28 懐炉
「随分と時間がかかりましたのね。……あら、顔が些か赤いようですが、お風邪でも召しましたの?」
「いえ、ちょっと急いで来たのでそのせいかと」
「?」
実際に走ってきたのは事実だが、未だにクエリーシェルの行いによって羞恥が抜けきれないなどとは口が裂けても言えなかった。
もし言ったら彼に恋煩いをしている彼女に何されるか分かったものではない。下手に刺激することは悪手だとわかっているので、あえてその辺は隠しておく。
「お加減は?」
「見てわかりません?先程よりも痛んでおりますわ……っ」
確かに刺々しい言葉とは裏腹に、声はいつもの勢いの3割減な気がする。蹲って布団からぴょこりと顔を出しているのを見ると、どうやら結構つらいらしい。
「でしたら、これを」
「……何ですの、これ」
差し出した包みを、不審気な表情でまじまじと見るマーラ。基本的に年中暖かい気候のカジェ国では目にすることはなかったかもしれない。
「温石です」
「オンジャク……?聞いたことありませんわ」
「こうして温めた石を布で巻いて懐炉にするのです。ほら、触ってみてください」
彼女の前に懐炉を差し出すが、未だに眉を顰めたままだ。
「や、火傷とかしないでしょうね?」
「疑り深いですね。誰かとは違って、そこまで性格悪くはありませんよ」
「わ、ワタクシだってそこまで性格悪くはありませんわ!」
(ある程度性格悪い自覚はあったのね)
そんな心中などおくびにも出さずに、とりあえず触れるように彼女の目の前に懐炉を出す。するとおずおずといった様子で布団の中からゆっくりと手が伸びてきて、指先が懐炉に触れた。
「どうです?温かいでしょう?」
「そうね、温かいですわね」
「これを腹部や腰に巻くのです。生理は冷えが大敵ですから。痛みは腹部であれば腹部に巻いてください」
彼女の手に懐炉を乗せると、もぞもぞと布団が動き出し、ごそごそと布団の中で腹部に懐炉を巻きつけ始める。モノグサというかなんというか、ある意味器用だな……とその様子を見守る。
「冷えたらまた温め直しますので、おっしゃってください」
「わかりましたわ」
「そういえば、干し肉いかがでしたか?」
てっきりどっかに放っておいたと思いきや、近くで見当たらないと思って尋ねると、急に顔を赤らめ始めるマーラ。先程から顔芸か、というくらい表情がよく動く。
「……も……き、ましたわ」
「ん?」
「もう、いただきましたわ!」
「それは良かった。どうです?悪くはなかったでしょう?」
「ま、まぁ、そうですわね!思いのほか悪くはなかったこともないですわよ」
もはや言い回しが複雑すぎて何が言いたいかわからなくはなっているが、どうやら美味しかったらしい。本当につくづく素直でないというか、捻くれている。
(こういうのって天邪鬼、というんだっけ?)
どこかの国の昔話を思い出しながら、マーラを見る。まだすぐに痛みが引いたわけではなさそうだが、多少は干し肉のおかげか顔色が良くなっている気もした。
「では、とりあえず懐炉が温まっているうちにお休みください」
「ステラはどこか行かれますの?」
「いいえ。今日だけはお側におりますよ」
「そ、そうなのね。別に1人……いえ、ステラがどうして……いえ、ま、まぁ、ここにいらっしゃるというのなら、それでも構いませんことよ?」
下手なことを言ってしまわないように、との葛藤が窺えて、口元が緩む。捻くれているのは事実だが、性根が腐っているわけではないことは理解できた。
(これはもう本人の性格でしょうね)
生きづらいだろうな、と思うが、これが彼女なりの処世術だったのかもしれない。
「はいはい。いいから早く寝て体調をお戻しくださいな。日程ではあと2日。そろそろサハリ国に到着する予定ですから」
「そうですか。わかりましたわ。……お、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
トントン、と軽く布団の上からテンポよく叩く。
そういえば母から寝付く前にこのようにされてたな、と思いながら無意識にしてたのだが、そのおかげかマーラはちょっとホッとした表情をしたあと、ゆっくりと眠りについていった。




