17 舞踏会前日
「港町ブランカへはどのくらいで着くのですか?」
「もうすぐだ。私の領地だし、ほぼ隣町だから、そこまで遠くない」
リーシェは事前に地図でも見ておけば良かった、と後悔する。そもそも彼女はこの国の地理に疎く、正直、現在自分がどの位置の街にいるか把握していない。
以前の勤め先では、そう言った地図の類など使用人に不要なものということで見せてもらえなかったが、クエリーシェルならきっと見せてくれるだろう。
もし理由を尋ねられたら、今後も1人で留守番したり切り盛りしたりするとなると、ある程度地理は把握しておきたい、とでも言えばいい。
本音はまたイレギュラーな事態に陥った場合のために、だが。
(私ともあろうものが、すっかり失念してた)
最近、空を見上げることも天候を見るときばかりだったし、夜空なんて滅多に見てないから星の位置すら確認していなかった。我ながら何をやっているんだと思う。
以前の日課だったのに、最近では忙しさにかまけて忘れているとは不覚である。帰ったら、図書室にでも探しに行かなくては。
「どうかしたか?」
「いえ、何も。……そういえば、無事に仕上がって良かったですね」
「あぁ、ありがたいことだ」
午前中に来た仕立屋達は、非常にやつれた様子だった。
まぁ無理もない。ただの礼装とは違い、領主のそれ一式を急ピッチで仕上げてくれと言ったのだから。
だが、さすが仕立屋と言ったところか、期日を守ったのはもちろん、きちんとこちらの要望通りに仕上げてくれている。
妥協することなく、クオリティも申し分ないのは彼等の誇りと言うべきか。その分チップも弾んでおいたし、今後仕立てる上で贔屓にするように領主にも進言しておいた。
(とりあえず、目下最大の課題は明日の舞踏会だ)
現在は装飾品、女性はネックレスやブローチなどだが、男性なのでカフスや懐中時計といったものを見繕いに、彼の領地である港町ブランカへと向かっている。
(ついでに、目新しいものも買い足せたら買い足しておこう)
城内のリフォームも途中なので、インテリアで良さそうなものを探してもいいし、領主用にポプリやハーブなど、普段手に入らないものがあったら買ってもいいだろう。
まぁ、あくまでついでなので、本来の目的は領主の装飾品であるが。
「これから行かれる港町には馴染みのお店があるのですか?」
「いや、たまに見回りに来る程度で買い物はあまり。あぁ、でも姉がこちらに出向くときに護衛兼荷物持ちとして連れ回されたことはあるがな」
「そういえば、お姉様がいらっしゃるのですね」
「あぁ、今は嫁いでグリーデル大公夫人として活躍している。気紛れな人だからそのうち突然来ることもあるだろう。そのときは、歓待してもらえると助かる」
「承知しました」
姉が大公夫人。ということは、釣り合い的にやはりこの領主の家は格式が高い家なのだろう。
だが、格式高いわりには物腰が柔らかいし、気位が高いこともないのが不思議だ。ご両親の教育なのか、本人の気質か。
(大公夫人に会えば、ある程度わかるか)
そもそも姉の話題こそ出るが、ご両親はご存命なのだろうか。考えてみたら全くと言っていいほどご両親の話題が出てこないのも変な話だ。
わざわざ話題になってないものを聞き出すほど愚かではないが、気になるところである。
(そもそも領主1人で切り盛りというのも、格式のある家ならなおさら不自然だ)
家に人がいない、即ち、もてなしができない、ということは誰かを呼ぶこともできない。
社交とは縁を繋ぐことであり、貴族であればその業務が主であるはずだが。
この領主の人間嫌いなとこも、何か関係があるのだろうか、と領主の横顔を盗み見る。
しかし、見たところで何がわかるはずもなく、リーシェは港町ブランカに着くのを外を眺めながら静かに待つのだった。




