表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
決着の決塔  作者: 旗海双
第1章
22/59

第十一話「望郷教会」

 生体人形は未来観測型人形よりも価値があり、売れば国が買えるほどの値段がする本物の至宝だった。つまるところ話していた面白いもの――〈月の残滓〉を手に入れたのだ。ありえないとされていた方の終了条件を達成。つまり、もう探索は終了だ。

 来た道を戻りながらバレッタは鏡夜へ解説する。

「くすくす、月へ行く方法がない今、〈月の残滓〉は最上の価値を持ちます」

「月に――行ってないんですか? 技術発達してるのに」

 塔が使用不可能になったとしても、空間転移がロストテクノロジーだとしても、ロケットを打ち上げるというチャレンジをしていないのだろうか。

「くすくす……なるほどなるほど。いえ、子供でも知っていることなのですが……。一言で表せます」

 バレッタは鏡夜に教え込むように優しく言った。

「天蓋で、この星は閉じている」

 鏡夜は上を見上げた。残念ながら見えるのはステージホールの天井だった。昨日とまるで変わらない。応急処置として未だ鉄板が張られており、砕け散ったシャンデリアの根元だけが寂しく残っている。歩いているうちにダンジョンを脱出したようだ。

「言葉通り、透明なガラスのようなもので、この星は包まれています。くすくす……天蓋から見える空と星は本当に向こう側にあるのでしょうか」

 バレッタの抒情的な口ぶり。それを小耳にはさんでいた薄浅葱は面白いものを見つけたように、ニンマリと大げさに表情を変える。

「んん、いいねぇ、バレッタくん、話せるね! 向こう側にきらめく本物の星と月があると保証するのは、過去の文献と日月の契国の名前と――そして、かぐやくんみたいな〈月の残滓〉だけ。……千年よりさらに前は月に行けたらしいからね。もしかしたら天蓋も契約の産物なのかもね」

 薄浅葱は、心底楽しそうに賢しらぶって、さらにテンション高く声をあげる。

「だがわかったよ。どうやら塔の中身は神々のように契約に喰われたわけではないらしい。かぐやくんしかり、探せばきっとあるね! 素晴らしい!」

 ステージホールに戻った薄浅葱は心底楽しそうに言った。鏡夜はやっぱり変な奴だなと思いつつ、神が喰われたとはなんぞや、と疑問を抱く。先ほどの大規模消失という言い回ししかり、ただ神がいる、というだけではないのかもしれない。

 薄浅葱はスカーレットへ宣言する。

「ソア! 統一化された契国の古典的知識を習得する必要がある! 殺害事件に化学捜査のノウハウが必要なように! こうしてはいられない! 資料に溺れないと! 付き合ってくれてありがとうね! また色々!」

 薄浅葱はテンション最高潮のまま、鏡夜たちに別れを告げ、速攻で立ち去って行った。

 やる気がないなりに決着の塔の付き合い方を見つけたようでなによりだ。そして薄浅葱のスタンスがダンジョン攻略でないのが素晴らしい。彼女についていけば、そういった攻略に関係ないが価値あるものを手に入れる探索ができるだろう。明け透けに言ってしまえば、寄り道だ。

「待て薄浅葱! ああ……共同攻略感謝する。また依頼を押し付けられるかもしれないが、広い心で受け取ってくれ。では、失礼する」

 スカーレットもまた挨拶もそこそこに立ち去る。後に残ったのは、いつのまにやら地面にいた烏羽だけだ。

 その烏羽は鏡夜の足元に這って寄ってくる。

「んむ。おぬしはあれだの」

「なんです?」

 低音の囁きに、鏡夜は屈んで耳を傾ける。烏羽は鏡夜にのみ聞こえる音量で言った。

「不運ではなく、幸運だ。しかし……幸運にこそ、呪われておるのぉ」

 鏡夜は口をへの字に曲げて言い返す。

「ふーん、まぁ今更ですよ」

「ああ、そうかい。くくっ」

 烏羽は揶揄するように呟くと、探偵コンビの後を追うように這って去って行った。二人の少女と一匹のスライムの去って行った方向を見ながら、鏡夜は心の中で憮然と思う。

(そう、本当に今更だ。呪われているなんて話は)


 ステージ中央で空っぽの客席を見ながら鏡夜は口を開いた。

「もっと奥に行ってもよかったんじゃないでしょーか」

 たしかにかぐやを所有してしまったことは緊急性の高い事故かもしれないが、塔の攻略という側面から見れば、遅々としたものだ。

 鏡夜にとっての目的、ダンジョンにおける傾向を知るとか、冒険のセオリーを知るとかはほとんど達成できていないのだから。

 けれど、仕方ない。面白そうな、という中断理由を果たしてしまった以上、薄浅葱はさくさくと撤退するのみだ。

 そりゃそうだ。やる気がないが賢いことはしたいという彼女にとって深入りする利点はない。

 華澄は不思議そうに後ろから鏡夜へ声をかけた。

「わたくし、よほどのことがない限り、影も形も捉えられないものに相対したりしませんの。だから、只今の冒険を、正しい表現をするのならば、慎重というものですわ。戦力増強にもなりましたし」

(そうか、かぐや……さんも戦力になるかもしれねぇのか!)

 閃いた顔をして、鏡夜はパーティメンバーのいる後方へ振り替える。しかも自分の代わりに全部やってくれるかもしれないバレッタ・パストリシアのような人形。期待大だ。

 鏡夜が聞きたいことを、華澄は誰よりも先に言葉にしてかぐやへ向けた。

「ところでかぐやさん、貴女は何ができますの?」

 かぐやはつーんと無視する。

「無視しないでくださいまし」

「私は肌から脳に至るまですべて我が君のものだから!」

「セクサロイドでもここまでこじれてるのは稀ですわよ……」

(今なんかとんでもねぇこと言わなかったか?)

 しかし、華澄とかぐやでは拒絶に満ちていて対話もなにもない。かつて華澄がバレッタに指示して鏡夜を案内するようにしてくれたように、鏡夜もそうすべきだろう。

「かぐやさん、答えてあげてください。というより、ほらぁ、私、塔の攻略のために頑張ってるわけでして」

「ふむふむ」

「だから、決着の塔攻略に必要な情報とか会話はフルオープンでいいですよ」

「私の性能、必要?」

「どうです?」

「必要、かな?」

「ならそうなんでしょうねえ」

「むー、わかった!」

 かぐやは先ほどとはうってかわり、自信満々に言った。

「まず、遺伝子を読み取り、胎内で攪拌し、気に入ったたくさんの女性のいいとこ取りした子供を創れるよ!」

「生命倫理もなにもあったもんじゃありませんね!?」

 鏡夜は吐き捨てた。デザインベイビー問題など、鏡夜に扱える問題ではない。早すぎる。いや、神代で日常的に行われていたというのなら、時代が違いすぎるとでも表現すべきか。というか塔の攻略にまるで関係がないように思えるのは鏡夜の気のせいだろうか。

 かぐやはほわほわと和やかに告げる。

「あと光でいろいろできるよ!」

 神代の生体人形は全身を一瞬だけ閃光のように光らせる。かぐやは語った。

「誰かこっちに来るね、女の人―、メガネかけてる。あ、肝臓の感じから見て割とお酒好きっぽいね。髪は後ろで一房に括っててー」

「おや! みなさんお揃いで」

 かぐやの説明通りの――酒好きは知らなかったが――染矢令美が来た。

「レーダー……?」

(バレッタさんの方が便利なのでは?)

 かぐやが聞いたら傷つくだろう感想を鏡夜は抱く。不思議そうにかぐやを見ている鏡夜一行へ、染矢はだしぬけに言った。

「装備とかアイテムとか大丈夫ですか?」

「はい。私は別に問題ありませんよ?」

 鏡夜は【装備不可】かつ【アイテム使用不可】なので問題にすらできないだけである。華澄は不機嫌そうに言った。

「わたくしが準備を怠るわけありませんの」

「わっかりました! 必要とあらば売店も併設しておりますので、ご利用くださいね!」

 と言って染矢は去って行った。


 神代のレーダー機能を持つかぐやは生体情報を読み取れるらしい。バレッタが追記するように淡々と言う。

「くすくす。彼女のことを知りたいというのなら、望郷教会へ向かうべきだと具申いたします」

「ですの」

 華澄もバレッタに賛成する。鏡夜は聞きなれた言葉を奇妙に繋げた用語を不思議に感じる。

「ノスタルジー・ノスタルジア、ですか? ずいぶん追憶しますね」

「神ではなく神の御業を崇める不信心者の集まりですわ」

 華澄は望郷教会をそう評した。しかし具体的に望郷教会が何かわからない鏡夜にとっては、その恐らくはスマートな華澄の形容も理解できない。鏡夜は会話の流れが不自然にならないよう、探り探り望郷教会について詳しく聞き取ることにした。

「アルガグラム的には?」

 まずはこれ。華澄の嗜好を探るには、この問いが一番良い。

「憧憬と望郷は違うものですわ。確実に」

「なるほど」

(偏見入ってるな。しかも自覚した上で言ってやがる。性質が悪すぎる)

 しかも表現が曖昧だ。白百合華澄はシビアな性格をしているくせに、どうも言葉は詩的で耽美気味である。

 次は詳細だ、と鏡夜はバレッタへ質問する。

「バレッタさん、望郷教会ってどういう活動をしてるんですか?」

「くすくす……ノスタルジー・ノスタルジア……望郷教会は〈聖女〉を頂点とした合議制の組織であり、またいくらかの〈神〉を保護しております。契約以後、神は大部分が消失しましたが、ごく少数が残っています。神から〈祝福〉もしくは〈呪詛〉を得た望郷教会の聖職者・呪術者の派遣と活動支援が大きな収入源となっており。その資金で神代の発掘、研究を行っております。もちろん、冒険者も。なのでシスターや神父、巫女、陰陽師、ドルイド・呪術師・シャーマンなどとといった職業はポピュラーかつアクティブな職業です」

 たくさんの情報に苦悶の重さを感じつつ咀嚼する。

 要するに、〈祝福〉を扱う聖職者は、その技能を扱う技能職として冒険者活動や、加護を与える活動をしており……〈聖女〉はおおまかに言ってその元締めだと。神ではなく神の御業を崇める……ね。

 鏡夜は思いついた問いをそのまま口に出す。

「フリーの方とかいないんですか?」

「くすくす……望郷教会が保護している神以外は行方が知れません。またごくごく低確率で発生する、生まれながらに〈神〉の祝福・呪詛を持つ者も、他者に加護や呪いを施す能力は持ちません。……不語様がそうですね。彼女は生まれながらに呪われておりますが……その呪いは、当人のみが背負うものです」

 不語桃音は生まれながらに呪われているのか、と鏡夜は桃音へ視線をやる。相も変わらず桃音はぼーっとしていた。

 鏡夜はさらにバレッタへ質問しようとしたが、バレッタはその前に口を開いた。説明することに何よりも誠実である彼女にとって、まず言わなければならないことがあるらしい。

「くすくす……神代のことなら、望郷教会へ素直に聞いた方がよろしいでしょう。生体人形だけでなく、祝福や呪詛についても詳しいです」

「行きましょう」

 まずそこに行くべきだった呪われ系男子といえば、灰原鏡夜である。かぐやや加護についても知りたい。が、それ以上に呪いを解くことが鏡夜の第一目的なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ