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決着の決塔  作者: 旗海双
第0章
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第一話「はいばら きょうやは のろわれて しまった!」

 〈呪ってやる呪ってやる。お前を呪ってやる〉




 〈この世界から消えろ!!〉




 〈地獄を! 責め苦を! 絶えることなく味わい続けろ!!!〉




 〈灰原鏡夜ァ!!!〉




 ――――――――――――――――――――――――




「………んあ? どこだ、ここ?」


 灰原鏡夜は目覚めると、自分が洞窟の中に寝転がっていることに気づいた。妙に明るい視界内に乾いた岩肌を捉えながら、首を傾げつつ立ち上がる。


「……ああ、なんだろうなっと。夢かなにかか?」


 いまいち現状を把握できない鏡夜は頭に手をやって気づいた。


「……なんだこれ、帽子? んなもん持ってたっけか?」




 鏡夜は自分の服を見てみる。




 手にはダークグレイの手袋。真っ白なシャツと灰色のベスト。明るいグレーの華美なジャケットとズボン、腰元にはシルバーチェーン。襟元には、これまた灰色の宝石でまとめられたポーラータイ。そして帽子を前に傾ければ帽子のつばも灰色をしていた。


「………ひっでぇ恰好だなぁ。カッコいいにはカッコいいが、似合いそうもない。ま、今着てるんだけどな。……さてさて、マジで夢っぽいなぁ。こんな鮮明なもん見たの初めてかも」




 鏡夜は帽子のつば先端を人差し指ではね上げた。


「足音が聞こえんな」


 コツ、コツ、コツ、と洞窟を踏みしめる音がする。音から二人いることがわかった。


 鏡夜はさらに夢だという確信を強める……ただの平和的男子学生である自分はここまで物騒な意味合いでの聴覚に優れてはいない。


 鏡夜は幾分か迷ったが、なんとはなしに隠れることにした。夢であるのならばどんな行動も自由ではあるが、この夢がどういう夢なのかがさっぱりわからない。故に、行動する前に調べてみることにした。自分の夢を調べるというのも妙な話だと、鏡夜は頭の片隅で思ったが、近くにあった石の裏、影になった部分に身を潜める。




 隠れてすぐに、足音の主たちが現れた。


「モンスター出ねぇなぁ……期間考えるとぜってー出るはずなんだが……」


 全身鎧、背中に盾、右手に大剣を持った男が歩きながらそう呟いた。その後ろには……。


「別にでなくたっていいだろうよ。今回は採取が目的だ」


 防弾チョッキらしき装備、手に小銃を持った男がいた。




(騎士っぽいのと軍人っぽいの……? 世界観ぐちゃぐちゃかよ。余計わかんねぇつーの)


 夢というのは理不尽で奇っ怪なものであるが、なまじ五感にリアリティがある分、違和感がひどかった。


 鎧の男は防弾チョッキの男に戒めるような調子で応えた。


「ばっかテメェアレだぞ? 冒険者ってのは、舐められたら終わりだ。こいつは頼りにならない、こいつは脅威にならないって印象は後々になって致命傷になる。結局、荒くれた職業だからな。ほかのパーティに利益を横取りされたりするのは序の口。自分がピンチに陥った時、仲間にすら舐められていたら、見捨てられて死ぬ」


 軍人らしき装備をした男は周囲を指さし確認で警戒しつつ呆れたように言った。


「それとモンスター希望になんの関係があるんだ?」


「俺はモンスターと戦うことを恐れない。むしろ望んですらいる。例えそれが平時でも、っつーアピールになる。こういう小さな見栄を張ることが大事なのさ。つまりはそういうことだ」


「ああ、そうかいそうかい……。よし、クリア。先に進もう」


「おう」


 そして、騎士らしき男と軍人らしき男……推定冒険者の二人組は、隠れた鏡夜に気づかないまま洞窟の奥へと進んでいった。


「………」


 鏡夜は二人組が見えなくなったのを確認すると物陰から出た。帽子を手で抑えて目元を隠しつつ、考えに耽る。






「世界観はいまだににわかんねぇが……冒険者がいることと、冒険者は舐められたら終わりっていう金言はわかった」




 鏡夜は二人の冒険者が進んでいった方向とは逆方向に歩き始める。会話を考えるに、彼らは外からこの洞窟内へ探検にきていた。ということは、彼らが来た方向へ行けば、彼らの入口で、つまりは鏡夜の出口だ。






「ま、とりあえずは外に出るか……こんな陰気な場所は、もううんざりだ」






 洞窟を進んでいると外に出た。鬱蒼とした森だった。洞窟入口から、どこかへ続くあぜ道が木々の間に続いている。


 鏡夜は生い茂った木の葉の合間から差し込んでくる日差しに目を細めると、あぜ道に沿って歩き始めた。しばらく歩くと視線の先にぽっかりと開いた場所があった。きれいな円形状の原っぱ。その中央に、小屋があった。




(…………ん?)




 こぢんまりとした小屋に誰かいると気配を察知したと同時、その誰かが出てきた。足音が聞こえない。視覚以外では、移動の際に空気を切る、あの微弱な揺れしか感じ取れない。


 異常に鋭くなった鏡夜の五感でも、幽霊のように虚ろな気配。鏡夜は警戒して、その人物を観察した。




 地味な……ともすれば陰気とも言える、黒目黒髪の女性だった。


 眼は半分以上前髪によって隠れており、服装も地味な紺色系で統一されている。上着もスカートもゆったりとした余裕のあるもので言ってしまえば文学少女、いや内気な文学女性……な風情だった。




「……………」


 茫洋とした顔つきで、その女性は鏡夜のことを見ていた。


「……これは、どーも。私、灰原鏡夜と申します。初めまして、お嬢さん」


 鏡夜は警戒ゆえに礼儀正しく挨拶した。そして、さらなる礼儀として帽子を取ろうとしたが、取れなかった。


(あっれ、取れねぇ)


 ぐっ、と腕に力をいれてみる。が、頭にがっちりとはまっているように微動だにしない。


「………」


 帽子を掴んで頭の上で引っ張る鏡夜に女性はなんの反応も示さなかった。相も変わらずぼんやりとした顔をしている。対して鏡夜は、彼女の無反応さに動揺することはしなかった。先ほど耳にした金言を鏡夜は忘れていない。


 この夢の中は、舐められたら終わりなほどに厳しいのだ。故に動揺も弱さも飲み込んで、飄々と対応した。


「ああ、怪しいものじゃありませんよ? 冒険者ってやつです」


 嘘も混ぜ込んだような気もするが、何、心はすでに冒険野郎だ。


 すると陰気な女性は無言無表情のまま、白いカードを鏡夜に投げてよこした。


「おっと」


 鏡夜はそれをキャッチすると、目を通す。名刺のように小さく固い紙だった。 鏡夜はその紙に書かれた文字を読み上げた。




「【名前:不語 桃音】【呪い:疲れない/話せない】【説明:私は喋れません。筆記ができません。手話ができません。身体言語ができません】【追記:これは代筆です】………なるほどー」




(……呪いって。世界観ぐちゃぐちゃかよ……! つーか、これ、印刷機でプリントした文字に見えるんだけど。ファンタジーとしての作りも甘ェな、いや、文字の造りは精緻ではあるが)


 内心で突っ込みを入れつつ、ふと鏡夜が気づくと陰気な女性――不語桃音が、眼前すぐ傍まで迫っていた。


(ンゲェッ……!?)


 やばい――と鏡夜は恐怖する。読み上げることに集中して彼女への警戒が疎かになった。その隙を突かれた。


 鏡夜は桃音にがしりと前腕を捕まれ。


「う、おお?」


 投げられた。勢いづいた背負い投げ。


「うおおおおおおおおお!?」


 吹っ飛ばされた鏡夜は、先ほどまで桃音がいた小屋、その奥の壁に強かに全身をうちつける。


(いった!? いや、痛い!? え!? いや、思ったよりかは痛くないが、痛いことは痛くて。夢が痛い? 痛い夢?)


 鏡夜は地面に手をついて着地する。脳内は大混乱だった。


 なぜ、夢なのに痛みが――いや、小さな小さな、痛いようなそんな痛みではあったが。たしかに、それはあった。それはつまり。




(え? もしかして、夢じゃ、ねぇの?)


 バタン、と小屋の扉が閉じた。鏡夜は呆然としたまま奥の壁に身を預けるように座り込んだ。






 小屋の中は非常に質素なもので、椅子とテーブルと本棚とラップトップPC、あとは簡素なキッチンがあるばかりだった。生活臭はない。休憩所のようなものだという印象を鏡夜は受けた。……外から桃音以外の足音が聞こえる。


「桃姐さん、終わりました」




 その声で鏡夜は気づく。あれは洞窟で聞いた、騎士のような冒険者の声だ。集中を広く飛ばしてみれば、たしかにあの二人組の気配がする。 色々なものに気を囚われすぎて気づくことさえできなかったようだ。


 もう一人の、軍人風の冒険者は 報告するように告げる。


「これが採取する素材っす。……はい。今日はこれで打ち止めなんで、この森にはもう誰も来ないっす」


「そんじゃ、また世話になるかもしれないんで。ありがとうございました」




 二人の冒険者はそう口々に桃音に伝えると、森の外へと立ち去って行った。




 鏡夜は彼らの経緯に耳を傾けながら、未だにひどく混乱していた。




 彼らはなんだ? 彼女は誰だ? なぜ自分はここにいる? 彼女はなぜ自分を投げたのか。これからどうなるのか。脱げない帽子の……服の意味は?






 しかし……。


 鏡夜は動揺と弱さを、先ほどと同じように飲み込んだ。




 扉が開き、小屋の中に入ってきた不語桃音に、鏡夜は笑顔を向ける。


(そう、舐められてはいけない。意地を張って、虚勢を張ろう)


「やーやー、どうも。家に連れ込んでくださるなんて。魅力的なお誘いですねっと」


(それだけが、今の頼りだ)


 そう嘯いて、鏡夜は立ち上がった。

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