鏡夜を優先するだろうから、もしかしたら本当は解きたいのに譲っている、などという悲しい展開がなくて嬉しい限りだ。

「ありがとうございます。有口さん。貴女は、優しいですね」

「うるせー! お礼よりも姐様から離れろよ!」

「はは。たとえ話なのですが――私と桃音さんが結婚するとなったら祝福してください」

「いいぜ! ああああああクソガアアアアアア!!!」

 鏡夜は含み笑いをしながら立ち去った。まぁここまで揚げ足をとれば舐められることはないだろう。ちょっと本心から楽しんでしまった気もするが、きっと気のせいだ。

 さっさと呪いを解いて服を脱ぎたいのはやまやまではある。そんな鏡夜の想いに反して呪いによって齎された異能がなければ決着の塔は攻略できないわけで。そもそも呪いの恩恵がなければ、言語すらも通じない。

 甘い願いだ。まだまだ灰原鏡夜は、全身を束縛する呪いに付き合う必要がある。

 現在進行形で周囲の仲間からも他人からも社会からも、爆速で呪いを背負いつづけながら、彼は走り続けるしかないのだ。

 そう、例えば戯れに発した例え話で桃音の顔が赤くなってることも、華澄の表情が冷たくなっていることも、それに鏡夜がまったく気づいていないのも、呪いの一つに過ぎない。

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