マーラの物語6
生まれて初めてだった。初めて、殴られて怒られた。正直、このワタクシに向かってなんなんだ、とも思った。
だが、その後には生理のときやサハリ国に入国したときなどは常にワタクシを気遣ってくれるし、言い方は存外なのに、なんだかんだとフォローしてくれている。
今までにいないタイプの存在のステラに、ワタクシは大いに戸惑った。
そもそも、家族以外に親しいと呼べる間柄の人物もいないし、アーシャ様のことは女性として、ヒトとして尊敬し羨望対象ではあるが、友人などはいない。そのため、ステラとの距離感はうまく掴むことができなかった。
彼女を友達と呼んでもいいのだろうか、そう思いながらも彼女だけ別の部屋へ行ってしまってなんだか急に寂しくなる。
あてがわれた部屋はとても豪華だけれど、なんだかとても物足りなかった。
クエリーシェル様とも男女ということで別棟になってしまって、あまり会うことができず、船で借りた本を読んで時間を潰す日々が続いていた。
「お腹が空いたわ……」
ある日のこと、夕食はそれなりに食べたつもりだが、どうにも腹持ちがよくなかったのか空腹であることに気づいた。
無意識のうちに口に出してしまったが、実際に言うと余計に意識してしまってなんだかより空腹感を感じる。
でも、ここの言葉はそれなりにわかるものの、そこまでペラペラ喋れて聞き取れるかと聞かれたらそれほどでもない。
そもそも自国でも夜中に出歩くことはあまり推奨されてなかったのに、他国で右も左もわからないままに出歩くのはさらにまずいだろう。
「うーん、どうしたらいいのかしら」
侍女を呼ぶにもこの時間なら皆寝ているだろうし、来客だからといってそこまで厚かましくしてはいけないだろう、多分。
ステラから色々と弁えろ、と釘を刺されてしまっている手前、下手な行動はできないと思った。
(ならいっそ、ステラのとこに行くのはアリかもしれない)
ステラのところなら警備も厳重だろうし、誰かしら人にステラの場所を聞いたら教えてもらえるだろう。我ながら、なんていい考えだ、と早速服をあてがわれた寝巻きから普段着に着替える。
そして、そっと部屋から出ると、ステラがいるであろう部屋へと向かった。
「【どこに行くんだい?可愛いお嬢ちゃん】」
「【えっと……ステラのとこに】」
「【ステラ?あぁ、救世主のステラ様のところかい?】」
たまたま見かけた衛兵に声をかけたのはいいが、ちょっと気安いというか軟派な感じがして身構える。
あまりこういったタイプの男性と対峙することがなかったので、正直戸惑った。
彼の言う「救世主」というのがよくわからなかったが、「【えぇ、そう。その人のところへ!】」ととりあえずお願いすることにした。
「【それにしてもなんだってこんな夜更けに……?まさか、何か仕掛ける気か?今夜は決行日だと聞いてはいないが……】」
「?」
何やらぶつぶつと言っている衛兵。
意味がわからず、困惑していると「【せっかくだ、嬢ちゃん。お仲間のところへ行って紹介してやるよ】」と何やら意味不明なことを言いながらワタクシの腕を掴んでグイグイと引っ張っていく。
「【やめてくださいませっ!】」
「【何だよ、つれねーな。身内なんだろ?こんな夜だし、決行前に一発やっちまうのもいいなぁ、おれぁ、最近溜まってんだよ】」
急に下卑た笑いをする男。恐くなって腕を引くがびくともしない。思わず泣きそうになるが、その様子を見てさらに男は口元を歪めて笑った。
「【お、いいねぇ、その表情。そそるぜ?……せっかくだ、嬢ちゃんも楽しもうぜぇ】」
「いや、やめてください……っ!!!」
必死で抵抗するが、腕はより強く握られる。危機感を持ちなさい、と言っていたステラの言葉が頭をよぎる。
(あぁ、言いつけを守らなかったから……っ!)
引かれる腕。抵抗など意にも介さぬように、軽くいなされて引き摺られるように連れていかれる。
恐い。恐い。恐い。
あまりの恐怖で声も出なかった。




