7 深まる謎
「船内にはリーシェさんしか女性がいないはずなのに、女性がいたんですよぅ!だからあれは絶対にセイレーンですってぇ!」
「セイレーンって、そもそもどういうものでしたっけ?」
とりあえず、私の知識にあるセイレーンと彼らの言うセイレーンが同じものかを確認する。認識の不一致で話を掘り下げても意味がない。
「ん?確か、海の魔物で歌声で船乗りを惑わして食っちまうとか」
「僕が聞いた話だと、惑わして遭難や難破させるってぇ!」
「なるほど、確か神話に登場する怪物でしたっけ」
「そうそう!それですぅ!」
セイレーン、確か以前見た書物では神話に登場する海の怪物の名が確かそれだった。上半身が美しい女性で、下半身は鱗で覆われている。つまり人魚である。
だが、人魚であるセイレーンがここに乗っていたら、さすがにすぐ捕まえられるのではなかろうか。
(そもそも人魚って海中以外ではどう移動するのだろう)
陸に上がったら足が生えるとか?でもそんな話は聞いたことがないし、それはそれで不気味だし、異様だからすぐに見つかる気もする。
「え、と……パリスさんが見たのは、確かにセイレーンなんですか?」
「確かに、って聞かれると、困りますけどぉ。……あ、でも!ここ最近食糧の在庫が合わないって料理長のブリさんが嘆いてましたぁ!」
「ん?マジか。そういや、水の量も減りが早いって船長が言ってたな」
(うーん、新たな謎だなぁ)
セイレーンを見たというパリス。そして、食糧や水が減っているという事実。
(私以外に女性が乗ってるってこと?)
だが、どうやって。そもそも、カジェ国を出てからもう4日になる。であれば、普通は見つかってもおかしくないだろうに。
(わからないなぁ……)
「とにかく、パリスさんはセイレーンらしきものを見たんですね?」
「えぇ、はい!髪は長くて、服はヒラヒラとしてたんで、あれはきっと女性ですし、セイレーンですぅ!」
「ちなみに歌声は……」
「聞いてないですけどぉ……」
「じゃあ、セイレーンじゃねーんじゃねーか!」
「でもでもぉ!」
再びやんややんやと言い合いを始める2人を置いて部屋に戻る。とにかくまずは情報が欲しい。そして、できれば明朝に捜索しなければならない。
(水も食糧も多めに積んだとはいえ、さすがに何者かに全部消費されては困る)
本当なら今すぐにでも探し出したいが、さすがにこの時間ほぼみんな寝ているだろうし、下手に騒ぎを起こして不眠になってしまったら今後の運航に響いてしまう。
(そういえば、私の服!)
先程のパリスの言葉を思い出して、駆け足で室内に戻る。月の光と備え付けのランプの光で荷物を確認する。
「……やっぱりない」
羽織りだけでなく、タオルや香油などいくつかなくなっているものがあることに気づく。
(これは、確実に誰かいる)
しかも、絶対に女性である。でなければ、わざわざ男性が持っていく理由がない。いや、男性である可能性はなくはないが、それはそれで理由を考えると嫌だ。
そちらの可能性でなるべく考えたくはない。というか、
(恐い……)
自分の物が盗まれる恐怖はもちろん、この部屋を出入りして、さらに正体不明だということが恐かった。
(でも、今ケリー様のところに行くのも……)
寝てしまっている彼の元に行くのは、少々億劫だった。きっと疲れているだろうし、私が起こしてしまって、さらに気疲れさせるのも憚られる。そもそも、こんなことを言ったらきっと寝ずの番でもしてしまいそうだ。
(どうしたものか……)
「誰かそこにいるのか?」
室内から声をかけられて、思わず心臓が跳ねる。寝ていたと思っていたが、起きてたのだろうか。
でも部屋は暗いし、と1人で様々なことを思いつつも「わ、私です。リーシェです!」と返事しつつ、ここで下手にもたついて他の人々を起こしても仕方ないと、恐る恐る入室するのだった。




