鬼の力
キル、リズ、クロムの3人は部屋でお互いを牽制し、睨みあっていた。
3人は口をつぐみ目で何かを訴えているようだ。
「むむむむ・・・・・・」
リズは真剣な表情で握った拳をクロムの目の前に突き出す。
「てりゃっ!ぐあー!どうしてである〜」
右手を引き寄せリズは屈辱的な表情で悔しそうにしてカードを見た。左手には数枚のカードを握っている。
そう、リズ、キル、クロムの3人はトランプをしていた。
「焦っているな。リズ。」
クロムは勝ち誇った表情でリズを見ている。
「そんなリアクションじゃジョーカーを持っているのが自分だって言ってるようなものだよ。リズ」
「ふふふ、何を言っているのであるか?キル。単に数字が合わなかったから悔しいだけである。僕はジョーカーなど持っていないのである」
「どうだかね」
どうやら、3人がしているトランプは「ババ抜き」のようだ。今度はキルがリズの手札からカードを抜いた。
「よし!」
キルは2枚のカードを床に置いた。
「ぐっ」
リズはかなり悔しそうだ。
「それで・・・・・・クーはセラの国に行ってしまったってことかい?それでバンドは活動休止に?」
クロムはキルの手札を選びながら話しかけた。
「そう・・・・・・。セラの国が劣勢なんだってさ。あの姉妹が揃ってるっていうのに敵は手強いみたいだね」
キルとクロムが睨み合う。
「戦姫族と霊獣・九尾の相性は良い。大きな戦力増加になると思うよ。むむっ」
クロムがキルの手札からカードを抜くとペアが揃ったのかクロムは床に2枚カードを出した。
「むむむむむ」
リズが顔を赤くしている。今度はリズがクロムのカードを引く番だ。
「じゃあキルとリズは最近はどんなことをして過ごしているんだい?」
クロムは手札をリズに向けながら言った。
「んー。俺は作曲したりリズと出掛けたりかな」
「むむむ。僕は勉強したりキルと出掛けたりしているのである。てりゃ!」
と言うとリズはカードを引いた。
「ぐぐぐ」
リズはまたしてもペアが揃わず悔しさでまた顔を赤くした。
ここはクロムの部屋である。先ほどから3人が輪になってトランプの「ババ抜き」をしながら近況を話している。
「そういえばクロムは働かなくても大丈夫なのか?」
キルはリズの手札からカードを取るとペアのカードを2枚床に置いた。
「ボクは働き者なんだ。毎日残業で時間の貯金がいっぱい貯まってる。バンドにも参加できたのに」
クロムはキルの手札からカードを引くとペアを床に2枚出した。
「そりゃ残念」
ペアを引けていないのはリズだけだ。キルはクロムの手札を選びながら顔を引きつらせているリズを面白そうに見ていた。
「ところで、キルとクーは17歳だけど高校へは行ってないんだって?」
「そうだよ」
「もったいないねぇ。青春時代は戻らないぞ」
「クーは3日で飽きたらしいよ。俺は音楽で忙しいから」
「君たちのマネをしてリズは高校へ行かなかったんだろう?ボクは、お父さんはリズが心配だぞ」
どのカードを引くかまだ迷ってブツブツ言っているリズをクロムはチラリと見てキルに言った。
「ま、本人が決めたことだから」
キルはあっけらかんとしている。
「クロムはボクの保護者じゃないのである。てりゃ」
散々迷ったリズが引いたカードはやっとペアが揃い、カードを2枚出すことが出来た。リズはさっきまでの表情が嘘のようにニコニコしている。
キルはリズからカードを引くと手札を床に出し両手をあげた。
「あがり」
リズの顔は途端に青ざめショックを隠せない。残り2枚となったリズの手札からクロムが1枚カードを引くとリズはショックで顔が灰のように白くなった。
「勝ち」
クロムが手札を床に降ろした。
「ガー!」
リズがジョーカーを床に叩きつけ床のトランプをかき回した。
そんなリズを見ながらキルとクロムは笑っていた。
しゅ〜
キルとリズ、クロムは夕方の公園にいた。
「悪いな、クロム。いつも送ってもらって」
キルはクロムに行った。
「ボクが次元移動して君たちを迎えたり、送り届けるのは当然だ。リズの中で眠るR2には目覚めて欲しくないしね」
「では、僕はピアノのレッスンに行ってくるのである」
リズは敬礼するように右手をおでこにあててキルとクロムに言った。
「ああ、気をつけてな。いつもの楽器屋にいるから終わったら連絡な」
「うむ。わかったのである」
キルとクロムはリズに手を振った。
「なあ、クロム」
「なんだい」
二人はリズの後ろ姿を見ながら会話をする。
「鬼人族って何だと思う?」
神妙な表情でキルが話す。
「どうしたんだい?急に」
クロムは腕を組んで右手に顎をおいて少しの間考えていた。
「……ボクが知っているのは鬼人族は人間とあまり変わらないってことかな。普通の鬼人族はね」
「普通の鬼人族?」
「鬼人族は皆が皆強いわけじゃなく、普通の人のような中に鬼のような力を持った者が時々現れると言うことらしいんだ。生まれつきの才能なのか修行の成果なのか個人差はあるみたいだけどね。キル、君は生まれつきの力だと思うよ。もしくは家系、遺伝かな。強靭な肉体を手に入れるために自分で修行したことなんてないだろう?」
「確かに・・・・・・ない」
「それがどうかしたのかい?鬼人族のことを気にするなんて。こっちの世界に帰ってきても鬼人族としての力が失われなかったからかい?」
「ああ。そうなんだよ。ちょっと前に車にひかれそうな子供をかばって俺が車にぶつかったんだ。そしたら車の方が大破しちゃってね。いいのか悪いのか。はは」
「キルらしいな。さぞかし変な目で見られなんじゃないのかい?」
クロムはフフッと笑って言った。
「まあね。子供は助かったし運転手も謝ってたんだけど……。ちょっと……怖がらせちゃったかな」
キルは遠くになったリズの後ろ姿が十字路を曲がりビルの角に隠れるのを何となく目で追いながら複雑な表情をした。
「そんなもんさ、人なんて。自分とは違う異質なものに出会うとね。怖がっていたというより……」
クロムは心配するような目でキルを見て言った。
「畏怖の念というか、差別的な目で見られたんじゃないのかい?」
「ちょっとね。そういう風にも見えたかな……」
キルは苦笑いをして元気がなさそうに頷いた。
「……気にすることはないさ。君は特別なんだ。リズもね。自覚を持てばそれほど気にならなくなるもんさ」
クロムは笑った表情を変えずにキルに言ったが目は笑ってはいなかった。クロムは心配な目を悟られないように努めていた。
「?!」
突然キルの目が鋭くなった。
「クロム!!何かいる!」
「どこに?」
「リズが向かって行った方だ。音楽教室の方」
キルがリズが歩いて行った道を走って追いかけ、クロムも急いで付いて行った。
リズが曲がった十字路を左に曲がるとリズは何者かの肩に抱えられていた。その人物は後姿だったが着ている服が和服で幼い頃剣道を習っていたキルには剣道の道着に見えた。白い上着に紺色の袴を履いている。黒い髪に高校生くらいの男性のような体格をしていた。リズはそいつの肩に体を折るような形でうつむせに担がれている。意識を失くしているようで目を閉じて眠っているようだ。
夕方で道路には人がいたが不思議とその道着の人物は他の人には見えていないようだ。リズを抱えた和服の人物の横をすれ違ったサラリーマン風の男性が何もないように目線を前に向けていた。
その人物は人のような姿形をしていたがキルには人間ではないような気がした。
「まて!」
キルが後ろから大声で叫ぶと道路を歩いていた人々が驚いて一斉にキルを見た。
「面倒な状況だな」
クロムが手を一振りするとキルに注目していた人々は何もなかったかのように視線をキルから外した。クロムは何かしらの能力を使ったようだ。
道着の人物は首を後ろに振り向くと自分を睨んでいるキルとクロムを見た。
「ほう。俺が見えるのか?」
キルはそれには答えず、もう道着の人物に殴りかかっていた。
「む」
道着の人物はそれを察知するや、なんとリズを抱えたまま空中に浮いた。キルの拳が人物から外れる。
「くっ」
かわされたキルは勢い余ってバランスを崩し前のめりになる。
「怖い怖い」
道着の人物はキルの背の高さくらいまで浮き上がり、十字路の一角のガードミラーに向かって飛んで行く。
「まて!」
キルはもう一度叫んだが道着の人物は今度は振り返らずガードミラーの鏡面に向かって頭からぶつかりに行った。
しかしガードミラーにぶつかるどころか頭が鏡の中に入るような形になった。
「なっ?!」
一瞬の出来事にキルは驚きを隠せない。道着の人物はそのまま胸、腰、足と鏡の中に入っていってしまった。
「なんだ?!」
ガードミラーの後ろまで走って回り込んだキルだがガードミラーを通り抜けた訳ではないようだった。
やはり道路を歩いている一般の人々はこの異変には気づいていない。何もなかったかのような夕刻の日常風景がそこにあった。
「何かの怪異のようだね」
後ろから追いついてきたクロムがキルに言った。
「クロム!なんだあれ?!どうすればいい?!」
キルはかなりの剣幕でクロムに詰め寄った。
「落ち着け。ボク達も鏡の中に入る。追うのだ」
「何?!そんなこと出来るのか?!」
キルがクロムに尋ねた時には既にキルとクロムの体は浮き上がっていた。
「わわっ」
そしてクロムを先頭にキルはガードミラーの鏡の中に入って行った。
キルはガードミラーから頭を出した。そこに見える景色は鏡の中に入る前の世界と同じであったが風景の色が色褪せたようにくすんで見えた。そしてぬるま湯に浸かっているような感覚があった。
「見える景色が左右反対だな」
クロムの後を飛んでいるキルが周りを見渡して顔をしかめた。
「鏡の世界だからね」
クロムが当然のことのように言った。
「さっきのやつは何者だと思う?」
「わからない。人間ではないってことはわかるけどね」
「前に俺やクーみたいな存在は俺たちの世界には存在しないって言ってたよな?」
「そうだね。君たちのように次元を超えた存在はね。あいつはこの世界の生き物だと思うけど、多分・・・・・・幽霊とか妖怪とか生霊みたいなものだと思う」
「そういうのはこの世界にもいるのね・・・・・・」
キルは苦笑いした。
「当然だ」
「当然ですか。そうですか」
キルは目を細めた。
「いたぞ」
クロムが言った。キルとクロムが飛んでいる前方にリズを抱えた道着の男が飛んでいた。もう地上から15メートルほど高いところまで登ってきていた。
「まて!」
キルが叫ぶと道着の男は振り向いて驚いた顔をしている。
「なんだ?あいつら。くっ」
道着の男はキルとクロムがまさか追って来れると思っていなかったのか焦った表情をしていた。しかもクロムの方が飛ぶスピードが速い。
「なんでリズを狙ったと思う?」
キルは飛びながらもう一つ疑問をクロムにぶつけた。
「そりゃ……彼女の中にR2がいるからだろうね」
「やっぱそうだろうな。俺もそれしかないと思った」
キルは納得した表情をすると道着の男に追いついたクロムと共に男の前に立ちふさがるように浮かんだ。
「お前ら何者だ」
道着の男は冷や汗をかいて二人に言った。
「それはこっちの台詞だ。クロム。俺をアイツに目掛けて飛ばしてくれ」
「あいあいさー!」
クロムはラジコンのコントローラーを手に持ち操縦しはじめた。
「変なやつ」
クロムを見て呆れながらキルは道着の男の方へ向かって飛ぶ自分の体のバランスを整えた。
キルの顔の前で交差した両腕が盛り上がり肥大化して右手が青く左手が赤く皮膚の色が変わった。ちょうど血管の色のような薄い色だ。両手の爪が2センチほど伸び、とんがっている。以前クロムを引き裂いたことのある覚醒したキルの肉体だ。
シュッ
「うわっ」
リズを抱えていない方を狙ってキルは男の体を攻撃したが突然体が下降し空振りした。
「クロム!ちゃんとしろ!」
「難しいんだよ」
クロムは眉間に皺を寄せてリモコンを操作している。
キルの攻撃が空振りに終わったにもかかわらず男の道着が少し切り裂かれていた。
それを見た男は右肩に抱えていたリズを下ろし左手でリズの両脇を抱えるように持った。
「殺すぞ」
男は左手に抱えたリズの頭に右手を向けると静かに言った。男の爪はキルの爪と同じように、いやキルより長く伸びていた。10センチくらいある。その爪をリズのこめかみに向けているのだ。
「くっ」
人質を取られた形になったことでキルは攻撃をやめた。
「なんでその娘を狙う?」
キルは男に叫ぶ。
「うるせぇ。質問してるのは俺だ答えろ。お前ら何者だ」
人質をとって余裕が出たのか男は落ち着いた様子でキルに言った。
「ボクは時の管理者・クロムというものだ。こっちの名はキル。ただの人間だ」
クロムはゆっくり名乗ったがキルの存在は説明しづらいのか隠したいのか鬼人族とは言わなかった。
「時の管理者?よくわからん存在だな」
男はあまり理解できないようだ。
「神……のようなものさ。ヨロシク」
クロムはおどけて見せた。
「ふざけやがって。そっちの奴は……」
男はキルを睨む。しばらくキルを睨んでいたかと思うと凝視しはじめた。その視線の先はキルの頭の上だった。
「キサマ……鬼か?」
「角が見えるようだね。彼は鬼人族だ。知っているなら怒らせないほうがいい。君の命がないぞ。わかったらその娘を渡すんだ」
クロムが男を諭すように言った。
「鬼人族だと?!戦さ屋がこんなところにいるとはな」
男の目の色がみるみる変わっていった。目を見開き憎悪に満ちた表情に変わっていったのだ。
「ん?いくさや?」
クロムとキルが目を合わした。
「俺は天狗の一族でなぁ……。生き残りは俺くらいだ。かつて戦で鬼人族に滅ぼされてからなっ!」
天狗の一族という男は左手に抱えたリズを空中へ放り投げるとキルに襲いかかってきた。
「クロム!リズを!」
「わかってる」
クロムは放り出されたリズを急いで飛んで捕まえ抱きかかえた。もう少しで地上に激突するところだった。
リズを抱えて地面に着地したクロムは上空のキルの方を見た。
ガンッ
鈍い音がした。道着の男は伸びた両手の爪を左右からキルのこめかみに向けて突き立てたがキルは顔の両側に腕を立てて爪を防いでいた。キルの両腕に爪が浅く突き刺ささり傷口から血が流れた。
「チッ」
男は自身の爪がキルの腕を貫通すると考えていたらしく顔が悔しく歪んでいる。
キルは道着の男が自分の間合いにいる機会を逃さず腕を伸ばしてそのまま男の頬を殴った。
ドゴッ
大きな音がして男は後ろに吹っ飛ばされた。口の端から血を流している。
男は空中で態勢を立て直したがすぐに目の前にキルが迫ってきたかと思うと今度は左の頬を上部から振り下ろした拳で殴られた。下から見ていたクロムが相手に向かってキルを飛ばしたようだ。
男は一瞬意識を失い下方に向かって飛ばされた。かろうじて地面に着地してしゃがみ込んだ。
「ぐっ」
クロムはキルも地面に降ろした。
「今度は俺の質問に答えてもらおうか。どうしてその娘を狙ったんだ」
「……その娘の体から強い力を感じたんでね。取り込もうとしたのさ?」
男は口元の血を拭いながら言った。
「やっぱりそうか。君は彼女が何者か知っているのか?」
「何者だと?力を秘めた人間……というだけじゃないのか?その女の素性に興味はない。ただ、喰えば力が手に入ると考えただけだ」
「なぜ?」
「くっ……はぁ、あるところから逃げて来たんでな。そいつから逃れるためには力を蓄える必要があったのさ」
男はかなりダメージを負ったらしく中々立ち上がれない様子だ。
「あるところ?」
キルとクロムが顔を見合した。
バサバサバサバサバサッ
男がゆっくり立ち上がろうとしたその時、どこからともなく白い紙きれが飛んできて男に張り付いた。
「?!」
その数は数百枚もしくは千枚ほどであろうか千円札くらいの短冊紙である。その白い短冊が次々と男に張り付き男の体がすべて白紙で覆われた。
「ちくしょう……セイメイ。見つかったか。ちくしょ~」
男は悔しそうな声を出して言葉を繰り返していたかと思うと白い髪に圧縮されて潰されるように消えていってしまった。あとには白い短冊の紙が一枚地面に落ちていただけだ。
キルは歩いていきその白い紙を拾った。
「御札……かな?」
短冊状の白い紙にオレンジ色で何やら文字のようなものが書かれている。
クロムもリズを抱きかかえたままキルの方へ寄ってきてその紙を見た。
「君たち大丈夫やったか?ご協力ありがと」
キル達の後ろから聞きなれない関西弁の声がした。
キルとクロムが振り向くとそこには20歳くらいの青年が立っていた。