第四話「一人ではない、そしてそれは良いことではない」
黒いスライムは異様にいい声、魅惑の低音ボイスだった。渋さと含蓄を思わせるどっから声を出しているのか鏡夜にはわからない生き物は、漆黒の身体をぐにゃ、と伸ばして言った。
「名乗ろうじゃないか。――烏羽。何、ただの変哲もないスライムだよ」
「どうも、はじめまして……」
鏡夜の認識だと、魔物・モンスターと言えばスライムなので違和感を覚える。会話が成り立ち、知性があるのだから慣れるべきだ、と鏡夜は自分へ求める。彼はモンスターではなく人外だ。
薄浅葱は引き気味の鏡夜を横目に、烏羽に呆れたような口調で言った。
「だから言ったじゃないですか、叔父様。ゼリーのフリしてもスベるだけだって」
黒より黒い漆黒のスライム、烏羽はぐにゃりと身体を薄浅葱の方に向けた。
「そうでもないぞ、私は楽しかった」
「叔父様!?」
鏡夜は、烏羽と薄浅葱の会話も遮ってしまうほど、心の底から驚いて叫んだ。カルチャーショックも甚だしい。
「血縁があるんですか!?」
薄浅葱は不思議そうに言った。
「驚くことかい? うん、そうだよ、灰原くん。彼も色彩一族だ。父様の弟、間違いなく叔父様だ。色彩一族はそこらへんゆるくてねぇ。例えば僕なんかだと、スライム、龍、仙人、シルキー、中国人、契国人、英国人が混じってるね。表に出てるのは英国人間とルーツの中国人間の二つだけだけどさ」
「なるほど……」
(ずいぶん混ざってるが、人のうちに入るのか?)
鏡夜はなんとなくイメージとして人から生まれた純人間を人類、他全てを人外と思っていた。他の種別など想像もしていない。
そして想像もまともにしていないイメージなど、人しかいない世界生まれの偏見でしかないと思い至る。
が、服を脱ぐことより重要なことではない、とこの場は脇に置いておくことにした。後でこっそりバレッタに尋ねるかすれば良い。
ただ呪いを解きたいのだ。第一の考えは変わらない。
「というか、いい加減、ソアさん、剣から手を放してくださいませんこと?」
唐突に。華澄は右手をくるくると回しながら呆れたように言った。彼女は銃を一切のディレイなしで手に出現させることができる……。
スカーレットはテーブルの下の手を上にあげて全員に見えるようにする。その手には確かに剣が握られていた。隠れて剣を握りしめていたらしい。
なぜ? と鏡夜は先ほどの危険な匂いを垂れ流していた自分を自覚していないので首を傾げる。
「飼い犬を慮らずに、短気を起こすなんて、まさしく浪漫を介さぬ飼い主と言わざるおえませんの」
スカーレットは華澄の言葉にカチンときたらしく不服そうな表情になった。心外だったらしい。
「……ふん、人の盟友を飼い犬と表現するのは高貴さに欠けるな。しかし……私が飼い主ならお前はゴマすりか? 白百合家はアルガグラムを支援しているらしいが……どちらかと言えばアルガグラムにお前たちがすり寄っているように見えるね。おっと、ミスターハイバラ、謝罪しよう。少し先走った」
「いえ、いいですよ……」
謝れるとどうしようもない。な、なんでそんなことしたんですかぁ!? と動揺して問い返すと舐められる流れだ。あんまりよくはないが、許すしかない。
それはそれとしてえらい空気になってしまった。初対面からひりついていたのに、さらに悪化してもはや緊張感しかない。
薄浅葱はため息を吐いた。
「あーもう」
「くくっ、対人の腹芸はまだまだと言ったところだな、探偵」
楽しそうに烏羽が揶揄する。
「賭けてもいいけど、ソアと白百合くんが人一倍難物なだけだと思うよ」
「難物じゃない人なんて、いるんですかー?」
鏡夜は空気を軽くするために二人……一人と一匹のやりとりに口を挟む。薄浅葱は、鏡夜の言葉に待ってましたと言わんばかりににやける。
「いるよ。僕だ。難問を解くのが僕であって、僕は難問じゃない」
渾身のドヤ顔に、あっ、そうですか、と鏡夜は肩を竦めた。変人め、と脳内で吐き捨てる。薄浅葱は空気を切り替えるようにテーブルの料理を指し示した。
「ま、ほら、冷めちゃうからさ! 食べようか! 全部ソアのせいってことで解決!」
「すまないと思うがお前に言われるとすごく釈然としないのはなぜだ……?」
スカーレットの憮然とした呟きはさて置いて。食事は打って変わって静かなものになった。薄浅葱は所作こそ喧しいが何か思考に没頭するように炒飯を食べており、スカーレットは薄浅葱を危なっかしいと様子をうかがいながらBLTサンドを頂いている。桃音は無言でもむもむと食べており、白百合は全身で美味しいと言わんばかりに上品かつ一心にハンバーグセットを二つ摂取している。
鏡夜はニコニコと様子を眺めているバレッタの傍による。聞きたいことができた、セピア色の案内型ロボットにこっそりと声をかける。
「華澄さんと……」
夜会服の豪奢な女性を見る。
「えー、スカーレットさんって仲が悪いんですか? というか初対面なんですよね?」
薄浅葱とのやりとりも謎の緊張感があったが、白百合とスカーレットほどあからさまではなかった。
バレッタは歌うように、鏡夜に倣って小声で説明する。
「くすくす。我が主の生家たる白百合家は世界一の資産家であり、五百年の歴史がございます。リア公爵家は由緒正しいエウガレスの名家であり、世界二位の資産家です……。白百合家はアルガグラムを経済的に支援しており、ソア家は色彩一族の後見人です。〈浪漫〉を至上とする技術者、アルガグラムと〈真実〉を是とする探偵、色彩一族とは互いにリスペクトしていることになっておりますが……相性が悪く。特にアルガグラム構成員であり、白百合家である我が主と、色彩一族の〈勇者〉薄浅葱の相棒であり、ソア家の令嬢であるスカーレット・ソア様は、さらに相性が悪く。ついでに資産家として一位と二位であることも拍車をかけ……」
「やばいじゃないですか、ドロドロじゃないですか」
思ったよりこみ入った上に根が深かった。
「くすくす。いえ、どちらかというと、お互い――女傑なので、衝突してしまうのです」
「あーなるほど」
誇りがために立ち上がり、想いがために立ち向かう二人の女傑。互いを背にして立つような関係。
「うまい表現ですね?」
「くすくす……お褒めいただき幸いです。私への評価は我が主へのプラス評価へ変換ください……」
鏡夜とバレッタが白百合華澄とスカーレット・ソアについて話していると、さっさと炒飯を食べ終えた薄浅葱がぱっと顔を上げる。
またもや、あのデザインが独創的な配膳機械がテーブルへとやってきていた。薄浅葱は指を鳴らす。
「紅茶をくれ。コレリエッタくん」
配膳機コレリエッタは触手でカップを薄浅葱の前に置く。その後、その触手が静かに口を開け、紅茶をカップに注いだ。
見た目がえぐすぎて鏡夜は引いた。紅茶の爽やかな香りに鼻腔をくすぐられ、鏡夜は気を取り直す。
(落ち着け。ただのカルチャーショックだ。ほら、よく見てみろ、コレリエッタ氏がまるで優雅な執事のように、見えるわけねぇだろ)
鏡夜が馬鹿な思考を働かせている間。薄浅葱は――紅茶に滝のごとくシュガーをぶち込もうとするのをスカーレットに腕を捕まれて妨害されつつ――口を開いた。
「さて、では本題に入ろうじゃないか――」
「あんまり無茶なのは困りますよー?」
薄浅葱のセリフに意地を張って調子よく答えながら、はて? と疑問符を浮かべる。先ほどのやりとりは、やる気がないなりに鏡夜を探るのが全てではなかったのか。
「僕たち〈決着の塔〉にはじめて入るんだけどさ、少し付き合ってくれないかな? つまりは、随行依頼だね」
「ふぅん、正直に申し上げますと、意図がまるでわかりませんね」
薄浅葱はスカーレットの手前、紅茶に角砂糖を二個だけ入れて言った。
「真実に言うと、そんなものはないよ。僕はただ自分が賢いのだと実感したいだけの女だ。複雑怪奇を解き明かすのが僕であって、僕は複雑怪奇じゃない」
薄浅葱の賢しらぶった表現を、言い直すようにスカーレットは静かに続ける。使命感すら見て取れる凛々しい表情だった。
「我々は継戦能力に難がある。しかし〈勇者〉として決着の塔に挑まなくてはならない。平和のためにな」
当の薄浅葱は、スカーレットの視線が外れたので、これ幸いと紅茶にシュガーを追加し始めていた。スカーレットは横で行われる砂糖テロに気づかないまま続ける。
「故に恥ずかしい話、我々でもダンジョンを攻略するための足掛かりが欲しいのだ。ダンジョンを見て、我々と比べ、そして足りないものを用意すれば後は全部どうにかなる――だったな、薄浅葱」
「ん? ああ、ああ、そうだよ、ソア! 僕の頭脳さえ残っていればやりようはいくらでもある。でもダンジョン内を見れないとなー、思考のしようもないんだよなー、残念だなー」
「……」
華澄が残念なものを見る目で薄浅葱を見ていた。鏡夜は感情を悟られないように目を細める。
温度差がひどかった。薄浅葱は口調の節々にやる気がなく、そしてスカーレット・ソアは人類と人外の平和という目的に、とてもやる気があるらしい。薄浅葱はパッと目を輝かせて鏡夜に言った。
「ま、断るというのなら仕方ない。適当な冒険者でも雇って行くさ」
「え? 良いんですか?」
「ああ、そこに制限はかされていないはずだよ」
鏡夜は考え込むように人差し指を口元にあてる。華澄は、ね? きな臭いでしょ? と言わんばかりに大きく頷いていた。鏡夜はまず真っ先に思いついた事柄を指摘する。
「……いいんですかー? 塔の攻略は競争でしょう? そして〈決着〉はとても魅力的です――裏切られても仕方ないほどに」
まず考えられる問題点を薄浅葱は一笑に付す。
「空前絶後の超高層ダンジョン【決着の塔】を相手に焦ってもしょうがないと思うけどね……君達が障害を排除してくれたとはいえあと……えっと。塔は高さどれくらいだっけ?」
問いに答え、案内することが製造理由のバレッタが薄浅葱へ伝える。
「くすくす……契暦872年に測定が行われた結果、高度五十キロメートルでした……」
「ああ、ありがと。そうそう。頭おかしいよ。そう思うよね。パストリシア……んー。ミューズくんと混ざるな。バレッタくんと呼んでも?」
「くすくす……構いませんよ」
「まぁ、とにかくだ。あまーりに長いダンジョンの、第一歩目でいきなり裏切るお馬鹿さんは存在しないと思うね。たとえ本物の競争相手である、君達であっても」
なるほど、ずっと組む必要もないのか。序盤にリードをつけるために短期間、冒険者や傭兵を雇うのは戦略としてありなのかもしれない。序盤のリードにどれだけの利点があるのかはさておいて、だが。
鏡夜は考える。
「ふーん」
騙そうとしている……いやいや、勇者ともあろうとも者が詐欺をするだろうが。小さな薄浅葱色の少女は確実に悪性ではない。そう、悪い人間ではないが、いかんせん変人なだけだ。しかし変人と言ったらそもそも協力してもらっている華澄と桃音も負けずとも劣らずだろう。そこは否定材料にならない。
「なるほど……」
【決着の塔】を初めてのダンジョンとしてアタックするのは……きわめて卑近な例えになるが、ゲームを初プレイする際に難易度設定ベリーハードかつアイテム・装備・情報縛りでいきなりやるようなものになる。何度やっても死というゲームオーバーにならないとはいえ……痛いのは嫌だ。死にかけるのは嫌だ。
クエスト『カーテンコール』討伐はあらゆる怯えと計算を後回しにしても突貫して優先する事象だった。だから意地と虚勢でやり遂げた。
が、挑戦権を掴み取った今、難易度が地獄じみたダンジョンについて経験のある彼女たちに随行するのはプラスになるかもしれない。
明らかに断ってほしそうな表情をしている薄浅葱と威厳を保ってるように見せかけてるスカーレットの様子をうかがい、鏡夜は言った。
「相談しても?」
「考えてそれかい?」
「考えたからそれなんです」
鏡夜はスパッと言い切って、華澄と桃音とバレッタと顔を寄せ合って内緒話を始めた。




