5 懐かしい顔
「[おぉ、随分と大きくなったな。ステラ姫]」
「[ご無沙汰してます、シグバール国王。相変わらずお元気そうで何よりです]」
「[ほう、社交辞令まで言えるようになったか。ハッハッハ、あの跳ねっ返りがこうも淑女然としてると調子が狂うな]」
だいぶ体調も戻り、やっと医者からの許可もおりたのでこうしてブライエ国の王、シグバールに謁見していた。
メリッサも私の体調が回復次第会うということでシグバール国王に会うのは今日が初めてのようで緊張しているようだった。
心なしか、そばにくっついているクエリーシェルも緊張しているところを見ると、私が不在の間に色々とあったのかもしれない。
「[私もそれなりに人生を重ねましたから]」
「[そうだな。あのときは間に合わず、申し訳ない]」
「[いえ、もう過ぎたこと。そもそもペンテレアまでの距離を向かおうとしてくださったそのお気持ちだけで嬉しいです]」
深々と頭を下げるシグバール国王に、こちらも頭を下げる。ペンテレアからブライエまでの距離は長く、またモットーを経由せねばいけないため、帝国に仕掛けるとなると非常に大変だったことは承知していた。
(こんな小娘にまで頭を下げてくださるなんて。相変わらず礼節を重んじる方ね。だからこそこの国は強固であり、国民の信頼が得られているのだろうけど)
以前会ったときよりも年は重ねたものの、さらに貫禄があって素敵なおじさまになっているシグバール国王。懐かしさを感じながら、こうして会えたことを素直に喜ぶ。
「[で、こちらが……ラウルの孫娘、と。名は?]」
「〈メリッサ、名前を言ってちょうだい〉」
「〈メリッサです〉」
「[そうか、メリッサか。ラウルは……]」
「[師匠は私達を逃すために命を張ってくれまして……]」
師匠から事前に預かっていた手紙を渡し、自分達がどんな目に遭ったか、ここまで何があったかなどを話した。
「[うむ。そうか……あのバカ息子はとことんバカだったということか]」
「[あいつは昔から自意識過剰だったからな]」
「[言えてる。大きな口は叩く癖に、まともに人を動かす能力もない]」
シグバールに続いて、長男のデュオンと次男のシオンが頷けば、ギロッと鋭い目つきでシグバールが睨んだ。
「[お前達も人のことを言えんだろう。一体誰のせいでワシが隠居できないと思っている!]」
ごつんごつん、と鉄拳がそれぞれに飛ぶ。大の2人を鉄拳制裁し、しかも沈めるというのはさすが国王だと素直に感心した。
「[で、嬢ちゃんは何をしに?]」
「[私は……帝国を倒す手伝いをしてもらいたく、参上しました]」
「[なるほど。利害の一致というやつか。よし、わかった。まずはお互いの情報を出し合おう、いいな?]」
「[もちろんです。よろしくお願いします]」
私の返事ににっこりと頷きガサガサと手荒く私の頭を撫でたあと、「[セツナ!説明は任せたぞ!]」と誰かを呼び、「[すまない、ちょっと席を外す。まずはこちらの情報をセツナから聞いてくれ]」と言って国王はそのまま部屋から出て行ってしまった。
というか、セツナという名前に聞き覚えが……と記憶を引っ張っていると、「では、せっかくだしわかりやすい言葉で話そうか」とにっこりと微笑む優男に、思わず口をポカンと開けてしまった。
「せ、聖上!??」
「リーシェ、知り合いだったのか?」
私のあまりの驚きように、クエリーシェルもびっくりした様子でこちらを見ていた。
「おぉ、クソ餓鬼。元気そうで何よりだ。てか、聖上なんて呼ばれるのは久々だからなんだか照れるなぁ……」
嬉しそうに頭を掻く目の前の男。前に会ったときとあまりに変わらぬ容姿に、この人は化け物かと頭の片隅で思ったのは秘密だ。
「いや、何で聖上がここに?」
「うん?オレさまはちょっくら出稼ぎにな。ちなみにもう聖上とかそういうのはなしになったから、気軽にセツナさん、とかセツナ様、とかでいいぞ」
相変わらずの軽薄さにジト目で見つめると、「そんなに見つめられると照れるなぁ」と満更でもなさそうなのがまたムカつく。
「リーシェ、話が見えてこないんだが、一体どういうことだ」
「あぁ、すみません」
置いてけぼりにされていたクエリーシェルが思わず横槍を入れてくる。すっかり話に夢中というか、衝撃が大きすぎて説明するのを忘れていた。
「この人はアガ国のクジュウリという里の長でして。前線から暗躍まで様々なことをこなすスペシェリストです」
「どうも、スペシャリストです」
「自分で言わないでください。それで、以前アガ国に行ったときに私が迷って家族と離れ離れになった間、保護してもらってお世話になったんです」
「あぁ、前にアーシャ王妃から聞いたような……」
何気に記憶力いいな、と思いながら渋々私は頷いた。
「えぇ、それですよ。でも、なぜセツナさんは出稼ぎに?国……というか里は大丈夫なんですか?」
「ん?もうだいぶ国が落ち着いちまったからな。平和なのはいいが、商売上がったり、ってことでオレさまは出稼ぎとして各地に傭兵として出向いてるわけ」
「そうだったんですね」
「そそ。だから各国色々渡り歩いているうちに言葉もたくさん喋られるようになって、そこのヴァンデッダさんのために通訳してたのさ」
「なるほど、通訳ってセツナさんのことだったんですね」
ブライエ国語を話せないクエリーシェルにとって、セツナがいたことは幸いだっただろう。何をするにでも意思疎通は必須だからこそ、彼がいたことによってスムーズにことが運んだことは感謝せねばならない。
「そうだぜ?感謝しろよ。オレさまのおかげでクソ餓鬼の命が助かったんだからな」
「それに関してはありがとうございます。でも、クソ餓鬼クソ餓鬼言わないでください」
一応感謝と共に釘を刺しておけば、「あーあー、煩い」とでも言うかのように耳を押さえたセツナがメリッサに向き合う。
「〈そこのお嬢ちゃんも、大丈夫かい?話についていけてなくて大変だろ。オレさまがあとで直々にブライエ国語を教えてやるからな〉」
「〈あ、うん。ありがとう、ございます……〉」
「ちょっと、メリッサに手出ししないでくださいよ」
「大丈夫、オレさまの守備範囲外だ!」
「信用できません」
「だんだんお前、紫に似てきたな……」
「似てませんよ。てか、紫さんは何してるんです?」
紫というのは彼の右腕となっていた女性だ。
とても武術に優れ、女性だというのに強く気高い人だった。
「あいつは……、まぁそんなことよりぐだぐだ喋りすぎた。そろそろ本題に入ろうぜ。[ほら、そこの王子達。お前達もぐだってんじゃねぇ]」
話をはぐらかされたことに引っかかりを覚えつつも、確かにずっと世間話をしているわけにはいかないと背筋を正した。




