プロローグ「終わりの行進(パレード)」
今は昔、〈聖域〉にいと貴き月の女神を信奉する帝がおりました。
その帝へ月の女神は神託を下しました。
―――信仰に報い、褒美を授けると。
帝は喜び、こうおっしゃいました。
「音に聞こえる最古の物語、その美しい姫がほしい」
月の女神は、それだけか? と再び神託を下します。
嗚呼、そう問われると欲をかくのが人の情でございます。帝はおっしゃいました。
「音に聞こえる最古の物語、その不死の薬がほしい」
月の女神は、それだけか? と再び神託を下します。
これにお喜びになった帝はあれこれと物思いに耽ります。
自らが治める〈聖域〉は平和でありました。
けれど、それもいつ消えるかわからぬ儚い約束事に過ぎません。
争いばかりの世の中です。
近頃、勇者なる者と魔王なる者が、和平のために【聖域の塔】へ入る許しを求めてきましたが……。
きっと叶わずさらに悲劇を生むだけでしょう。
争いから〈聖域〉と自らを守るため、帝はおっしゃいました。
「ならば忠誠を尽くし仕える、強大な力を授けたまえ」
帝が神託を待つ間、勇者と魔王の〈契約〉が結ばれました。
月の女神を含めた数多の神がお隠れになり、神託はもう二度と下されることはありません。
もちろん、姫も薬も力も、帝は授かることはありませんでした。
求めすぎて得られる機会を失うとは、欲のなんと罪深いことか!
〔勇者と魔王のジョーク集 【願いすぎた帝】より抜粋〕
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〈荒野〉――【決着の塔】の第一階層。乾いた風が吹き、地平線の先まで見える殺風景。
クエスト『カーテンコール』が大暴れした入口フロアから階段を上がり、その〈荒野〉をずーっと東へ真っ直ぐ進むと辿り着く、次の階層へ繋がる扉。
扉の前には一匹の大獅子が佇んでいた。荒野のボスモンスター、百獣の王は茶色の毛並みを風で揺らす。
相対するは青年一人と少女四人。彼らパーティを大獅子は鷹揚と寝そべりつつ見据え続けている。
「よし! なんとか一番にたどりついたな!」
決着の塔、挑戦者。〈英雄〉たる契国人の青年は快活に言った。大獅子の元に来るまでに、モンスターと戦い、彼とパーティのウォームアップは万全だった。
「油断するんじゃないぞ、クリュー」
ハルバードを構えた短い赤髪のドワーフ少女は〈英雄〉を戒めた。
「そうよ、晴水。何も仕掛けてないのに得意げになるなんて素人のすることよ」
片手に九ミリ口径の拳銃をぶら下げた黒い長髪の少女が忠告する。
「ああ、悪い。苦労したからな。つい張り切った」
「そうねぇ、“ハーちゃんは玄関も通れないの? ”とか“ハル、修行のし直しだ”とか嫌味を言われたもの」
黒髪の少女は〈英雄〉パーティのスポンサー二人の声真似を淡々とした。青年は苦笑いを返す。
「嫌味じゃないよ。敗走したのは確かだしね。あれは俺を思って言ったんだ。なら応えないと」
決着の塔は必要最低限の治療しかしない。もし英雄たちが、『カーテンコール』と対峙した時に、逃亡を選択しなければ魔王配下四天王のように重症を負っていたはずだ。
一か月は病院で缶詰になる。しかしそんな情状酌量の余地など英雄たちのスポンサーにとっては関係ないのだ。
「文句を言うなら望郷教会のようにエリクサーを用意していただきたいところだ、まったく」
「ケール、ないものねだりだ。……今あるものでなんとかしないとな」
赤髪のドワーフ――ケールに端的に応え、〈英雄〉は刀を構えた。
その刃に炎が纏わりついていく。〈英雄〉の持つ力が武器へ伝わり炎刀が完成する。炎の〈祝福〉。闘志折れぬ限り、燃え続ける王道の加護。
冒険は火とともにあり、火から神の関わりから始まった、という決まり文句とともに、冒険者は炎をモンスターに叩きつける。
揺らめく灼熱を肌身の傍にして、〈英雄〉は鼓舞する。
「闘志は万全、みんなはどうだ?」
「一切合切問題なしっ! ハル!」
両腕両足を機械化したポニーテールの勝気な少女が元気に応える。
「アイテム類はフルスロットルで使っても三十分は大丈夫です。クリューさん。〈加護〉の余裕もあります……。セット」
ツインテールをリボンで結ぶ白髪のハーフドラゴンの少女は両手を祈りの形にした。縦長の青い瞳孔をした少女が目を閉じると、白く淡い光に彼女自身が包まれる。そしてその淡い光は彼女の中で増幅され、パーティ全体を包み込んだ。
「性能比十%上昇、不調なしと報告だ」
ケールが加護の状態を確認し。
「フォーメーションは対狩猟動物型。単体。……それじゃ、どうぞ?」
黒髪の銃使いが〈英雄〉へ呼びかける。〈英雄〉は頷くと、まっすぐに大獅子を見据えて号令した。
「よしッ! いくぞッ!!」
まず真っ先に駆けたのは号令した〈英雄〉当人だった。地面を強く踏みしめて、真正面から大獅子に斬りかかる。
伏せていた大獅子は軽々と振り下ろされた炎刀を横に避けると、牙を剥いて〈英雄〉に飛びつく。〈英雄〉は振りかぶった炎刀を防御に回し、噛みつきを防ぐ。牙と刃がぶつかり合う。大獅子の口の中で炎が燃え盛る。
「火を怖がらない――。けど、効かないってわけじゃないよな!」
刃からさらに噴き上がる火炎。チリッと肉の焦げる匂いがした。
大獅子は口を開いて刃を離し〈英雄〉から距離をとる。離れた位置から低い姿勢になり〈英雄〉パーティを大獅子は睥睨する。
圧すらある視線の鋭さだが、大獅子は考えているわけではない。理性はない。意思もない。予め決められた戦闘パターンから、冒険者たちへの対処法を割り出しているに過ぎない。
その演算による僅かな動作の停止を突くように、黒髪の銃使いがパーティ後方から九ミリ弾を撃つ。狙いを軽く定めつつ、遮二無二に撃ちまくる少女。
威力重視なのかリコイルの衝撃が強いせいで、いくつか外しつつも銃弾は大獅子にあたる。対して大獅子は避けもしなかった。血は流れない。
どう見ても致命傷には程遠かった。
「狩猟銃を持ってくればよかったわ。用意していれば早く終わっただろうし」
「言ったところで仕方なかろう。……蜜柑」
銃使いの黒髪少女の呟きに応えたハルバードを持つ重騎士ドワーフは、続いて聖職者の半竜少女――蜜柑に呼びかける。
「かしこまりました、ケールさん。〈二重加護〉、セット」
蜜柑は傅くように両膝を地面について、祈りの形にした両手を天高く掲げる。淡い輝きが、今度はハルバード装備のケールにのみ、降り注ぐ。
事前に施した長時間低強化の祝福。その上からシンプルな瞬間強化の加護を被せ、ひとときだけの強靭をケールは得た。
ケールは荒野の土を爆発的に踏みしめて大獅子に迫ると、重いハルバードを力任せにモンスターへ振り下ろした。
大獅子は爪でそのハルバードを弾く。火花が散る。刹那。いつのまにか大獅子の側面へ〈英雄〉は回り込んでいた。
ケールの攻撃を防いだ結果生まれた大獅子の隙。会心の一撃。
しかし、〈英雄〉の燃える刀を大獅子は軽々と避けた。まるで、刀が大獅子を避けたように。
「なに?」
刀を突きだしたまま青年は間の抜けた声を出した。伸びきった肘、固まった姿勢。
「クリュー!?」
サイボーグの少女は隙だらけの〈英雄〉へ叫ぶ。
幸いにして大獅子は〈英雄〉を狙うことはなかった。
大獅子が見据えていたのは聖職者である蜜柑。大獅子は〈英雄〉の横を通り過ぎ、重量級の足音を立てながら、猫科特有の瞬発力でバネのごとく駆け出し、白髪の半竜少女へと向かっていく。
黒髪の銃使いは淡々と呟いた。
「あなたたち狩猟動物型のモンスターはいつもそうね。弱く重要なところから狙っていく。狩りの鉄則から外れない。まぁ、今はそれがとても有難いけど。……サイシン」
「行かせるわけっ、ないでしょうが!!」
吠えるように茶髪のサイボーグ少女、サイシンが大獅子の前に威勢よく立つ。彼女の両腕のギミックが変形する。ギュイィーンと仕掛けが作動し、組み合わさり、巨大な盾となり、大獅子の爪攻撃を防いだ。
「さ、やっちゃいなさい、ハ―――」
「がッ、ふ……」
「ル―――?」
サイシンの後ろ、守ったはずの蜜柑から苦悶の声がした。
「え?」
サイシンが振り返る。蜜柑の胸に、二つの大きな穴が空いていた。血が噴き出す間もなく、大きな穴が二つとも歪み、蜜柑の全身が八つ裂きにされ、バシュンと夢幻だったかのようにその姿が消える。
致命傷を負うと、最低限の治療後にテレポーテーションで外へ放り出される【決着の塔】特有の性質。優しいとすら言える、失格判定。
「ウソでしょっ……!?」
致命傷とは本来死に至るものだ。閃光のように一瞬で齎された死にありえないと、サイシンが叫ぶ。理不尽だ。
まだ、恐ろしい鉄の塊、『カーテンコール』の方が理解できた。
第一階層のボスから空間跳躍致死攻撃!? とサイシンは眼前まで迫り、盾の向こう側にいる大獅子の牙を見る。濃厚な獣臭さがサイシンの鼻をつく。
大獅子は身をひるがえす形で、盾を超えてサイシンに噛みつこうと巨体をひねる。〈英雄〉とケールは距離の関係上、間に合わない。少し離れた横方向にいる銃使いの銃は効かない。
「舐めてんじゃ―――!」
サイシンは両腕のギミックをカウンター攻撃型へ変形させようとして――ガチッ、と止まった。
「はっ?」
ギギギギギーッ、と擦れるような異音。中途半端な形で止まるアームガジェット。ギッギッギッ、と何かに阻まれたように動かない。
「これッ! ちがッ―――!」
サイシンは何事かを叫ぼうとして、大獅子に頭を食いちぎられた。返し技が使い物にならなくなったのだからさもありなん。食いつかれた勢いのまま、大獅子に伸し掛かられて、大獅子の体重で全身を砕かれながら―――バシュン、とサイシンの姿も消える。
「蜜柑! サイシン! ……クソッ!」
サイシンが消えたことで地に伏せる姿勢となった大獅子を見据えて、〈英雄〉は悔しそうに仲間の名前を呼ぶ。二人が落ちた。今頃彼女たちは重症で塔の外、ドームの内に設置された舞台で倒れていることだろう。
「参ったわねぇ。ここまでのモンスターが弱かったから油断してたわ」
黒髪の少女はクールに呟いて九ミリ拳銃を延々と撃ち続ける。カチ、カチ、と弾が切れれば流れるような動作で再びリロードして、発砲発砲発砲。引き際を見誤った、と淡々と評して、残ったドワーフと契国人の青年に視線をちらりと向けて言う。
「ケール、晴水、逃げなさい。流石に全滅するのは避けないと。私はここで足止めするわ」
〈英雄〉は風に長い黒髪をたなびかせる銃使いの彼女へ即答する。
「バカ言うな! リコリス! 守るから、一緒にいくぞ!」
「言ってる場合か! 撤退には手が足りんぞ!」
小さな重騎士、ケールの言葉に、〈英雄〉は強い決意を滲ませていると聞く者に思わせる声で返した。
「逃げるんじゃない! 守るから、戦うんだ! 刀で肉を焦がせた! リコリスの弾はキズになってる! ケールのハルバードも避けてた! 奴に防御力はない!」
〈英雄〉は刀を上段へ構えた姿勢で、力強く大獅子へ駆け出した。
「この馬鹿め!」
「やれやれ」
少女たちはわかっていたように、英雄と互いの戦闘を補助するため、同時に別々の方向に動き出す。前に銃使いのリコリス、右には炎刀の〈英雄〉、左にはハルバードのケール。大獅子を囲う陣形。メンバーが減ったとはいえ、彼と彼女らは決着の塔攻略者に選ばれるほどの勇士である。そのコンビネーションは抜群。
大獅子は防ぎきれず、銃とハルバードと炎刀で同時波状攻撃をまともに受けた。やけどに銃創の大ダメージ。
しかし、大獅子はそのダメージを無視してリコリスに襲いかかろうとする。そうはさせないとケールはリコリスをカバーするように、黒髪の銃使いの近くへ移動した。
二人が並び向かってくる大獅子を待ち構える。〈英雄〉は大獅子の背後から追い迫る。
大獅子は、大きく息を吸い込むと、背後から必殺の一太刀を浴びせようとする英雄も無視して〈吠えた〉。荒野の土も流れる風も揺らす轟音。
なんてことはない。少し熟練した冒険者なら祝福も呪詛も機械化も必要なく、身構えるだけで硬直を無効化できる、ただの威嚇。そうとしかこの場に残っている彼らには思えなかった。
にもかかわらず。互いにカバーし合っていたリコリスとケールは全く同時、腹部に大穴を空けられた。
「……」
黒髪のリコリスは無言で上を仰ぎ、空に向かって無為の三発を発砲する。
「あり、えん――!? 攻撃もなにもしていないはず――まさ、か……四大天使級、の……」
現状を認められないと、呻きながらぐるりと白目になったケール。
そして二人は地面に向かって叩きつけられるように血の花を咲かせて消失した。
「なん、でだァッ!!」
迫真に迫る〈英雄〉の叫び。振り下ろすはずの刀は、大獅子の肌へ接触する前に弾かれ。振り返った大獅子に左腕を食いちぎられ。
地面に穴がひとりでに空いて、それから〈英雄〉は右目を貫かれた。




