アーシャ編
「(もうすぐペンテレア国よ。そろそろ支度してちょうだい。あと、粗相のないようにね)」
「(えぇ、母様)」
ベッドに寝転がりながら、ぷらぷらと浮いた足を振る。
(ペンテレア、ね)
代々カジェとペンテレアは占術を扱う国同士で親交がある国だった。今回ペンテレアで新たに姫が生まれたとのことで、そのお祝いの訪問にやってきたのだった。
(はぁ、めんどくさい)
ペンテレアは嫌いではないが、好きでもなかった。マーシャルとそれなりには仲が良いものの、お互い不干渉というか、なんとなく一歩踏み出せない関係性であった。
だから、正直今回の訪問はあまり気乗りはしなかった。赤子なぞ見たって、何が楽しいのか、と。だが、その考えは一瞬で吹き飛んだ。
「(まぁ、なんて可愛らしいの……!)」
初めて見た赤子はあまりにふっくらとちんまりとしていて、とても愛らしかった。ぷくぷくのほっぺを指でつつくと、不思議そうな顔をして、つぶらな翡翠色の瞳がこちらを向いていた。
「(アーシャ、お名前はステラ様というそうよ)」
「(ステラ……!素敵な響き!ねぇ、マーシャル!!私にステラをちょうだいな)」
強請るように彼女に言う。だが、すぐに通訳されて返ってきた言葉はもちろん「ノー」である。当たり前だが、とても残念だった。
(聡明そうな顔。マーシャルはいいなぁ……。私にも、ステラのような可愛らしい妹が欲しい)
それが私とステラの出会いだ。
妬みや嫉みを一身に受け、幼いながらも捻くれてしまって穿った見方をするような少女にとって、この出会いは衝撃であった。
それからだいぶ経ってのこと。あの生まれたときにペンテレアに来訪してから、3年が経っていた。今回初めてステラを連れて船旅をするとのことで、行き慣れたここカジェにペンテレア国王が来るとのことだった。
(あぁ、楽しみ……!ステラはどんなに大きくなっていることかしら)
「(ペンテレア国王がご到着されました)」
「(お久しぶりです。遠路遥々、ようこそいらっしゃいました)」
「こちらこそ、いつも盛大な歓待をどうもありがとうございます」
国王である父とペンテレアの国王が話し込んでいる中、小さくてまだぽてぽてと拙い走り方をする幼児を見つけて頬が緩む。
「(ご機嫌よう、マーシャル。それでこちらがステラ?あぁん、もう大きくなって!やはり私にこの子をちょうだいな)」
「だからダメですって。もう、諦めの悪い子ね。ほら、ステラ、アーシャよ。ご挨拶」
「(あーや?……こ、こんにちは……っ)」
「(まぁ、カジェ国語を話せるの!やはりもうこれはここに留まるしかないわね)」
「だからダメですってば)」
その日はステラを抱き上げてそのまま自室へと走り出し、マーシャルに追いかけられながらも結局マーシャルと私の2人で私の自室でステラのファッションショーをやったのだった。
その後も何度も会うたびに、彼女はどんどんと成長していった。聡い彼女はいつしか私に競うように様々な知識を得ていき、私も負けじと新たな文化や言葉をこぞって調べるようになった。
(今度はステラに何をしましょうか)
ステラに毎回会うのが楽しみだった。彼女の前だけでは、自分の本心や本音を出すことができた。それによって少し苦手意識を持たれていることは知っていたが、それでも彼女を構い倒した。
それは、突然のことだった。
私に子が生まれ、さていつステラに会いに行こうか、この子をどう紹介しようか、と考えていたとき、母にそれは叶わないと告げられたのは。
「(どういうこと?)」
「(ペンテレア国はなくなったわ)」
「(なくなったって、え、何を言ってるの、どういうこと……?マーシャルは?ステラは!?)」
理解できなくて母に縋り付く。私の様子に動揺したらしいアルルも、火をつけたように泣き出す。
「(わからない。多分、きっと……)」
「(嘘、嘘よ……!何で急に、どうして……!)」
その日私は取り乱して、アルルは離され、1人部屋で泣き暮れた。
後日、ペンテレアが落とされた日は私の産後間もなかったため、飛び火が怖かったので救援に向かわなかったこと、そしてあえて事実を長く伏せておいたと聞いて、両親に憤ったもののどうすることもできなかった。
だからあの日、コルジールで再会したときは私は夢を見ているのではないかと思ったのだ。だが、実際に声をかけて本人だと確信したとき、それはそれは内心、歓喜したのだった。
(絶対帰ってきなさいよ、ステラ。もう2度とあの想いはしたくないんだから)




