18 アーシャ
案内された部屋は、さすがステラに充てがわれた部屋である。とても煌びやかな色彩のシーツやタペストリーなどが所狭しと飾られていて、一目見てVIP用の客室だということがわかる。
恐らく、裸足で低いところで生活することが多いからか、ラグも敷かれ、座って寛げるようなソファーやクッションも用意されていた。
どれもこれも触り心地がよく、しっとりと滑らかな生地で、よく作られていると感心せざるを得ない。
また、ベッドは普段目にする薄手の布が掛けられた天蓋付きのものではなく、柄や模様が目を惹く色鮮やかな布が掛けられた天蓋付きベッドがあった。
リーシェに聞けば、元々天蓋付きベッドの発祥はカジェ国らしく、日除けのためと聞いてなるほどなぁと思ったものだ。
(さすがというか何というか、まさに厚遇だな)
どれもこれも、一目見ただけで高級で良質だとわかる品々であしらわれた部屋である。そして、リーシェが好きそうな調度品や軽食まで用意されていた。
本人は認めたがらないだろうが、アーシャ王妃のリーシェへの想いの体現というべきか。彼女に最大限に配慮した部屋だと感じた。
とりあえず、リーシェをベッドに寝かせるために、ベッドまでゆっくりと歩を進めたあと、彼女をそっと寝かせる。まだ眠りは深いようで、髪にそっと触れるも身動ぎするだけで、起きる気配はなかった。
「お疲れ様」
「あ、いえ……!わざわざ王妃様にご案内いただき、ありがとうございます」
「いいのよ、他にコルジール語を喋れる人を連れてくるよりかは早いしね。そもそも、私がステラのそばに居たかっただけ」
そう言うと、先程ベッドに下ろした彼女の隣に腰掛け、慈しむように頬を撫でたあと髪に触れる。まさに、慈愛に満ちた表情だった。
「疲れてたのね、無理もないでしょうけど。それと、ちょっと一服盛らせてもらったしね」
聞き捨てならない台詞に、不敬ではあろうが王妃の顔を見ながら「……え、えっと、一服とは?」と尋ねたら、ふふふ、とまさしく妖艶的な笑みで笑われた。
「バニラとナツメグとコリアンダー。効能は起きたら彼女に聞きなさい?きっと、目を吊り上げて怒るでしょうけど」
笑いながら「貴方は大丈夫だった?」と聞かれる。色々と逡巡するが思い当たらず、特には……、と率直に答えると「そう」と残念そうな声が返ってきた。
「あ、適当な時間が経ったらあとで起こしてあげてちょうだい。化粧は肌に良くないし、髪も洗いたいでしょうから」
「わかりました」
「あぁ、風呂はこの部屋を出たところにあるから。専用だし、誰も来ないから安心してと伝えておいて」
「承知しました。伝えておきます」
不思議な方である。リーシェが怒るとわかっててやっているのだろう。だが、あの慈しむ表情は、心から彼女を気にかけるような家族に似た寧ろそれ以上の感情を持っているように見えた。
「ねぇ、ヴァンデッダさん」
「はい」
視線をこちらに投げられ、背筋を伸ばす。彼女はリーシェのベッドに脚を上げた後、そこに頭を乗せるようにしてこちらを見ていた。その姿はとても蠱惑的で、惜しげも無く晒された生足はとても美しく、ごくん、と生唾を飲む。
「貴方はステラのこと、どう思っているの?」
「どう、とは……その、大切な存在だと、思っております」
「何よ、貴方達お互いにそんな感じなの?」
はぁぁ、と思い切り溜息をつかれる。そして、キッと眦を上げ、今まで見たことないくらいの形相をされる。
「あのね、この子はまだ17なのよ?しかも、17になったばっかり!そもそも、姫だと言うのにメイドの業務から国の雑事までやらせて。普通、そんなことをさせられるような子じゃないのよ!?」
至極真っ当なことを言われて、口籠る。そう、いくら本人が希望したところで、そもそも今回のようなことをさせるべき相手ではない。それは、我ながら十分理解していたつもりではあった。
「……その通りだと思います」
「何なの、いい年して。もっと自分を持ちなさいな。貴方、私よりも年上でしょう?そんなんでどうするの、彼女を守れるの?」
苛立ちながらも、怒り以外の感情が高ぶっているのがわかる。
(あぁ、この方は本当にリーシェのことを誰よりも愛しているのか)
気になる子を可愛がったりちょっかいをかけたり。きっと王妃は、素直になれずにわざとリーシェの気を惹くことばかりしてたのだろう。……なるほど、確かにリーシェとよく似ている。
「守りたいと思っております。この身をかけて。その気持ちだけは本心です」
「じゃあ、彼女のために死なねばならないことがあれば死ねるの?」
「もちろん」
それだけは胸を張って言える。彼女を守ることができるのならば、この身を犠牲にするなど、造作もないことだ。
「……だったら、もう少し扱いを考えなさいな」
急にテンションが元に戻り、先程まで激昂していたのが嘘のような静けさに戻っていた。そういえば、リーシェがとても賢い人だと言っていたし、これは計算なのか本心なのか、確かに測りきれない部分はあった。
「いい?あの子を狙っているのは今までにないほど凶悪な獣よ。理性もない、ただ己の欲のために動き続けるだけの亡者。覚悟を決めなさい」
「元より覚悟は決めて参りました」
「……そう。この旅路はいつ命を落とすかわからないほど危険なものよ。そして、コルジール国かステラか選ばねばならぬときもあるかもしれないということをゆめゆめ忘れないで」
(コルジールか、リーシェか……)
「んん、ぅ、……」
むくりと身を起こそうとするリーシェに気づき、「では、私はこれで。明日は早朝に侍女から案内させるから、早く寝なさい」とそのままリーシェを見ることなくサッと退室する王妃。
(コルジールか、リーシェか選ばねばならぶとき、私はどちらを選ぶのか正解なのか……)
私は追いかけることも引き留めることもできず、ただ彼女の言葉を脳内で反芻するしかできなかった。




