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決着の決塔  作者: 旗海双
第0章
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プロローグ「終わりの挨拶(カーテンコール)」

 むかしむかしのあるところに、勇者と魔王がいました。


 凄惨な人類と人外の戦争に嫌気がさした勇者と魔王は、争いの幕を閉じるために一計を案じることにしました。


 勇者は言いました。


『いったん、停戦しよう』


『だが、いつか全ての〈決着〉をつけよう』


 人類は、怨恨と厭戦を両立させた、先延ばしの提案に乗りました。




 魔王は言いました。


『いったん、停戦しよう』


『だが、いつか全てを〈清算〉しよう』


 人外は、恨みと立て直しを両立させた、先延ばしの提案に乗りました。




 そして、勇者と魔王は【聖域の塔】にて、契約を結びました。


「いつまで停戦することになったんですか?」


 その質問に、勇者と魔王は笑って答えました。


『『千年だ』』




 〔勇者と魔王のジョーク集 【契暦始め】より抜粋〕








 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――










 〈契歴999年 12月31日 23:58〉


 〈日月の契国 塔京都 貝那区 【決着の塔】〉




 頂点が見えないほど高い、巨大な塔。


 その地表部分へぐるりと一周、纏わりつくように真新しいドームがあった。ドームの高さは三十メートルもあったが、比較対象の塔が規格外なため、スケール感が小さく見える。


 しかし、このスケール感が小さくなってしまっているドームこそが、契国が肝いりで新築した、決着の塔攻略施設だ。名前はそのまま安直に【決着の塔攻略支援ドーム】である。


 深夜にもかかわらず、ドームの丸屋根中央から伸びる古めかしい石造りの塔を含め、煌々と建物全体がライトアップされている。そのせいで塔とドームの周りだけが、まるで昼のように明るかった。




 そして、決着の塔攻略支援ドームの中にはステージホールがある。木造の豪華なステージにヴィンヤード型、四階建ての客席。


 その客席には一階から四階まで、人や人外がひしめき合っていた。スーツ姿の鋭利な美貌の人間女性に頭から蛇が大量に生えた中年男性。椅子の上にぽつんと置かれている小さな箱らしき生き物などバラエティに富んでいる。




 二階、三階、四階部分には一般応募の観客が身を乗り出すように、未だ幕を閉じている舞台に注目している。一階の賓客席も落ち着かない様子の各国の著名人が赤い座席に座って今か今かと開演を待ちわびていた。




 会場に、開幕を告げる音楽が流れ始めた。一階客席前とステージの間、オーケストラピケットに裏方として控えている楽団が美麗な音を奏で始める。


 ヴァイオリンに属する楽器が、一斉に走り出すようにアップテンポな曲を演奏し、興奮はもはや最高潮と言って良い様子だった。この場に集まっている群衆はもちろん、テレビやネット中継でこのセレモニーを見ている世界中の人類人外も固唾をのんでいる。人の目、異形の目とともに、カメラの目も輝いているようだ。




 待ち望んでいた時が来た。千年の停戦を超えて、決着がつくときが来たのだ。




 赤い幕が上がる。


 音楽と興奮を一心に向けられる舞台には、一人の人間男性がいた。白い和装仕立ての軍服にマントを着た彼は、堂々と、自然に佇んでいる。紹介など必要なかった。誰もが彼を知っていた。




 彼こそが契国の王、日月の象徴。柊釘真だった。




 彼が視線を上げて、正面を見つめたと同時、音楽は消え行くように静かになった。


 そして、訪れた静寂を彼は再び切り裂いた。自らの言葉によって。






「この日を、私たちは待っていました」


 感慨深く、柊王は言った。




「契暦以前から、非戦闘中立である聖域を、私の血族が保ってきたのは、この決着を果たしてもらうためでした。種族の垣根なく、聖域の名に恥じぬよう、王としてここを治めていたのは、恥辱なくとも全てを清算できると今に、証明するためでした。私たちは幸福でしょう。未来も過去も羨むほどの、決着の時にいるのですから」


 柊王の、聞く者の心根を震わせるような響く声は、世界中へと届けられる。


「そして……ここにいる勇士たちが、私たちの友人です。私たちの代表であり、象徴となります」


 同時に柊王の後ろ、白い幕が開いた。


 おおおぉ……と観客は感嘆の声を漏らす。






 今代の〈勇者〉がいた。小柄でシニカルな人間の少女だった。


 今代の〈魔王〉がいた。凶悪な表情を浮かべる目が濃すぎる渦巻く闇の魔族だった。


 神代の徴たる〈聖女〉がいた。ふわふわとした青髪の柔らかな女性だった。


 現代の〈英雄〉がいた。青年になりたてだろう、若さと精悍さを持つ黒目黒髪、契国人だった。


 ……勇士たちの後方に、塔の入り口が見えた。細工が施された石造りの巨大な塔、その固く閉じられた門だ。あと少しで開く。






 誰もが思う。待ち望んだ始まりだ。






 柊王は高らかに謳い上げる。


「彼らのうち、誰かが塔に封じられた〈決着〉を手に入れるでしょう。彼らが、人類と人外の決着をつけるのです。……それは他人事を意味しない。かつての勇者と魔王が私たちに託したように、私たちも、彼らに願いを託すのです」




 そして柊王――釘真は自分以外の誰にも届かないように、小さく呟いた。


「…………時が幕を開く。最初の、最後の幕が開かれる」








 〈経歴1000年 1月1日 00:00〉




 約束の時が訪れた時。


 契国の王も、勇士たちも、観客も、中継から舞台を見る世界中の人類人外も。彼も彼女も。その音を聞いた。




 ゴォオオオオ……




 風を切る轟音。それはステージホール天井の、向こう側から響いた。


 吊るされたシャンデリアが揺れている。まっすぐに、開幕式のステージへと巨大な何かが近づいているのが、震えと音で伝わる。


「ふむ……なるほど」


 柊王はそう呟くと、舞台からオーケストラピケットへひらりと舞い降りた。それに遅れて、彼の後ろにいた勇士たちもまた飛び出すようにその場から逃げ出す。




 そして風を切り、上から迫っていた何かは――巨大な鉄の塊は―――砲弾は。天井を突き破り、ステージに着弾した。天井の破片が舞い、木片が散り、シャンデリアから舞台までを直線で砲弾は突き抜け、道中にある、障害物の全てをはじき飛ばす。


 しかし、ステージへ着弾してもなお、砲弾が止まることはなかった。まるで冗談のように地面へ半分埋まった状態で、さらに砲弾は進み続ける。


 舞台の後ろから大きな通路を進んだ先にあった、【決着の塔】の入り口。千年の期限が来ていたがゆえに、ゆっくりと上に開いていた分厚い金属の門。それに砲弾が当たるが、一瞬でその鉄門すらも歪み壊し、砲弾は塔の中へと突き進んでいった。




 先ほどの面影が一切なくなるほど無残な姿となったステージホールに人々は騒然とする。埃と塵がもうもうと立ち込めている。そして、阿鼻叫喚の騒ぎが収まり死者どころか重傷者もいないことが明らかになった頃、観客の一人が言った。


「あれは、なんだ?」


 先ほど柊王が話していたステージの後方、千年ちょうどに世界へ披露されるはずだった扉。決着の塔入口。


 ひしゃげた鉄製の門、その上の壁面に、真っ黄色のペンキで大きく文章が書かれていた。














        if you want to change the world, exceed me! Q-z


         ≪世界を変えたきゃ、私を超えろ! ――Q-z≫












 千年前の神代にはなかった言語、現代の英語で書かれた文章。弾丸が塔をぶち抜いた後に現れた言葉。


 そして、この破壊活動と、決着の塔へ世界を出し抜いて最初に侵入された事実を考えて、人々は気づいた。






     ―――――――――――これは、犯行声明だ―――――――












 〈契約〉より千年後、決着の時代。契暦の終わりにして歴史の始まり。


 大きな流れの中……日月の契国の首都、塔京の片隅、ある森の洞窟の中で、彼の物語は始まる。

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