8 セツナという男
「そう拗ねるでない」
「そう言いながら何でニヤニヤなさってるんです?」
「いや、だってなぁ……。まさかリーシェが私のことをそう思ってくれているとは……」
「うぅ……恥ずかしくて穴があったら入りたい」
あれからメリッサはセツナからの語学指導とのことで私とクエリーシェルは部屋から追い出されて、こうして私用の部屋と案内された部屋にいた。
先程まさか本人がいるとは思わず、ついクエリーシェルの魅力について一生懸命話してしまい、しかもセツナにまで聞かれたということもあって羞恥心で死にそうだった。
メリッサには「〈どんまい〉」と言われてしまうし、セツナには「〈惚気ごちそうさま〉」とウインクされて、死ぬほど腹が立った。
(絶対あの人、私が話してる内容わかってて入ってきたに違いない!)
そもそもなぜノックして応答がないからと言ってセツナは部屋のドアを開けたんだ、と怒りが沸き立つ。そもそもあの男はそういう男であった、と今更ながら思い出し、それを失念していた自分にも腹が立った。
だが、既に手遅れの状態ではこうして苛々したり恥ずかしがったりしても今更どうしようもないことは事実だ。
だが、それが余計にもどかしく、さらになぜかニヤけ顔のクエリーシェルに慰められているという現状に、もう頭の中はカオスだった。
「ところで、髪は綺麗に整えてもらったのだな」
「あぁ、えぇ。どうです?メリッサにやってもらったのですが、結構さっぱりしました」
メリッサはさすが髪を切った経験があるというだけあって綺麗に整えてくれた。一番短い髪の長さに合わせたため顎くらいの長さになってしまったが、それでも結構気に入っていた。
ここまで短かったのは幼少期のときくらいだっただろうか。きっとアーシャが見たら卒倒するだろうな、と思いながら、自身の髪を撫でた。
「先程も言ったが、長いのは長いでよかったが、こちらもこちらで似合っているな」
「お世辞です?」
「そうじゃない。本心だ」
「じゃあ、どっちのほうが似合ってます?」
「難しい質問だな……」
ううむ、と悩み始めるクエリーシェル。こういう何でも真面目に受け取るのは彼のいいところであり、悪いところであるだろう。
「ふふ、冗談ですよ」
「そうか。いや、まぁ、リーシェであればどのような容姿であってもいいと私は思う」
「そんなこと言って……私が太ったらどうします?」
「リーシェはもっと太ってもいいと思うがな」
「それって、私の身体が貧相ってことです?」
「いや、違っ、そ、そういうことじゃない。いや、だが、ただ、その……軽すぎてちょっと心配だ」
「これくらいのほうが身動き取れて楽なんです」
「こら、また前線に出ようとしてるんではないだろうな?」
「いえ、それは大丈夫です。今回は自粛しろとの命を受けておりますので」
「誰に?」
「それは……秘密です」
死んだ姉から厳命されてるなんて言えるはずもなく、誤魔化す。すると、「まぁ、出ないならいい」と珍しくちょっと拗ねるような口調に、ずいっとクエリーシェルの顔を覗き込んだ。
「どうしました?」
「いや、別に?」
「そう言いながら不本意そうな顔ですけど」
「ただ、リーシェには旧知の人間が多いなぁと」
「そりゃあ、元々姫でしたし。我が国は国柄他国に遠征することが多くて。今考えるとよくあんなに国をあけてて乱れなかったなぁとも思いますが、とても優秀な人材が多かったんですよね、うちは」
思い出す限り、ペンテレアの人々は皆いい人だった。
私はあの国の中では異色なほうで、よくみんなに迷惑をかけたものの、誰も怒るというよりも諭したり叱ったりと感情のままに怒るというよりもなぜそうしたのかを追及されることが多かったように思う。
自然豊かで、人々も皆仲睦まじく、平和そのものだった国。
ペンテレアは他の国にはない、どこの世界でも中立な立場で、各国の心の安寧を保っていたと言っても過言ではない国であった。
「そうか。いい国だったんだな」
「えぇ、自慢の国ですよ。そのおかげで、こうしてたくさんの国々と縁が繋げてるわけですし」
「そうだな。……ちなみに、セツナさんとは随分と親しそうだったがどういう関係だったんだ?」
「聖上ですか?私は別段親しかったというわけではないですが、あの人はとても軽い人で、女性であれば誰でも声をかけるようなタイプでして誰に対してもいつもあんなノリです。そんななので、よく右腕の紫さんに怒られてました」
「むらさき?女性か?」
「えぇ、とても優秀で強くて気高い方でした。以前私達が着替えてるときに聖上が部屋に侵入してきたことがあるんですが、紫さんが一発ノックアウトして、そのままポイッと外に放り出しまして。いやぁ、あのときの紫さんはカッコよかったです。今は何をなさってるんだか……さっきも聖上にはぐらかされちゃいましたし」
紫のことを思い出す。線の細い女性ではあったが、力もあり、足も速く、実戦では女性らしい滑らかな動きで相手を翻弄するタイプだとよく聞いていた。
実際に聖上をのしたときは、まるで夜叉が乗り移ったかのような表情で、普段は落ち着いている人物だというのに、あまりの変わりように恐怖で失禁しそうになったのは当時のいい思い出である。
「そうか」
「まぁ、次にアガ国に行けば色々とわかるとは思いますが、まずはこの戦争を見届けないとですね」
「そうだな……いよいよ、という感じだしな」
さすがに今日明日で出立ということはないだろうが、少なくともここ1週間以内では開戦する可能性が高いだろう。
軍部の準備も整っているようだし、あとは情報と作戦さえ整えばすぐさま進軍するはずだ。
「えぇ。ちなみに、聖上は見た目も中身もあんなですが、とても強いですよ。ご存知です?」
「いや、なんとなく強い気はしていたが……そんなに強いのか」
「そのうち手合わせされるとよろしいかと」
「そうだな、近日中に手合わせしてもらおう」
「でしたら近くで応援させていただきますね」
「であれば、無様な姿は見せられないな」
コンコン
不意にノックが鳴る。「はい、どうぞ」と答えれば、「晩餐会のお支度に参りました」と返ってくる。
「晩餐会……」
「では、私は少々ドアの外でお暇させていただこう」
「すみません、すぐに終わると思いますが……」
謁見前に髪も身体も湯浴みで清めているから、やるとしたら恐らく着替えくらいだろう。
「では、またあとでな」
「はい、また」
そう言うと軽く唇を合わせる。その後クエリーシェルと入れ替わるように何人か侍女が入室すると、案の定コルセットをぎっちぎちに絞られて、ドレスを着させられるのだった。
 




