交差点
「みーつっけた!」
ガバッと布団から飛び起きると御門 晴は冷や汗をかいていた。
「なんや。あの影。キルよりも強いバケモンやないか」
暗い部屋の中でハルはつぶやいた。
「どういたしました?ハル様」
隣にいつの間にか空蝉が座っている。
「ああ、昨日出会ったキルっていう少年おったやろ。あの子をトレースするために式紙を忍ばせておいたんやけど、ここにウチら側の式紙がある」
というとハルは人型に折ってある折り紙のようなものを枕の下から抜き出した。するとその人型の折り紙は胸から腰のあたりのところで破れていた。
「不吉な。超不吉な前兆やな」
「そうですか」
空蝉もその折り紙をみてつぶやいた。
「あの、ちっこい影なんや?小学生くらいの身長やったが力が計り知れん。いや……頭に2本角みたいのがあったか。鬼やな。猫みたいな獣の目をしてたな。俺の見た夢はキルが見た夢をトレースしたんやと思うが、近い未来を暗示しているようなリアルな感じやったな。超感じ悪いな」
「明日キルのところへ行ってみるか……いや、俺死ぬかもしれんな。はは」
ハルは余裕のある口元で苦笑いしていたが目は余裕がないどころか震えるような緊張感だった。
「リズ~!こんな朝早くからどこいくの~?」
玄関で靴を履いているリズに台所から母親のリカがでてきて声をかけた。
「昨日キルが帰ってから電話に連絡しても返事が返ってこないのである。心配だから家まで行ってくるのである」
「まだ、朝の8時半よ。それも日曜日の。寝ているだけじゃないの?体調も悪かったみたいだし」
「寝ているだけならそれでいいのであるが。体調が悪いのなら尚更看病しないといけないのである」
「それってキル君に会いたいだけなんじゃないの?」
「もうっ、うるさいのである。お母さん。とにかく行ってくるのである」
「はいはい、気をつけてね」
リズはバタンと玄関のドアを閉めて行ってしまった。
「1年前は自分が心配される立場だったのに、もう他人の心配をしてるなんてね……」
リカは「ふう」と息をはきながら呆れるようにつぶやいた。
「恋は女を強くするのね。あの子の成長を喜ぶべきなのかしら」
リカは玄関のドアを見ながら腕を組んで独り言を言った。
そこは街はずれにあるビルの解体現場だった。朝だったが日曜日のため業者が休んで人の気配がない。
老朽化した廃墟のようになっていたビルの解体現場が四方を取り囲む厚い布で目隠しをされていた。解体時にでる瓦礫やホコリ、塵を付近の住民に迷惑をかけない為に施されるものだ。
そのビルの中で「ドカッ」とか「バキッ」とか鈍い音が聞こえている。
「グアアアアア!」
怪物と化したキルが鋭い爪で何かに向かって攻撃をくりかえしていた。
ドガァン
と大きな音を立てて崩れた壁から現れたのは玄だった。
「全然懲りんのう。それだけやられてまだ戦意を失わんか?」
玄がキルに話しかけている。キルを見ると二足歩行の狼のような風貌に変化していたが顔や体に傷や出血の跡がいくつもついている。どうやら一方的に玄にやられているようだ。
「ガァァァァ!」
キルが腕を横殴りに振るうが玄はひょいっとよけてジャンプし、着地からすぐにキルの腹部に跳び蹴りをいれた。
「グアッ」
キルはビルの中の壁を何部屋分も突き破って貫通し柱に打ち付けられた。壁からはがれ落ちるように地面に倒れ、気を失ったかと思うと元の人間の姿にもどっていた。
「ふう。昨日の夜中から何回目であろうな。こやつの家を壊してしまいそうじゃったから近くの丈夫そうな建物に移動してきたが……」
玄は廃墟のビルを見回す。ほとんどの壁が崩れ主要な柱がいくつか残っているのみだ。
「もう、日が昇って何時間か経ったのう。建物が潰れるのも時間の問題じゃのう」
玄はこのままキルと戦えばビルが倒壊するのは時間の問題のように思っていた。
「それにしてもキル。こやつはなかなか丈夫よのう。さすが蒼と朱の子孫というところか」
玄はキルの体の傷がみるみるふさがり回復してゆくのを見ながらつぶやいた。
「しかし、なかなか力をコントロールするまでには至らんようだのう。感情が振り切れてしまえばよいのだと思うがこやつの性格が摑めんからのう。怒りか悲しみか、喜びということはないと思うんだがの」
「ぐ、がぁ……」
そうこうしているうちにまたキルが立ち上がろうとしている。
「やれやれ……」
玄はキルが立ち上がるのを待ちながら溜息をついた。
「ハル様。あの鬼の子・キルを封じ込める策は用意してあるのですか?」
空蝉がキルの自宅近くの道路を歩くハルに話しかけた。
「ん~。それなんやけどな。水晶を使おうかと思う。本山から取り寄せた特注品や。さっき2つ持たせたやろ?空蝉」
「あれが……あの水晶はかなり貴重な代物ではないですか?」
「そうや。でも、それぐらいのモンじゃないとあの化け物2匹を封じ込めることなど出来へん。というかその水晶でもあかんかもしれん」
「それほどあの鬼たちは強大な力なのですね。その水晶でもダメな時はどうなさるのですか?」
「そんなもん知らん。その時の直感で決める」
「……」
空蝉は黙ってジト目でハルを見た。
「ハル様。そのようなバクチ打ちはやめて頂かないとご先祖様の血が途絶えてしまいます。それは私も本意ではありませんよ。とうか不本意です」
「しょうがないやろ。本山に依頼されたことなんやから」
「義務感ですか。それとも意地ですか。命は大切にして下さい」
「義務感や意地ではないわ。どっちかっていうと『楽しみ』やな。俺は俺の追い詰められた時に思いつく直感みたいなものがある時に楽しみを見出しとる。この仕事には。そしてその直感は大体的を射ている。直感――閃きと言ってもええけどな」
「要するに快楽主義者なんですね。困ったお方です」
「人を変態みたいにいうな。俺は快楽殺人犯か」
「今ちょっと楽しみましたね」
「うるさい。ん、あの娘、キルの知り合いの子ちゃうか?こないだ意識を失ってた天狗に狙われてた子」
ハルの歩いている10メートルくらい先に高校生くらいの女の子が住宅街のそれほど大きくない交差点でキョロキョロと周りを見渡している。
「そうですね。こんな日曜日の朝早くにどうして道をうろついているのでしょう?こんな国民の休日に」
「それは俺らも同じやけどな。空蝉お前実は嫌味言うてるやろ?日曜日の休日に働かせるな、と」
「考えすぎですわ、ハルさま。あ、こっちに来ますよ」
女の子はハルと目が合うと何か気付いたようにこちらに向かってきた。
「あなたは昨日助けてくれた人ではないであるか?どうしてこんなところにいるのである?」
リズは不思議そうな顔をしていた。
「ああ、ちょっとな。君はリズって子やったかな。そういう君は何でこんなとこにいるんや?」
「むむ?お兄さんもキルを探していると思って寄って来てみたのであるが、違うのであるか」
「お兄さんもってキル君はおらんのか?」
ハルはキルを探してはいるものの式紙のトレースをたどって来ているので説明するのをためらった。
「自宅にはいないみたいである。家の人がキルの部屋に呼びに行ってくれたのであるが……」
「ああ、なるほどそういうことか。ここは彼の自宅付近なんやな」
リズは心配そうな表情でこくりと頷いた。
「昨日の夜から連絡がとれないのである」
「これからキルのところへいくつもりやけど一緒にくるか?」
ハルは少しためらったがリズの不安そうな顔を見ていると居たたまれなくてそう提案していた。
「キルがどこにいるか知っているのであるか?」
「ん、ああ。知らんけど。見つける方法を知ってるだけや。正直いうと俺も彼を探してる」
「そんなことを言ってしまってもよろしいんですか?ハル様」
空蝉が横から口をだした。
「あたりまえである。どうして秘密にするのであるか?お姉さん怪しいのである」
そう言うとリズは空蝉に対して敵意を向けた。キルを心配するあまり焦っているようだ。
「?!」
「君!この女が見えるんか?」
ハルと空蝉が驚いている。空蝉の言葉はリズが自分の姿が見えない、言葉も聞こえないということを前提とした会話であった。
「当たり前である。こんな着物を着ている人がいたら嫌でも目に付くのである」
「いや、そういう意味では……まぁええか、君にもくる権利があるのかもしれん」
「権利?おかしなこと言う人であるな。ますます怪しいのである」
リズは疑いの目でハルと空蝉を見ている。
「まぁ、いいのである。キルが見つかるならそれでいいのである。嘘をついたら承知しないのである」
「なんか俺、こういう役回りばっかやな……」
ハルはどこか腑に落ちない様子でつぶやいた。
「ここか……」
ハルとリズは住宅街から少し離れたところに取り壊し中のビルを見つけた。ビルの四方には白い布がかかっている。
「意外と静かやな。お、あそこから中に入れそうやで」
ハルはビルの敷地内を囲んでいる鉄板で2メートルくらいの柵を見回すと入れそうな隙間を見つけた。
「うむ。行くのである」
と言うとリズはすぐに走って行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。危険て言う言葉を知らんのか」
ハルは駆け出しながらリズのあとを追った。
敷地内に入りビルの布をまくって中に入るとビルの一階部分はボロボロの状態であった。壁に穴が開いていたり壁自体が倒壊していたり、いくつかある太い柱で建物がもっているようなものだ。
「すぐにでも倒れそうな建物やな。もう帰りたくなってきたわ」
ドゴォォン
と大きな音がした。
「なんや。急に」
音がした方を見ると狼男のような風貌の怪物が柱に打ち付けられていた。両腕と両腿が肥大し血管が浮き出ている。爪が長く右半身の皮膚が赤く左半身の皮膚が青色をしていた。肩や胸の部分はマッチョの人間のような筋肉質で背中を丸め前傾姿勢でゆらりと柱から背中を離した。目は獣のように血走っており鼻から口が前にせりでて大きな牙をむき出しにしていた。そして頭の上に10㎝弱の角が一本生えていた。
「あのバケモンはキルか?誰にやられてるんや」
ハルは肥大した腕や赤と青の皮膚の色でキルだと感じた。
「グアァァ」
鬼と化したキルが向かって行った先には小学生くらいの女の子がいた。白い髪に猫目のビキニ風の鎧を着ている。
「あ、あの子危ないぞ!……いやどっかで見たな。夢か。あの影。そうするとあの女の子も鬼のバケモンか」
女の子はキルのような化け物じみた風貌はしていないがよく見ると頭から2本角が生えていた。
「やっぱり」
ドゴォォン
キルがまた吹っ飛ばされた。小さな女の子に蹴りを入れられ地面をえぐるようにして止まった。
「キル!」
それを見ていたリズが倒れたキルに駆け寄ってきた。
「あ、君危ない!」
ハルがキルとリズのところへ走っていく。
リズは倒れたキルを抱きかかえて座った。キルは気を失って人間の体に戻っている。
「キル!キルぅ!」リズは涙を流してキルの名前を呼んでいる。
「安心せい。死んではおらん」
近寄ってきた玄がリズに声をかけた。
「お前は……?」
ハルが玄に向かって言った。
「ウチか?ウチはそこの鬼と同族のもんや。名前は玄」
「くろ?同族。……で仲間割れでもしとったってとこか?」
「お前さんたちはキルの関係者かのう?キルは理性を失ってまだ本当の力に目覚めておらん。ウチに向かってきよるから相手をしてやっていたまでじゃ」
「玄って言うたか。お前も鬼なんやな」
「む?鬼人族じゃが。それがどうした?」
「まぁ、とりあえず一緒に来てもらおか」
「むむ?なに?」
ハルが玄に向かってそういうやいなや玄、キル、リズ、ハルの前に大きな鏡が現れ鏡面が近づいてぶつかってきた。
「ん、なんじゃ」
きょとんとしている玄の体が鏡の中に入ってしまい玄がその場から消えた。そこにいた全員が鏡の鏡面にぶつかると鏡の中に体が入って行ってしまった。