朱と蒼
(あれ?ここはどこや)
ハルが気付くとそこは田舎の風景のようだった。周りには山が見え自分は丘の上に立っている。丘から下を見下ろすと田園風景が広がり、いくつも家が立っていた。パッと見100軒弱くらいの家々があるだろうか。
(ずいぶん昔の建物やな。日本昔話にでてくるような家や)
ハルがそんなことを考えていると、自分が歩いていることに気が付いた。目に映る風景が変わってゆく。
(ん?歩いてもないのに見える映像が変わってきよる。もしかして誰かの意識に乗り移ってる状態なんやろか?)
「蒼!」
と呼ばれて映像が後ろに向いた。
(やっぱりや。俺は誰かの意識の中にいる)
ハルの意識が乗り移っている本人が振り向くと目の前に綺麗な装飾の着物を着た女の子が立っていた。
「あ、朱。おはよう」
(どうやら俺は「蒼」ってやつの意識の中にいて、今、蒼を呼んだのは「朱」って名前の女の子らしいな)
「蒼、今日は仕事は?」
「最近は仕事がないんだ。今度、兵士として戦場に呼ばれているから……。その為の訓練とか、かな」
「そ、そっか。戦場へ呼ばれるのは初めてだよね?……玄と訓練してるの」
「うん。玄は戦組の中でも一番経験豊富だし年長だからね」
「そ、そう。や、やっぱり訓練って……その、厳しい?」
「ん~そうでもないよ。ほら、玄ってちょっと天然で子供みたいなところがあるからさ」
「はは、そうだね」
(ん?「玄」ってもしかしてあの玄か?俺がさっきまで戦ってた。それにしても、この蒼ってやつ多分男なんやろな。こいつの意識……めちゃくちゃ朱に惚れてるやんけ!蒼の意識の中にいるから丸わかりや。ま、まぁええか。そんなことは人の自由やし。どっちかっていうと、他人の意識の中にいる俺の方が非常識やしな)
「誰が子供じゃと?」
蒼と朱が声がした方を振り向くとそこには玄が立っていた。
「こら。蒼。おぬしもう訓練の時間じゃぞ。こんなところで何をくっちゃべっておる」
「あれ?今日は昼からの訓練じゃなかったっけ?村の人に薪集めを手伝うって約束しちゃったんだ」
「ん?むむ?そ、そうであったな。……し、知っておったわ。おぬしが忘れてるかもとカマをかけてやっただけじゃ」
「ふ、ふ~ん」
(うそつけ!なんちゅうわかり易い言い訳するんや。っていうかやっぱこいつ玄やな。俺がさっきまで戦ってた。それにしても玄のやついったい何歳なんや。小学5年生みたいな見た目のくせに。蒼の話では年長ってことやけどどれくらいの時代の話なんやろか?田舎の感じとか「薪」ていうワードからするとけっこう昔に思うけど)
「じゃ、まぁ、行ってくるね」
と蒼はふもとの村に下りて行った。
「ふう。ところで朱よ、おぬしも村長から兵役のお達しがあったらしいのう」
手を振って蒼を見送っていた朱に向かって玄が言った。
「う、うん。昨日。……ねぇ玄、戦場って怖くないの」
朱が震える声で玄に尋ねた。
「ん~。ウチら鬼人族より強い一族はそうそうおらん。おぬしや蒼のようにどんどん力が成長する才覚をもったものなら戦場に行っても大した怪我もせんじゃろ」
「そう……」
頷く朱の顔色は暗い表情だ。
「コ、コホン。ま、まぁ初めてのことじゃから不安なのはわかる。あまり深く考えんことじゃ。朱よ。おぬしは訓練までまだ日があるじゃろ。今日は何の仕事があるのじゃ?」
「今日はお料理!」
朱はパッと表情を明るくして言った。
「そ、そうか今日は料理番か。今日の献立はなんじゃろ?」
「マンモスのお肉だよ。さっき捕まえたんだ。じゃあ食堂へ行ってくるね」
というと朱は象の倍ほどもあるマンモスを両手で頭の上へ持ち上げると丘を下って行った。
「お、おう。美味いもんを期待しているぞ」
中学生くらいの女の子、朱が細い腕に巨大な動物をバランスを取りながら下っていく姿を玄は目を点にして見送った。
玄の額には汗がにじんでいる。何かを堪えているような様子だ。
「くっ……がぁ!はぁ。はぁ」
朱の姿が見えなくなると玄は独り丘の上で苦しみだした。顔が苦痛で歪んでいる。腕や太もも、背中辺りの筋肉が肥大して大きくなっている。
「ぐっ……あぁ。がぁぁぁぁぁ!」
地面に膝をつき強大化する力を押さえつけるようにうずくまり、両腕を抱いて声にならない声を漏らしていた。
「よ、よし。剣の使い方は悪くない。ただの棒きれに近い剣で直径1メートルほどの木を切れるとは中々筋が良いぞ」
森の入り口で倒れた大きな木の切り株の前に立つ玄が横に立っている蒼に言った。
「そ、そお?絵本で見た異界のサムライみたいで恰好いいんだよね。それよりも玄、体調が悪そうだけど大丈夫?」
「お、おおう。ちょっと体調を崩しておってな。体の節々が痛くて疼く程度じゃ」
「熱でもあるんじゃない。まだ続ける?」
「う……うむ。おぬしは中々呑み込みが早いでのう。今日の課題は終わりじゃ。では、ちょっと早いが今日の訓練は終了とするか」
「うん。それがいいよ。玄。ゆっくり休んでよ」
「お~い!蒼~。玄~」
村の方から朱が歩いてこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、朱だ。料理番の片付け終ったのかな。お~い。朱~」
「ふむ。ぐっ。がっ。で、では蒼よ。ウチはもう丘に帰らせてもうらうぞ。うっ……」
「あ、うん。気をつけてね」
蒼は冷や汗をかきながら震える両腕で体を抱いている玄がヨロヨロと家路につく様子には特に気に留めず、頬を染めて遠くの朱を見ていた。
(おいおい。玄の様子超おかしいやんけ。蒼のやつ朱しか見えとらんな。恋は盲目とはよう言うたもんや。ん?ちょっと意味がちがうか。それにしても玄の苦しみ方尋常じゃないな。どっかで見たことあるような雰囲気やけど……。あ、そうや。キルが怪物になる時の感じに似てるんや。今の玄はそんな感じなんやろか?)
「あれ?玄は?訓練はもう終わっちゃったの?」
「うん。玄は体調がすぐれないんだって。だから今日はもう訓練は終わったんだ」
「そっか。じゃあ私たちも丘に帰ろうか」
朱が淋しそうな表情でうつむきながらつぶやいた。
「う、うん。そうだね。どうかしたの?朱」
蒼が暗い表情を見せる朱に言った。
(朱の微妙な変化には気付くんやな。やれやれ)
と蒼の意識の中にいるハルはつっこんだ。
「うん……。だって前までは村で皆と一緒に遊んだりお手伝いしてたのに。今は丘の上で離れて暮らさないといけないだなんて。村に行ってもいいのは今日みたいにお仕事がある時だけ……」
「そうだね。で、でも、しょうがないよ。鬼人族で力が付き始めた者は丘の上で離れて暮らすっていう掟があるんだから。朱の髪や目の色も赤色の色素で変色し始めたし。俺だって青色になってるし。見た目では誤魔化せないからね」
「どうしてそんな掟があるのかな?わたし、もっと村の友達と、きっちゃんやみーちゃんやだいちゃんたちと一緒に暮らしたいよ」
「う、うん。村長さんは鬼人族で力に目覚めた者は他の国からお仕事を依頼されたりするからお金がいっぱいもらえたり、村の為になるからって言ってたよ。だから丘の上の立派なお屋敷に住んだり綺麗な服を貰えたりできるって」
「そんなの、いらないもん……。村の皆と畑仕事してご飯食べてお風呂に入って一緒にいたいだけだもん」
「う……うん」
蒼も力に目覚めてからは村の皆と関わりがなくなったのを残念に思っていたので朱の言うことはよくわかった。
(ふ~ん、そういう村の掟なんやな。でも、蒼が思ってることは朱とは全然違うみたいやな。村の為に頑張れる。お金がもらえる。自分は他の人より特別やっていう逞しい考え方や。それに朱と同じ時期に才能が目覚めたことが嬉しくてしゃーないみたいやな。蒼にとっては村の皆より朱との関係がすべてみたいな感じや。多分二人は年齢も同じくらいなんやろ。思春期の男の子と女の子って感じやな)
「それに、なんか村の皆も前みたいに接してくれなくなって、なんていうか怖がるみたいな、遠慮して話してるみたいな感じで、あんまり仲良くしてくれないんだ……」
「そ、そう。でも、それもしょうがないよ。やっぱり俺も腕力とかすごく強くなっててさ。こんな大きな木を切れるようになって玄も褒めてくれたんだ」
蒼はさっき訓練で切った木の切り株を指さして朱に見せた。
「うん。すごいね。蒼は。でも……」
朱は倒れた木を見ながら言葉を続ける
「でも……わたし女の子だもん。力が強くたって恥ずかしいだけだよ。大きな動物を捕まえてご飯にすることは皆褒めてくれるけど怖がられても嬉しくないもん」
「お、俺は、あ、朱のことが……朱のことが、す、す、好きだよ!」
(おー言いよった。蒼、お前は立派や!)
赤い顔をして告白した蒼を同じく赤い顔をして朱は蒼を見た。
「う……うん。嬉しいよ。私も蒼のことが好きだよ」
朱は静かに応える。
(おーやったやん。よかったやん。蒼!両想いやん!)
「ほ、ほんと?や、やった。やったー。そ、そうだ、朱。村の皆が朱の力を怖がっているんならその力で何か良いことをしたらどうかな?」
「え?良いことって?」
朱が不思議そうな顔をして蒼を見る。
「いや、例えばさ、悪いやつから村を守ったりしてさ。正義のサムライみたいに」
「サムライ?蒼が読んでた異界の本にでてくる?」
「うん。そうだよ。悪い奴が村を襲ってそれを朱が退治するんだ。そしたら腕力が強い朱だって皆に怖がられないじゃないか。だって皆を守る力なんだもん」
「そ、そう……。そうかな?」
「うん、きっとそうだよ!ちょっと作戦を考えようよ」
「う、うん。ありがとう、蒼」
少し元気がでてきた朱をほっとした表情で見る蒼は、二人で色々作戦を練りながら丘の上へ帰って行った。
(そんな上手くいくんかいな?まぁ、可愛い考え方やな。微笑ましいもんや。っていうか俺いつまで蒼の中にいるんやろ?いつになったら蒼の中からでられるんや……」
ハルは溜息をついた。