25 愚痴
「どうだった?」
「どうだったも何もないわよ。疲れたわ」
「お疲れさま。お茶でいいなら用意できるけど」
「……もらっておく」
見合い会場から王宮の方へ戻って早々、アーシャに私室へと連行されて今に至る。クエリーシェルには先にお風呂に入って休んでおいてと伝えてあるから、きっと大丈夫だろう。
(相当疲れていたようだし、私が戻る頃には寝ているかもしれない)
それもこれも、全てマーラのせいではあるが。あのあと結局自宅にまでクエリーシェルを連れ回して、最後の最後までクエリーシェルにべったりだった。
できればこのまま付いていく、と王宮にまで来る勢いだったのを、どうにかアーシャの名を使って阻止したくらいだ。
とても不本意そうにしてはいたが、アーシャの名を出した途端に引き下がったので効果はあったようだ。一応ホッとはしたものの、もし効果がなかったらこのままくっついて来られたと思うと、なんとも言えない。
そんなこんなでクエリーシェルは疲弊してボロボロだったのだが、1人にして大丈夫だったかしら、と今更ながら心配になってくる。
いや、大人だし、ほぼ私の倍の年齢だから大丈夫ではあるだろうけど、最近は私に甘えっぱなしだったしなー……、と母親のような思考に陥っていることに気づいて頭を振った。
「何やってるの」
「べ、別に。てか、マーラって皇女何者?」
「あぁ、マーラ。……やっぱり、目をつけられた?」
ニヤッと口元を歪めて笑うアーシャ。その反応に、思わず「わかってたならもっと早く言ってよ!」と抗議すると「散々言ったじゃない、モテるわよって」と言われて黙り込むしかなかった。
(言われてたけど……!もっと詳細というか、説明すれば良かったじゃない!!)
心中で思うものの、口に出しても言い返されてぐうの音も出なくなるのがオチなので、グッと内心だけで思うに留める。
アーシャは私の隣に腰掛けると、眉間を指で差される。
「何」
「皺。若いんだから、そういう顔しないの」
無意識に眉間に皺を寄せていたらしい。自覚してなかったぶん、不機嫌を露わにしてた自分に少し驚きつつも、彼女の手を軽く払う。
「したくてしてるわけじゃないわ」
「でしょうね。で、マーラのことでしたっけ?」
「そう。第8皇女って聞いたけど、何で皇女が今回のお見合いなんかに参加してるの」
そう、そもそもの疑問である。
いくら分家筋とはいえ、王族の結縁者がどうしてあのような場に参加しているのかが疑問だった。第8という継承順位が低いにしたって、あの場が相応しくないことは誰にだってわかる。
だからこそ男性陣も近づくことはなかったし、女性陣も触らぬ神に祟りなしとばかりに、クエリーシェルに近づくことはなかった。
「あの子はちょっと特殊というか、簡単に言えば相手してくれる相手がいないのよ」
「は?」
「まぁまぁ聞きなさいな」
そう言われて出されたお茶を飲む。少しクセのあるジャスミンティーだが、疲れた身体にはちょうど良かった。
「あの子の父親は私の叔父に当たる人で、父様の3番目の弟に当たる方なのだけど、変わった方で結婚したのが遅くてね。しかも、うんと若いお嫁さんをもらったもので母娘諸々甘やかしてるのよ」
「なるほど、そういうことね」
「何?何か言われたの……?」
ずずい、と顔を寄せられて、思わず背ける。この年で「オバさん」と言われたなど、さすがの私もプライド的に認めたくない。
「……言いたくない」
「どうせ、ババアとか年増とか言われたんでしょう?」
「!!!」
「やっぱりねぇ……」
はぁ、と思いきり溜息をつくアーシャ。その瞳はどこか遠くを見つめている。
「あの子の母親は14で彼女を産んだから、そういうことを言うのよ」
「じゅ、14……?!」
いくらどうにか産めるかもしれない年齢とはいえ、さすがに若すぎるというか、そもそも先王の弟君とはいえ、それなりに年齢がいってるのではないだろうか?
不躾なことを考えていることがわかっているのか、「皆まで言わなくてもわかってるわ。それで一時期揉めたのよ」と過去を思い出したのか苦笑するアーシャ。
「悪い子じゃないのよ、本人はね。いけないのは全部周りの大人。そもそも母親を叔父に当てがった親も悪いし、母親は母親で叔父に甘やかされて図に乗って、王位継承権に口を出しちゃうようにまでなっちゃって。まぁ、そういうことで、誰も彼女達一家を相手にしないのよ」
「なる、ほど……?」
言われて確かに権力を振りかざして遠巻きにされているというよりかは、疎外されているような印象だった。
ワガママが許される状態でワガママを言うなという方が無理、ということか。
「大人の事情というやつね。今回参加する可能性は多少なりとも感じたけど、まさか本当に来るとはね。私にも知らせなかったくらいなら、急遽ねじ込んで来たのでしょう」
「それでクエリーシェルが狙われたわけね」
「自分の両親を見てるのもあって、年上好きなのよ。本人はまだ15だというのに自分を産んだ母親の年齢を超えてしまったことに焦りを感じているようだし」
頭が痛いことだ。コルジール語を覚えて挑むというのはとても殊勝な心掛けだとは思うが。果たして今後どうするべきか。
「大丈夫よ、私が根回ししておく。一応なぜか私はあの子に好かれてるのよ。だから私の言うことは聞くはずだから、とりあえずこちらで対処するわ」
「ありがたいけど、何を考えているの?何か見返りを求めてるんでしょう……」
どういう風の吹き回しだと、彼女をジト目で見つめれば、にっこりととても美しい顔で微笑まれた。




