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鬼色奇譚(未編集版)  作者: わっせ
7/9

翌日、蒼は丘の上から村への坂を下っていた。時間は昼頃、皆が村の食事場所で昼飯を食べ終えたくらいの時間だ。

(え~っと、まず、昼飯の残りを漁りに蒼が食堂へ行き、大して残りがないことにキレて暴れる。そこへ料理番の朱が蒼を懲らしめ一件落着。朱、村の皆に慕われ、蒼皆に謝罪して許してもらう。う~ん、3点やな。シナリオとしては100点満点中3点や。学芸会の演劇より酷い。お子様レベルもええとこや)

蒼の意識のなかでハルは呆れて溜息をついた。

(ま、まぁ、脚本よりも必要とされるのは演技力や。キレる、激怒するっていうのは理由なんかどうでもええもんや。要は周りから激怒していると思わせられる演技力が肝心や)

「やぁ、みんな、お昼ご飯は食べ終わったかい。遅くなったけど俺もご飯を食べにきたよ」

(お、蒼、食堂に登場や。またしても3点やな、こいつ。笑顔で食堂に入ってきてどうする。今からお前激怒するんやぞ。キレそうな奴ってのはそもそも最初から不機嫌なことが多い。リアリティだせや)

「こら!蒼。今頃来ても飯なんぞ大して残っておらんぞ。ちゃんと時間を守らんか」

(ナイス態度や。食堂のおばちゃん。これでキレる理由ができたっちゅうもんや)

「あ、ごめん。ちょっと用事があったもんだから。あ……いや」

(謝ってもーた。これはある意味失敗の匂いしかせーへん)

「な、なんだと!飯がないだと!釜を見せて見ろ!嘘つくんじゃねー!」

(お、強引にキレおった。村のみんなは……あ、やっぱり。ポカーンとして蒼を見てる。不自然極まりない演技やからな。これは恥ずかしい)

蒼は顔に怒りを滲ませながら釜のあるところまでドカドカと歩いて行き。大きな鍋の蓋を開けた。

ガバッ!

蒼が蓋を開けた鍋には三分の一くらいのお汁が残っていた。肉や野菜が入っている豚汁のような料理だ。

「……」

蒼は鍋の中を見てしばらく動かなかった。

(お汁けっこう残ってたー!?こ、これはキレる理由にならんぞ。蒼。お前一人では食いきれん量や)

蒼が台所の方を見ると食堂のおばちゃんの後ろで朱が片目を閉じて頬を染めゴメンのポーズをしていた。

「(作り過ぎちゃった)」

朱の口はパクパクと小声で言っている。

(あ~朱も蒼も天然過ぎる。これどうやって収めるんや?この広げた風呂敷どうやって収めるんや)

「ぜ、全然残ってねーじゃねーか!俺をバカにするな。こんだけで足りる訳ねーだろ!」

蒼は顔を赤くして言った。

(あーあ、もう自分でも恥ずかしさで顔を赤くしとる。ま、赤い顔で怒ってるみたいには見えるけど)

「ん、何をそんなに怒っておる。今日は作り過ぎてけっこう残っているぞ。しょうがない蒼、食べてもいいぞ」

(お、食堂のおばちゃんもええ人や。時間に遅れた蒼を叱りつつ実は食事は残ってましたっていう厳しくも優しいおばちゃんや)

ガラン!

「バカにすんじゃねー!」

蒼は料理の入った鍋をひっくり返した。

(お、強引にキレよった。恥ずかしさのあまり意地になって引っ込みがつかん感じや。これはさすがにチンピラっぽいな。この態度は嫌われる。なかなかええ感じに険悪な雰囲気になってきたな)

「こりゃ、何をする。お汁を、もったいない!」

(さすがのおばちゃんもキレよった。当然や)

「うるせー!お前ら俺に対してビクビクしやがって気に入らねぇんだよ」

(ビクビク……か。やっぱり蒼に対する村人の態度も以前とは違ってきてたんやろな。朱が言ってたみたいに。蒼も意外と疎外感を感じてたみたいやな)

「やめなさい!蒼!料理を粗末にして許さないよ」

朱がお玉を持って蒼を指した。

(お、村人の味方、朱登場や。食堂の村人半分くらいが出てってしもてるな。当然や。こんなもん。痴話喧嘩レベルのもん見せられてもしゃーない。どうやって終わるんや。この三文芝居は)

「誰だ!?」

蒼は振り向いて朱に言った。

(朱や、朱。お前が惚れてる女や。台詞のチョイス間違ってるやろ)

「大事なご飯を粗末にするなんて世間は許してもお天道様とあたいは許さないよ!」

(なんか朱、スケバン風やな。台詞は確か蒼がサムライの言葉から選んだらしいが)

「えいっ」

朱はお玉を振りかぶって蒼の頭を叩いた。

ガンッ!

「いてーな、このアマー!」

(蒼もベタな不良中学生みたいや。大根役者が二人。あ、朱のもってるお玉の方が曲がってる。力が目覚め始めてるっていう蒼の体は堅そうやからな。でも、朱も力が強くなってるはずやけど)

「みんなに謝りなさい。蒼のせいでみんなが嫌な気持ちになったでしょ。そしてお料理にも、作った私やおばちゃんにも謝りなさい!」

「うるせー!」

またしても、曲がったお玉で蒼を叩いてきた朱の腕を蒼が摑んで防いだ。朱の両手を蒼が摑みこう着状態になった。顔を至近距離で向き合った二人の頬が赤く染まる。

(こ、これは……好きあってる二人にはキツイ状況や。互いに意識して照れてしまっとる。全体的に終止芝居になってない。もう収集がつかん)

ドガーン!

食堂の外で大きな音がした。村の皆がざわついている。

「おいっ!怪物だ。丘の山から怪物が襲ってきた!」

村人の一人が食堂に入ってきて叫んだ。

「なに!?」

食堂の中の村人や蒼と朱は驚いた。

「怪物だって……」

蒼が呟く。

食堂の外でうわー!とかきゃー!とか悲鳴が上がっている。

「くっ、俺見てくる」

蒼が食堂の扉へ走った。

「あ、待って!」

朱も蒼について出口に向かった。

バタン!

食堂の外で出た蒼が見たのは武器を持った村人5、6人の男たちの前に、二足歩行の犬のような怪物が立っていた。腕や腿の筋肉が大きく肥大し上半身も大きく背中を丸めて前傾姿勢をとっている。頭には人間のような髪があり2本の角が生えている。前に出た口からは鋭い牙が剥きだしていた。

ガルルルルル

鋭い牙と爪を持った化け物は男たちに襲い掛かった。爪を突き刺し、首を噛む。一瞬で2人の村人が血まみれになった。

「くっ」

蒼は棒きれを持って化け物のところへ走った。

ガルッ!

村の男に飛び掛かった怪物の顔を蒼の棒が突いた。

ゴツッ

鈍い音がして怪物は吹き飛んだ。

「早く逃げるんだ!こんな動物見たことないぞ」

グルル……ガウッ

怪物は両手の爪を突き立てて蒼に襲い掛かった。蒼が後ろに引いて避けたが爪にかすった腕から血が流れた。

(あ、あれは……。鬼化したキルにそっくりや。白い肌や髪を見たところ、あれは玄と違うやろか。昨日、体の異変に苦しんどったもんな。可能性大や)

怪物が頭から蒼の腹突っ込んできて蒼は吹っ飛ばされた。蒼は民家の壁に打ち付けられて民家が崩れた。

バキッ!

怪物の頭を朱がお玉で叩いた。朱のパワーで怪物が地面に打ち付けられる。

「この怪物め。食べちゃうぞ!」

朱が言った。朱は料理するため動物を捕まえるのが得意だったので比較的闘い慣れているようだ。

グアッ!

地面から起き上がった怪物は朱に噛みかかっていく。

グシャ

朱の右腕が噛まれた、肉がつぶれる音がする。

「朱ー!」

崩れた民家の中から出てきた蒼が叫んで怪物に突進してきた。朱の右腕を噛んだままの怪物の顔を蹴り飛ばした。怪物は吹っ飛び別の民家の壁に激突しまたしても民家が崩れてしまった。

「うわー!」

崩れた民家の中に蒼が突進していき、倒れた怪物に馬乗りになって顔をしこたま殴った。

グ、ガァッ

怪物は顔や頭から血を流してる。蒼は夢中になって殴り続け、怪物から血が飛び散り蒼の顔を赤く染めていった。

「はぁ……はぁ……」

動かなくなった怪物に気付いて蒼は殴るのをやめ怪物の体から立ち上がった。

「な……なんだ?」

蒼は驚きのあまり声が出ない。体の震えが止まらなかった。

「く、玄……」

蒼が馬乗りになって殴っていた怪物の場所にいたのは顔や頭から血を流した玄だったのだ。


「ん、う……うん」

目を覚ました玄は自分の家の天井を見つめた。

「ここは……ウチの家」

「気が付いた?」

玄が布団の横を見るとパッと顔を輝かせた朱が玄の顔を覗き込んできた。

「う、うむ。ウチは寝ておったのか。嫌な夢を見た気がしておる」

玄はぼーっとする頭でつぶやいた。

「うん。体大丈夫どこも痛くない?」

「お、おおう。特にどこも痛くないぞ」

「そう、よかった。……頭と顔から血がでてたんだけど寝ているうちにすぐ治ったよ。傷も、もう見えないくらいに」

「ん、そうか。ウチは怪我をしておったのか。朱が助けてくれたのだな。ありがとうな」

「んーん、蒼だよ。蒼が玄を元に戻したんだよ」

「元に?何が……何があったのじゃ。朱話してみよ」

朱は一部始終を玄に話した。

「朱よ。お前の腕は大丈夫なのか?」

「うん。すぐに治ったよ。なんでかわかんないけど」

朱の腕の傷もなくなっていた。玄と同じくすぐに回復したようだ。

「それで、蒼は?蒼はどうした?」

「うん。壊れた民家を片付けるのを手伝ってるよ。で、村長さんにも呼ばれてる」

「そう……か」

玄は悟ったように目を閉じた。

「朱よ。おぬしはなぜ力が見覚めた鬼人族は村から離れて暮らすのか知っておるか?」

「う、うん。戦をしている国から兵士に雇われたり、建築で重いものを運ぶのに呼ばれたりしてお金を稼げるようになるから、丘の上の立派なお屋敷に住めるんでしょう?」

「それも、そうなんじゃが。別の理由もある。力に目覚めた鬼人族は自分の大きすぎる力を持て余すからのう。知らず知らずのうちに。例えば本人は昔と同じ力で叩いても叩かれた相手は死ぬほどのダメージを受ける場合がある。規模が違うのじゃ。村のもの、力に目覚めていないものと生活を共にすることはどちらにとっても不便な生活になる。それに……」

(なるほどな。玄はそういう話を知っていたのか。なんで蒼や朱に言うてやらんかったんや)

「それに……村のものは恐れておる。ウチらの強大な力にな。村の幼馴染みが遠慮して近づかんようになったじゃろう?ウチらの気分次第で村は壊滅的なダメージを受ける。それを避けるための掟じゃ。同胞として村を追い出されるまでにはならんが、もう住む世界がちがうんじゃ」

「う……うん」

朱は涙を流して玄の話を聞いていた。玄の変貌した姿を目の当たりにした朱もその意味を容易に受け止められただろう。

「ウチが力に目覚めたのはおぬしらより若かった。その頃からウチの体は大人へ成長しておらん。力に目覚める鬼人族でも多くは20歳を超えてからじゃ。朱や蒼はウチと同じで力に目覚めるのが早かった。そのことを思うと中々この話を切り出せなくてのう。悪かったな」

「うん……」

(玄が小学5年生くらいの見た目はその為なんか。その時の自分の気持ちをわかってるから玄は二人に言い出せんかったんやな)

「ウチはもうちょっと寝る。朱、おぬしはもう帰ってもよいぞ」

「うん。おやすみ玄」

しばらくすると玄は静かに寝息をたて始めた。

ガラッ

「玄の様子はどう?朱」

扉を開けて入ってきたのは蒼だった。

「うん。意識が戻ってお話ししてたんだけど今また寝たところ」

「そう」

蒼は布団で寝る玄の横に座っている朱の隣に座った。

「村長さんは何て?」

「玄が怪物みたいになっていたのは力が抑えられなくて凶暴化した結果らしいよ」

「わ、私もあんな風になって村を襲っちゃうのかな?」

震える声で朱は目を潤ませた。

「いや、力に目覚めてもあんな風にはならないんだって。鬼人族に、村に伝わる伝説の鬼として文献が少しあるみたいなんだけど。そこには同じく力に目覚めた鬼人族によって退治される話が載ってあるだけだって」

「退治って……凶暴化した玄を私たちが殺さなくちゃならないってこと?」

「ううん。わからないよ。玄がもう凶暴化しなければ大丈夫なんだけど、それは」

(ふ~ん、凶暴化する鬼人族か。その割に俺が出会った玄は凶暴化してなかったな。キルの凶暴化を押さえてたくらいやし、なかなか理性的な奴やったけど)

「俺たちももう帰ろうか。朱も疲れただろ?明日も村の片づけがあるし一緒に手伝いに行こう」

「う……うん」

そう言うと二人は玄の家を後にした。


翌朝、蒼と朱は待ち合わせて村に向かっていた。

「朱、玄の様子はどうだった?」

「うん。ずっと寝てるみたい。私が行っても起きなかったよ」

「そう……か。あ、村の皆が集まって作業してる。俺たちも手伝おう」

「う、うん」

蒼と朱は食堂近くの崩れた家に近づいて言った。

「あ!蒼が来たぞ。朱も一緒だ!」

蒼と朱が片付けに合流しようとすると村人達がざわついた。皆蒼と朱を見ている。

「遅れてゴメンよ。俺たちも手伝うよ」

蒼は瓦礫や木片を拾いあげようとする。

「おい、蒼。別に手伝わなくてもいいんだぜ。丘の上で玄を見張ってろよ」

村の男が蒼に言った。

「あ、ああ。玄は家で寝てるみたいだし、こっちも大変だろうと思って」

蒼が笑顔を作って言った。

「……」

村人たちは蒼と朱を見て黙っている。

「なんか、みんな気まずそうだよ。蒼……」

朱は小声で蒼の服を摑んで言った。

「朱も丘の上で玄の様子を見ておいで。こっちはいいから」

食堂のおばさんが朱にも話しかけた。

「で、でも……」

朱は蒼の服を摑んだ手をギュッと握った。

「……」

村人たちはそれ以上何も言わず口をつぐんでいる。作業に戻る気配もなく蒼と朱の様子をうかがっているようだ。

コツンッ

そんな中、蒼に小さい石が飛んできて蒼の肩に当たった。

「痛っ」

それほど痛くはなかったが思わず声が出た。石の飛んできた方を見ると村の子供が投げたようである。7、8歳くらいの子供は目に涙を浮かべ蒼を睨んでいた。そしてもう一度蒼に向かって石を投げた。

「ちくしょー。父ちゃんをかえせー!」

石は蒼に当たらなかったが、子供は蒼に向かって叫んできた。玄に殺された男の子供のようだった。

「こ、こら!父ちゃんを殺したのは玄だよ。蒼と朱は何もやっちゃいないよ」

母親らしき女が子供をたしなめる。

「うるせー!あいつだって鬼の仲間なんだ。とんでもない力を持ってるって皆言ってたんだ。それにあいつは昨日食堂で暴れてたじゃないか!」

「……」

村人達は否定も肯定もせず、子供と蒼たちを見ていた。

「あ、あの……」

朱が困った顔をして何かを言いかけた。この場であれは芝居だったのだと説明することができるだろうか。

蒼と朱は下を向いて体を震わせていた。

二人とも苦しそうな表情をしている。

「ご、ごめんなさい。蒼、朱。怒らないでおくれ!ウチの子には叱って言い聞かせるから。怒らないで、暴れないでおくれ!」

子供の母親が前に出てきて蒼と朱に頭を下げた。中学生くらいの男女に大の大人が頭を下げているのはどこか異常な光景に見えた。母親の体がブルブルと震えている。

(どうやら、蒼と朱が黙っているのを見て怒ってると勘違いしたようやな。誤解が誤解を招いてる)

ハルは蒼の目線から村を見渡していた。

蒼と朱は絶句している。ショックで言葉がでないようだ。何から話してよいのかもわからなかった。

「……そ、そうだ。許してやれよ」

村人が声をあげた

「片付けは俺たちがやるから、丘へもどってろよ」

「玄を見張ってないとまた何が起こるか……」

村人たちは小声でささやきだした。蒼と朱に向かう視線はもはや玄と同一犯のようであった。

(村社会特有の現象やな。ウソかホンマかわからん噂が人の不安を煽って収拾がつかんくなっとる。村八分ってのはこういうことを言うんやろな)

「そ、そんな……俺たちは」

蒼が何かを言おうとした。すべてを話してわかってもらえるかどうかわからないが誤解は解かないとこれから村で過ごすことなどできない。

「蒼っ」

蒼の服を握っている朱が声をあげた。

「蒼。も、もう丘へ戻ろう。みんな、そう言ってるし」

「で、でも」

蒼は腕を引っ張る朱を見た。

「お願い……蒼」

朱は目から涙をこぼして蒼を見ていた。

「朱……」

蒼は朱の手をとり振り返って村から丘の方へ歩きだした。

コツン。カツンと蒼たちの背中の方に石が飛んできていた。蒼たちには当たらなかったがさっきの子供が投げているのだろう。朱の涙が止まる様子はない。蒼は歯を食いしばって丘へと歩いて行った。

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