16 異文化
「あー……美味しかったわ」
「そうですね、どれもこれも美味でした。ペンテレア国の料理もとても美味しかったです」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ。……もうない国だったとしても、確かに存在していたという確証があるっていいことね」
最早、皆の記憶頼りになってしまっているが。土地はあれど、そこにいる人々が変わってしまえばそれはもう国とは言えないだろう。国民あってこその国である。そのときの何気ない日常が消えることなど、誰が想像するものか。
(いけない、いけない。すぐに悪い方向に考えてしまう)
ふぅ、と一息ついてから気持ちを切り替える。自国のことに想いを馳せることは悪いことではないが、いつまでも感傷に浸るのは良くないことだ。
(過去は過去。いつまでも振り返ってばかりではいられない)
先程の晩餐会では、食事を楽しむためとのことで昔話や最近のカジェ国の出来事などの話ばかりで政治的な話は一切しなかった。とりあえずは訪問を楽しめということらしい。この後も歓迎のダンスや芸が見られるそうだ。
先王と先王妃、国王とアーシャとは食事だけで、あとは私達が気を遣わないようにと、私とクエリーシェル2人だけで楽しむようにプログラムが組まれているそうだ。
この辺り、恐らくアーシャなりの配慮であろう。晩餐会でも念のためということで、スプーンやフォークなども出してくれた。
そして、スパイスも本来よりも幾ばくか弱めに入れられていて、私達の味覚に合わせてくれているようだった。……それでも多少は辛いと感じたが。きっと本来の辛さにしたら、私は食べられる自信はなかった。
「クエリーシェルは退屈ではない?大丈夫?」
「全然。色々と普段目にしないものばかりで面白いですよ」
「ならいいけど……」
「(ステラ姫、こちらに)」
「!!」
いつの間にか近くにいた侍女に声を掛けられる。湧いて出てくるだけではなく、奇術すら使えるらしい。恐ろしい。
素直に彼女のあとについていくと、座敷席が用意されていて、そこに座って待っているように促される。言われた通りに腰を下ろし、クッションに身体を預けていると、不思議そうな顔でこちらを見るクエリーシェル。
「どうかした?」
「いや、……地べたに座るのかと……」
「こちらではこれが一般的よ」
「そうなんですか」
コルジールでは地べたに座ることなどなかっただろうから、単純に驚いているようである。地べたに座るという文化は他国にもあるが、コルジールから些か離れた国だし、今まで見聞きしたことすらなかったのだろう。
「これでいいんですか?」
「いいと思うわよ。というか、アーシャもいないのだし、そろそろ口調戻したいのですが」
「私は、このままでも一向に構いませんが?」
「もう、本当……意地悪」
シャンシャンシャンシャンと鈴の音が聴こえる。次に、ドンドントントンと大小様々な太鼓の音や、ピーヒュルリーと笛の音も響いてくる。
それと共に踊り手達がどんどんと集まり、曲に合わせて踊り出す。まるで何かの演劇を見ているような迫力に、視線が釘付けになる。
途中で曲芸なども始まって、自然とステップやリズムに合わせて口ずさみながら、身体が動き出す。
(なんだか、ぼんやりする)
一通り出し物を見終え、彼らが撤収を始めると、うな垂れるように、彼にくっつく。別に酒など飲んだわけではないが、なんだか気分が高揚していた。
浮かれすぎたのか、はたまた別の理由なのか。ぐるぐると頭の中を先程から同じ疑問だけが回っている。
(何か、変な気分)
ふわふわと、ちょっと思考が浮つく。考えたいのに考えられないというか、なんだろう、これ。触れているクエリーシェルの腕に擦り寄るように頭を押し付ける。まるで猫になったような仕草だが、心地よかった。
「……ステラ?」
「んー?何?」
「何って、急にどうした?」
「何だろう、何か、んー……」
彼の手に触れ、指を絡める。屈む彼に自ら背筋を伸ばして唇を合わせた。
「んむ、どうした、こんなところで」
「んー、なんか、したくなっちゃった……」
再び唇を合わせようと、彼の首に手を伸ばす。すると、なぜか顔を押さえられた。
「するの、嫌……?」
「嫌じゃないが、場所も場所だろう?」
「場所……?」
(場所、ってここはどこだったっけ。あれ、私……)
だんだんと思考が鈍く暗くなってくる。瞼も重いなぁと思っていると、いつの間にか私の意識は消えていた。




