第十話「月読社製女官型生体人形【かぐや】」
鏡夜は《鏡現》で段差を作り、螺旋状の階段に作り出しては消していく。そして昇る昇る。
「便利だねー、やっぱり能力は便利なのが一番だよね!」
薄浅葱は元気いっぱいのわんぱくな少女のように軽やかに階段を上がる。小柄な彼女に合わせて緩やかな階段にしたとはいえ、本当に落ち着きがない。
「お褒めいただき幸いです」
「スカートで昇るのは、適さないな」
「え?」
スカーレットが突然妙なことを言うので、鏡夜は聞き返す。
「ミスターハイバラ。命が惜しいなら下を見ないことをお勧めしよう。私と白百合は服装上、下着の対策はしているが、ミスカタラズはしていないようだ」
「何見てるんですか貴女は」
「おい、なぜ私が責められる。同じ女だぞ」
鏡夜はうっかり下へ向けてしまいそうな視線を全力で上へ持っていく。なぜか頭部に不可思議な重力を鏡夜は感じた。意地と虚勢で塗り固めているだけで本質はめちゃくちゃ軽薄なただの男子学生なのだから仕方がないということで一つ。
高い高い階段をひたすら徒歩で歩くこと三十分以上、ようやく天井付近まで到着する。誰も疲れてはいない。鏡夜だけは気疲れをしていたが。
薄浅葱はうきうきとした様子で口を開く。
「こういう風に、通常行けない箇所にある秘密は、かなり重要なものが隠されていることが多い。神が溢れ、生命操作技術が隆盛を極めていた千年前も、機械技術が先鋭化し続ける今の時代も変わらない」
鏡夜は片眉を上げる。
神代はファンタジックなアレソレがあるわけではなく、生命操作技術なのか。薄々理解していたが。つまるところこの世界はファンタジーのエッセンスがあるだけで本質的には最初から最後までSFのようだ。
「さぁ、て。なんにもないけど、鍵はあるかなー。……灰原くん、地面をいっぱいくれよ」
「はいはい、仰せのままにっと」
鏡夜がパチンと指を鳴らすと、縦四メートル横六メートルの《鏡現》の床が出現する。薄浅葱は天井を見上げたままフラフラと歩き始める。
「おい待て!」
スカーレットは上を見上げたまま鏡の床の縁へ向かう薄浅葱の肩を掴んで止めた。
「まったく、油断も隙もないな貴様は……」
「ああ、ごめんごめん」
薄浅葱は上を見上げたまま気もそぞろに言った。鏡夜たちも薄浅葱に倣って上を見る。
青空……色の石が敷き詰められた天井だ。偽物の青い大気に、偽物の白い石でできた雲。
そして見えていた小さな粒のような緑色は。
「竹……ですね」
白い雲に、淡く光る竹が逆さまに生えていた。身長の関係上、手が届く鏡夜は恐る恐る触ってみる。手袋越しの感触でわかりづらいが、やはり竹だった。
薄浅葱は理知的な口調で言う。
「神代は信仰と生命操作技術を重ねたような価値観だった。つまり、僕らの目の前にある光る竹に信仰的、文化的アクションを起こす必要がある、さて何だろうね?」
「竹取物語では?」
「竹取物語なのでは?」
「……?」
鏡夜、華澄が揃って言う。桃音も追従するように首を傾げる。
「なにそれ、全然知らない。教えてくれるかい?」
薄浅葱はエウガレス人なので、竹取物語を知らなかった。なのでバレッタが説明する。概要を謳いあげる。
聞きながら鏡夜は思う。昔読んだのとまったく同じだ。鏡夜がいた日本の歴史と契国の歴史。同じものばかりなのにこんなに世界が違う。妙な話だ。
神が実在し、神が生命操作者であり、そして種族が多種多様に存在する。歴史に違いがあるはずなのに、まったく同一の物語があるのは、いったいどういうカラクリなのか。まぁ、わかったところで、【決着の塔】攻略の足しにはならない気もした。
薄浅葱は感心する。
「中に女の子、ねぇ」
「くすくす――翁が切った竹の中に、ですね」
「へぇ、斬るんだ。ものすごく直感に反するね。いい鍵だ。……ソアー」
薄浅葱の呼びかけに応じて、スカーレットは頷く。
夜会服の女性が剣で竹を切りつけるが、まるで刃が立たない。華澄も便乗するようにどこらかコンバットナイフを取り出し、刃でコンコンと竹を叩く。
「無理ですわね」
華澄も断念した。次に桃音が竹を蹴りつけて衝撃がぶわっと広がるが、微動だにしなかった。
「斬るって言ったでしょう。あとバレッタさん、機銃はしまった方が良いです」
二十ミリ口径の機銃を取り出そうとするバレッタを鏡夜は制する。薄浅葱は、悩ましそうに言った。
「重要過ぎるのかな。発動させるには、対になる何かが――例えば、『翁の鉈』とかが必要なのかもしれないね」
本物の専用の鍵が用意されているほどの秘宝が光る竹の中に眠る。なるほど、興味のそそられる話だ。服を脱ぐことが絶対優先事項の鏡夜であるが、お金を稼ぐのも必要な事柄だ。換金できれば、儲けものだ。文字通り。
「私もやってみていいですか?」
「もちろん、どうぞどうぞ」
鏡夜も挑戦することにした。床に使っていた一枚を消し、《鏡現》の鉈を手の中に作り出す。灰原鏡夜の紅い瞳で見たところによると竹の弱点は【単分子の刃】。聞いたこともない言葉だった。
(単分子ってなんだよ……)
単分子という用語に聞き覚えはないが、試すだけならタダだと、鏡夜は鉈で光る竹を叩き斬った。
「あ、いけましたね」
鏡夜の感慨の薄い呟き。竹がバターよりも無抵抗に切れたと感じた瞬間、空間がズレたことを鏡夜だけが知覚する。ズレに生まれた空間の断層に飲み込まれた鏡夜は別の場所にまばたきする間もなく移動していた。
鏡夜が立っていたのは暗い昏い夜。松明であたりを照らすような木造の神社。神秘的な場所。突然の肌寒さに身体を震わして。
そして、鏡夜の視線の先に、石棺があった。
明らかに石棺だけ違う。病的なまでに疵がない黒い棺が、本殿前に設置されている。
鏡夜はしばらく周囲を警戒したが、周囲に誰もいないことを確認すると独り言を呟く。
「……こっからどうすりゃいいんだ?」
竹を空けるのではなく、竹の中に入るとは。常識が通用しない。普通なら竹の中からお姫様が――。
鏡夜は脳内で思考しつつ棺に近づき、触れる。パッ、と棺から青白い光が降り注いだ。鏡夜はザッとその場から引いて戦闘態勢をとる。しかし光は鏡夜をつま先から頭の先まで無害に降り注ぐばかりだった。
石棺から、無機質な女性の滔々と喋る声がする。
〈うたてあるぬしのみもとにつかうまつりて〉
〈すずろなるしにをすべかめるかな〉
「かひあり――我が君」
最後の言葉は情緒豊かな少女の声だった。
石棺が開く。中から出てくると、ひたりひたりと少女が、鏡夜の前へと近づいてくる。涼やかな青みがかった白い髪。紅い布に白い藤、下には綠の肌着。少女は、鏡夜の前で立ち止まると、茶色の目を細めてにこりと破顔して両袖を持ち上げて挨拶した。
「お越しに寄りて――じゃなくて。起動してくれてありがとうね、我が君。月神おろし――じゃなくて、うーん、とちょっと待ってね、うんうん……月読社製女官型生体人形【かぐや】です! 末永くお仕えさせてくださいなー、みたいな!」
「……」
ぽかーん、である。鏡夜は意地を張ることも忘れて、十二単を極限まで薄く、軽くしてカジュアルなアレンジを施したような、蒼白い髪の美しい生体人形を唖然と見る。
「ところでなんですけどー、我が君」
「我が君って……」
「私が目覚めるまでに、ここまで言語体系の変化があったってなにがあったの? 原型がほとんどないじゃん」
「変化、ですか?」
「うん、起動メッセージもほとんど理解できなかったんじゃない?」
たしかに石棺が開いた時に、厳かに言われた。起動メッセージ。しかし――。
「理解できなかったってどういうことですか?」
「……んん? “我が君、私が言ってることわかるのなら、十、二十、三十って言ってみて”」
「? 十、二十、三十」
鏡夜はかぐやの頼み通り、数字を繰り返す。かぐやは納得したようにうんうんと頷いた。
「我が君、呪いで言語理解能力がついてるね!」
「え?」
「今私が言ったのは私の……デフォルト……そう! 古語で、我が君もそれで返してくれたんだよ、今」
「マジですか……」
まさかのまた新たな改造部分が明らかになってしまった。確かに意識してみれば自分が先ほど……いや、ずっと、現代日本語ではない言葉遣いをしていたことに気づく。しかも無自覚に。自然に言語を理解し、返答していた。
「? なんでへこんでるの? いいじゃん、たぶん言葉の壁で悩むことはもうないよ?」
異世界で何ら問題なく言葉が通じるのはこの呪いのおかげだったようだ。鏡夜はまったくこれっぽっちも気づいていなかった。今まで耳に入れていた言葉、目で読んでいた文字、口に出していた言語が全て、身体に対する改造でできたことだと知って、土台から崩れたようだ。
ぞわっ、する。何よりも、気づかなかったことが恐ろしい。違和感を覚えないほどに契語が日本語に聞こえていたし、英語も英語として理解できていたからこそわからなかった。
似通った部分も数多くあるこの世界、言語もそうなのだと自然に思い込んでいた。滑稽な話だった。
「それは、大変、素晴らしいですねぇ!」
鏡夜は気合を入れて、意地を張って、吐き捨てるように皮肉った。
かぐやはほわほわと惚ける。
「まぁ、今回はわからなかった方がよかったのかな? ひどいこと言ってたし」
「あ、ひどいことだって自覚はあるんですね」
「いろいろあってねぇ。あ、でも私個体は我が君に絶対服従。ひどいことなどなにひとつせず! この私こそが、全ての男子が夢見る理想の女官なのよ!」
桃音に出会って、全身が理解不能に変化していることと、異世界であることがいっしょくたに襲ってきたと同じくらい情報が大洪水で溺れそうだった。小出しにしてくれ、と鏡夜は世界に自分への優しさを求めるが……優しかったらそもそも現在の状況になっていない。
鏡夜は帽子に手をやりながら、ざっと考えて言った。
「私―、出口がどこか聞きたいんですけど、知ってます?」
尋ねたいことは無数にあるが、全てをひとまず置いていて。ここで話し込んだら荒野で待ちぼうけを食らっている彼女たちが悪い。もしかしたら鏡の保持には距離が関係あり、絵の空という高所から地面へ真っ逆さまに落ちているかもしれない。……桃音がいるならば、なんとかしてしまいそうでもあるが。戻る必要はある。
かぐやは、んー? とあざとい動きで袖を口元にやって首を傾げた。
「出口?……ここってどこ? 京じゃないの? んー、月から情報が下りてこないよー?」
「京? 私がいたところは塔京ですよ。西の京都じゃなくてね。そして、決着の塔というダンジョンにいたんですが……」
「んあーんあー。塔京……決着の塔……千年…契約……えたり、我が君、千年経ってるんだ……あぶなかったね! 我が君!」
「なにがです?」
「私の保証期間が一万年じゃなかったら朽ち果ててるところだったよ!」
「一万は長すぎません!?」
誰を対象にしてるんだ、と鏡夜は不思議に思う。話には出てくるが未だ詳細を知らない神様だろうか。かぐやは口の中でもごもごと言葉を転がすと、ニパッ、と日本人形じみた美貌に可憐な笑顔を浮かべる。
「出口、出口ね。任せなよ。私は遠見機能も搭載されてるから、ね!」
テンション高く、かぐやと名乗った少女は右手を掲げて指で丸を作るとそこを覗く。そしてキラリと目が光った。
「見える見える、保管空間の外に見える……! 美人の女の子四人とスライムと……なんだろ! 人の形してるけど生き物じゃない!」
「え? どんな方です?」
「なんか筒状のもの持ってる――生命反応零の鉄っぽい材質の――」
「ああ、バレッタさんですか。機械人形です。全員敵ではありませんよ」
純機械人形であるバレッタ・パストリシアは古代には存在しなかった。
「パストリシア、機械人形……わお! 技術発展! あ、我が君、出口は私のパッケージ後ろ、神社にある鈴蝸牛を叩けば出られるよ!」
「知ってるんだったら最初に言ってくれません? っていうか、スズカタツムリってなんで――」
鏡夜は石棺を避けてせかせかと神社本殿に入る。そして棚の上に置かれている、鈴を背負ってる蝸牛を見た。
「――スズカタツムリだ」
名は体を表していた。鏡夜は中指を親指で一旦抑え、弾く要領で解き放し、スズを鳴らす。チリーン、と音が鳴った瞬間、カタツムリが爆発四散し、神社も石棺も吹き飛び、空間ごと弾けた。
鏡夜は気づくと、元の位置に戻っていた。視線の先ではまるで大和撫子のようにかぐやが静かに立っていた。かぐやの後ろでは真っ二つになった竹が灰になってさらさらと下へ散って消えていく。振り向けば四人と一体の少女たちが事態を呑み込めていない困惑顔をしていた。
「……誰?」
薄浅葱が憮然とかぐやを見て聞いた。鏡夜は先ほど聞いたとおりに応える。
「かぐやさんですよ。生体人形だそうで」
「いかにも――もとい、はい! 月読社製生体機械人形【かぐや】よ! よろしくね!」
かぐやの名乗りに対する反応は劇的だった。全員が、バレッタさえも、驚いたようにかぐやを見る。ぱちぱちと瞬きして、バレッタが言った。
「くすくす……ヒット。〈月読〉の名前は文献にいくつか所在が。契国の神。大変やんごとなき神の名前です」
華澄は静かに言った。
「考古学的浪漫ですわ。灰原さん、あまり見せびらかせない方がよろしいかと。その方、人類人外の生命を数億引き換えにしても、なおお釣りが来ますもの」
(表現がやべぇ……え? 命を比較するほどに?)
「やだなぁ。命より大切なものなんてあるわけないじゃないですかー」
鏡夜の咄嗟の意地を張った戯言に、華澄は首を振った。
「残念ながら浪漫狂いのアルガグラムとしては、全面的には賛成できませんの。命の失われない、平和と日常が尊いという観念へは賛同しますけれど」
スカーレットは、二度、息を吸い込んでから叫ぶ。
「神代の、神が生み出した、生体機械人形だと!? 本物のロストテクノロジーじゃないか!!」
「え? 私以外にあんまり残ってないの? ポンコツねぇ。主を守れず存在し続ける従者とか廃棄物より劣るからわからなくはないけど」
かぐやはほわほわと、可愛らしく、淡々と反応する。機械的ではないが、人間味が薄かった。
薄浅葱は、まず疑問を口にした。
「あー、と、ちょっと聞いていいかな? 君、どこに献上される予定だったんだい?」
「はぁん? 言いたくないわ! 我が君だって男の人よ! 自分の所有物が、当初の予定ではどこかの馬の骨に捧げられるものだったとか、面白いことじゃないわ! もう、今は私の毛の一本から細胞の一個まで我が君のものだもの! それでいいじゃない!」
薄浅葱は、可愛らしく強烈な自負を語るかぐやに、納得して頷いた。
「……インプリンティング機能搭載か。主の変更も初期化もできないね。最高峰の生体人形特有の偏執性……うーん、悪いけど、灰原くん。君が良ければ、聞いてくれないかい?」
「ああ、かぐやさん、どこに―――……輸送される予定だったんですか?」
献上、と聞くことはしなかった。どうも、誰々に仕える予定だったという話はしたくないようだ。ただの言葉選びでしかないが、少しだけ気を利かせる。
「月読社への信仰を称え、老化防止薬と一緒に配送される予定でした我が君! 輸送方法は月から聖域の塔の頂点へと降ろし、地上から京都へです!」
「本当に月から来たんですか?」
華澄も会話に加わる。
「物語通りのかぐや姫ですわね、でも……ない話ではありませんの。月と契る日ノ本の国。日月の聖地。そこから転じて日月の契国。ああ、浪漫浪漫ですわ」
「くすくす。決着の塔は地球と月の貿易通路だったのです。その政治的な理由により、塔がある島国は非戦闘地域……〈聖域〉と呼ばれておりました」
バレッタの解説へ耳を傾ける。日月の契国に由来が。契約とやらがここで行われたから契約の契の字がついてると鏡夜は勝手に予測してたが……違うらしい。
「身も蓋もない俗な理由ですね。こう、神聖な何かがあるものじゃないですか? 聖域って」
「くすくす。神代には神聖さが溢れて飽和して争っておりましたから」
バレッタの薄浅葱的な(つまりシニカルで皮肉げな)言い回しに鏡夜は呆れたように返した。
「神聖とはいったい」
経緯を見守っていた薄浅葱は何かを掴んだらしい。説明するように言った。
「ああ、なるほど、聖域の塔――決着の塔へ降ろした後、一時的に保管されたのか。で、当時の都への輸送手段をとる前に、〈契約〉で神の大規模喪失、戦争の滅殺で世界が大混乱に陥り、そして塔は千年閉じられた」
「どうやって運んだんですか?」
「くすくす、灰原様、決着の塔の頂上は月の表面と繋がる超空間接続塔と言い伝えがございます……貿易塔ですね」
バレッタの締めるような解説案内に、薄浅葱はなんでもないように小さく笑った。
「うん。だいたいわかった。わかってみれば、なんてことはない」
それに激しい反応をしたのはスカーレットだ。
「なんてことないことなんてあるか! 薄浅葱。わかってるのか? 生体人形だぞ!? 未来観測型機械人形の、さらに数百倍価値がある本物の秘宝だぞ!」
「ソア、もう捕らぬ狸の皮算用……覆水盆に返らず、かな? もう彼女は灰原くんのものだ。変更はきかない。……きかないよね?」
かぐやは不機嫌に言い聞かせるがごとき口調で薄浅葱に返答した。
「きかないわ! 主を変える、仕えるのをやめる、もってのほか! 廃棄の際は自壊機能が発動して身体の欠片も残らないのでご安心! この私こそが、全ての男子が夢見る理想の女官なのよ!」
「と、かぐやくんが語ってくれたように価値を貨幣に変えるのは不可能だ。山分け――どころかおこぼれも無理だね」
薄浅葱はそう言って鏡夜を見た、スカーレットも鏡夜を見る。ずーっと黙っていた烏羽も鏡夜にまるっこい身体全身を尖らせて向ける。
(おうっ、ふっ……!!)
内心、苦虫を嚙み潰した気分になりながらも、鏡夜は帽子で表情を隠した。そして軽薄な口調で言い返す。
「やれやれ、仕方ありませんねぇ。何が欲しいですか? 事故なりに何か返しましょう」
「事故の面はあるよね。君に、大変都合の良い、事故」
薄浅葱の区切るような喋りに帽子で顔を隠したままたじろぐ鏡夜。するとかぐやは鏡夜の前に立って、薄浅葱を見返した。
「何か意見等ございましたら、私にお願いできる? 取捨選択の上、我が君に心労を与えないように、伝えるわ。たとえ、たたかふ――戦うことであっても」
「まさか! 僕は世界を滅ぼせる天使を相手にしてもハードネゴシエーションをしなかった女だよ! 君たちと争うなんてとてもとても。それに――貰えるものはあったからね。ねぇ、灰原――鏡夜くん、僕ねぇ、やりたいことがいっぱいあるんだ。これを縁にして、付き合ってくれるかい? ―――ねぇ?」
自分たちの仕事で、なにやら高価で、素晴らしい生体人形を手に入れたのだから、融通をきかせろ、と、つまりはそういうことだった。〈決着〉を明け渡せなどと言われたら断固拒否である以上、なんとも嫌らしいギリギリの線を責めてくる。
鏡夜にとって引き受けるしかない妥協点だった。
「ええ、ぜひとも、長い付き合いをしていきたいものですねぇ!」
灰原鏡夜と薄浅葱の最初の冒険。結果は報酬で、柵で――つまりは呪いだった。




