鏡の中で
キルを抱いたリズとハルは鏡の世界に入ってきた。天狗を追っていた時クロムと共にガードミラーの中へ入っていった世界だ。右と左があべこべだったが自分以外の者があべこべでもさほど気にはならない。
「うまくいったようやな。空蝉」
「はい。ハル様」
そこは取り壊し途中のビルからも離れた場所だった。近くに川が流れる河川敷に来ていた。
「ふ~ん。不思議な力をつかいよるのう。あの建物は壊れそうじゃったからのう。他に人もおらんし好都合じゃな」
玄が近づいてきて続けた。
「ふんっ。ウチは知っておるぞ。お前みたいな不思議な術を使う奴の目的はほとんど同じじゃ」
玄は毛嫌いするような目でハルを見た。
「どうせウチを封印しようとか閉じ込めようとかいう腹なんじゃろう。残念じゃが。そんな余裕はないぞ。キルがもうすぐ起き上がりよる」
玄はふふっと笑いながらハルを見た。
「う……くっ」
キルがリズの腕の中で意識を取り戻した。
「キル!大丈夫!?な訳ないであるな」
リズはキルの意識が戻って安心して微笑んだがまだポロポロと涙を流している。
「へへっリズの匂いだ……うっ」
またしてもキルが苦しみだし左腕で右手の膨張してゆく腕を押さえる。
「娘。死にたくなかったらキルから離れることじゃ。そやつはもうすぐ凶暴化し暴走する」
「大丈夫である」
「何を根拠にそんなことを言うのじゃ。ま、そんなに死にたかったら勝手にするのじゃな」
「ウガァァァ」
キルの体全体が獣のように変化し始めた。
「うくっ」
その瞬間リズはキルにキスをしていた。
「な?!」
ハルは唐突のことに目を見開いている。玄に関しては顔を真っ赤にして驚愕の表情をしていた。
「な、な、な、なにをしておる!バカモノー!」
玄がリズに向かって突進しリズの首筋を狙って爪を突き立てた。
バリバリバリバリ
雷のような火花がリズと玄の手の接点から発生し黒の腕がリズの手前で止まった。玄はそれ以上リズに触れることができない。
「なんじゃと!?」
キルから唇を離したリズはキッと玄を見た。
「キルを、キルを傷つける奴は許さない!」
涙が止まった表情でリズが言った。
「こやつ人間ではないのか?……なっ」
玄はリズの腕に抱かれたキルの体の変化に気付いた。
キルの強大化していた体が元の姿に戻ったのだ。肥大化し始めていた腕も平常に戻った。そして何よりも驚いたことはキルが意識を失ってなく目覚めたままだったことだ。玄がキルを人間の姿に戻す時は痛めつけられ必ず意識をなくしていた。
「な、なんじゃと?あの娘がキルの力を抑え込んだというのか?せ、せ、接吻して」
(キスしたらもとに戻ったんだ)
玄は昨夜キルが言った言葉を思い出した。
「と、と、ということはキルがせ、せ接吻したというのはこの娘とのことじゃったのか」
玄はショックのあまり半泣きになっている。目を潤ませ涙目だ。キルに同胞の蒼と朱の面影を見て好意を抱いていた玄にとっては失恋したかのような心持ちだったのかもしれない。
(チャンスやな)
力が抜けたようになっている玄の姿を見てハルが空蝉から水晶を受け取った。
「おい。玄さんよ。この水晶に何か映ってるものが見えるか」
ハルは用意していた水晶を玄の目の前に見せた。
「ん、うむ?何か映っておるのか?」
ぼーっとしていた玄はハルの言葉に促され水晶を覗き込む。
バチバチバチ
水晶と玄の間にを稲妻のような光が走ったかと思うと玄が水晶の中に吸い寄せられていた。
「し、しまった!こやつっ」
と玄が驚いてハルを睨んだが一瞬で玄の姿が消えていた。水晶の中に封じられてしまったようだ。
バチバチ……。
しばらく水晶の周りには稲妻が走っていたがだんだんとなくなっていった。
「ふ、ふう。上手くいったな。意外なイベントのおかげで鬼がショック状態で助かったわ」
ハルは額の冷や汗を拭いながら安堵の溜息をついた。
「君ら大丈夫か?」
ハルはリズとキルに話しかけた。
「あ、ああ」
「大丈夫である」
キルは返事をして起き上がった。
(さぁ、問題はこの男やな。鬼の女は水晶に封印できたが……)
ハルが持っている水晶を見た。
ミシミシミシ……パリン!
ハルの水晶にひびが入っていきパリンという音とともに割れて穴が開いた。
「なに!?」
水晶の割れた穴から黒い煙がうようよと立ち込めだんだんと人の形になってゆく。
「言ったじゃろう?お前みたいな奴の考えておることは知っていると」
そこには封印される前の玄の姿が戻ってきていた。
「くっ。あかんかったか。あの希少な水晶でも」
ハルは悔しさと焦りを顔に滲ませた。
(キルに使おうと思ってた水晶も多分無駄やな。っていうかもう二度とさっきみたいなチャンス来んやろな。っていうか俺即殺されそうや)
「さ、さぁ、どうしたもんかな……」
ハルは冷や汗をかいて玄を見ていた。
「玄、もういいんだ」
ハルの後ろに立っていたキルが玄に話しかけた。
「なにおう?」
玄は腕を組み赤い顔で悔しそうにキルを見た。
「玄は俺が鬼になって暴れそうになるのを止めてくれてたんだ。荒っぽい方法だったけど。はは」
キルは少し笑ってリズに言った。
「もう、リズがいるから鬼になるのも抑えられるから」
とキルは続けて玄に話しかけた。
「ふんっ。あのような方法で鬼化を何度も止められるものか。言っておくがキル、おぬしの中には二種類の……かどうかはわからんが二人分の血が受け継がれておる。そう簡単に抑えられるものではない」
「玄が言ってた『蒼』と『朱』の力のこと?」
その様子を見てハルの表情が少し緩んだ。
(良かった。俺、こいつらの眼中になくて)
キルと玄、二人の会話を聞いてハルはそう思った。
「良かったですね。相手にされてなくて」
ハルの横に空蝉が現れて言った。
「うるさい」
ハルがムッとする。
(しかし、どうしたもんや。玄の話を聞いてるとキルの中には2種類の力があるみたいなことを言うてるが……。その前に『鬼化を抑える』って言うてたな。キルが凶暴化するのを抑えることができるっていうことか。で、リズって娘とキスをすると抑えられると。確かに、玄の方はキルよりも強大な力はあれど理性でコントロール出来てるみたいや)
「1人分の力のウチでさえも自分の力を押さえるのには相当苦労したでのう。ふう……ま、よいわ。もうどうでも。おぬしがそう言うならウチはもう手をださぬ」
玄はふうっと息をはいて目を潤ませると横を向き前髪で目元が隠れてた。頬が赤くなっている。
「しかし、そいつは殺しておかんとな」
玄はハルの方を向き爪を立てて腕を振るって攻撃してきた。
ギィィィン!
キルがハルの前に立ち玄の攻撃を防ぐ。
「何をする、キル!」
「もう、いいんだよ。玄」
「こやつはウチらを、鬼を封印するために生きておる。お前が鬼の力をもっているなら尚更ウチらには都合が悪い、敵なんじゃぞ!」
「だとしても、殺さなくても……」
「ぬるい!おぬしは戦場で生きたことがないからそんなことを言うんじゃ。やらなかったらこっちがやられる。そういう世界じゃぞ」
「ここは戦場じゃないよ」
「敵が1匹おればそこは戦場じゃ。こやつにやられても良いのか?バカ者!」
キルと玄は拳と腕をぶつけたまま話を続けている。
(二度目のチャンス到来やな。玄の言う通り戦場では相手を生かしておいては自分がやられる。キルは甘ちゃんや。ま、この鬼や幼い頃から魑魅魍魎と渡り合ってきた俺にしかわからんやろな。キルやリズは普通に生きてきた普通の子やろうし。しかし、なんやな。水晶に封じ込められんかったってことはそれ以上の力を鬼の女は持っていたってことになるな。それに玄の話からするとキルの力、潜在能力はもっとあるみたいなことやし。『血が受け継がれて』って言うてたな。その話から察するにキルは鬼の血筋みたいやな。まだ力が覚醒していないっていう状況なんか)
「一か八かやってみるか。戦場ではやらんかったらやられる。ホンマにその通りや」
ハルがボソッとつぶやいたかと思うと玄とせりあっているキルの背中に腕を突き刺した。
ハルの腕はキルの背中を貫通して胸から突き出ていた。
「キ、キルー!!」
突然のことで訳が分からずそれを見ていたリズが悲鳴をあげた。