第九話「第0フロア クエスト『カーテンコール』」
鏡夜は受注票を受付の染矢オペレーターに渡した。
「えー、では、クエスト『カーテンコール』討伐ということで何名様のご参加ですか?」
「灰原鏡夜と不語桃音と白百合華澄とバレッタ・バストリシアで。四名ですね」
染矢オペレーターはカタカタと端末で何かを入力して、エンターキーを押した。
「はい、灰原鏡夜、不語桃音、白百合華澄―――の三名になります!」
「うん?」
「灰原さん、実はですね、機械人形は人員扱いされないのです!」
「あれ? そうなんですか?」
「ええ、OAI人形だろうと例外ではありません! もちろん、挑戦してはいけない、というわけではないですよ!! 単純に備品扱いです!」
「へー」
それは、いいのだろうか? たしかに人間でも生きた人外でもないのだから扱いとしては間違っていないと言えるが……。
「くすくす……わたくしどもは人形ですから……むしろ生き物扱いされる方が異常かと……。それに、灰原様、備品扱いだからこそできることもあるのですよ……」
「なるほど? ま、バレッタさんが良いのだったらいいのですが」
「はい! 納得して頂けたのでしたら、さっそくご案内させていただきます!」
染矢オペレーターは、白い仮面をつけた鷹の翼が生えている不審者にしか見えない黒スーツの同僚に何か指示すると、先導するように歩き始めた。
染矢オペレーターについていって、ステージホール一階にたどり着く。客席間の通路を通り、ステージに上がる。
「では、そのままでお待ちください、幕を開きます。がんばってください!」
染矢オペレーターはそう言うと出口から去って行った。そしてブーという開演ブザーの音が鳴ると赤い幕が上がり、白い幕も上がる。
歪んだ鉄板が未だ残る塔の入り口。
if you want to change the world, exceed me! Q-z
≪世界を変えたきゃ、私を超えろ! ――Q-z≫
の黄色文字が未だに門の上に残っている。
「くすくす……あの地点から危険なので、あの文字を消すことはできていないとのことです……」
バレッタの解説を聞きつつ、鏡夜は、緊張していた。
死なない――のはわかる。それは安心材料だ。しかし、死にそうなほどの目に合うこともある。――覚悟を決めなければ。敵は機械なれど、負けるなんて舐められてはいけない。―――冒険者というのは野蛮なものだ。
結局のところは意地と、虚勢だ。鏡夜が頼れるものは、それしかない。
「では、行きましょうか!」
鏡夜が宣言するように言って、三人と一体はついに決着の塔の中へ侵入した。
広い空間、赤いカーペットに石畳。一番奥にいる巨大機動兵器。
うじゅるうじゅると蠢く車輪まみれの下半身。丸っこい頭には大きな目と小さな目がついており、両目のレンズは鏡夜たちを映す。
太い胴体から腕がガシャンと広がり、丸く並べられた銃口が回る。地面には薬莢が巻き散っていて、その上を流れるように『カーテンコール』が移動する。
―――【ZERO STAGE】 Quest『curtaincall』
戦 闘 開 始
鏡夜がまず選択したのは、クエスト『カーテンコール』の弱点を探ることだった。紅い両目を全開で見開き、巨大機動兵器の弱点を〈観る〉。
鏡夜は、『カーテンコール』の弱点を大声で言った。
「あの装甲は【20ミリ以上の弾】が効くと思います! あとは【関節】と【両目】―――を狙ってください!!」
もう一つ【非戦闘員攻撃不可】という弱点が見えたが、ここにいる三人と一体は非戦闘員と認識されないだろう、と鏡夜は省略した。
華澄は瞬時に頷いた。バレッタもコンマ数秒考えて頷く。桃音は意思表示ができないので無反応。ここで、なぜ? もなんで? も挟まないのが戦闘者か、と鏡夜が感心する間もなく、状況は急激に変化する。
『カーテンコール』が銃口を鏡夜たちへ向ける。鏡夜は、全力で鏡を出して防御した。
六枚の鏡を縦二横三で並べる。―――向こう側から着弾音が聞こえる。縦四メートル横六メートルの絶対前方防御……どう考えても過剰だった。鏡夜の横では桃音が身体を大きく屈めている……。そして、跳んだ。
縦四メートルの鏡の壁を飛び越えて、向こう側へ――。
(なっ、正気か―――!?)
「華澄さん!! 盾は残しておきます!!」
「ラジャー。援護は任せてくださいまし――」
鏡夜は縦一横二枚に鏡の壁を縮小すると、桃音の後を追って地を這うように飛び出した。
鏡夜が地面を低く跳びながら確認すると『カーテンコール』は鏡の壁から、空の桃音へ片手の射線を移動しようとしている。
桃音は、身動きが取れないまま重力に従って落ちている。
(あそこに鏡を生成――できねぇ!! 遠すぎる!!)
射線が移動する――あと一秒で桃音がその線に重なる。
(仕方ねぇ!! いちかばちかー!!)
「桃音さん!!」
鏡夜は持ち手がある鏡の盾を作ると、桃音の方へぶん投げた。
その直後、彼の鋭い知覚は判断する。
(間に合わねぇ―――!!)
……しかし、桃音が穴だらけになることはなかった。撃つ前に、『カーテンコール』が回避行動を取った。直後、『カーテンコール』がいた場所が大爆発を起こす。
鏡夜は咄嗟に、手の中に出した鏡を通して後方を確認する。
バレッタ・パストリシアがとんでもない口径の機関砲を抱えてぶっ放していた。太く、そして長い長いロングバレルを振り回すバレッタに、隣では耳栓をして口をぽかんとあけている華澄が口頭で指示をしている。それに頷きながらバレッタは機関砲に弾を装填していた。
バレッタは鏡夜が手に持っている手鏡を通して、彼と目が合っていることを感知するとウィンクをした。その後、鏡の壁に引っ込む。助けられたらしい。いや、援護すると言っていたか。それと、まだ撃つつもりのようだ。
タイミングを測る必要があるだろう。回避行動をとった『カーテンコール』は車輪で移動しながら両腕を構えた。
片方を地面にいる鏡夜に、もう片方を落ちている桃音に弾幕を張る。
鏡夜は『カーテンコール』の鉄の雨を、鏡を出すことで防ぎつつ、速度を落とすことなく突貫する。空をちらりと見てみれば桃音は鏡夜が先ほど投げた鏡の盾を受け取って弾を防いでいた。
(物理法則どこ行った!? あんだけぶつけられたら吹っ飛ばされるだろ!?)
鏡に弾がぶつかるぶつかるぶつかる。にもかかわらずまるで衝撃のないように、桃音は軽やかに落ちていく。
(そういや俺も抵抗全然感じねぇ!! この鏡すげぇな!)
鏡夜は脳内で叫ぶ。桃音は鏡夜の後ろで着地した。そして即座に駆け出す。
鏡夜が『カーテンコール』に追いつきそうになると、『カーテンコール』は速度を上げた。機動力特化は伊達ではなく、迅い。
「逃げてんじゃないですよ!!」
『カーテンコール』は超高速で華澄とバレッタを守る鏡の壁に近づくと、それを跳び越えて裏側に両腕を向けた。横から回り込めば、あの機関砲で出会い頭に撃ち抜かれる可能性がある。ならば、上からいけばいい。上空では身動きを取れないから跳ばないはずだ、あの陰気な女を見ただろう―――という思い込みを逆手に取る。
鏡の盾という奇妙な現象を逆手に取り、と熟練者特有の思い込みを即座に突く――。これこそが、クエスト『カーテーンコール』。
〈Q-z〉が差し向けた、終幕の挨拶を意味する巨大ロボットだった。
しかし……『カーテンコール』が跳んで銃口を向けた鏡の裏側に、華澄たちはいなかった。
『カーテンコール』の両目カメラは捉える
鏡の直角側、横に華澄が佇むのを。反対側の横にはバレッタがいるのを。バレッタは機関砲を構え、華澄は拳銃の照準を合わせていた。
「一発必中」
「JACKPOT!……ですわっ!」
機関砲の弾が『カーテンコール』の掲げた片腕に当たって大爆発を起こし、拳銃はダブルタップで『カーテンコール』の巨大なカメラを撃ち抜く。残る目は小さなカメラだけだ。
それでも『カーテンコール』は着地して、無事な方の腕で弾幕を横一文字に薙ぎ払った。裏側から撃たれたことによって鏡が砕け散るが、射程内にいた華澄とバレッタは影も形もなかった。逃げた? どこに?
いや、『カーテンコール』の視界には『カーテンコール自身』が三体に写っている。これは――。
「ひとつ質問なのですが――――」
そして、中央の『鏡のカーテンコール』が巨大になり、砕け散り、そこから灰原鏡夜が飛び出した。
彼の蹴りが『カーテンコール』の顔面、小さい目に突き刺さり、カメラが砕け、頭部に内蔵された制御盤ごと貫く。
「――灰色の鏡に何が映りましたか?」
そのままぐらりと―――倒れない。
『カーテンコール』はキュイーンと苦悶のごとく機械音を立てて、空いた手を持ち上げようとして。その肩関節部分を桃音の踵落としで引きちぎられた。
鏡夜は足を引き抜くと、くるりと一回転して地面に着地した。
「さて、お疲れさまでした、『オープニングコール』さん」
鏡夜が呟くと同時、『カーテンコール』は後ろから地面に倒れた。小さな部品と車輪をまき散らしながら轟音を響かせ、鉄片が舞う。―――そして、無音。
そこにはもう、沈黙ばかりが満ちていた。
鏡夜はすたすたと近づき、『カーテンコール』の足部分――車輪の山――を自分の足で小突いてみたが、身動き一つなし。
「くすくす……エネルギー反応なし、完全沈黙……破壊完了です」
「ふー………」
(行き当たりばったり過ぎたな……)
「なかなかの連携でしたわ!」
「くすくす……バランスとフォローに高評価と言えるでしょう。ただできることなら前衛1・中衛1・後衛2なので、前衛か中衛に後一人いれば良い連合になるかと」
「少しくらいは勝利に酔いましょうよ……」
(つーかそういう戦略的思考とかよくわからん。いや、理解する必要はあるんだろうけど……後でいいや、疲れた……)
鏡夜は桃音と目を合わせた。桃音は息すら乱していない。……【疲れない】以上、乱すわけもないのだが。鏡夜自身も呼吸の苦しさを感じていない。
桃音は片腕を上げるとゆっくり動かした。ゆっくり、ゆっくり……。
「あー、なるほど?」
鏡夜は右腕を上げて桃音と――ハイタッチした。
「あっ」
「……」←弱点:【格好良いもの】【状態異常:麻痺】
桃音はハイタッチをするための片腕を上げた状態のまま、硬直して後ろに倒れた。
「………」
「………」
「あらあら」
「くすくす……」
(アホだなぁ、………)
鏡夜がアチャー、とため息を吐く。桃音は数秒後、ぴくんと動いて、茫洋とした様子で普通に立ち上がった。視線を横にしながら、納得したように頷いた。
……ハイタッチがうまくできた体で進めたいらしい。いや、なにも伝わっていないので本当にそうなのかはわからないのだが。
「……ええ、ありがとうございます。大成功、ですね。ですが、まだチケットを手に入れただけなんですよねぇ」
鏡夜は呟くと、『カーテンコール』が守っていた扉を見た。
入り口の反対側、紅いカーペットの先にある奥の扉。当然だが、〈先〉がある。ここはまだエントランスでしかなく、玄関すらまだまともにくぐれていないのだ。
(そう、結局は参加権を手に入れたにすぎねぇ。大進歩ではあるが、完成でも完遂でもない……塔の高さを思えばわかる。まだかかるだろう。もしかしたら、今のロボットよりもひどい難物が相手になるかもしれない。が、まぁ、なんだ――呪いはひどいが、人には恵まれているし、出来事の運がいい。きっとなんとかなんだろ……たぶん)
鏡夜は自嘲だか嘲りだか自信だか、自分でもよくわからない笑みを浮かべると踵を返した。
(しっかし……まずは……報告だな)
取り越し苦労させてしまった大量の冒険者たちへのお悔やみと桃音や華澄への謝礼をどうするか考えながら、鏡夜は少女たちを引き連れて、塔の出口からホールへと戻っていった。
――――【ZERO STAGE】 Quest『curtaincall』――――
Clear!




