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途中下車

作者: 髙津 央

 車窓を流れるビル群が黄金色に輝く。

 遠くの山並みを染める光は赤く、久し振りに見た夕日に目を細めた。


 この時期には珍しく、定時で帰れた。

 浮かれた気分で定期券の中間辺りで途中下車。


 初めての駅。

 初めての道。


 いつも車窓から眺めるだけだった、知っているのに知らない小さな町。

 駅前を行く人は着膨れて、なびくマフラーに肩をすぼめて家路を急ぐ。


 大通りを外れ、気紛れに足を踏み入れた路地にはゴミひとつない。老婆が、しつこく飛んで来る銀杏の葉を掃き集めていた。


 入り組んだ狭い路地を抜けると、商店街に出た。駅前より多い人波に乗って、そぞろ歩く。

 街灯に括りつけられた歳末大売り出しのバナーが翻る。


 今時珍しく、プラスチックの花を串刺しにしたカラフルな商店街飾りが健在だ。この飾りは久し振りに見ても、相変わらず物寂しい気配を漂わせていた。


 ふと目についた八百屋に立ち寄る。

 夕飯の買出しで女性客が犇めく。みんな品定めに真剣だ。店員はレジ対応に追われ、一見客(いちげんきゃく)に気付かない。



 棚に並ぶ野菜は、見たことのないものが多かった。



 ホウレンソウに似ているが、茎が赤や紫のカラフルな野菜。

 手書きの値札には「スイスチャード」と商品名があり、サラダが美味しい、と簡単な説明が添えられていた。


 丸々とした冬キャベツもあるが、丸くないキャベツは何種類もあった。

 よく見かける紫キャベツ。黒く縮れた葉の「黒キャベツ」は地元のスーパーでも一度だけ見たことがある。

 太い茎が特徴的で値札に「カナー」と書かれた野菜は、地元の農家が育てたタイ出身の野菜だ。「キャベツの親戚。茎は皮を剥いて細かく切って煮込むとおいしいです」との簡単なレシピ付き。

 今の時期ならシチューに入れるのがいいだろう。


 ブロッコリーとカリフラワーの棚にはロマネスコが紛れ込む。じっと見つめていると、錯視的な姿が目に焼き付いて夢に出そうだ。


 ニンジンの棚は黄色、オレンジ、赤、紫、黄緑色など、見慣れないカラーバリエーションが揃い、さっき見た商店街飾りを思い出させた。


 大根も色や大きさが様々な品種が所狭しと並べられ、中でも黒い大根が目を引いた。

 「今日はちょっと魔界の八百屋さんに行ってきたの」とでも言えば、子供が真に受けそうな暗黒っぷりだが、値札には「ヨーロッパでは普通の品種です。中は白です」と赤マジックで書いてある。


 ヨーロッパでは大根は黒くて小さいものらしい。


 日本では白くて太いものだ。俗に大根足などと言うが、ヨーロッパでは黒ストッキングを履いているものなのか。

 手にとって嗅いでみると、確かに大根の匂いがする。


 米も見慣れない品種が並ぶ。

 赤い米、紫の米、黒い米、古代米。

 酒造用の精米で出た米粉のお菓子。


 加工品の棚には、乾燥野菜や干し椎茸、ドライフルーツ、手作りの豆腐やこんにゃく、鹿肉の冷凍コロッケ、佃煮などの他、特産の果物を混ぜた奇天烈なレトルトカレーなどのチャレンジメニューもある。


 ジャムの種類も豊富だ。

 定番のイチゴやブルーベリーの他、キウイや無花果に並んで、タマネギのジャムまである。何故、敢えてジャム化しようと思ったのか。使いどころがわからないので挑戦せず、無難に厚揚げとこんにゃく、川魚の竹輪と暗黒大根をカゴに入れた。


 レジ待ちの列に並ぶと、地鶏の卵コーナーが目に入った。

 茶色い鶏卵パックの隣に立派な冬瓜が置いてある。客の誰かがやっぱり要らなくなって放置したのだろう。

 値札が視界に入り、思わず二度見した。



 エミューの卵

 四千円+消費税



 ……何このレアアイテム。


 常連客は見慣れているのか、全く気にしていなかった。

 高いのか安いのかわからないが、この店の最高価格だ。



 オーストラリアに棲息するダチョウに似た巨鳥の卵。緩衝材に乗ったそれは、色と言い、形と言い、大きさと言い、どう見ても冬瓜だ。


 会計待ちの列が進み、手が届く所まで来た。

 そっと指先で撫でる。ざらついた表面は卵らしい手触りだ。



 緑色の巨大な卵。

 隣の鶏卵とのサイズ差は、鶏卵と鶉の卵以上だ。



 目玉焼き……は、フライパンから溢れてしまう。茹で卵にしようにも、我が家で最大の鍋でも入らない。

 エッグタルト換算で何人前なのか。


 シミュレーションするのはやめた。

 どうせ卵アレルギーで食べられないのだ。



 もし、有精卵なら、こたつで孵せるのだろうか。

 いやいや、我が家はペット禁止のマンションだ。


 ペット可物件でも、あんな大きな鳥は飼えない。



 道々レアアイテムについて考え、どこをどう通って帰ったか記憶が定かでない。


 いつもの駅で降りてスーパーで食材を買い足し、おでんを作る。包丁で大根の黒ストッキングを脱がせると、値札の通りに白い肌が露出した。

 何も言わずに出した暗黒大根は、家族にそれと気付かれなかった。




 休日にもう一度、あの駅で降りてみた。

 あの路地は細過ぎるのか、地図には載っていなかった。住所表示は通りの名称だけで、商店街の有無もわからない。


 駅前の大通りを逸れ、細い道を闇雲に歩き回る。

 吐息が白く曇り、気管に触れる外気が()みて痛む。

 風が手袋越しに体温をもぎ取り、指先が冷たくなる。



 確かに、暗黒大根などを買っておでんを作ったのに、あの日の帰り道がみつからない。レシートをもらっておけば、店名や所在地、電話番号がわかったろうにと後悔が押し寄せる。



 店の様子ははっきり思い出せるのに、場所と店名がわからない。

 いつも車窓から眺めていた小さな町で迷子の気持ちを思い出す。

 乾いた靴音が響くアスファルトや煉瓦、石畳の道は未知の場所。


 あの日の路地はみつからず、またふりだしの駅前に戻る。

 山の端に掛かる日が雲に隠れ、影が消えた。


 薄明るいのに薄暗い。


 影を失った町から逃げるように改札をくぐり、何も見つけられないまま住み慣れた街に帰った。

夕凪もぐらさんの「帰り道を探して」に参加しています。



このお話はフィクションですが、登場する商品は全て実際に売ってたものです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 生まれたらどうしよう、どうしようってドキドキしました。 小さいうち、といっても卵からしてなかなかの大きさの子だし、どれくらいで大きくなっちゃう? どうしようって言ってるうちにどうにもならなく…
[一言] 偶然行くことのできた一風変わった八百屋さんは、もしかしたら幻だったのではないかしらと思わせる、少し不思議な物語でした。 珍しく気分の高揚した帰り道だったからこそ出会えたかもしれない、カラフ…
[良い点] 面白かったです。 きれいな描写に引っ張られながら、エミューの卵のところで、あれこれ調理法を考えていたところに、卵アレルギーで食べられないというところが、理不尽な感じがして一番の押しポイン…
2018/01/14 11:25 退会済み
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