56 突然の訪問者
「ステラーーーー!!」
「アーシャ!?何でここにいるの!?」
案内された応接間に行けば、そこにはなぜかシグバール国王ではなくアーシャがいた。勢いよく抱きしめられて思わず幻覚かと混乱しながらも、豊満な胸の感触にこれは本物で間違いないと認識する。
「あぁ、ステラが生きててよかった!ずっと心配してたのよ……って、かかかか髪!あんなに素敵だった髪がこんなに短くなって、何があったの!?」
「いや、だから何でアーシャがここにいるのよ」
「あぁ、私の大切なステラが……!ヴァンデッダ卿一体どういうことです!?貴方、ステラを守ると言ってたわよね!」
「いや、これは、その……」
「あれは嘘だったってこと!?」
ヒートアップするアーシャ。
その表情は鬼神のように憤怒に塗れ、今にもクエリーシェルに掴みかからん勢いで詰め寄っていた。
その勢いに圧倒され、しどろもどろになるクエリーシェル。
「こんなことになるなら我が国からも護衛をつけるべきだったわ!どう責任を取るおつもり!?女の髪は何よりも大事なものなのよ!それなのに、こんなに短く……しかもよく見たら顔も身体も傷だらけでぼろぼろじゃない!」
「申し訳ありま……」
「謝って済むわけがないでしょう!?そんな体たらくなら、ステラを任せることなんてできな「あーもー!ストップストップストップ!!一度みんな口を閉じて!!話が進まない!特に、アーシャ!とにかく一度落ち着いて!」」
あまりに話が噛み合わなすぎて、見かねて私が二人の間に割り込むように立ちはだかる。
そもそも同盟国の王妃であるアーシャにクエリーシェルが物申せるはずがない。普段のアーシャであればそれがわかるだろうが、興奮してるせいで一方的に難癖をつけることすら理解していないようだった。
「まずは話を聞いて。言い合うのはそれから、いい?」
「……わかったわよ」
アーシャは私の言葉に不服そうながらも口を閉じた。どうやら少しは落ち着いたらしい。
「まずは私達の旅路について話すから、そのあとアーシャがなぜここにいるか聞くから。それまではとりあえず黙ってて」
「はいはい。黙ってますよ」
アーシャが頷くと、それぞれ応接室の席に着く。先程の騒ぎにおろおろしている使用人に謝罪と共にお茶とお茶菓子を頼むと、彼女はすぐに用意してくれたのだった。
◇◇◇
「……まぁ、首を斬られるくらいなら髪を切られるのがマシなのは理解できるわ」
「理解してくれてよかった」
簡単にここまでの旅路について話し、クエリーシェルと離れ離れになってしまったことや、なぜ髪が短くなっているかなどについて話せば納得した様子のアーシャ。
元々賢い彼女だから理解してくれることはわかっていたが、あんなに怒っているところをあまり見たことがなかったため、内心ちょっと怖気づいていたのは秘密である。
「髪は伸ばせばいいのだしね。香油とか諸々私が持ってきたのを使えばいいわ。あとで綺麗に整えてあげる」
「ありがとう。それで?アーシャはなぜここにいるの」
ここでやっとずっと気になっていたことを聞く。カジェ国からここブライエ国まで最短でも一カ月弱はかかるはずだ。
そもそも私がここにいることを報せていないのに、なぜここにいるのを知っていたのかも疑問だった。
「……こちらでも貴女達の消息は気にしてたのよ。定期的に観測してもらってこちらに情報が来るようにしてたんだけど、それが途切れて。そのあとうちの情報網でここにステラがいる可能性があるって帝国のほうに連絡がいったのを知って、慌てて駆けつけたの」
「え、随分と情報が回るの早くない?」
「うちの情報網を舐めないでちょうだい。情報戦で言うなら帝国よりも長けている自信があるわ」
舐めていたつもりはさらさらないが、それにしても早すぎるのではないかと驚愕する。そして、密かにこちらの情報も流れていたことにもそれに全然気づかなかった自分にも衝撃だった。
「てことは、大体のことは把握してるってこと?」
「各国大体はね。でも難破したあとはさすがにサッパリだったわよ」
「こっちもそれどころじゃなかったし。でも、だからってアーシャ自ら来るだなんて。止められたんじゃない?」
いくらアーシャに甘いアジャ国王でもさすがに苦言を呈しているだろうと思って聞けば、「何を言ってるの。私が来たおかげで船の問題も解決したでしょ?」と話を誤魔化される。
恐らく止められたが、言いくるめて無理矢理ここに来たのだろうことが想像できた。
「そりゃ、助かったと言えば助かったけど」
実際、いざ帰国すると言っても船のことがネックであったのは事実だ。あの嵐でだいぶ破損していて、帰ろうにもあと数週間はかかるとのことでどうしようかと考えていたところだった。
「でしょう?船を直す期間を考えれば今すぐ帰れるわけだし」
「確かに……ありがとう、アーシャ」
「どういたしまして。それから、なるべく早くコルジールに帰るようにクイード国王からも託けをもらっているわ」
「え!それどういうこと!?コルジールで何かあったの!?」
「私も詳細までは知らないわ。一応外交的なこともあるしね。詳しくはクイード国王から聞いて」
「そっか。それもそうよね」
一応同盟国とはいえ、自国のことをペラペラと話すわけがないことは当然だ。しかし、それはつまり裏を返せば他国に知られてはまずい状況だということの証左でもあった。
(何があったのかしら。この旅の期間で劇的な変化が起こるだなんて)
戦争が再開したという情報はないが、早く帰れと言うことは何かしら問題が発生したと見て間違いないだろう。
クエリーシェルのほうを見ると彼も同じ考えだったようで、表情が固くなったのがわかった。
「ということで、補給を済ませたらすぐに出発するわよ」
「わかった。って、え?ちょっと待って。すぐっていつ!?」
「すぐはすぐよ。明日か明後日にでも出るわよ。シグバール国王にもそう伝えてあるわ」
「明日か明後日……」
想定してたよりもかなり早い出立に、気持ちがついていかない。ここまで世話になったというのに、シグバール国王にまともに挨拶できていないどころかメリッサにもなんて言えばいいだろうかと思わず考え込む。
けれど、そんな私の思考を読み取ったかのようにアーシャは「お節介かもしれないけど」と切り出した。
「事態は一刻も争うと思ってちょうだい。各国リーシェの想像以上に急変しているわ。帝国も活動が活発になっているし、コルジールもあまり芳しくない状態であることは確かなようよ」
わかっているつもりではあったが、改めて言われると少なからず平和ボケしてた自分に気づく。
(そうよ。今帝国は私のことを血眼になって探してる)
連戦の疲れもあったが、何より今は安堵が勝ってしまっていた。勝利したことと、味方がたくさんいるという慢心。だが、それは帝国の前では無意味だ。
(しっかり気を引き締めないと。油断は命とりになる)
「ということで、挨拶はさっさと済ませておきなさいよ」
「うん。わかった。……ありがとう、アーシャ」
そういえば、今更ながらお礼を言ってなかったことを思い出してアーシャにお礼を言う。すると、アーシャはちょっとびっくりした表情をしたあとにっこりと微笑んで「どういたしまして」と私の頭を撫でるのだった。




