水面下の戦い
西表島 南西約3000㎞・・・。
転移後、重要任務として海上自衛隊に与えられたのは『海底地形図』の作成であった。海底地形図は潜水艦の活動範囲に直結する。その為、音響観測艦『ひびき』と『はりま』はデーター収集に出ずっぱりであり、部隊内で最も忙しい艦と言われた。何しろ、第5海洋界の海面積は太平洋に匹敵するのだから。その為、防衛省はこの2艦の負担を軽減するため、潜水艦隊にも同様の任務を与えた。
呉所属の潜水艦『じんりゅう』もまたその内の1隻であった。
「うわぁ。ここから一気に沈み込むようです。」
「左前方の地形、隆起しています。」
連日の観測で日本周辺の海底地形図は完成した。そして防衛省は観測範囲を外海まで広げた。
「おもーかーじ。」
「おもーかーじ。」
だが外海の地形は予想以上に複雑で、いきなり沈み込んだと思ったら隆起している。まるで波みたいな地形に苦戦し、思いのほか地形データが集まらない。
だが海中で岩礁を引っ掛ければ一環の終わり。操舵員と水測員の責任は重い。
そして今度は・・・。
「深さ500で平らな地形が広がっています。」
「はぁ~。この場でホバリングする。後進微速。」
「こーしんびそーーく。」
摩訶不思議な地形に疲れたか、艦長は周りに何も無いことを確認した上で、艦を水中で停止させるホバリングを行い僅かながらの休息をとった。
しかし・・・。
「本艦の前上方1000、排水音聴知。」
「排水音?」
潜水艦が潜るにはメインバラストタンクに海水を注水し艦自体を重くする。逆に、浮き上がるにはこのタンク内に高圧空気を送り込み海水を押し出し艦を軽くする。
聞き取ったのはメインバラストタンクに高圧空気を送り込むときに発生する排水音であった。
潜水艦が同じ海域に複数存在することは戦時であっても基本ありえなかった。もし、じんりゅうの上に居るのが海自の潜水艦ではなかったら・・・。
「所属不明の潜水艦を目標、Aとする。潜望鏡深度まで浮上せよ。」
じんりゅうは所属不明の潜水艦の後を追って浮上を開始。その間も水測員は測敵を続けた。
「A浮き上がりました。完全に水上まで出ています。」
それと同時にじんりゅうも潜望鏡深度まで浮上した。
「潜望鏡上げ。」
艦長自ら目標を確認する。
「でけぇ・・・。」
思わずこぼれた感想。目標の潜水艦は目測で100mを越える超大型艦であり。船体と艦橋と思われる構造物との間に筒状の構造物を備えていた。そして艦橋の側面に白く書かれた艦名やしき文字を読む。
「まっまさか・・・。」
「艦長?」
艦長が見たその文字はハッキリと日本語で・・・。
「イ400・・・。」
『イ400』と書かれていた。
帝国海軍が所有していた『潜水空母 伊400型』。パナマ運河急襲を前提に設計された世界最大の潜水艦が今目の前に居る。監視を続けると筒状の構造物から航空機が姿を現し、発艦した。
サブマリナーにとってはこれ以上無いほどの光景であった。イ400が居て晴嵐を飛ばす。望んでも叶わないことがじんりゅう艦長の目の前で起きていた。
しかし、見入っている場合ではない。
「-ッ!潜望鏡下ろせっ!!」
我に返った艦長は急いで潜望鏡を下げた。
伊400艦橋・・・。
「1番機発艦!」
横須賀基地から惑星の裏側まで行き、晴嵐の発艦着水訓練の後帰還する。伊400型だからこそ出来る壮大な訓練であった。
「潜望鏡発見!」
しかし、姿だけでなく晴嵐の発艦まで見張られていた。
「発艦中止!急速潜航!!」
伊400の艦長は自分達以外の何者かが監視していると分かるや否や、残された2機の晴嵐の発艦を中止し魚雷戦用意の命令を出した。
そして伊400は急速潜行でおよそ1分で海中に没することが出来る。
艦橋、格納庫、カタパルトのハッチを密閉し、発令所に下りて来た艦長は指示を飛ばす。
「艦首、左90°回頭。1番~8番、魚雷装填、発射管注水。」
伊400は潜航しながら艦首を謎の潜水艦に向けつつ発射管区画の水兵が一斉に動き出し、九五式魚雷を手動で装填し、閉鎖の後管内を海水で満たす。
メインバラストタンクと発射管への注水音がじんりゅう含め日本国の潜水艦なら区別できる。
じんりゅう発令所・・・。
「伊400ッ!発射管に注水しています!!」
「何だと!?」
晴嵐の発艦に見入っていたのが仇となった。じんりゅうは伊400との対潜水艦戦闘に持ち込まれた。
「潜航して逃げますか!?」
「馬鹿野郎!わざわざ帝国海軍に本艦の性能を教えんな!!」
潜航すれば日本国の潜水艦がどれ程潜れるのか、つまり機密情報を教えてしまう。水面上では軍同士の交流も行われ始めている。しかし水面下で出会った2隻の潜水艦は所属と航行目的を浮上して明らかにしなかった場合その時点で敵同士である。
「止む終えん・・・。魚雷戦用意!」
艦長として苦渋の決断であったが、目の前の伊400を沈めない限り本艦はおろか、日本国の安全も守れない。第1区画で魚雷員が慌ただしく動き、6門ある発射管全てに油圧装填装置で魚雷を装填する。
伊400発令所・・・。
「敵潜ッ!発射管に注水!!」
「向こうもやる気か・・・。」
そして・・・。
「発射管開け!」
じんりゅう発令所・・・。
「伊400ッ!門扉開口!!」
「開けやがった・・・!1・2番、発射管開け!!」
1000mしか離れていない。撃てば無誘導でも確実に当たる。どちらか一方が沈むか、共倒れになるか。
「奴の発射に合わせ本艦も魚雷を発射。すれ違い様に自爆させソナーを掻き乱す。その隙に伊400の真下をすり抜け、バッフルズゾーンを利用し急速で離脱する。」
魚雷戦に持ち込まれても一人として死なせない。海上自衛隊として完璧とも言える行動であった。幸いにも水中速力ではじんりゅうの方が上である。
伊400発令所・・・。
伊400にとっては存在自体が機密の塊であり、目の前に居る謎の潜水艦は帝国海軍の機密を守る上で何が何でも沈めなければならなかった。
「全門一斉射!!」
8本の九五式魚雷が49ktで謎の潜水艦に向けて突き進む。
じんりゅう発令所・・・。
「伊400ッ!魚雷発射!!」
「1・2番、魚雷発射!!」
じんりゅうもまた89式魚雷を発射。艦長が言った魚雷がすれ違うまでは数秒しかないが、九五式魚雷の信管は極限まで敏感にセットされている。なので多少ずれても九五式魚雷の前方で爆発させれば、水圧の壁にぶつかった衝撃で誘爆する。じんりゅう艦長はそこに賭けた。
「魚雷爆破!」
伊400発令所・・・。
予想より早い爆発に撃沈したと思い歓喜する水兵も居たが、艦長含め一部の者は言い知れぬ違和感を覚えた。
「聴音手。圧壊音は拾えるか?」
潜水艦の船体に穴が開けばそこから艦内の空気が抜け出て浮力が失われ、艦外からの水圧で押しつぶされる。そのときに聞こえる圧壊音が拾えれば撃沈確実であったが、魚雷の爆発音で何も聞こえなかった。
しかし・・・。
「本艦の下方から音がします。」
「真下をすり抜ける気か!?後部魚雷発射管!発射用意!!」
伊400の電動機室の左右に設けられた後部魚雷発射管室で前部と同じように九五式魚雷が装填される。
じんりゅうの考えは甘かった。自分達が知っている伊400には前部8門にか発射管しかないと思っていた。しかしこの伊400はアメリカのガトー級の如く後部魚雷発射管を備えていた。
じんりゅう発令所・・・。
「全速だ!急げ!!」
かつて無いほどモーターが唸りを上げじんりゅうの速度計は帝国海軍の想像もできない数字を示していた。
だが、すれ違いに伊400のバッフルズゾーンに入ることは、自らもまらバッフルズゾーンを敵に曝け出す事を意味していた。
伊400発令所・・・。
「アップトリム4!」
艦首を海面方向に向けるアップトリム。それは後部魚雷発射管の射線を確保する為であり。魚雷は縦方向に広がるように調整が加えられた。
「艦尾を通過する一瞬を狙え・・・。」
機関は止めており、後部トリムタンクに溜めた海水を排出しながら、自艦に爆発の影響が及ばない最短距離で仕留める。
発見できなければそれもかなわない。聴音手はヘッドセットを耳に押し当て、全神経を研ぎ澄ませて敵潜のエンジン音を探す。
「・・・。」
そして、
「・・・。」
それは、
「・・・。」
一瞬であった。
「今っ!!」
「魚雷発射ッ!!」
数分後・・・。
海面に姿を再び現した伊400は着水していた晴嵐を回収し、戦闘海域であったこの場から南に進路を取った。
じんりゅうは伊400の発射した九五式魚雷を機関室上部と艦橋に受け、乗員約100名と運命を共にした。
防衛省がじんりゅう喪失の報を受けたのはこれから数週間後。大本営にいたっては伊400が帰還して初めて知った。だが、この戦闘は決して公には公表されることは無かった。




