27 通訳
「(本日はお招きいただきありがとうございます)」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、長い航海でお疲れでしょう。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「(こちらこそ、長い航海でお疲れでしょう。わざわざお越しいただき、ありがとうございます)」
(……何で私、同時通訳しているんだろう)
ちらっと見るとカジェ国の王妃、アーシャがにっこりとこちらを見て微笑んでいるのがわかる。
お前が犯人か!と睨みつけたい気持ちをグッと抑えて、あの悪戯好きな王妃に内心で毒づいた。
(あぁ、最近内心とはいえ汚い言葉で罵っていることが多すぎる気が……いや、前からか)
「(リーシェお姉ちゃん!また会えたわね!)」
勢いよく抱きついてくるアルルに、逃げることもできずにそのまま抱き留める。あの件で懐かれたのだろう、瞳は輝き、顔が上気しているのがよくわかる。
「(アルル!また会えて嬉しいわ。でもごめんなさい、今日はお仕事だから、あまり一緒にいれないの)」
「(アルル、今日は大人しくしている約束でしょう)」
アルルはアーシャに諭されながら、シュンとしている。というか、そういえばアルルのことを失念していた、と思っても後の祭りだ。
ふと顔を国王に向けると、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「まさか、顔見知りなのか?」
「あぁ、いえ、その、……詳しいことは、そちらにいる領主様にお聞きください」
説明するのが面倒なので、あえて領主に説明させることにした。それくらいしてもらっても、きっとバチは当たらないだろう。むしろそれくらいして欲しい。
クエリーシェルを見ると、先日の親子だと気づいたのだろう、あからさまに顔の血の気が引いている。
無理もない、何気なしに会っていた親子がまさかの国賓だったなんて、下手すると失神してもおかしくないことだ。
とりあえず、気を取り直して通訳としての職務を全うするため、言われたことを正確に的確な言葉で同時通訳するのだった。
「疲れた……」
昼食を終え、一時的に休憩になった。
さすがに午前いっぱい頭を使って、愛想笑いをしながらひたすら喋り続けてで、もう満身創痍だった。
(甘いものと水分が恋しい……)
「お疲れ様。メイドに用意させたから召し上がって」
涼やかな声に顔を上げると、キラキラと輝いて見えるほど美しい尊顔。
「!!!王妃様!も、申し訳ありません、ありがとうございます!」
まさかメリンダ王妃直々に声をかけられると思わず、グダッていた身体をガバッと起こした。
「彼が結構無茶させたのでしょう?クエリーシェルに評判を聞いていたせいか、貴女を試そうとしてるみたいで。本当、ごめんなさいね」
「いえ、滅相もないです!」
目が潰れてしまいそうなほど美しい王妃。
金色の髪に、透き通るような肌。ぷっくりと膨れた厚い唇に、美しい宝石のような瞳。カジェ国の王妃とはまた違った美しさが兼ね備わっていて、さらにただ美しいのではなく、そこに成熟された色気もあるので、まさしく誰が見ても憧れるお妃様だ。
(でも、やっぱり試してたのね)
明らかに意地の悪い、通訳する上で難しいことも言われていたのでそんな気もしていた。
一体、私を試してどうするつもりなのか。まさかのまさか、王城に登用されるなんてまっぴらごめんである。
「それにしても貴女、どこでカジェ国の言葉を習ったの?」
「私はマシュ族でしたので、各地で占術を披露するために世界各地を回りました。その際、現地の人と共に生活することが多かったので、自然と覚えました」
(嘘だけど)
「そう、すごいのね。もしかして、うちの子達にも教えられる?」
「カジェ国語を、ですか?構いませんが」
「それは良かった。この会談がうまく運ぶようだったら、ぜひともお願いするわね」
カジェ国と交易する上で語学は確かに必要であるが、なぜまずご子息やご息女に?とちょっと疑問ではあるが、そこはまぁ気にしないことにしておこう。
そして、メリンダ王妃は言いたいことだけ言うと、さっさと退室してしまった。いい意味でも悪い意味でもお嬢様然とした方である。
(大事に育てられたんだろうなぁ)
あのようにお嬢様気質な人を見ると、つい姉を思い出してしまう。姉もふわふわとして綿菓子のような見た目も中身も甘い人だった。
私はどちらかと言うとアーシャ王妃のタイプに近い、意地の悪さを持っている。だからこそ、アーシャに対して同族嫌悪のような感情も抱くのだろう。
「あぁ、甘いものが沁みるぅ」
王妃が持ってきてくれた菓子に手を伸ばし、口に放る。
さすが王室御用達の菓子、しっとりとした口当たりに、じんわりと広がる甘み。疲れた脳に沁み渡るように、渇望していた糖分が脳内を満たし、幸せな気持ちになった。
(このままこれで終わればいいのに)
もうこれ以上無駄なことを考えたくないなぁ、と思いながらも、この後は夜会があり、さらに大事な歓談があるという。
(私が聞いていいのかしら。まぁ、背に腹はかえられぬ、というやつか)
あーもーやだなぁー!と年相応の不満を言って全てを投げ出したいが、これも私の夢である大往生のためだと、自分で自分に言い聞かせる。
そう、私は意地でも平穏無事な世界で安らかに死にたいのだ。そのために必要な試練だというのであれば、乗り越えなければならない。
(本当、このまま何事もなく無事に終わればいいけど、そうはいかないのが私なのよね)
そんな懸念を抱きながら、リーシェは菓子を頬張り、用意された紅茶をぐいっと呷ると顔を両手でパンパンと小気味よく叩き、自らを鼓舞するのだった。




