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第七幕 尼子本家の説得と領地

安芸国 長田 円明寺



 吉田郡山城から南へ進み山中の道を進むこと暫し、元主君達の幽閉されている寺はあった。囚われ人と言う事で境内に建てられた屋敷に身の回りを世話する家臣たちと暮らしていたという話を道々案内してくれた福原殿が教えて呉れた。


「それにしても鹿介殿の忠義我らも見習わなければと話して居るのですよ」


 毛利一門の筆頭格と言ってよい福原貞俊殿は人の良さそうな顔で言ってくれた。こちらは恐縮するばかりである。



「陸奥守様の御英断を頂いて感謝しているのは我らの方です、なんとしても殿たちに客分への取立てを納得していただかねばなりません」


「納得していただけるでしょうか?」


 亀井幸綱が心配そうに訪ねてくる、事前に意思を確認できなかったから心配なのだろう。


「納得していただけなければ再興は成らない、なんとしても納得していただくのだ」


 そう自分に言い聞かせるように返事をした。





「鹿介よ、久方ぶりだな、息災であったか?」


 三年の歳月は嘗ての主君を変えていた。


 大名から求道者の顔に。


「ハッ、何とか生きる術を見つけて過ごしておりました。今日は毛利陸奥守様のお許しを戴き参上いたしました。義久様、倫久様、秀久様の御姿を見る事が出来嬉しゅうございます」


 俺は同席している福原殿をチラと見て頭を下げる。尼子義久あまごよしひさとその弟の倫久ともひさ秀久ひでひさが並んで座り、その両側に彼らに付き従った家臣達が居並ぶ。


「今日ここに来たのは皆様方の赦免の件でございます……」


 俺は此処に来た理由を説明するのであった。




「鹿介たちがそんなに動いてくれていたとは……」


「では、陸奥守もとなり殿に異心無き事を誓えば客人として毛利家に置いて貰えると言う事か」


「左様です、但し先ほど申し上げた通り長門か周防に住むことになりますが」


「山中殿、せめて月山富田城とは言わぬが出雲に帰る事は出来ないのか?」


 義久達に付いて来た家臣が訴えるがそれは出来ないんだよ。


「今出雲に帰ればいらぬ疑心を招きます。大名としての尼子家再興を望む者達により皆様方のお立場が危うくなりましょう」


「だが!」


「その位に為されませ」


 それまで傍で静かに座っていた福原殿が口を開く。


「此度の事山中殿のたっての願いにて認められた事にございます、その条件に長門か周防に領地を賜る事となって居るのです。毛利は山中殿の至誠に打たれ此度の決断をいたしました。その事を御酌みいただきたい」


「そ、それは……何故に福原殿がこの場に居られるのか? 尼子の将来を決めるこの場所に?」


「それは私がお願いしたのです。福原殿は証人としてこの場に来ていただいております。この度の陸奥守様の御決断は相当な御英断であり、毛利家中からも危ぶむ声が多数あると聞いております。陸奥守様は嘗て尼子家を滅ぼすのを良しとは為されずに残されたのは尼子家の先々代である経久様と先代晴久様との御交流を思い出されての事と御聞きしております。此処で皆様と忌憚無き意見を交わし陸奥守様の出された条件を飲まれるか否かを見て頂こうと思った次第です」


「……」


 その言葉に沈黙が落ちていたが義久様が言葉を発せられた。


「其処までの思いに応えなければこの尼子義久唯の阿呆よ、鹿介よ儂はこの話受ける事にする」


「ハッ! 良くご決断為されました。福原殿もよろしいでしょうか?」


「良き決断をなさいましたな、大殿に良き知らせが出来そうで重畳です」


その会話に御付きの家臣たちは言葉一つ発する事は無かった。きっと話の急展開についていけてないのだと思おう、話の理解も出来ない阿呆ではないと思いたい。


「では陸奥守様に御報告申し上げます、皆様方も出立される準備をお願いします」


「判り申した」


 こうして尼子家の再興が決まったのであった。





 鹿介達が元就の元へ尼子義久の決意を伝えるために辞した後、円明寺の離れの一室では義久に従って付いてきた家臣たちが集まっていた。


「山中殿ももう少し毛利に交渉していただけたら、故郷に近い場所に住めたのではないか?」


「全くです、この功で山中殿は尼子家の救世主として重きを成すことになるのでしょうが……」


「殿たちの事ですから家老職は間違いない処、それに毛利との繋ぎとしての価値を考えると当家の執政間違い無しなのではありますまいか」


「その事よ、殿達のお供も許されなかった者が成り上がるのか、戦国とはいえ嘆かわしい」


 その会話を床下で密かに聞いていたのは鉢屋源四郎である。


(酷いものだ、主殿はこの事も織り込み済みだとは言ったが……)


 そもそも毛利に幽閉されているのだからどこに目があり耳があるか判らないのである。


 源四郎は呆れたが、今の主から命ぜられた任務に励むことにした。


「どうだ、尼子の忠臣たちの会話は?」


「言うな、俺も呆れて物が言えないのだ」


 憮然とした顔をしている源四郎に話しかける壮年の男が笑いながら言った。


「だが尼子殿達はここに来てからそのような事は一言も口にされぬ、そこは大したものよ」


「そもそもお前たち世鬼衆が見張っているのだ、こいつらが可笑しいのだ」


「違いない」


 源四郎と一緒に居るのは毛利の諜報を担う忍家である世鬼衆を率いる世鬼政久である。


「だがこんな所に押し込められているんだ、愚痴の一つも出るだろう」


「監視役のお前さんからそのような言葉が出るとはな」


 嘗て己の主家の為に諜報で鎬を削った二人は先日初顔合わせであったのに非常に砕けた会話をしている。その事が両家が争う事は無いという事を如実に表していた。


「俺たちは嘗て吉川家の先代である興経の監視もしていたからな、あの時もこんな感じだったさ、違うのは興経が再起を図ろうと各所に連絡を取ろうとしていたんでな、結局討たれることになったんだが」


 吉川元春の前の当主吉川興経が当時この地方の実力者であった大内氏に逆らい尼子に付き又大内に擦り寄ったかと思えば戦の最中に裏切るなどしたため、ついに家臣たちからも愛想を尽かされ当主の座を追われ元就の次男の元春が養子という扱いで当主を継いだと言う事が嘗てあり、前当主である興経は幽閉される事となった。だがそこから再起を図るために尼子等に繋ぎを付け逃亡しようとしたため討たれたという事があったのだ。


「尼子殿達はここに来てから一度もそのような事はしていない、特に尼子義久殿は朝晩の勤行を欠かさずに行い、死んでいった尼子家中の供養をされて来た」


「そうか……それを聞けば主も喜ぶであろうさ」


 そう言って鹿介の後を追う源四郎の足取りは来る時よりも軽く感じられるものであった。


読んでいただきありがとうございます


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