第九話「冒険?の時間だ」
〈決着の塔 第一階層 【荒野】〉
赤いカーペットが敷かれた塔入口を抜け、扉を開けて階段を上がる。その先は荒野だった。
広大に広がる殺風景な景色。乾いた土の香り。晴天の空。過ごしやすい温度。
それを味わった瞬間――階段から外へ一歩踏み出した瞬間に、巨大なストーンゴーレムが鏡夜たちの目の前に降り立った。
(ひえっ……)
鏡夜は恐慌しつつも、外面上はニコニコしながら飄々とゴーレムを眺める。
ゴーレムの大きさは……大きさだけは『カーテンコール』と同じだった。
威圧感たっぷりに鏡夜たちの前に立つそのゴーレム。それに向かって行ったのは桃音だった。
スカーレットが桃音の後に続こうとした。しかし、薄浅葱が右手を振ることでスカーレットを自分の隣にとどめ……鏡夜は何もしなかった。紅い瞳はストーンゴーレムの弱点を明らかにしている。
弱点は、大量にあった。適当に打ち込んでも弱点を突ける。鏡夜はいきなりの出現にびっくりしただけに過ぎない。
一言で言えば、不語桃音の敵ではないのだ。
ゴーレムはグワァッと桃音へ拳を叩きつける。
桃音は片手でその拳を掴み、捻り、石でできた全身を地面に叩きつける。砂ぼこりが舞う。桃音は空いたもう片方の手を使い、眼前で地面に半身が突き刺さってるゴーレムの頭を掴むと、力任せに腕を押し込み、肩まで突き入れた。そして、中にあった核を握りつぶして、粉砕した。
『カーテンコール』と違って生体兵器であるゴーレムは内部から赤い血しぶきを噴き出して――ブシュウ、と蒸発して消え去った。あ、こんな消え方するんだ、と鏡夜は思った。
薄浅葱はどうでもいい石ころを見るような表情で呟いた。
「ストーンゴーレムってああいう倒し方するんだっけ?」
「契国最強の個人とその他大勢を比べるのは間違ってると思いますの」
華澄の言へスカーレットは呆れたように言った。
「にしたって、なんでゴーレムと力比べしてるんだ……?」
「そんなこと言ったら桃音さん、『カーテンコール』相手に動きの激しさで勝負出てましたけどねぇ」
鏡夜はしっかりと覚えている。いきなり大ジャンプをかまして焦らしてくれた上に、着地した瞬間に猛ダッシュで移動した『カーテンコール』を追いかけて蹴りをかましていた。一応全員が協力してはいたが、一番異常だったのは桃音だ、と鏡夜は自分を差し置いて思っている。
薄浅葱はびっくりしたように鏡夜を見た。
「うっそだろ。『カーテンコール』ってさぁ契国軍も僕ら以外の挑戦者も、機動力で蹂躙したんだよ? 君達おかしいんじゃないの?」
「まぁまぁ、勝てば官軍ですし?」
「結果論ー。……まぁいいや。強いに越したことはないよね。さぁさぁ、調査しようじゃないか」
薄浅葱が早足で先に進むのをのんびり追いながら鏡夜は考える。
(ゴーレム、ゴーレムね。たしかに生きている機械って感じだ)
じゃあここに出てくるモンスターが全てゴーレムか、……というとそうでもなかった。
次に背後から襲ってきたのはかなりグロテスクなことになってる犬だ。鏡夜は襲い掛かってくるその犬を気配で認識し、背中側に《鏡現》を出すことで防ぐ。そしてその《鏡現》を消すことなく、鏡ごと後ろ回し蹴りで犬を攻撃した。蹴りと破片になった鏡が腐った犬の全身にダメージを与え、ふっ、と幻のように《鏡現》も犬も消える。
(モンスターってかクリーチャーだな)
生体機械という言い回しでイメージしきれていなかったが、要は生体兵器か。生物兵器だとウィルスや菌を意味するので必然的にそう解釈する。
つまり神代とは生体兵器をばんばか突き合わせて戦争していたらしい。生命倫理が壊れそうな歴史的事実だ。
「ストーンゴーレムにゾンビドッグ? 無知な学生がイメージするダンジョンかな?」
薄浅葱はニヒルに鼻を鳴らした。
「うん? なにかおかしなことでも?」
「というより、ありふれてるかな。欧妖連合の村落跡地に徘徊してる警備生体機械はテレビでよく映像流れてるしー。そりゃ一般人は冒険の障害、モンスターだ! って有難がるけど。当時の感覚を現代に例えるなら、カタログで買える防犯機器みたいなのだよ。少なくとも契国で見るようなものでもないし恐れるものでもないね」
ゴーレムはともかくゾンビドッグが家庭防犯器具として一家に一台徘徊する住宅街を、鏡夜は想像してみる。
「もしかして神代って地獄だったんですかね」
「当たらずとも遠からず!」
薄浅葱はシニカルに笑った。
話しているうちにモンスターが襲ってくる。しかし、鏡夜が何のモンスターか確認する前に銃声がして、そのなんらかのモンスターが弾け飛んだ。鏡夜が見ると、バレッタがレールガンを背中回しに抱えてくすくす……と笑っていた。銃口からは煙が昇っている。
そのバレッタに華澄が言った。
「観測してくださいまし。わたくしたちの前に〈英雄〉さんが、来ておりますの」
バレッタは頷き。くるっ、と軽やかにターンして言った。
「くすくす、どうやら、久竜様たちはこの階段を中心に探索していたようです。北へ行き、ここへ戻り、西へ行き、そして戻って東に行って。戻ってきておりません。東へ行った先が彼らの全滅でしょう。観測なさいますか?」
その場所へバレッタが赴かなければ、観測できない。つまり、バレッタは東へ行くか? と聞いていた。依頼主である薄浅葱は、即答した。
「やだ。行きたくない。見れる範囲に行ったら首ちょんぱとかになったらやーだー」
(子供か)
薄浅葱は小学生と言われても通用するほど小柄である。
しかし、と鏡夜は改めて荒野を観察する。まず思うのは。
「広くないですか? たしかに塔は私や神様の正気を疑うほどに高かったですけど。太さはここまでではなかったはずですよ」
決着の塔は巨大だった。けれど、その巨大さ以上に荒野は広かった。現在地から三百六十度遮蔽物なしで地平線が遠く見えるのは奇怪だ。
東の地面と空の境目。朧げになった地平線、あのあたりには〈絢爛の森〉があるはずなのに。
「くすくす。塔の太さは五百メートルですよ。……恐らく空間を操っているのでしょうね……」
「また大層な……」
空間操作もさることながら実際に数字で認識するととんでもない。五百メートルの太さで五十キロメートルの高さの建築物とか、風が吹けば想像の中でも倒れそうである。
だが、納得はできる。明らかに面積は塔よりも広くなっている。バレッタは言った。
「くすくす。大規模な異界化です」
薄浅葱は興味を薄っすらと感じさせる理知的な口調で話す。
「【聖域の塔】を後から異界で塗り替えたんだろうね。本来の【聖域の塔】ならセキュリティが甘すぎる。ローラルなみの防衛機構があってしかるべきだ。つまり今僕たちがいるフロアもまた天照使のように、〈契約〉によって何かがどうにかなっているわけだね。ああ、【聖域の塔】はいったいどんな遺跡だったんだろう」
鏡夜はなるほど、と頷く。別に勝手にやったらいい。鏡夜にとって必要なのは〈決着〉であって、〈契約〉ではないし。【聖域の塔】でもない。
本当に薄浅葱は【決着の塔】に合わない女である。そんな薄浅葱にスカーレットは言う。
「そして、〈決着〉も手に入れるんだ。そうだろう? 薄浅葱」
「ん? ああ、そうだねソア。僕たちのお題目だ。――血が通ってないけどね」
「尊い願いだろう。不満があるのか?」
「まさか! 灰原くんは、どうおもう?」
華澄が以前言った貴方たちだけが真っ直ぐでしたの、というセリフが鏡夜の脳内でリフレインする。
鏡夜はちょっと考えて当たり障りなく返す。
「私にはなんとも。ただまぁ、平和は尊いですよ。間違いなくね」
「尋常じゃない胡散臭さだな」
スカーレットに胡散臭いと言われて、不服そうに口を尖らせる鏡夜。
「ひどいなー。私、本心で喋ってますのに……?」
本当に。虚勢は張ったが平和と日常が尊いというのは、奪われ尽くした身として当然の思いと言える。胡散臭いとは、なんとも不当な評価だ。しかし舐められるよりかはマシなので言い訳はしないでおいた。
東は危険区域で北と西は探索済みということになり、なら南に行こうという話になった。バレッタを使えば〈英雄〉パーティの道筋をたどって安全にいけるが、面白いものがあるとは思えない……とは薄浅葱の談。
様々な生体機械たちが立ちふさがるが、バレッタの鉄火と桃音の膂力であっ、という間に殲滅される。護衛任務も何もなかった。
モンスターは飛び道具を使わず、バレッタは通常人類どころか力自慢の種族すら呆れるような重量のヘヴィーウェポンを振り回しており……射程距離は地平線まである。端的に言って、一方的な虐殺だった。
空から突然降ってくるストーンゴーレムも、射程に入ればただの的である。
撃ち漏らしがあったとしても意図的であり、桃音が四肢を振るって即座に肉塊に変え、モンスターは消え去っていく。
無闇に広く地平線も遠かろうと、不定期に襲われようと、桃音とバレッタが秒殺するので華澄にもスカーレットにも、もちろん薄浅葱にも活躍の場がなかった。
鏡夜も最初に遭遇したゾンビドッグ以外に戦闘範囲に入る者もいないので、暇をしていた。
(出番がないのはいいことだ!)
「薄浅葱さんは戦わないんですか?」
鏡夜は勇者という勇名を持つ彼女へ話しかける。自身の代わりに最低限は何かをしてくれればラッキーだ。やる気がないのは知っているし、むしろやる気がない方が嬉しい。守護対象だなんだと華澄と決めたのも忘れてはいない。
が、それはそれとして、たった今現在鏡夜の代わりに頑張ってくれればそれも嬉しかった。
薄浅葱は呆れたように言った。
「おいおい、探偵を捕まえて何を言っているんだい? ――というか、必要ないだろう、君たちがいるんだから。はっきり言うけど、戦闘能力はぶっちぎりで君たちが一位だよ。僕が言うんだから間違いない――ただ個体性能で言うなら、魔王くんは強いかな?」
「強さだけじゃないですわ。この任務は」
同じく暇そうに――と言っても気を抜くことなく鋭い視線でダンジョンを観察していた華澄が酷薄に告げた。
「というか――強さで済むだけなら代表制など不必要ですの。完全無欠のフリー入場であるべきですわ。中途半端で――どっちつかずで――なんとも浪漫が足りませんの」
なるほど、彼女が魔王と組まなかった理由は〈強さだけではない〉に繋がるのかもしれない。おそらく華澄は鏡夜よりも思考が深く、鏡夜よりもシビアだ。そんな判断を下すこともあるだろう。鏡夜が軽薄だとしたら、華澄は酷薄だ。相性は良いかもしれないが――まったく違うものでもある。
荒野を進んでいるうちに薄浅葱は完全に集中してしまったのか、ぶつぶつと整理するために独り言を垂れ流しはじめていた。
「んー。空間がひろーい。広すぎなくらいだ。高さを再利用してるのかな? 五十キロメートルの高さを分解して、広さに展開している――思ったよりも階層が少ないと見ていいかな。入った途端に初手威圧感たっぷりのゴーレムってことは、恐怖を乗り越えろ。たぶん、ニュアンスとしては試練に近いな。競争なのに、試練? というか方向がわからない……指針もない……右往左往で鍛錬熟練、たいていの重要施設系ダンジョンの、ここに不法侵入するお前を殺すって構造でも」
薄浅葱の目の前で、ゾンビドッグの頭がバレッタの無反動砲で飛び散る。薄浅葱はその状況に無反応のまま言葉を続けた。
薄浅葱色の瞳にはしっかりと弾と肉片が舞う姿が鏡のように映っているのだが、注視すらしていないらしい。
「ないなぁ……」
スカーレットは気色を変えてバレッタへ怒鳴った。
「おい貴様ァ! いきなり化け物バズーカを振り回すな!! 薄浅葱に当たったらどうする!?」
「くすくす……安心してくださいませ。倫理コードにおいて不慮の殺傷は禁忌事項なので……つまり事故を起こさないということです」
「偶然の、不確定の、失敗を、絶対にしないなんてマニュアルに組み込めるわけがあるか!」
スカーレットとバレッタが言い争いをし始めたため、殲滅は桃音のみがするようになった。とはいえ戦力及び対応力としては相応だ。難易度が低いのか、桃音が強すぎるのか、比較対象である『カーテンコール』が難所過ぎたのか。恐らく全部だ。
薄浅葱はマイペースに推理を続けている。
(冒険ってこういうのだっけ)
この世界の冒険など鏡夜は知らないが、難易度地獄の超難関ダンジョンとはなんだったのか。
鏡夜の視線の先で薄浅葱は片足で確かめるように地面を何度も踏みつける。
「〈荒野〉の再現度が高い。……ダンジョンのためのダンジョン。最初から迷宮として作られたダンジョン? わおわお、ミノスを思い出すねぇ。ただただ、だだっ広いだけのサバンナ……んん?」
薄浅葱は空を見上げた。パッと彼女は顔を輝かせる。
「テクスチャが荒い!」
「なんのですか、なんの……」
と鏡夜も青空に目を向ける。白い雲と青い空―――の、絵だった。
「あ、そういう」
屋内で無限の空があるわけがない。〈荒野〉は塔の体積を再利用したものに過ぎない。広さにも高さにも限界があってしかるべきだ。薄浅葱の喜びようを見るに、空に何かあるのかと鏡夜が注視する。ぎらついている太陽も作りものだ。眩しくはあるが温かみなどありはしない。ダンジョン外の空気よりかは暖かいが、荒野らしい灼熱などかけらもない。
白い雲も流れずその場に―――。
(あー? っとなんだありゃ)
鏡夜は空にある白い雲の一つに妙なものを見つけた。
「というか、緑色ありません?」
「え? どこだい?」
「ほら、白い雲に」
鏡夜は白い雲を指さす。薄浅葱は手袋の指先をたどろうとするが、鏡夜と比べるとかなり小柄のため、目線が合わない。鏡夜はどうぞ、と薄浅葱の身長程度、屈む。薄浅葱は鏡夜にひっつくように、彼の肩の上に顎を乗せて、指先が示す緑色を見た。
そう、白い雲の一部分に場違いな緑色の点があったのだ。
「あ、ほんとだ! 面白そう! いこう!」
薄浅葱は鏡夜の背中をとんとんと叩いて、はやくはやく! とせかす。なるほどなるほど、こういったことになるとワクワクするのか。そして決着の塔の攻略には関係ない。寄り道が楽しいがメインストーリーをまるで進めないタイプ、と。鏡夜は一人納得しつつ薄浅葱に応える。
「はいは―――」
だいぶ肉感たっぷりのサソリのようなモンスターが薄浅葱の方へ飛んできたので、鏡夜は鏡を作り出して彼女を守る。ベチィッ! と音を立てて体液をまき散らし消失するモンスター。
鏡夜は鏡を消しながら飛んできた方向を見た。桃音と華澄が別々の方向を見ながら警戒をしている。バレッタとスカーレットは別方向にいて、掛け合いをやめたのか、どうした? と鏡夜と薄浅葱を見ている。
「………」
「ああ、たぶん桃音さんですかねぇ」
モンスター退治に飽きたから八つ当たりを兼ねた合図だろうか。本当にやばい人間である。
「…………」
薄浅葱はちょっと引いていた。スカーレットは首をかしげて薄浅葱に言った。
「お前が黙るなど、珍しいな。思考に集中すればするほど喋るくせに」
「……なに、僕はお淑やかな女だから。少し沈黙したまでだよ」
薄浅葱は桃音と華澄の方を見ながらスカーレットに応えた。まぁ、合図が出たのなら仕方ない、鏡夜は桃音に声をかける。
「すいません桃音さーん、代わりましょうか?」
鏡夜はアクロバティックに岩石の身体を持つサイに踵落としを決めて真っ二つに割ると、桃音へ近寄った。すれ違うように鏡夜はモンスター退治係になる。代わりに桃音は静かに薄浅葱の傍に佇む。
「小さな緑の下まで移動しようかー」
薄浅葱が調子よく言って、綠色の点がある雲の下へ移動し始めたので、鏡夜も合わせて行動する。
周囲を警戒する鏡夜の五感はかなり強化されている。襲い掛かる可能性のある多種多様なモンスターたちへ鏡夜はイヤイヤながらも率先して対応する。
が、大抵ワンパンチ、ワンカットで済んだ。
例えば巨大ハエ型のモンスターが襲ってきたとしよう。
ワンパンをかませば手袋の効果で状態異常発症。地面に落ちて動けなくなったハエの首を《鏡現》のサーベルでワンカット。
生物に対する必殺技とはわかっていたが、実際に活用すると流れ作業極まりなかった。率先してやったところでレベルアップとかしないけど、鏡夜が駆除係になるのが一番安定するのだろう。
しかし、率先してやりたいと思うほどでもない。艶やかな鏡の刃によって無抵抗に切り裂くだけの、面倒な作業だ。
あっという間に、綠の小さな何かがついてる白い雲の下に着く。当たり前だが空は遠い。
「どうする? 飛行系の備品なぞないぞ」
スカーレットの言葉などなんのそのとばかりに、桃音はピョンピョンと飛び跳ねている。目元が隠れている感じの陰気な女性がしている仕草としては異質だ。どんどんとジャンプの高さが上がってきている。薄浅葱は首を桃音へ合わせて上下に移動させながら言った。
「高いなぁ。呪われているとはいえ、人間の身体の割合がかなり高いだろうに」
「私も身体能力なら彼女ぐらいはいけますよ」
「君は……君もか。神に呪われた人をバンバン見るのも珍しいね。組んでるなら尚更だ。」
桃音のジャンプを眺めながら、鏡夜はかつて、自分がステージホールにて大ジャンプからの空間に固定された鏡を踏んでステップした自分を思い出した。
そして閃く。
「あのー……」
鏡夜はおずおずと提案した。




