第六話「〈英雄〉久竜晴水」
〈勇者〉一行との接触を終え、気を取り直して。鏡夜は薄浅葱のように指を鳴らして配膳機を呼び寄せる。
「コーヒーお願いしますね?」
コレリエッタが淹れたちょっと薄めのコーヒーを飲みながら考える。
「さー、て、どうしましょっかねぇ」
今朝の当初の予定では、常識を調べるためにいろいろする予定だった。しかし、所詮は何もわかっていなかった時の暫定だ。
まさにうってつけのバレッタがいる以上、彼女を質問攻めにした方がいいだろう。というわけで、バレッタをしばらく借りていいか華澄に聞いてみたところ。
「申し訳ないですけれど、無理ですわ」
と、断られた。
「わたくし〈Q-z〉事件特別対策本部 外部特別顧問、という肩書を背負っておりますから本業をしなくてはならないんですの。『カーテンコール』の残骸を洗ったり、現場を調査したりにバレッタが必要ですわ。もちろん、明日のダンジョンアタックには参加いたしますの。でも今は……」
「わかりました、仕方ないですね」
「もしよかったら、ご一緒します?」
「うーん……。というか〈Q-z〉って関わってくるんですか? 『カーテンコール』はスクラップに変えたわけじゃないですか」
鏡夜は部品をまき散らして倒れた砲弾型巨大戦闘機械、クエスト『カーテンコール』を思い返しつつ言った。
「普通に考えれば、警備も厳重になるわけでもう大丈夫と安心するでしょう。浪漫で考えれば終わるわけがありませんの」
奇妙な言い回しだが、アルガグラムの構成員が敵である以上、浪漫というワードはついて回る。つまり、華澄流の言い方で。
「このままではすまないと。わかりました、興味もありますし、ついていきます」
鏡夜は華澄についていくことした。常識の調査、たしかに必要だ。ただし、決着の塔関係の情報がもっと必要だ。優先順位の問題である。
ステージホールへ向かって歩いていく。冒険者たち全員が退去したエントランスに通りがかると四人の少女が無人の担架マシーンで運ばれているのに出くわした。
がっしりした長方形の台に寝そべっている個性豊かな種族の見目麗しい少女たち。見ていて痛々しいほどボロボロだ。
「あれは……」
自動的に運ばれていく少女たちを端に寄って見送ると、さらに向こうから一人の青年が歩いてきていた。右目に包帯を巻き、左腕をギプスで吊っているが間違いない。薄浅葱と同じようにテレビに映っていた勇士だ。背筋を伸ばして堂々と歩いている青年に、鏡夜は帽子へ手をやりつつ快活に話しかける。
「これはこれは――。初めまして、私、灰原鏡夜と申します」
「あー……悪いんだが、どちらさんだ?」
黒目黒髪の青年は不機嫌そうに尋ねた。
「はい。皆様とご一緒に【決着の塔】に挑むことになった、勇士……ですよ。こちらは協力者の不語桃音さんと白百合華澄さん、バレッタ・パストリシアさんです」
鏡夜は舐められないように礼儀正しく名乗る。疲れたような、落ち込んだような顔をしていた青年は、残った片目と口を小さく驚きの形にした。
「そうか、お前が『カーテンコール』を。なら名乗らないわけにはいかないか。俺は久竜晴水――。決着の塔の挑戦者だ」
「くすくす……〈英雄〉様ですね」
バレッタの説明に久竜は肩を竦めた。そして左腕に痛みが走ったのか眉をしかめる。
(さて、〈英雄〉、久竜さんね。ライバルだ。薄浅葱さんに倣って少し探りを入れるか)
「怪我、どうなさいました?」
「障害がなくなって、開いたからな。【決着の塔】に挑んで、全滅した。俺は目と腕しかやられてないから最低限の治療でも動けるが……仲間は未だにボロボロで……守れなかった。クソッ」
淡々と何かを押し殺すように悔恨に濡れたような口調。鏡夜は帽子で目を隠しながら言った。
「心中お察しします」
「もう行っていいか?」
久竜は担架マシーンで運ばれていった少女たちを遠くに見ながら言う。いや、まだまだ、もったいない、と鏡夜はダメ元で陽気に尋ねた。
「何か決着の塔について教えてくれたりは……?」
久竜はしょうがないものを見るように言った。
「俺たち敵だぞ、甘えるな」
「ですよねー。失礼しましたっ! では最後に一つだけ――。〈決着〉についてどう思われますか?」
鏡夜の価値あると評された問いに、晴水は仕方なさそうに答えた。
「あるもんはしょうがないだろ。どれだけ祈ったってなかったことにはできない。ただ……誰がどんな願いを叶えるかわかったもんじゃないからな。今はこんな様だが、誰にもやるつもりはない」
「ではあなたがもし決着を手に入れたら――」
「最後に一つ、って言ったよな?」
久竜の無表情な問いに、鏡夜は笑顔の仮面をつけたまま頷く。
「そうですか。そうですか。ああ、ありがとうございます。参考になりました。私が〈決着〉を手に入れる、ね」
「お前が手に入れられるとは、俺には到底思えないが」
鏡夜と晴水の視線が交差する。久竜は一言。
「じゃあな」
「ええ、また」
久竜は鏡夜の横を通って、担架で運ばれていった彼女たちを追いかけて行った。桃音が自己紹介カードを久竜へ先発投手ばりに投球(鋭く硬い紙)しようとしているのを食い止めながら、鏡夜は分析する。
ずいぶんとあたりが強かった。不機嫌だったのか。そもそも表面上は親しげな薄浅葱が例外であり、他の三人は彼のようなのか。とにかく、本当に参考にはなった。【決着の塔】は、彼が全滅するほどには難物らしい。
「ところで、久竜さんってどういう人なんです?」
説明したのはバレッタではなく沈黙を保っていた華澄だった。感情をうかがわせない静かな目で久竜の後ろ姿を見やっていた。
「〈勇者〉薄浅葱が世界を新たな局面に進めた未踏の勇者なら、〈英雄〉久竜晴水はこの星のダンジョンをもっとも多く攻略した冒険者ですの」
それは、わかりやすい。積み重ねた功績がイコール資格になっている。質より数の方が、鏡夜としては理解しやすかった。有機天使とか言われても実際イメージしづらいが、ダンジョン攻略数一番は、ただの数字だ。
ただ、仲間が全員ボロボロになって、本人も負傷したあの状態で、塔の攻略に支障はないのだろうか。そんなことが、鏡夜は気にかかった。




