52 演技
「だ、大丈夫か!?」
「えぇ、ごめんなさい。急に大きな声を出してしまって……」
布団に潜りながらちょこんと顔を出して、しゅんとした表情を見せる。顔に出やすいと指摘されたばかりだが、ここは正念場だと女優顔負けで演技する。
「あぁ、バタバタと物音がしたと思ったら、キミの大声が聞こえてきたからびっくりしたよ」
(よかった、内容までは聞こえていなかったようだ)
とりあえず、クエリーシェルがここに来たことがバレてはいないようでホッとする。
「ごめんなさい。虫が出てきてやっつけようとしてたのよ」
「あぁ、なるほど。それで?虫は大丈夫なのか?」
「え、えぇ。急にこちらに向かってきたから驚いて悲鳴を上げてしまったけど、私が飛び退いたらどこかへ行ってしまったわ」
「そうか」
とりあえず理由はでっちあげだが、それなりに説得力のあるものを言ったおかげか納得してくれたようでホッとする。
「ごめんなさいね。心配してくれたんでしょう?」
「あぁ、もうキミが拐われてしまったかと思って焦った」
「さすがに、昨日の今日で何かはないと思うわよ」
「だといいんだが……」
緊張してるからか、はたまたクエリーシェルを隠しているからか、身体が熱い。狭い布団に彼の大きな体躯を隠しているせいで自分の身体に彼の身体が密着していて、違う意味でも緊張してくる。
(身体臭かったらどうしよう。まだ着替える前だったし、こんなに近くて汗かいてたら臭いがぁぁぁぁ)
内心早くこの状況から脱したいが、ブランシェがいる手前叶わず。
というか、できれば早急に出て行ってほしいが、あからさまに出て行ってとも言えずにどうやったら早くブランシェを退室させられるか脳内ですごい速さで思考する。
「ところで、なぜ布団に入ってるんだ?」
ギク……っ!
痛いところを指摘されて、目が白黒しそうなのを必死で隠す。演技と逡巡で頭が沸騰しそうなほど様々な情報が頭の中を駆け巡る。
ここでクエリーシェルがいるのがバレたら、それはそれでマズい。擬似とはいえ、婚約状態で間男を引き入れているなんて噂になったら色々と計画が崩れてしまう。
周りには見張り用の兵士などもいるだろうし、下手に騒ぎになってしまうのは問題だろう。
「あ、実は虫が来たとき着替えてて、今服を着ていないのよ。外からブランシェの声が聞こえたし、今すぐにでも突入してきそうな勢いだったから、慌てて布団に潜り込んだの」
それらしい言い訳を思いついて、自画自賛したいくらいだった。うん、この言い訳であれば納得せざるを得ないだろう。
「なるほど、そういうことだったのか。僕としてはキミのあられもない姿を見るのもやぶさかではないが……」
「そういうところ!そういうところがブランシェのダメなところだって言ったでしょ」
「まぁ、男の本音というやつだ」
相変わらず、ちょいちょいセクハラを混ぜてくる。
不意にモゾモゾと、クエリーシェルが動き出す。もしかしたらそろそろ息苦しさと暑さに耐えきれないのかもしれない。
(あぁあああ、ケリー様ごめんなさい!そして、ブランシェはいい加減早く出ていってくれー!!!)
内心でそう叫ぶと、少しでも早く退室してもらうために畳み掛ける。
「そういうわけだから、何もないので心配しないで」
「あぁ、わかった。本当、キミに何もなくてよかった」
「そりゃどうも」
「……着替え、手伝おうか?」
「いいから早く出てって!!!」
最終的には出て行け、と言ってしまったが、ブランシェは気にする様子もなくにっこりと微笑むと「おやすみ、また明日」とウインクしてそのまま退室してくれる。
(最初から早く出て行けと言えば良かった……)
取り越し苦労をしたせいで、疲労がドッと降ってくるのだった。




