第三十一幕 英雄との邂逅
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この作品は 私ソルトが書いたもので小説家になろうにのみ投稿しアルファポリス・ツギクルにリンクが張ってある以外は無断転載になります。
俺たちは京を経ること無く間道伝いで東に進んでいた。この東向は信長たちに知られてはいけないのだ。
「伊賀の山越え、よく伊賀の連中が許したな」
「まあその辺は長い付き合いという奴で問題はない」
鉢屋や風魔位になると伊賀の国人たち、伊賀忍者の元締めの連中にも顔が利くらしい、元々傭兵的な雇われ者同士敵味方に分かれることはあっても話し合いで片づけるらしい。
まあ、そんなんだから信長なんかには嫌われて伊賀攻めされたりしたんだろうな、今の所信長もここには手を出していないようだ。
将来 家康君が通るかもしれない道を俺達は急ぐ。
△
三河国 野田城
野田城は元々徳川方の菅沼氏の城だったが武田方に攻め落とされていた。
しかし武田はこの後西進することはなく全軍甲斐に引き上げる。史実ではだが。
そしてその原因は……
「山中殿、よう参られた」
「武田の御屋形様には初めて御意を得ます。山中鹿介、今は鴻池の屋号を持つ商人をしております」
俺の前に居るのは武田晴信、信玄と呼んだ方が知る人が多い戦国武将だ。
「そのようにかしこまらんでも良い、其方の盛名はこちらも良く知っておるからの、時間が無いので前置きは無しで言うぞ。無理を言ってきてもらったのは他でもない、儂亡き後の武田のことよ」
「御屋形様!」
傍に控える四郎勝頼が堪らず声を上げる、まあ部外者の俺に自分の余命が少ないことを告白するとは思わなかったのだろう。だけどこの顔を見れば長くないのは誰でも判りそうだが……顔色は土気色で目は落ち窪んでいる。ただ、目の光だけは失われておらずその鋭さは流石に{甲斐の虎}に相応しいと思われる。
「そのような大事某のような者が聞いて良い話ではありますまい」
「そうかな?あの毛利元就殿が後事を託し、尼子家・大内家を再興させ、遠くは薩摩の島津も其方を頼りにするのだ、それに北條殿の信頼も厚い、三方が原ではしてやられたが、それが浅井を救う事となった。それでも其方を軽く見る者など居ようかな?」
うーむ、確かにそれだけの事を聞かされると何か凄い人物のように聞こえるね、これは本当に俺がやった事なのだろうか?
そう思っていると勝頼君がこちらにガバッと正座して頭を下げる、え?土下座?
「山中殿、無理な頼みだとは思うが、父上いや御屋形様の想いを汲んで頼みたい、この武田の明日を救ってくだされ」
なんか嫌な予感はしてたけど本当に面倒事だったよ、このまま行けば勝頼が陣代(当主代理)で武田の版図は最大になるけど、それもつかの間で織田・徳川連合軍に滅ぼされてしまうのだ。なぜそんなに簡単に崩壊したのかというと地方領主の頭でしかなかった武田の統治システムに問題があったのは判っている。最もこれは多くの大名家の抱えている問題でその問題が無いのが現在対立している織田家なのだ。
合議を行わなければ動けない旧来の大名家と信長の命令一つで動く織田家ではスピードがまるで違う、そして前にも言っているように農民兵が主体の武田では年に何度でも出兵できる雇い兵を主力とする織田家には個々の戦で勝てても数を重ねるほど不利になるのだ。
「勝頼殿が家督を継がれるのですか?」
「勝頼の息子太郎に継がせ勝頼は太郎が元服するまで陣代とすべきと言う家臣たちが多いのでな、それで困っておる」
「それはお止めになった方が良いでしょう、直ちに勝頼殿が武田の次代当主であると家臣達に周知させたが宜しいでしょう、それにはこの状況を利用します」
仕方が無い、やってみるとしよう。
▲
信玄によって吉田の地にいた重臣たちが呼び集められた。
「揃ったか、儂は勝頼に家督を譲り隠居する事に決めた」
「御屋形様!」 「なんと!」 「早すぎます!」
家臣たちの悲鳴にも似た声が静まるのを待ち信玄は静かに話を続ける。
「我らが西上する時に呼応するとした者たちが動かぬのでな、儂が年を取りすぎた故の事と思ったのが一つ、先年出家したが坊主になったのにそれらしい事をしておらなかったからな、寺で読経三昧に過ごすと言うのがもう一つの理由じゃ」
「では本当に隠居なさるので?」
馬場美濃守信春が尋ねると信玄は頭を振り答える。
「それは皆が外に向けて広める事よ、本音は儂はもう当主として働けぬ故温泉で湯治三昧に暮らそうと思ってな」
「成程、得心いたしました。ですが勝頼殿が家督を継ぐことで宜しいのですか?勝頼殿の嫡男太郎殿の元服を待ち家督を相続してもらいそれまでは陣代として勝頼殿に纏めて戴く事を望む声もありますが」
「それでは駄目だ、まだ太郎は幼い、当主として武田家を率いるまで時間が掛ろう、その間を陣代で凌ぐのは悪手と心得よ」
「御屋形様……某は勝頼様を当主と仰ぎ武田家の更なる発展に相努めまする」
山県昌景がそう言って頭を下げると他の諸将も頭を下げる。その中の幾人が本心から頭を下げているのかと思われたが、ここで信玄が更に畳みかける。
「勝頼は家督相続後名を{頼信}と改めよ。信は武田家重代の一字、身内にも対外的に当主として明らかになるであろう、残念ながら将軍家より字は頂けなかったが機会あれば貰うがよかろう」
この宣言はどのような言葉より皆に響いたようである。馬場美濃守以下家臣たちは自然に頭を垂れた。
▲
「茶番であったがこれである程度篩に掛ける事ができよう」
評定の席から戻った信玄は深い息を吐きながら俺を見る。
「これで重臣の心底を見るのですな」
「そうだ、気に入らんかな?」
「いえ、嘗ての尼子家もそうでしたからな、籠城戦で疑心暗鬼になり、戦えなくなったのです。先んじて手を打たれたのはお見事でした」
そう答えると信玄は寂しそうに笑った。それは信じるべき味方を疑わなくてはならない悲しみとその上で冷徹に動かねばならない当主である自分を笑ったように思えた。
「勝頼よ、後は彼らが問わずしてその心根を晒してくれるだろう、儂は千代女(望月千代女)に命じ彼らの動向を探る組を作らせた。それらの報告を待て」
「御屋形様、そこまで……」
「だが、それを以てしてもいかんともし難い事が起こるならば……」
「山中殿を頼め、その為にここに来てもらったのだからな」
その言葉に俺は頭を下げる、{甲斐の虎}と言われた誇り高き武将にそこまで言われて、他にどうする事が出来るだろうか?
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