第二話「〈探偵勇者〉薄浅葱」
そんな一幕がありつつも、鏡夜一行は決着の塔攻略支援ドームにある〈刈宮食堂〉に訪れた。
刈宮食堂には一段と目立つ二人組の女性がいた。
一人は明るく透き通るような青緑――なのだろうか? 明度が高く、青緑に見えない優しい色をした髪と瞳。穏やかに目立つ、髪と瞳と同じ色のモーニングコートを着た小さな少女。
もう一人は赤すぎるほど赤いワインレッドの夜会ドレスを着た長身の女性だった。ストレートのダークブロンド。物憂げな彼女の椅子には細身の剣が立て掛けられていた。
二人のテーブルの上を見ると、漆黒のゼリーが白い皿の上に鎮座している。
モーニングコートを着た小柄な少女は椅子を両腕で掴んで前後にガッタンガッタンと子供のように揺れている。
「おい、薄浅葱。いい加減にしろ、うるさい」
夜会ドレスの女性は碧眼を呆れたように細めて言った。薄浅葱と呼ばれた少女は、ガタンッ! と前へ大きく揺れた後、右手をあげた。
「しっ」
そして、入口にいる鏡夜たちへ目を向ける。
(こっち見てんなぁ……)
鏡夜は薄浅葱なる彼女の目を見返した。空よりも優しい色をした薄浅葱色の彼女はシニカルに言った。
「待ち人が来たみたいだ。やぁ、ようこそいらっしゃい! 僕は新たなライバルの出現を歓迎しよう!」
「私もお会いできて光栄ですよ。――決着の〈勇士〉さん」
実は最初から見覚えはあった。特徴な髪と服と――表情は見間違えようがない。昨夜テレビ中継されていた四人の勇士のうちの一人。この時代の代表者だ。
薄浅葱色の彼女は、不遜な表情を浮かべて名乗る。
「はは、自己紹介は必要だよね。初めまして、僕は色彩一族が一人――薄浅葱だ。勇士っていうかどうも、〈勇者〉らしいよ」
斜に構えた態度の薄浅葱へ対抗するように、鏡夜も軽薄に言った。
「灰原鏡夜です。灰色の灰に原っぱの原、鏡の夜と書いて灰原鏡夜。うーん、特に一族とか異名とかはないので、名前だけでいいですか?」
「充分だよ。さ、一緒に食べよう。奢るよ」
薄浅葱はまるで待ち合わせしていたように鏡夜たちへ昼食を共にしようと誘った。
ここは意地を張る場面だ、と鏡夜は思う。〈競争相手〉は、鏡夜にとってもっとも身近で親しい知るべき問題であり、何より、ここで断れると舐められる。それはいけない。それだけは。なぜなら灰原鏡夜一行とは、【決着の塔】に挑む、冒険者なのだから。
「はい、喜んでーっと」
鏡夜は薄浅葱の前に座った、そこから両隣には桃音とバレッタが座り、華澄はバレッタの隣へ。全員が座ってから、スカーレットは薄浅葱に目を向けた。
「おい、薄浅葱、説明しろ。なんで彼らがそうだとわかった? そもそも――なぜ、彼らがここに来るとわかった?」
「くすくす……他の冒険者に聞いたのでは?」
バレッタの言葉に薄浅葱は首を振った。
「違うよ。パストリシアくん。簡単な話だよ」
(ああ? なんでバレッタさんの苗字を知ってんだ?)
鏡夜の内心の疑問を後目に、薄浅葱は自分の考えを披露できるのが嬉しいといった様子で説明し始める。
「まず、ここに冒険者諸君は今まで一人も来ていない。契国がドーム内に招集したにもかかわらずだ。なら二つに一つだ、全員降りたかもう解決したか。そして君たちが来た。職員でない青年と女性と――そして特別顧問くん。ここまでくれば君らが冒険者諸君を出し抜いていの一番あたりに攻略したことくらい簡単にわかるさ」
左右へ微妙に揺れながら、視線をあちらこちらしっちゃかめっちゃかに動かしつつ、大げさな挙動で得意げに根拠を並べ立てる薄浅葱。スカーレットは不思議そうに聞いた。
「全員降りる方がよっぽどありえると思うが」
「ソア、自分の尺度だけで物事を測るのは危険だよ。どれほどありえなさそうでも、起こったことは嘘を吐かない。あれは恐ろしい化け物だったけど、練度の高い、継続的に挑戦してくる、二十組以上の冒険者を、三時間以下で全部壊すほどの意味不明ではなかった」
「む、そうか」
「名探偵には謎解きパートは不可欠だから、僕はこうして話せて嬉しいけどね! ……というわけだ、納得したかな、ソア」
「ふん、まぁな。ああ、自己紹介が遅れたな。こいつの相棒のスカーレット・ソアだ」
赤い夜会ドレスの女性――スカーレット・ソアは薄浅葱と対照的に静かに鏡夜たちへ名乗った。
あと名乗っていないのは鏡夜のパーティたちだけだ。まず華澄が自己紹介する。
「これはこれは、お二人とも、ご丁寧に。はじめまして―――白百合華澄と申します」
華澄の自己紹介にスカーレットと薄浅葱はわざとらしいほど親しげに応えた。
「ああ、知っているとも。〈Q-z〉にアルガグラムが関わっている疑いで召喚された重要参考人殿だろう?」
「そして、そこから華麗に転身してアドバイザーになったんだよね!」
「あ、〈Q-z〉にアルガグラムの誰かさんが関わっているかもしれない、ってことはご存知なんですね」
鏡夜が口を挟む。身内の恥――とも言えるわけだし、華澄は完全に秘密にしていると思っていた。薄浅葱は同意する。
「僕は頭がいいからさ」
「お前の頭は関係ないだろう。我々以外の三組が半壊及び撤退し、契国軍も殲滅されてようやく出そろった『カーテンコール』の性質を考えればわかる。……私はわからなかったが。ともかく、契国が疑いありとアルガグラムに証人喚問をしたんだ。そしたら白百合が来た」
「尋問のための証人だったはずなのに、どんなマジックを使ったんだろうねぇ」
薄浅葱の不思議そうな呟きに華澄は淑女らしく自信満々な様子で言った。
「それはもう、なぜならわたくしは白百合華澄ですから」
「そして今度はさらに転身して、挑戦者の一員に加わるか……恐ろしい手際の良さだ」
「お褒めいただき光栄ですわ」
スカーレットの底意地の悪い感想へ、華澄は超然と応えた。
「へー、そんな経緯があったんですねぇ」
鏡夜は感心したようなセリフを言いつつ、少し戸惑う。
なんだろうか。今感じられる絶妙にひりついた空気は。敵対というわけでもない。そこまででもないが……例えて言うなら首位争いを繰り広げている二つの球団の、おとなしいファン同士が飲み屋で隣同士になったような、絶妙な対立した空気。
鏡夜が納得と戸惑いを半々に抱いていると、ちょこんと座っていたバレッタが両腕を可愛らしく持ち上げて言った。次に名乗るのは彼女のようだ。
「くすくす……薄浅葱様、ソア様。はじめまして……バレッタ・パストリシアと申します。お話はかねがね、ミューズからうかがっております……」
「ああ、君だけは見た目でわかったよ、懐古趣味を表す黒褐色ドレスは、間違いなく過去観測機械〈Pastricia〉のトレードマークだもんね。しかし……本当に〈笑い声〉が違うんだ。面白い識別符号だ」
最後の方は呟くように薄浅葱が言った。
(そーゆー意味があったのかこのドレス。セピア色の思い出ってかぁ?)
鏡夜は中央部分で白と黒褐色にわけられたゴシックロリータへ目をやる。他の〈Pastricia〉も同じ配色なのだろう。ついでに、今まで無視していた棒読み気味のくすくす笑いも特徴であるらしい。初対面だろう薄浅葱たちよりも、鏡夜の方がバレッタに自己紹介されている奇妙な現象が起きていた。
残る自己紹介は桃音のみだ。鏡夜は沈黙する桃音を見る。桃音は無表情に皿の上のゼリーを眺めている。視線すら対面の勇者たちに向けていない。
「桃音さん、自己紹介」
鏡夜は小声で桃音に話しかける。桃音は鏡夜をガラス玉でももう少し意味を見出せるほどの無機質な瞳で見つめ返す。
(自己紹介カードどうした! 持ってるだろ!)
しかし桃音は何をするでもなく、鏡夜だけを見つめ続ける。他の人たちがどうした、と桃音と鏡夜を見る段になって、鏡夜は諦めて溜息を吐いた。なんの意思も感じないのに力強さだけがある桃音の目を横にしながら鏡夜が言う。
「彼女は、不語桃音さんと言います。えー」
(なんて言えばいいんだ? 知り合って一日ちょっとだぞ?)
上品な文学少女がそのまま美しく成長したような女性へ手のひらを向けつつ、最適な言葉を探す。自己紹介でもハードルが高いのに、他者紹介など手に余った。
「契国最強の個人と名高い……【疲れない/話せない】という呪いを持っていて……話せないというか意思疎通が不可能な人です!」
だいぶたどたどしいことになってしまった。鏡夜は桃音の様子をうかがうと、彼女は目を閉じていた。そしてパッと目を開いて、再びどうでもよさそうにゼリーに視線を落とす。セーフかどうかもわからなかった。
「契国最強の個人……? 知らないなぁ……ソア、知ってるかい?」
「私も知らん」
薄浅葱は鼻を鳴らした。
「まぁ外国人だしね。不語くんが、強靭極まりない身体能力をしていることと、灰原くんにとてもなついていることぐらいは見ればわかるけど」
服の上からでも筋肉の付き方ぐらいは見て取れるのさ、と薄浅葱はシニカルに笑った。白百合は感心したように言った。
「流石は〈探偵勇者〉と言ったところですの」
「〈探偵勇者〉? ……バレッタさん」
出てきた固有名詞について、さっそくバレッタに尋ねる。〈競争相手〉のことを知るに越したことはない。バレッタは〈探偵勇者〉について歌うように説明する。
「くすくす……〈探偵勇者〉とは薄浅葱様の異名です。四大天使が一柱、定点設置型防衛機構『ミカエル』を推理によって攻略した功績を認められ、勇者認定された薄浅葱様をもっとも端的に言い表した言葉といえるでしょう。英国――エウガレスの悲願達成にして世界の大いなる前進。未攻略巨大ダンジョン【ローラル】の南エリアを解放したのですから」
専門用語を尋ねたらさらに多くの専門用語が返ってくる。情報の多さに目を回しながら、とりあえず鏡夜の知識とすり合わせるのなら……。
(ここだと英国はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国じゃなくて、エウガレスなのか。そりゃ日本が日月の契国なんて名前になってるんだから、そういうのも、まぁ納得できる。こんがらがるな、面倒くせぇ)
鏡夜はミューズなる名前も聞いたことがあった。大英博物館に設置されている〈Pastricia〉がミューズという名前だ。薄浅葱が〈Pastricia〉に知見があったのも、ミューズに理由があるのだろう。
薄浅葱は考えこみかかけている鏡夜を含めた全員にオーバーなアクションをしながら言った。
「いい迷惑だと思わないかい? 僕みたいな先祖代々続く、清く正しい探偵を捕まえて〈勇者〉なんて……しかも【決着の塔には当代の勇者と魔王が挑むこと】っていう勝手な伝承ルールがあるから棄権もできないんだよね」
つらつらと不満を述べた後、薄浅葱はテーブルの上に置いてある小型の機械を手に取って、画面を指でフリック操作しつつ、全員に向かって告げる。
「みんな炒飯でいいかな?」
「傍若無人かお前は」
スカーレットは注文用端末を薄浅葱から奪い取った。
「炒飯はお前だけでいい。私はBLTサンドで。……君らは?」
「ああ、私は炒飯でいいですよ。桃音さんも」
「……」
桃音は無言で鏡を見た後、視線を横にずらした。特に文句はないらしい。
「わたくしはハンバーグセットAを……二つで」
「意外と食べますね」
鏡夜は華澄を見て言った。華澄は鏡夜に憮然として聞き返す。
「乙女の嗜みですわ。お嫌いですの?」
「まさか! 食は生活ですよ!」
ニコニコと鏡夜が言っている間に、バレッタは、くすくす、私は機械人形なので……と応え、スカーレットはメニューを全て選ぶと注文ボタンを押した。ティロリン、と鈴のような音が端末から鳴った。
「さ、て、料理が来るまでの間、少しお話しないかい? 灰原くん」
「いいですよ」
会話を否定する理由もない。鏡夜の言葉に、よかった、と薄浅葱は頷いた。そして人差し指を立てて言った。
「じゃあさ、君の時間を僕にくれ」




