19 懐中時計
「ケリー様、結構買い込んでしまいましたが、本来の目的のものを買えてません」
「そうだな。あとは懐中時計か」
懐中時計。そういえば、以前誰かの持ち物をバラしてしまってエラく怒られた記憶が蘇る。
今更ながら、高価な品をあのように躊躇いもなく破壊できたのは、我ながら恐ろしい。
(子供の無知は、時に非情で残酷だな)
持ち主こそ忘れてしまったが、密かに自分の行いを懺悔する。過ぎたこととはいえ、好奇心のまま行動してはならない、と改めて自戒した。
「舶来物の懐中時計はいかがでしょうか?」
「おぉ、いいところに」
「おや、領主様ではありませんか。ぜひ、見て行ってくださいませ」
声をかけてきたのは、ふくよかな、いや、かなりでっぷりとした親父だった。下卑た笑い方に不快感が増す。
生理的に凄まじいほどの嫌悪感を抱いたが、領主がいる手前、澄ました顔をする。
立派な佇まいをしているものの、店の外装は他の店に比べて品のない装飾が目立ち、何となくあまり入りたくないなー、と思いながらも、ここで下手に抵抗しても仕方ないので領主に続いて入店した。
「先程手に入ったのですが、とても貴重な懐中時計をご覧ください」
そう言って見せられたのは、ゴテゴテといかにも物好きが好きそうな懐中時計だった。上蓋にはいくつもの宝石なのか煌びやかな装飾が施されているが、あまりの大きさにポケットに入りきらないのではないだろうか。
「いかがでしょう?」
ちらりとこちらを見る領主に首を振る。こんなもの持っていたところで実用的でないので、使い物にならない。そもそもこの店主、恐らくふっかけてくるつもりだろう。この体躯から安易に想像できる。
「こちらは、私には合わないようだ。今回は彼女に用立ててもらうので、彼女に品を見せてやってくれ」
「失礼ですが、このメイドが、ですか?」
品定めされるように、じっとりと見つめられる。気色悪いことこの上ないが、リーシェはグッと堪えながら表情を崩さぬように努めた。
すると、目の前の店主はニィィっと口元に弧を描くと、「そうですか、そうですか。では、このお嬢さんのお眼鏡に適うものをご用意しましょう」と品物を取りに、店の奥へと行った。
(舐められてるなぁ)
恐らく店主は無知な小娘だと思って、ちゃちな品物を持ってくるだろう。確かに懐中時計は知識としては専門範囲外だが、それでもそれなりに詳しいほうだとは自負している。だてにこの波瀾万丈な人生を送っていない。
(さーて、どんなものを出してくるのかしら)
お互いの思惑を抱きながら、戦いの火蓋は切られたのだった。
「こちらの品々はいかがでしょうか」
ずらっと並べられたのはどれもこれも、悪趣味そのものだった。
そもそも実用性、機能性に欠けた装飾が施されているものがほとんどで、これを買うやつの気が知れないほどにセンスの欠片もなかった。
「却下です」
「は?」
「どれもこれも、領主様がお持ちになるような品物ではありません」
「いやいや、どれもこれも領主様に相応しい物ばかりを集めたのですが。ではでは、お嬢さんはどこが気に入らないと?」
内心、私が断ったのを苛ついているのは手に取るようにわかった。だからあえて、知識で勝負することにした。
「まず、こちらのオープンフェイスのものは耐久性に欠けます。また、こちらはどう考えてもポケットには入りません。さらに、これは衣服と結着する鎖が細く、強度が足りません。それからこちら、ハンターケースなのはいいですが竜頭部の作り的に、すぐに摩耗して開閉できなくなりそうなので不便です。そしてこれは、手巻き式ではなく、噂に聞く自動巻ではございませんか?」
「そうだが?こちらは超貴重な懐中時計で、この世に2つとない、振るだけで勝手に巻くことができる珍品中の珍品だぞ?」
「やはり。自動巻は魅力的ですが、懐中時計は普段ポケットの中に入れるもの。よって、基本自動巻の機能が備わっていても意味がないのでいりません」
隣の領主は何がなんだか、という表情をしている。それはそうだ、機能的な話をしているのだから、ただ身につけるだけの人にはわからないだろう。
目の前の店主は、まさか小娘がこのような知識を持っているとは思っていなかったようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「では、お嬢さんがお探しのものはどういったものかな?」
「まずスケルトンかハーフハンター、素材は真鍮などの金属ではなく、金か銀の貴金属であったほうがいいです。あぁ、メッキはもちろん却下です。それから、できれば装飾は蓋や蓋の裏側に細工されているものが良いですが、そういったものはございますでしょうか?」
「……探してきます」
(ふふ、勝った)
まだまだ子供なのだから意地くらい張らせてほしい、ということで鼻を明かすことには成功したようだ。
まぁきっと、内心腑が煮えくりまくっているだろうが、領主の手前、変なことはできないだろうということは計算済みである。
「大丈夫か?」
「あぁ、えぇ、はい。問題ないかと。一般的な懐中時計のお話をさせていただいただけですので」
「懐中時計にも色々あるんだなぁ」
興味のない人はそういう反応だろう。そりゃ、時計なんて使えれば問題ないのだし。
貴族が持つなら、それ以上にそれなりに華美で技巧が込んでいないといけないのだが。
「こちらはいかがでしょうか」
奥からやってきた店主から受け取ったのは、銀でできたスケルトンタイプの懐中時計だった。ムーブメントも精巧に作られているようで、動作も問題なく、歯車が綺麗にくるくると回っている。
ムーブメント自体も装飾されていて、ずっと眺めていられるほど美しい。懐中時計の裏を返せば、装飾がきちんと施されていて、鳳凰らしきものが優美に佇んでいた。まぁ文句はないだろう。耐久性も装飾性も領主が持つ上で、ちょうど良い華美さだ。
あとは値段だが、恐らく最後の悪足掻きをするだろうが、果たしてどこまでふっかけてくるか。
「こちらに致します。おいくらですか?」
「5万ギネです」
「はい?」
「スケルトンでこの細工、そして最高品質です。このくらいの値は当然します!」
自信満々に「さぁどうだ小娘!」と言われてる気がしてならなかった。随分とまぁ、ふっかけられたものである。
だが、そもそも知識がある人間は、価値も当然わかってるものだ。そのことがこの男はわからないようだった。
「んー、以前見た同じスケルトンタイプで縁まで装飾されていて、二重底になっている一級品でさえ3万ギネでしたが?……あまりふっかけられますと、海賊品や廉価品を高値で売っていることを領主様に告げても良いのですよ?」
後半小声で言ったのだが、みるみるうちに青くなる店主ににんまりと笑みを浮かべる。
「さて、こちらはおいくらでしょうか?」




