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決着の決塔  作者: 旗海双
第1章
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第一話「人に知られる顔と呪い」

「まずはおめでとう、と言わせてほしい。クエスト『カーテンコール』討伐、ご苦労だった――灰原鏡夜くん」


 執務机に座っている偉大なる契国の王。柊釘真は鏡夜を見据えて言った。


「いえいえ、こちらも感謝させてください。【決着の塔への挑戦権】、ありがたく頂戴します」


 柊王と机を挟み向かい合って優雅に立っている灰原鏡夜は、帽子に手をやりつつ恭しく返答した。


 鏡夜は黒く光沢を放つ執務机へ座っている釘真に、ただ一人謁見していた。一対一というわけではない。

 釘真の後ろには、見覚えのある鷹のような翼を生やした黒スーツ仮面の人物が控えていた。

 翼の人物は鏡夜の視線に気づくとさらに顔を隠すため、仮面の上を両手で覆った。


(恥ずかしがり屋……? つーかなんでいるんだ?)


 契国の王は契国人どころか、たいていの人類人外にとって称号だけで緊張せざるを得ない重要人物である。

 が、鏡夜は柊王の権威などよくわかっていなかった。故に周囲を観察する余裕すらある。もちろん意地を張る余裕も。

 意地を張って飄々と佇み、嘯く鏡夜へ、柊王は愉快げに告げた。


「うむ、贈呈しよう。誰にも文句は言わせない。君たちは、それだけのことをした。君たちが―――」


 一呼吸おいて。


「君がいなければ、あのロボットは倒せなかったはずだ」

「おやぁ? そうなんですかー? わかっていたのに、あんなに冒険者をお集めになられたので?」


 鏡夜はあくまで軽薄に、言葉尻をとらえる。舐められないための虚勢だ。特に深い考えもなく、虚勢のため行われた指摘に――柊王は過度なほど穏やかな声音で返した。


「―――。〈こんな早くに〉、攻略できなかったという意味さ。速攻で片付けた君にはわからないかもしれないが……あれは相当の難物だった。白百合くんだって、君が来るまでは何もしなかったしね」


 鏡夜は白百合華澄に心の中で同意する。彼女は〈人形使い〉の捕縛のみが目的である。〈Q-z〉事件特別対策本部 外部特別顧問なる肩書でどこまで自由に動けるかは知らないが塔の中へ入り込めている以上、リスクをとる必要はない。彼女が本来するべきは刺客の打倒ではなく、痕跡の調査と犯人の追跡である。

 アルガグラムのエージェント、白百合華澄が鏡夜へ協力しているのは、ただメリットがあるからに過ぎない。不語桃音と違い、ドライな関係。利害関係だと鏡夜のみならず、華澄も共通して認識している。

 温度差は、あるかもしれないが。


「加えて――不語くんは、存在感のある子だ。だから知っているが、彼女もきっかけがなければ【決着の塔】に訪れなかったと思う。やはり、君が……特異点なのだよ。私の勝手な考えだがね」

「そういうものですか。ご慧眼です」


 鏡夜は社交辞令で頭を下げようとして。


「――私の臣民ではないのに、私へ頭を下げる必要はないさ。心にもないことをさせたくはない」


 柊王から制された。鏡夜は一瞬、背筋が冷たくなる。下へ向けた視線を釘真の方へ戻し、彼の目を見る。彼の静かなブラウンの瞳と鏡夜の紅眼が交差する。


「私に礼を尽くすべきだ――もしくはそうしたいと思ったときに、してくれたまえよ」

(なんでわかった――?)


 鏡夜は片眉をつりあげて訝しむ。いや、そもそも、わかっていてなぜ。


「なにも言わないんですか?」


 臣民ではない。つまり日月の契国の民ではないということに。もっと言うと戸籍も過去も何もないのだが――。

 釘真は威厳の中にも親しみを込めて言った。


「言わないし、問題にもしない。安心したまえ。君は私なりに言うならば勇士となったのだ。君は、下手な冒険者よりも身元が明らかになった。誇るといい。君は勝利者であり、見事多くのものを勝ち取った。しかし、もし私に何かを返したいのであれば」

「あれば?」

「君達でなければ『カーテンコール』は倒せなかった――という私の評は内緒にしてくれ。せっかく集めた彼らに悪いからね」


 柊王はなんの後ろめたさも感じさせない快活な声色で言った。鏡夜も愛想良く応える。


「もちろんですとも!」

「では、―――いいかな? 仕事があるんでね」


 釘真が万年筆を手に取った。


 ここだ、と鏡夜は思った。鏡夜は穏やかな口調を心掛けながら言った。


「申し訳ありません、柊王陛下。一つ、よろしいでしょうか?」

「ふむ」


 柊王は手にとった万年筆を、机へ置いた。


「何かね?」

「柊王は……〈決着〉についてどう思われます?」

「妥当だったと思うよ」


 釘真は即答した。


「当時の状況はどうにもならなかった。だから状況を凍結した。反対するものは一切合切を消滅させた。……私でも、これができたのならそうするだろう。故に難しい。政治的に言えばだね、今の時代は〈歪み〉がとても大きいのだよ。自然な種族の流れを超自然的な力で捻じ曲げ続けた。血を流さなければわからないことを、我々はわからないままであり続けた。勝ち取らなければならない平和を、我々は知らないままでい続けた。結論として、もう千年決着を伸ばす……という手段はとりえない。先延ばせば、人類人外は戦争以外の出来事で滅ぶだろう。食べなければ死ぬし、退化というのは進化以上に身近なものだ」


 流れるように語る。昨夜と同じ、冴えた弁舌。

 はっきり言って鏡夜には、柊王の語る〈歪み〉が見えていない。目にする機会も未だない。


 しかし、柊王の話を聞いて思う。きっと、この世界の者にとって、それは重要な問題なのだろう。ならば興味がなくとも耳に入れておくべきだ。何も知らず、自分のことにしか興味がない。そんな男でもこの世界にできる誠実など、これぐらいしかないのだ。


「なら例え話ですが……あなたが〈決着〉を手に入れたらどうしますか?」


 だからこの問いも、その誠実の一つ。


「二つ目の質問だ。が、いい、答えよう。――未来を願うかな。障害と歪みのない未来をね。……ああ、そうそう。君の問いは、良い問いだ。多くの者に問う価値のあるものだ。大切にするといい」


 なるほど、と鏡夜は頷いた。知るべきことをまた知れた気がする。鏡夜は一礼して、執務室から退室した。ここで礼を示さないのは無様だし……そもそもそうしたいと思ったからだ。


 本当にいいことを聞いた。――そうか、この問いは価値があるのか。




 真っ白な廊下を一人で歩く鏡夜。なんともあっさりした謁見だった。わざわざ桃音や華澄、バレッタを待機させる必要はあったのだろうか。セキュリティ上だなんだと染矢オペレーターは言っていたが。

 エレベーターに乗って、長い間の上昇を待つ。チンッ、と音がしてエレベーターから降りる。そしてエレベーター前のソファに座って待っていた桃音たちと鏡夜は合流した


 特に内緒にすることでもないので釘真のやりとりを――やりとりだけを華澄と桃音とバレッタへ鏡夜は話した。そして華澄は一言。


「相変わらず、食えない王様ですこと」

「そうですか? 私は良い人だと思いましたよ?」


 鏡夜は正直に言って、仲間の顔をうかがう。華澄は嫌そうな表情で、バレッタは常の通りニコニコと笑い、桃音は冷たい無表情だった。

 カリスマというものがあるのならば彼だろう、と鏡夜は感じた。しかし、彼女たちにとって柊王の受けはあまり良くないらしい。



 クエスト『カーテンコール』討伐後、すぐに釘真に謁見することになったので、時刻はとっくに正午を回っていた。

 鏡夜たちは自然な流れで、昼食をともにしようという話になった。灰原鏡夜にとって異世界ではじめての外食である。攻略支援ドーム内の食堂は、職員や挑戦者しか利用できないということなので一般的なファミリーレストランとはだいぶ趣が違うが、外食は外食だ。

 食堂へ行くために、攻略支援ドームのエントランスを通りがかる。

 そこには帰宅する準備をまとめていた冒険者たちがたむろっていた。鏡夜が一歩踏み込めば、痛いほどの静寂が玄関のラウンジを支配する。


(まだいんのかよ!? 柊王に呼ばれて、お悔やみ言わなくてラッキーってなってたのに……うっ、視線が痛ぇ。気配が重ぇ)


 エントランスにいる全ての人々と人外に注目されると、圧力を感じる。鏡夜にとって、それは慣れないものだ。しかし、気圧されてはならない。舐められてはならないのだ。


 堂々と歩く鏡夜と桃音たちに冒険者たちが注目する。いくつかのチームが灰銀の彼に様々な意図をもって口火を切ろうとして。

 鏡夜は全てを制し、イニチアチブをとるために、彼ら全員を見据えて口を開いた。


「お悔やみ申し上げます」


 愛想よく、人間味が薄いような底知れなさで、灰原鏡夜は通る声で言った。シンッとした空気、真っ先に口を開いた鏡夜へ全員が注目する。

 自身の意図に沿うように意地と虚勢を以って、鏡夜は言い切る。


「ただ、できることなら、私が『カーテンコール』を倒し、勇士になったことを―――祝福、してくださいますか?」


 冒険者は鏡夜の威圧的かつ慇懃無礼な態度に畏怖を抱く。細められた両目からのぞく、血のようにきらめく紅い両目に背筋を凍らせる。

 様々な思いが渦巻いていたラウンジを鏡夜は意地と虚勢で作り上げた抜き身の刃のような雰囲気で押し黙らせた。


 しない――とは誰も言えなかった。契国中の優れた冒険者たち誰もが、言えなかった。

 例え、裏取引や手引きができそうな〈Q-z〉特別対策本部側の白百合家の人間を仲間に加えており。

 裏をかく形で自分たちの頭上を通り過ぎて、出し抜いて依頼を横取りされたのだとしても。

 恐ろしく妖しく、裏側しか感じれなかったとしても。

 事実として『カーテンコール』を倒したのは、――彼だった。


 毛色の違う静寂に支配された彼らの間をスタスタと通り抜けて、鏡夜たちは別の通路へと消えて行った。


(お悔やみ完了、言い捨てに近いが、まぁこれで舐められないだろ)


 あくまで軽く考える鏡夜。意図通り舐められないようにはなるだろう。しかし、もちろん灰原鏡夜に祝福など向けられることはなく、得体の知れぬ魔人として忌避と畏怖が冒険者から世間一般に広がり――悪評という呪いをまた背負い込むこととなる。

 後ろにいた最強の超人もアルガグラムのエージェントも戦闘パッチが当てられた最高級機械人形も――鏡の魔人という悪評が凌駕してしまうのだった。

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