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鬼色奇譚(未編集版)  作者: わっせ
3/9

「ん~っと、これかな?」

時の世界の自室に帰ってきたクロムは顔の横に右手をもってくると何かを探すようにしばらく目を閉じていた。顔の横に広げた手のひらに一冊の本が現れ、それを掴む。

「えーっと、鬼人族の文章は……と」

どうやら鬼人族について書かれた本であるらしい。

「ふむ。戦いによって強くなる一族。ある村で一族のみで生活している。一族の中には力仕事をすればするほど力を増していくもの、戦えば戦うほど強くなるものが時々あらわれ、その特性を生かして他の民族に兵として雇われる者も多い……か」

「なになに。鬼人族の中で力をつけた者はさらなる力に覚醒し第3形態にまで進化すると考えられている。第1形態は通常の人の姿で力が極端に強くなった者、第2形態は文字通り鬼のように体の筋肉が肥大化し皮膚や髪の色が変化し角も大きくなり怪物のような姿をする。この時は人の理性を失い獣のごとく目の前の敵を殲滅するだけの行動をとる。そして第3形態は人の姿を取り戻し理性が働いているが能力は第2形態時の力を持っている、もしくはそれ以上の力を持つような状態である。第2形態の力を理性でコントロールできるように抑え込めるほど精神的にも強い状態とも言える。なぜなら第2形態は何らかの要因で本人の感情が爆発し理性を失い破壊衝動を抑えられなくなった状態と言えるからである。しかしながらこの第3形態の状態の鬼人族は噂や伝説に過ぎない。なぜなら第3形態の鬼人族は鬼人族の歴史上一人しか存在しないということである。そして、その第3形態の鬼人族によって一族は滅ぼされてしまったという歴史があるからである。そのたった一人の鬼人族によって鬼人族の里は滅ぼされたということである。この逸話は他民族の戦地に兵士として雇われていた鬼人族の生き残りから聞いた話であり民族研究の著者には証明する手立てはない。よって伝説によれば第3形態の鬼人族と村にいなかった鬼人族の数人しか今は生き残っていないということである。……か」

クロムはパタンと本を閉じた。

「キル……」

クロムはいつにもなく真剣な表情で立っていた。


キルは鏡の世界で赤色や青色の物体と戦っていた。鏡の世界は現実の世界よりも淡い色の景色だったが太陽が東の空に昇ってキルの人影を作っていた。いや鏡の世界は左右が逆の世界なので太陽が東にあるのは夕方で沈む時間なのかもしれない。太陽に照らされて伸びたキルの影から次々と赤と青の人影が現れキルに襲い掛かってくる。

「はぁはぁ……」

キルは自分の影から生まれる赤や青の物体を腕の爪で次々と引き裂いていた。

ザシュ ザシュ

キルの両腕は鬼の力が覚醒しているのか筋肉が大きく肥大化していた。どれくらいの時間がたったのか。影は休むことなくキルの影から生まれてくる。キルが疲れて腕を振るうのを休んでいると10人くらいに増えた赤と青の人影に囲まれた。牙や爪を立てて一斉に襲ってくる。

「んなろー!」

影に囲まれた円の中心にいたキルは襲ってくる影を一斉になぎ払った。

ブワッ!

すべて倒したのか。それからはキルの影から生まれてくる物体はいなかった。

「はぁはぁ。終わったか。どっから帰るんだっけ?」

キルが鏡を探そうと左右を見渡したが鏡らしきものが見当たらないので後ろを振り返ってみた。すると目の前に黒い影が立っていた。今までの影は自分と背丈が同じくらいだったが20㎝ほど背が低い影で小学生くらい華奢に見えた。キルの胸くらいまでの背丈だ。その影は猫のような大きくつりあがった目でキルをギラっと睨みつけるとこう言った。

「みーつけたっ!」

キルの背中にゾクッとする冷たい汗が流れた。


「はっ!」

目を開けたキルは自分が部屋の中にいることに気が付いた。

「おっ、気が付いたであるか」

リズが優しくつぶやいた。リズの膝の上に頭を乗せていたキルはうつ伏せで部屋の中を見ていた。体中冷や汗をかいていた。頭の上をリズの手の平が撫でている。

「リ……ズ……」

キルはリズの方へ顔を向けた。

「すごくうなされていたのである。大丈夫であるか?」

「う……ん。そうかリズの家まで送って来たんだったな」

キルは起き上がってリズに言った。

「僕の部屋まで来たらキルが急に倒れてしまったのである。だから起きるまで待っていたのである」

リズは赤い顔をして心配そうな顔でキルを見た。顔は安心したように頬が緩んで目をうるうるとさせていた。

「そ、そうか。鏡の世界から出た後リズの家まで送ってきてリカさんに説明して夕飯をごちそうになったとこまでは覚えてるんだけど」

キルは頭をかいて思い出そうとしていた。

「お母さんがキルの顔色が悪いから少し休んでいったらって言ったのである。だから一緒に僕の部屋へ来たのであるがすぐにキルが倒れてしまったのである」

「そうなんだ。どれくらい寝てた?」

「ん~30分くらいである」

「そう……か」

「何か悩み事でもあるのであるか?僕に言ってみるといいのである」

リズは照れながら胸を叩くと「おほん」と胸を張った。

「……うん。最近力がありあまっちゃって、はは」

キルは明るく言ったがリズは真面目に聞いていた。

「それは、鬼人族の力……であるか」

「まぁ、そういうことになるかな。へへ」

「さっきも……」

リズが少し言いにくそうに少しの沈黙のあと言葉をだした。

「さっきも、キルが僕の膝枕で寝ていた時も、腕の筋肉が大きくなっていたのである……」

「そ、そうか……」

「でも、うなされてて」

「うん」

キルが返事をしたあとリズは何を言っていいのかわからなかった。キルも言葉をつぐんでいる。

「うっ!」

とキルが小さなうめき声をあげた。キルの両腕が先ほどのように肥大化している。

「キルっ」

キルは大きくなった右手で同じく大きくなった左手をつかんで「うっうっ」と力をこめている。

「痛むのであるか?」

「いや、熱くなって疼く感じかな……はぁはぁ」

キルは額に冷や汗をかいていた。

「背中の方も疼いて筋肉が盛り上がってる感覚があるんだ……。俺怪物にでもなっちゃうのかな」

キルは苦笑いした。無理をしているのは明らかだ。

「キル……」

リズはどうしていいかわからずにキルの首に両手を回した。

「リズ……」

リズはキルの唇に軽くキスをした。

「そんなことはあるわけないのである。それにキルがもし怪物になったとしても僕は怖くないのである。キルのことを好きなままなのである」

キルとリズはもう一度口づけを交わした。今度はそのまま時間が過ぎるのを待っていた。

ふっとキルの腕が元の姿に戻った。キルも気が楽になったようだ。体から不要な力が抜けていた。

「あ、戻った」

キルはフフッと笑ってリズも笑った。

「発見したのである」

「え?何が」

「キルは僕とキスをすると力が抑えられるのである」

リズは顔を赤くしたまま自信満々で胸を張った。

「ははは、そうかもね」

キルは笑って緊張感もほぐれた雰囲気になった。

「しょ、しょうがないからもっとしてもいいのである。発作みたいなのが起きたら迷わずしてもいいのである。許可してあげるのである」

「はは、ありがと」

キルは力なく笑ったがそのまま意識を失ってリズの肩にもたれるようにパタンと寝てしまった。リズはキルの上半身に両手を回すと強く抱きしめた。

「キル……。大好きである」

そのままキルの右肩に顔をうずめてもう一度呟いた。


「すっかり遅くなっちゃったな~」

キルはそう呟きながら夜道を歩いていた。あの後また30分ほど意識を失ってしまっていて帰るのが遅くなってしまった。電車に乗り自宅近所の公園まで帰ってきた。時間は22時頃になってしまった。

キルは公園の入り口付近の道を通り過ぎながら(リズ、いい匂いしたな~)なんてことを考えながらキスした瞬間のことを思い出していた。

「みーつっけた!」

通り過ぎた公園の入り口付近から声がした。

キルは背中がゾクゾクとした。それだけではない。胸を掻きむしられるような衝撃が走った。何時間か前リズの部屋で見た夢の中で最後にでてきた影に言われた言葉と同じ声そのものだったからだ。

キルは恐る恐る声がした方を振り向いた。

「!?」

そこにはやはり夢と同じように小学生くらいの背丈、キルの胸辺りまでの影が立っていた。

そいつはパーカーのような灰色のフードをかぶり、同じく灰色のマントのようなもので体を隠していた。というか大きな灰色の布を頭からかぶっているような、フードとマントは地続きの着物に見える。フードからは白い前髪が見え、前髪から見え隠れした猫のような大きな釣り目でキルを見ていた。

「お前は……誰だ」

キルは震えながらなんとか声をだした。

フードの中からギロッとした目でキルを凝視している

「おぬし蒼じゃろ」

「あ……お?」

そいつはキルに向かって「あお」と言ったようだ。キルが理解できないで沈黙していると。

「やっぱ蒼じゃ!蒼ー!」

と言ってキルに抱き着いてきた。

「蒼ー!会いたかったよ~」

「は?」

キルは状況が理解できずに背中に腕を回されたまま固まっていると、そいつが上を向いて頭からフードがはずれた。白髪のショートカットで女の子に見えた。肌も病人のような白い色をしていた。

「朱は?朱は一緒におらんのか?おぬし一人か?」

「あか?」

そいつは背が低いのでキルの胸のあたりからキルの顔を上目遣いでグイグイ話してくる。

「ちょっと。ちょっと待って……」

キルは落ち着かせようとそいつの肩を持ち離れるように促す。

「なんじゃ、覚えておらんのか?玄じゃ。ウチは玄じゃよ!」

「く、くろ?」

青とか赤とか黒とか言われてキルは何が何だかわからなくなった。

「ちょっと、落ち着けって、お前……」

ようやく少し落ち着きを取り戻したキルはそいつの肩を持って自分から離れさせた。

「き、君は玄って名前なのかい?」

「そうじゃ。思い出したか?蒼」

「蒼って俺のことかい?俺の名前はキルだ。蒼って名前じゃない」

「え?!」

玄と名のった猫目の女の子はキルが「蒼」という人物じゃないと言うと少し固まったというか放心したというか、とにかく大人しくなった。かと思うとまたギロッとした目でキルを凝視し始めた。

「おぬし朱か?」

「は?」

「やっぱ朱じゃ~!朱ー。会いたかったよ~」

といってまたキルに抱き着いてきた。

「なんだこれ?」

キルはまたしても猫目の女の子に抱き着かれたので諦めてしばらくそのままなされるがままに立っていた。


「ひっく、ひっく……」

玄という女の子はキルに抱き着いてしばらく泣いていたのでキルは女の子が落ち着くまで待っていた。

「俺は蒼とか朱って人じゃないんだ。キルって名前なんだ。わかる?」

キルは小学生くらいの女の子だと思ったのでたしなめるように丁寧に話した。

「うんうん。ウチもお前が蒼でも朱でもないことはわかった」

と涙目を手でこすりながら言った。

「わかってくれて良かったよ」

「おぬしは蒼と朱の子供じゃな。よ~くわかった」

「は?」

「どおりで朱にも蒼にも似とると思った。そうか~あの二人は恋仲だったんじゃな~」

なんだかよくわからないことを言い始めた。

「ああっ!そうか。おぬしが朱と蒼の子供であるなら当然ウチのことは知るよしもないよのう」

キルは玄というこの女の子は「おぬし」とか「~じゃな」とか田舎のばあちゃんみたいな話し方をするなと感じていた。

「おぬし鬼人族じゃろ?おぬしの鬼人の力に気付いてやってきたのじゃからな。何ヶ月か前にも遠くの方で微かに鬼人の力を感じたが今日ハッキリ感じたからのう」

鬼人族という言葉を聞いてキルははっとした。

「君、俺が鬼人族だって知ってるの?なんで……」

「はぁ?そんだけ鬼人の力をドロドロ垂れ流しながら自分で気づかんのか?おぬし」

玄はマントの下で腕を組みながら大きな猫目をパチクリしながらキルに言った。

「ドロドロって……」

「おぬしと同じ鬼人族のウチが気付かんわけないじゃろ?変なことを言うのう」

「俺と同じ……鬼人族?!」


「ふう……」

キルは自宅の自分の部屋へ入って息をついた。

「おおう、おう。小綺麗な部屋に住んでおるのう」

後ろの玄がウキウキした様子ではしゃいでいる。キルは結局自宅に近い公園だったこともあり、玄を家まで連れてきた。なにしろ玄のマントのしたはなぜか水着のような肌の露出した格好だ。ビキ二の上下のような姿で足と腕には包帯のようなものが巻かれているだけだ。ただし水着ではなく鉄製の甲冑のような素材のものであったけれど、服に例えると下着のようなもの。隠してあるところは水着レベルだ。小学生くらいの女の子がそんな恰好で夜に出歩いていたら色んな意味で危なっかしい。

それに玄には色々聞きたいことがあった。

「ねぇ、鬼人族なんだったら俺の疑問に答えてくれないかな?」

「お、なんじゃ?なんでも言うてみい」

玄はキルの部屋を色々眺めながら答えた。置いてあるギターなどを触っては珍しそうにしている。

「俺……最近、筋肉が膨張したり意識がなくなったり自分でも抑えきれないような力がでることがあるんだけど、これって鬼人族に関係あることなのかな?」

「んーなんじゃと~」

玄は何本かあるギターを眺めたり触ったりしながら呑気な返事をしてくる。

「あ~それはおぬしの力が覚醒しようとしている過渡期みたいなものだからじゃないかのう。……なるほど、それであんな鬼人の力をどんどん垂れ流しておきながら自分では気づかんという訳か。まだまだヒヨッコだのう」

「む。なんだよそれ。偉そうに」

「まぁ、ウチも今の力を手に入れるためにそんな時期があったものよ。自然に身を任せればいいのではないのかのう」

「そうなの?そんなもん?」

「戦の才能のある鬼人族はな~、ある時期が訪れると体が異様に発達して興奮状態を押さえられんようになるものじゃ。凶暴になり目の前の敵を駆逐することしかできなくなる。鬼と呼ばれる所以よ」

玄がにやぁと不気味に笑いながら部屋の壁際の楽器からキルの方へ振り返った。

「やっぱり怪物みたいになっちゃうんだ……」

キルは悔しそうに顔を歪ませた。

「その時期を超えると力をコントロールできるようになる。個人差があるがな」

「どうやって?どうやって力をコントロールするの?」

「それはおぬし、自分の膨大に膨れ上がる力を押さえきれるかどうかだけよ。ウチの場合は怒りに狂って自分の力を抑え込んだ」

笑っていた玄はいつの間にか真面目な顔をしていた。いや、哀しい表情にも見えた。

「怒り……で抑え込む……」

キルは自分の右手を見ながら考えた。

「まぁ、人によるかもしれんがな。なにしろ鬼人の力に覚醒する者はそうおらん。一定の法則や対策ができるほど凡庸なものではない」

「そ、そうなのか……。ところで玄はどうやって俺の世界にきたんだ?鬼人族っていうのは別の次元の世界の人種って聞いてるけど」

キルは今までに聞いた鬼人族の情報を思い出して玄に質問した。

「ふむ。これじゃ、これを見てみい」

と玄が見せたのは首からぶら下げている透明な石の首飾りだった。

「これはな~何を隠そう次元の世界を行き来できる魔石と呼ばれるものでな~ウチの話している言葉をお前にわかるように翻訳してくれたりする便利でいて不思議な石よ」

「ふ、ふ~ん」

キルは(前にも聞いたな。そういう都合のいい石の話)などと思いながら玄の話を聞いていた。

「ん?なんじゃ驚かんのか?珍しい石なんじゃぞ?」

キルの反応が薄いことを不思議に思ったのか逆に玄が驚いた。

「いや、そういう道具よくあるのかな~って思って」

「ある訳ないではないか。超貴重な石よ。これはウチが色んな世界から戦の為に雇われ、次元移動や言葉の理解が必要なために持ち合わせている極めて稀有な代物よ」

「ああ、そういうこと。そう言えば鬼人族は戦屋って呼ばれていたんだってね」

「そういうことは知っておるのだな。おぬしも相当偏った知識よのう。さよう、闘いの才に恵まれた鬼人族は色んな世界から戦屋・兵士として雇われ、それで生計を立てておった。戦の才能がないものでも力が強いので建築や力仕事関係で色々雇われておったな」

キルは玄が過去形で話すのが気になった。

「今はそうでもないの?」

「今は……今は、そうじゃのう、まぁ、鬼人族は滅んでおるからな」

「えっ?!どういうこと」

「鬼人族が住む里は今はもうないってことよ。ウチや何人かの生き残りがおるだけで。だからおぬしに会いにも来たし、喜んでもいるのだぞ。まぁ蒼とか朱とか個人的なことも大きな理由だがの」

「どうして滅んじゃったの?」

「おぬし繊細な話題をズケズケと聞いてくるのう……まぁよい。簡単にいうとある怪物に滅ぼされたってところであるかのう」

「滅ぼされた?戦屋って呼ばれるほどの鬼人族が滅ぼされるほど強い奴がいたってこと」

「う……うむ。強い鬼人は他国に雇われ村にいないことが多いしのう」

「その怪物って?」

「知らん!ウチに聞くな!滅ぼされても仕方がないような里だったんじゃ。ウチは悪くない」

キルは玄が激しい剣幕で言うので、玄が言うようにそれに関してはズケズケ聞くのは止めようと思った。

今の言葉から察するに自分が留守の時に里が滅ぼされたということなら本人にとって悔しいことであっただろう。それに戦屋というからには色んな者に恨みを買うこともあったのだろう。民族そのものが狙われるなんてこともあるのかもしれない。

「それにしても腹が減ったのう。蒼よ、ではなかったキルよ。ウチに何か食べ物を捕まえてまいれ。一応客だぞ」

玄は部屋の真ん中にドカッと座って腕を組み、ぐ~っと腹の虫を泣かせた。

「はいはい、わかったよ。カップラーメンでいい?」

「んん?まぁ身が多くて骨が少ない動物なら何でもよいぞ」

「んーわかったよ。ちょっと待ってて」

キルは玄にこの世界のことを普通に話しても無駄だと感じ会話を切り上げ、二階にある自分の部屋から一階の台所に下りて行った。


「うっ美味い!なんぞよ、これは?美味すぎるではないか!キル、このカップラーメンとはどこで捕まえたのだ?」

「え~と、これは料理を加工したものだから……」

キルは現代日本に生活する中でカップラーメンの説明をすることになろうとは思ってもいなかったので戸惑っていた。

「料理?料理か?では、これは汁だな。汁に美味しいものが入っておるのだな」

「そうそう。色んな出汁をとった汁に小麦を練った麺というものが入っていて、動物ではないんだ」

「そうか。それがこのカップラーメンというやつなのだな」

玄は猫目をキラキラさせながらカップラーメンをペロリと食べてしまった。

「キ、キルよ……そ、その、お代わりは、あ、あるかのう?」

玄は相当カップ麺が気に入ったのか顔を赤くしてお代わりを頼んできた。

「ん、今のと少し味が変わるけどまだあるよ。作ってこようか?」

「良いのか?!嘘ではないであろうな!」

「そんなことで嘘つかないよ。うっ……」

立とうとしたキルの顔が突然苦痛に歪んだ。

「うわっっ……くっ!」

胸を押さえてそのまま立て膝をつく。キルの体の筋肉が膨張していた。

「むむっ。また力を垂れ流しておるな。まさかカップラーメンのお代わりが気に入らんのか?」

と玄は呑気な口調で言ったがキルの苦しい表情を前にして硬く神妙な表情をしていた。

「?!むむっ。おぬし体が青と赤の2色に変化しておるな。まさか二人分の力を引き継いでおるのか?……いや、朱と蒼の血を引いておるならそれは当然のことか。しかし、潜在的な力が途方もないよのう」

それまで余裕のある表情をしていた玄だがキルの力を推し量るとじんわりと体に冷や汗をかいていた。

「……すして」

キルが何かを呟いた。

「ん?なんじゃ?」

「き、すしてくれ」

「『き、す』?それが欲しいのか?何じゃそれは、美味いのか?」

「いや、唇を合わせることだよ」

「唇を?ウチとおぬしがか?そんなもの接吻ではないか。……は?!」

キルの言った意味を理解すると玄は一気に顔を赤くした。

「何を言うておる。こんな時に!色に狂いよって!」

赤い顔でキルに言う。

「違う……んだ。キ、スしたら衝動が治まるんだ……よ。うっ」

「はぁ?そんなわけなかろう。何を言って……」

「今日、治まったんだよ。……何時間か前には」

「ほ、本当か?本当にそんなことあると言うのか?というか誰と接吻などしたのだ!ウチは許さんぞ」

玄は信じられないといった様子だったがキルが接吻した相手がいると考えると一気に腹を立てた。

「うっ、うっ、うわぁっ」

また苦しみ始めたキルを見て玄はいたたまれなかった。

「しょ、しょうがないのう。接吻ぐらいしてあげようぞ。べ、べ、別に初めてでもないのだからな。うん、そうだ。ウチはどちらかと言うとモテモテな方なのだからな。ありがたく思っていただかんと……」

「くっ……」

キルは玄の話はもう耳に入っていないようで頭を押さえている。

「しょ、しょうがないのう。うむむ」

玄は自分の唇を腕の包帯部分で拭うとキルの唇に目をやった。キルの口は痛みに耐え歯を食いしばってきしませている。

玄は顔を赤くしてドキドキした胸を手で押さえるとキルにキスをした。

「うむ」

玄は勢いよく口を持って行ったためカチンと歯と歯がぶつかる音がした。

「むむ……」

二人はしばらく唇を重ねている。

「うっ……ぐあっ」

キルはまた苦しみだした。リズの時のように衝動が治まっていかなかった。

「ぶはっ!」

玄は勢いよく唇を離した。

「ほれ、見てみい。治まってなどいないではないか」

「あ、あれ?おかし……いな」

キンッ

一瞬キルの体がこわばって、静かになった。そしてキルの目から理性のある光が失われ動物のようなギラッとした光に変わる。

鼻から口が犬のように顔の前にせり出し、口の端には伸びた牙が見えている。

「グルル……グガアッ」

外観に変化があったかと思えばキルは筋肉の膨張した右腕で玄の顔を殴ろうとしていた。いや、5㎝くらいに伸びた手の爪を使って玄を引き裂こうと手を伸ばしていた。

「ふんっ」

しかし玄はキルの腕を片手で防ぐと涼しい顔をしていた。

「だから言ったろうに。接吻では治まらんとな。むしろ酷くなっているのではないか?なにしろ同じ鬼人の接吻じゃからのう」

玄は「接吻」という言葉を言う時だけ少し顔を赤くしていたが落ち着いた様子である。

「グガァッ!」

獣のような状態のキルが右腕を玄に止められたまま今度は左腕で玄の顔を攻撃した。しかし、左腕も玄の空いた手で軽く止められた。

「潜在能力があるとはいえ、まだまだヒヨッコじゃのう」

玄は素早くキルの腹へ拳を打ち付けた。

ドスッ

「ガハッ」

とキルは口を開けるとよだれをたらして床に突っ伏して気を失ってしまった。

倒れたキルはしばらくすると体が元の人間のように戻っていた。

「世話が焼けるのう」

床に倒れたキルの姿を玄が冷静な表情で見下ろしながらつぶやいた。

「あっ!お、お代わりはどうしてくれるのじゃ?ラーメン……!」

そう言うと玄は半泣きになった。

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