第三幕 織田信長はやはり只者ではなかった
尾張国 小牧山城 城下
小牧山城は出来たばかりの城であるにも関わらず城下には市も立ち多くの住人がいる、これは美濃を攻める一軍事拠点としてではなく当面の軍事・政治の拠点として清州に代わって作られた街と言えるだろう。
尤も美濃を取った後は信長が本拠を美濃の稲葉山城に移し岐阜と名を改める事でここは廃れてしまうのだが、まだこの時点では岐阜に移る事は考えていなかったのかも知れんし稲葉山城が簡単に落ちるとはおもってなかったのだろうな。
因みに俺たちは行商人という出で立ちで訪れている。山伏とかだと胡散臭い奴だと目を付けられても困るからな。源四郎のアドバイスで木地師と言う事にした。
「賑わっているな、{楽市楽座}のお陰と言うわけか」
「そうでしょうな、それに尾張という国は豊かなのもあるのでしょうな」
「熱田の港も擁しているしな」
そうして商人らしく市で物売りを始めようとした時にそいつは現れた。
「ほう? 見慣れない器じゃの、おみゃあさんたちはどこから来なすった?」
「おう、伯耆からじゃ、いつもは播磨か京で商いをして居るんじゃが尾張が景気が良いと聞いてのう、来て見たんじゃ」
「おうおうそれは遠いとこからよう来なさった、向こうの話なぞきかせてくれにゃあかの、出来れば伯耆より出雲の話が面白いかの」
いつの間にか傍に来ていた小男が旧知の者に話しかけるような口調で声を掛けてきた、よく見ると刀を差しており武士である事が判る。
「あのう、お侍さんは……?」
「わしか? わしはの此処の殿様の家来で木下藤吉郎と言うもんじゃ、折角遠くから客人が来たんじゃ、是非我が殿……織田信長様が話が聞きたいと申されておってな」
そう言って木下藤吉郎と言う武士、いや後の豊臣秀吉はにんまりと笑ったのであった。
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「よう来た! 楽しみにしておったぞ、あの{山中鹿介}に会えるとな!」
御城で待っていたのは藤吉郎の上司で当然ながら此処の城主の織田信長であった。もう少し気難しく「で、あるか」とかしか言わない人だと思っていたが全くイメージが違うのに戸惑った。
(もっと傾き者かヤンキーみたいな人だと思っていたんだけどな)
「なんか言うたか?」
「いえ! しかしよく某の事が判りましたな」
「なに大したことではない、尼子と毛利の決戦を見届けよと人を送っておってな、その者が戦うそなたの姿をみていたのよ」
なるほど、信長にも忍び働きをする者がいるんだな、彼が忍者嫌いと言う後世の情報はガセなのか、或いは甲賀や伊賀のような既存の忍者集団が嫌いなのか、もしかしたら其処にいる藤吉郎が見に来ていたかもしれんな。
「それは光栄です、もしかして其処に居られる木下殿が来ておられたので?」
「残念ながらそうではない、この男に行かせたかったが、その頃多忙でな、こやつは別の方に行っていたのよ」
「山中殿の活躍ぶりこの目で見たかったですな」
「御恥ずかしい、某のした事は端武者の振る舞いに過ぎませぬ、それに戦局を変えること適わず、主家の滅亡を前に何も為せず自分の非才を痛感させられました」
「其処まで卑下することもあるまい、尼子に鹿介ありと言われているではありませんか」
藤吉郎が言ってくれたが結果は主家の滅亡に対して何も為しえなかったのは事実だからな。
「商人に身を窶して居るのは主家の再興のためか」
「はっ! そうです」
「詰まらぬな……そう思わぬか?」
「詰まらぬ……ですか?」
意外な事を信長は口にした。
「そうよ、尼子が滅んだのもこの時代の流れを読めなかったからよ、それを再興させるなど川の流れに逆らうかの様ではないか?」
「それは……」
それは俺も感じていた事であった。思い切り図星を突かれて言葉の出ない俺に畳み掛けるように信長の言葉が掛かってくる。
「織田家は時代の流れを読む。良い物があるのならどんどん取り入れるし他国の人間でも能力があれば取り立てる。この藤吉郎を見よ、元々は尾張の百姓じゃが今は城持ちよ」
墨俣一夜城の事だな。
「鹿介よ、儂の元に来い! そなたの武名を我が織田の為に使ってくれ、旧主が気になるのなら我が毛利に掛け合い引き取っても良い」
其処まで買ってくれているのか、と心がぐらりと揺れる。だが……
「有り難き仰せですが、某はやりたいことがありましてこの地に来たのもその下調べの為です。尼子家の再興を願っては居りますが信長様の申されるとおり出雲の大名としての返り咲きは難しいでしょう、あの地に毛利がある限り……某は尼子の殿たちが囚われの身から解放されてその身が立ち行くようになるまでのお手伝いをしたいのです、其れが家臣としての最後の勤めとしてです」
「ほお? 山中鹿介がやりたい事とはな、興味が湧くのう」
「実はその事で信長様にお願いしたくこの地に来たのです。木下殿のお陰で手間が省けて感謝いたしますぞ」
俺の言葉に興味津々の信長と事態の変化についていけずポカンとしている藤吉郎に俺がこの地に来てまでしたい事を話すのであった。
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「殿、山中殿の話いかが思われますか?」
「なんじゃ藤吉郎は面白いとは思わなんだか?」
「いえ! 大変面白く思いました、ですがその様な事簡単に出来るのでしょうか?増しては山中殿は武士でござる、あのような事が出来るか心配になります」
「あの目を見たか?」
「目でございますか?」
「そうじゃ、大概の者は目を見れば自信を持っているかどうかは判る。奴の目にはその目に自信に裏打ちされた輝きが見えたのじゃ、お主が良くしている目と言えばわかりやすいかの?」
「これは一本取られ申した! それでしたら大丈夫でしょうな」
「このお調子者めが、良いか! 今後はそなたを奴との繋ぎにするからな、よく見ておくのだぞ、山中鹿介が何を為すのかその目でな!」
「はっ!」
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「兄者はやはり凄い! あの東海の昇り竜とも言われる織田殿を相手に一歩も引かずに渡り合えるとは!」
「止せよ、内心冷や汗ものだったんだから」
取り合えず目標としていた事が出来たので上出来だろう。
「ですが誘いには心動いたのではないですか? 殿達を引き取ってくださると言うのですから」
「それをしたら殿達は消されるぞ、毛利の手によってな」
「まさか!!」
「そのまさかだ、毛利には東出雲の支配には尼子の存在が必要だ、あの地は尼子の支配が強かったからな。殿たちが生きて毛利の下に居る事があの地の支配を容易にしているんだ。」
「でしたら京に居られる方では?」
「それでは正統性が疑われて足並みが揃わない、結局鎮圧されて血が流れるだけだ」
「では?」
「殿達を毛利から解放させるのは外からでは不可能だ、毛利自らが開放しなければな」
「ですが毛利がみすみす開放しないでしょう!」
「だから策が必要なんだ、そしてこれは先ず一歩なのさ」
「?」
こうして俺たちは尾張を後にして次の地に向かって出発したのであった。
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