31 メイドの謎
「間違えだった、と」
「えぇ、手配した際に混入してしまったのだろう、とのことです。実際に間違えることが多いんですよ、あれは。見た目がそっくりなので、以前も周りでよく食べてしまうものがいて、それはもう大変でした」
カジェ国からの来賓も無事に帰郷し、久々に自宅でゆっくりと落ち着いたあと、例の一件についてリーシェに訊ねてみた結果がこれである。
結局、リーシェに聞いてもクイードに聞いても、全く同じ答えが返ってくる。
(何か口裏を合わせたのだろうか、だが、クイードはリーシェのことを疑っていたしな)
謎が謎を呼ぶ。
先程も「あれはどこで拾ってきた」とクイードから聞かれたのだが、確かにリーシェに関しては謎が多い。年齢の割に豊富な知識、洗練された佇まい、長けたコミュニケーション能力。
また言語にも長け、いくつかの言葉は話せるというし、読み書きもできる。そして訛りもなく、読み書きに関しても癖もなく、とても整った美しい字をしている。メイドというよりは貴族の中でも上位か、下手すると姫レベルである。
(現状メイドをしているということは、どこぞの没落貴族辺りが有力だろうか)
彼女は、あまり自分のことを話したがらない。そして、話していてもそれが本当のことなのかわからない。まさに、ミステリアスな少女である。
隠されているということは薄々わかってはいるが、そうであっても不思議と嫌な気持ちはなかった。それはきっと、自らも後ろ暗いことがあるからに他ならないだろう。人間誰しも隠し事の1つや2つはあるものだ、常に曝け出したままの人などほぼいないに等しい。
(それにしても、見返りが狩りとは)
先日、私のせいで急遽通訳として登用されたから、と見返りを求められた。珍しい、と何を欲しがると思いきや、彼女は「狩りに行きたい」という。こういうところが、彼女の素性がイマイチ読めない理由でもある。
「狩りとは、あの狩りか?」
「えぇ、獲物を追って狩る、あの狩りです」
狩りがしたい、という少女。なぜに狩りがしたいのかと聞けば、食糧調達のためだという。
「うさぎもいますし、鳥もいますし、もうすぐ秋になりますから、なるべく早めに冬支度でもしようかと」
「冬支度」
「保存食として加工するのにもちょうどいいかと。この時期は色々な薬草もありますし、コルジールは比較的湿度も低いので、特に防腐せずとも干し肉も作れそうですから。とは言っても最初から取れるとは思っておりませんので、秋に向けての練習、といったところでしょうか」
(さすがにまだ、夏に入って間もないのに、随分気が早いな。というか、今後も何度か行くつもりなのだろうか)
「狩りの経験は?」
「ほぼないです。仕掛けを作ったことはありますが」
「そうか、じゃあ弓を持って行こう。あとは馬には乗れるか?」
「はい、乗れます」
「当日は動くからなるべく軽装をするように」
「承知しました」
下賤だ野蛮だ、と狩りを敬遠する女性が多い中、自ら進んで狩りがしたいなどとは、本当に変わった娘である。
「では、天気の良い日に行こう。私はなるべく午前中に業務を終わらせるので、その後に行くぞ」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。あぁ、あと地図をいただいてもよろしいでしょうか?現地で迷子になっては困りますので」
「あぁ、地図だったら携帯用が私の書斎にあるから持って行ってくれ」
リーシェは心なしかはしゃいでいるのか、足取りは軽やかに部屋から出て行った。
その後ろ姿を見つめながら、大きく「はぁ」と溜息をついた。視線を落とすとたくさんの手紙。その内容はどれもこれも招待状であり、要はお見合いのお誘いである。
先日のシュタッズ家のパーティー以来、日々の枚数は異なれど、異様なほどの招待状が届き、正直辟易しているのである。
名前と顔が一致しないどころか、最早顔すら覚えていない。さすがに全部に行くわけにもいかないので、適当にいくつかピックアップしないといけないのだが、するにしても情報が少なすぎる。
「姉に頼るか……」
本音では頼りたくないが、こういうことに関しては彼女を頼らざるを得ない。さすがのリーシェも、社交界を網羅した貴族情報は持ち合わせていないので、どうにも頼ることはできなかった。
リーシェとは対照的に、鬱々とした気持ちを胸に抱きながら、クエリーシェルは頭を抱えるのだった。




