クエリーシェル編
※多少のグロ描写があります
「リーシェ!リーシェ!!!!」
海に向かってひたすら叫ぶ。だが、海の中に消えてしまった彼女は浮かんでくることはなく、もちろん返事も何もなかった。
「ヴァンデッダ卿!!今はとにかく、海賊を!!」
「くそっ!!!」
剣を構える。自分でも頭に血が上っていることがわかるが、リミッターなどとうに外れていた。
◇
「助かりました、ヴァンデッダ卿」
「……あぁ」
嵐を抜け、陽も昇り、穏やかな海だった。海賊達からの猛攻も退け、船員達はやっと落ち着いたと一息ついていた。
そして、その穏やかさとは一転して、船上一面は肉塊と化した海賊達と血の海が広がっている。まるで肉の解体工場のような状態に、船員の中には吐き気を催し、海に向かって嘔吐するものもいた。
「あー、雨でだいぶ流れるかと思ったが、こりゃだいぶ掃除が必要だな」
船長が頭を掻きながらぼやく。実際に、我に返ったときにはこのような状態で、「あぁ、またやってしまった」というのが素直な感想だった。
自らも返り血でべっとりと血が染みつき、とても血生臭い。恐らく髪やら顔やらにもこべりついていることだろう。
「噂には聞いてましたが、さすが鬼神とも謳われた活躍ぶりで」
「嫌味か?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。実際に我々も助かったのは事実ですしね」
船長は船員達に目配せすると、彼らは散り散りになって船の清掃を始める。申し訳ない、という気持ちはあるものの、リーシェのことを想うとなかなかすぐにはどうにも気持ちを切り替えることはできなかった。
「このあとどうします?」
船長がわざと空気を読まずに話しかけてくる。
他の船員達はおっかなびっくりこちらを見ているにも関わらず、フランクに話しかけてくる辺り、やはり船長としてそれなりの場数を踏んできただけのことはあるということだろう。
「どうするもこうするも、……使命を果たさねば」
「というと、ブライエ国に行く、ということでよろしいですかね」
「あぁ、彼女と約束したからな」
「ブライエ城で!必ず!落ち合いましょう!!」
彼女の言葉が脳裏を過ぎる。自らが落ちているというにも関わらず、焦ることなく、ただ助けてもらおうとするでもなく、先を見据えての言葉にある意味感心すら覚える。
それがリーシェという女であり、ペンテレアという国だけではなく各国を渡り歩き、縁を結んでいた女だと思うとなんだか自分も誇らしく思う。
(彼女はきっと生きている。そう信じて進まねばならない)
前向きに生きろ、というのを彼女に教えてもらった。いつまでも過去に囚われずに、彼女の言う通りに先を見据えて行動せねばならない。
だからこそ、心配で胸がザワザワして落ち着かないのを押し込めて、彼女が生きていることを信じて、ブライエ国へ行かねばいけなかった。
「ではでは、本船はブライエ国に向かって進みます」
「よろしく頼む」
「できれば、船の掃除手伝ってもらいたいんですがねぇ?ほらほら、ぼーっとしてたって悪いこと考えるだけですし、ぼーっとしてるくらいなら掃除してたほうが有益だと思いません?」
「あ、あぁ、わかった。やろう」
にっこりと船長からブラシを渡される。ちょっとリーシェと似てる部分があるというか、彼も有無を言わさぬ押しの強さがあった。
そして振り返ると、我ながらよくもまぁこんなに汚したな、と思うほどの惨状である。ある意味これをリーシェに見られなくてよかったとホッとする部分もあった。
「とりあえず、遺体やら肉片やらはまとめて捨てろ。下手にバラバラ落とすとサメとかが寄ってくるかもしれねぇし、万が一ついてこられても困る」
「はい、船長!」
「そのあと掃除だ。特に錆びつきそうなところは徹底的に洗えよ」
「あいあいー、船長〜」
船長の指揮に合わせるように船員達が動き出す。そのあまりにも素晴らしい指揮力や洞察力、コミュニケーション力に、思わず感心させられた。
「あ、それ終わったら着替えしといてくださいね。さすがに臭すぎるんで」
「あ、あぁ、わかった」
俺はひたすらブラシを動かしながら、リーシェとヒューベルトと無事に再会できるよう祈る。
(リーシェ……)
思い出して苦しくなりそうなのをグッと噛み殺しながら、彼女のことを考えすぎないように努めるのだった。




