1 船酔い
「ふぁぁあああああー!いい気持ちーーーー!!」
「あ、危ないですよぉ!」
見張り台から遠くを見渡す。周りには、海、海、海……つまり海しか見えない。
海だけ見てもつまらない、ということで見張り担当の船員を何とか説き伏せて、気晴らしに見張り台へと登ってきたのだが、ただの海の景色だというのに、普段と違ってとてもワクワクした。
まず風が気持ちいい。高所にいるため、強い風圧を一身に受け、煽られるのはちょっとしたスリルだ。でも、それがまた良かった。普段味わえない経験が大好きな私にとっては、とても楽しいものだった。
ただ、秋ということで肌寒いことが難点ではあるが、カジェ国は半球が異なるので、そのうち温かくなるだろうと楽観視はしている。
「リーシェさーん!そろそろ戻って来てもらわないとぉ、僕が怒られてしまいますぅー!」
「はーい!」
いよいよ、船員……確かパリスと言ったか、彼が痺れを切らして泣きそうな顔でこちらを見ている。
ほんの少ししかいれなかったのは不満ではあるものの、リフレッシュはできたので、素直に甲板に降りることにした。
マストと縄を使って、まるで曲芸のようにシュルシュルと器用に降りていくと、真っ青な顔をしたパリスが私を見ていた。
「ご、ご無事で何よりですぅー……!」
「あれくらいで心配しなくても、私は大丈夫ですよ」
「そ、そうは言っても、ヴァンデッダ卿にバレたらぁ……」
(あぁ、なるほど。私の心配というよりお咎めの方が恐いということか)
そりゃそうだよね、と思いつつ、パリスを安心させるためにクエリーシェルの状況を教える。
「あの方は、今頃バケツと睨めっこしてると思いますので、大丈夫です。見張り替わっていただき、どうもありがとうございました。いい気晴らしができました。ちなみに船影はなかったです。引き続き、見張りよろしくお願いしますね」
「わ、わかりましたぁ……っ!」
(船員にしては気弱そうだけど、大丈夫かしら?まぁ、見張り任されていたくらいだし、目がいいとかなのかもね)
パリスにお礼を言うと、服や髪の乱れを直す。そして、保管庫などから水やタオルを持ち出すと、クエリーシェルの部屋へと向かった。
「失礼します、リーシェです。入りますよー」
部屋の主に断りもなくズカズカと入っていく。普段はもちろんそのようなことはしないが、現状彼がろくに返事などできないことはわかりきっていたので、あえての行動だ。
「リーシェ、か……。うっぷ、ぐ……っ」
室内に立ち込める、酸っぱい臭い。空気の入れ替えのためにドアを開きっぱなしにして、ドアストッパー代わりに樽を置いておく。
「はい、水を持って来ましたから、ゆっくり少しずつ飲んでください。あとはとりあえず、安静にしててください」
「あ、あぁ、すまない……」
まさに、生気がなくなったかのような青白い顔。口元が濡れているのはつい先程まで、そのバケツに色々と吐き出していたのであろう。
「そのバケツを片付けてきますから、寝れるならそのまま寝ておいてください」
「寝たい……が、もう寝れぬ……」
「では、ちょっと待っていてください。すぐに戻ってくるので」
そう言って汚物の入ったバケツを持っていくと、そのまま外に出て船の後方へ向かい、一気に船の外にばら撒く。そしてバケツを軽く濯ぐと、それを持ってクエリーシェルの元へと向かった。
「体調は?」
「……絶不調だ」
「でしょうね。服装も緩めて、頭部も冷やして、睡眠をとっているので、あとは慣れだけだと思います。落ち着いたら甲板に出ましょうか?風を浴びると気持ちいいですよ。もう少ししたら赤道通過すると思うので、だいぶ暖かくなると思いますよ」
船を走らせて3日。早ければあと2、3日でカジェ国に着くだろう。カジェ国に滞在するのは1ヶ月。その間に、今後の船旅での食糧や物資を確保せねばならない。
もちろん見合いの斡旋も任務のうちに入っているので、その辺りも怠らない。
「もう赤道か」
「ずっと走らせてますからね。それにしても、そろそろ落ち着いて欲しいものですね、船酔い」
「やはり新婚旅行を船というのは却下だ」
「本気だったんですね……」
苦笑しながら、額に置いたタオルを変えると、少しでも気が紛れるようにと、クエリーシェルの頭をゆっくりと撫でるのだった。
3章始まりました!
クエリーシェル初めての長期船旅です。
彼らは一体どんな旅をするのか、お楽しみいただけたら嬉しいです。
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